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本編

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「リリーディア=ローゼ、質問に答えてもらおう」


 凛とした声が講堂内に響いた。
 声の主――――リリーディアの婚約者にしてトリクセン王国の第二王子セドリックの傍らには目を潤ませた一人の美少女が立っている。つい最近までそこはリリーディアのものだった。それをいとも簡単に掻っ攫って行ったのが目の前の煌めく金色の長い髪と蒼い瞳を持った少女、レイミナだ。
 リリーディアがぼんやりと二人の姿を見遣ると、謎の既視感に駆られた。
 学園の大講堂、自分を囲い込む生徒たち、そして冷たい目をした婚約者と特待生の庶民の少女。




 ――――ああ、そうか。ここは乙女ゲームの世界だ。












 『恋するロマンス学園』、通称『ロマ学』は主人公のレイミナ=モリスが貴族たちの通う学園に特待生として入学するところから始まる恋愛シミュレーションゲームだ。主人公は学園で出会う攻略対象たちとイベントやミニゲーム、言動の選択肢で攻略対象の好感度を上げ、最後には意中の人とのカップル成立を目指す非常にオーソドックスな展開になっている。
 勿論スムーズに事が進むわけではない。トラブルや邪魔者、試練が存在する。邪魔者の代表格が『悪役令嬢』だ。難癖をつけてくるし、攻略対象の周りをうろちょろしているのでプレイヤーを苛つかせる存在である。
 『ロマ学』では攻略対象は第二王子セドリック=トリクセン、騎士団長である伯爵の子息カシム=マディソン、宰相である公爵の子息クラヴィス=ヴァレンシア、学園の教師にして侯爵であるブラッドレイ=アンバードの四人だ。その中で悪役令嬢が出てくるルートは二つ。プレイヤーの中で特に嫌われていたのがセドリックルートの悪役侯爵令嬢のリリーディア=ローゼ。
 レイミナのやることにいちいち細かく文句をつけ邪魔をしてくるので、プレイヤーからコバエ令嬢と呼ばれていた。ハッピーエンドでは断罪イベントで学園と王都追放になるのだが、処断が甘すぎる、ハエたたきで始末してしまえとプレイヤーたちからは不満が多かった――――という記憶が急激にリリーディアの頭に流れ込んできた。そして理解した。
 どうやら自分は『前世』でプレイしたことがあるゲーム世界の悪役令嬢に転生したらしく、今は断罪イベントの真っ最中である、と。

 リリーディアは足元に視線を落とし、思案する。
 記憶が蘇ったところで自分はリリーディア=ローゼでしかない。何も変わらない。
 前世は気弱な成人女性だった。人の意見に左右され、いつも誤魔化すように曖昧な笑いを浮かべ、言いたいことなどほとんど言えない、そんな女性だった。だが、今世の自分は違う。言いたいことが言えるようになったのだ。おかしいことはおかしいと、人に指摘できるようになった。
 そして悪いことなどしていないと、胸を張って言える。
 
 レイミナは入学試験に上位の点数で合格し特待生として入学してきたが、貴族社会の縮図ともいえる学園では許されない行動をとっていた。
 許しも得ずにファーストネームを呼ぶ、婚約者のいる男性と行動を共にする、その他数々のマナー違反をする。乙女ゲームのテンプレ的展開とは言え、ひどいものだ。
 だが、彼女は明朗快活で美しいと男性陣からは大変人気があった。いつも彼女は憐れな恋の奴隷になり果てた男子生徒たちに囲まれている。この世界には魔法というものが存在していないためこうした人気は魅了魔法の効果などではなく、彼女自身の魅力または手練手管によるものだろう。どちらだとしても容認はし難い。
 その上更に粗相やマナー違反があまりにも多い。見るに見かねたリリーディアは、レイミナに対し注意をするようになった。その度にレイミナは悲し気に目を伏せて言うのだ、『ごめんなさい、庶民なので分からなくて』と。
 しかし、謝罪したそばからまた同じことを繰り返す。何度言っても同じセリフで済ませるということは、直す気などさらさらないということだ。ただの阿呆なのか、性格が悪いのか。何れにせよ周囲に迷惑が掛かっていることは確かである。だからこそ根気よく注意を続けたのだが、ここで問題が起こる。
 レイミナが『リリーディア様が私に言いがかりをつけて来るのです。私は何もしていないのに……っ!』と攻略対象を含めた取り巻きの男子生徒たちに泣きついた。そればかりか、裏庭の池に突き飛ばされ事件、裏庭の落とし穴事件等のやってもいない嫌がらせの罪を擦り付けられたのである。
 勿論言いがかりなどではない。言いがかり疑いに関してはルール違反の事実を指摘し、貴族のルールがわからないと宣う彼女に懇切丁寧に説明しただけであるし、各種嫌がらせ(?)事件については彼女のドジによるものなのか故意によるものかは判りかねるが、一人で水浸しになったり、学園の清掃・営繕担当の職員がごみ捨て用に掘っていた穴に落ちたりしていたところを偶然遠目に目撃しただけである。魔法のない世界でどうやって遠隔で物理的嫌がらせなどできるというのか。きっとレイミナは思考回路がショートしているのだろう。
 しかしそんな残念な令嬢の言い分を取り巻きたちは何故か鵜呑みし、リリーディアは断罪の場に立たされている。
 ちらりと周囲を見渡してみた。リリーディアとレイミナについての事実を知っている令嬢たちは心配そうにこちらを見ているか、我関せずと言わんばかりに目を逸らしているかだ。薄情なものである。
 リリーディアは一先ずこの状況をどうにかしなければならない……と思ったが、どうでもよくなった。
 幸運にもこのゲームでは大した断罪がない。学園追放か王都追放で済む。何と言う悪役に優しい世界。
 どうせ状況が変わらないのなら言いたいことを言ってしまえばいい。追放くらい、されてもいい。昔とは違って言いたいことを言える自分になれた、それだけで嬉しい。悲観することなどどこにある?
 ゲームのリリーディアは泣いて叫んで王子に縋り、袖にされた。そんな惨めな女になり下がりたくなどない。信じてもらえず、断罪の道を進むしかなくても――――貴族の令嬢らしく誇り高くいこうではないか。


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