1 / 11
本編
1
しおりを挟む
「リリーディア=ローゼ、質問に答えてもらおう」
凛とした声が講堂内に響いた。
声の主――――リリーディアの婚約者にしてトリクセン王国の第二王子セドリックの傍らには目を潤ませた一人の美少女が立っている。つい最近までそこはリリーディアのものだった。それをいとも簡単に掻っ攫って行ったのが目の前の煌めく金色の長い髪と蒼い瞳を持った少女、レイミナだ。
リリーディアがぼんやりと二人の姿を見遣ると、謎の既視感に駆られた。
学園の大講堂、自分を囲い込む生徒たち、そして冷たい目をした婚約者と特待生の庶民の少女。
――――ああ、そうか。ここは乙女ゲームの世界だ。
◆
『恋するロマンス学園』、通称『ロマ学』は主人公のレイミナ=モリスが貴族たちの通う学園に特待生として入学するところから始まる恋愛シミュレーションゲームだ。主人公は学園で出会う攻略対象たちとイベントやミニゲーム、言動の選択肢で攻略対象の好感度を上げ、最後には意中の人とのカップル成立を目指す非常にオーソドックスな展開になっている。
勿論スムーズに事が進むわけではない。トラブルや邪魔者、試練が存在する。邪魔者の代表格が『悪役令嬢』だ。難癖をつけてくるし、攻略対象の周りをうろちょろしているのでプレイヤーを苛つかせる存在である。
『ロマ学』では攻略対象は第二王子セドリック=トリクセン、騎士団長である伯爵の子息カシム=マディソン、宰相である公爵の子息クラヴィス=ヴァレンシア、学園の教師にして侯爵であるブラッドレイ=アンバードの四人だ。その中で悪役令嬢が出てくるルートは二つ。プレイヤーの中で特に嫌われていたのがセドリックルートの悪役侯爵令嬢のリリーディア=ローゼ。
レイミナのやることにいちいち細かく文句をつけ邪魔をしてくるので、プレイヤーからコバエ令嬢と呼ばれていた。ハッピーエンドでは断罪イベントで学園と王都追放になるのだが、処断が甘すぎる、ハエたたきで始末してしまえとプレイヤーたちからは不満が多かった――――という記憶が急激にリリーディアの頭に流れ込んできた。そして理解した。
どうやら自分は『前世』でプレイしたことがあるゲーム世界の悪役令嬢に転生したらしく、今は断罪イベントの真っ最中である、と。
リリーディアは足元に視線を落とし、思案する。
記憶が蘇ったところで自分はリリーディア=ローゼでしかない。何も変わらない。
前世は気弱な成人女性だった。人の意見に左右され、いつも誤魔化すように曖昧な笑いを浮かべ、言いたいことなどほとんど言えない、そんな女性だった。だが、今世の自分は違う。言いたいことが言えるようになったのだ。おかしいことはおかしいと、人に指摘できるようになった。
そして悪いことなどしていないと、胸を張って言える。
レイミナは入学試験に上位の点数で合格し特待生として入学してきたが、貴族社会の縮図ともいえる学園では許されない行動をとっていた。
許しも得ずにファーストネームを呼ぶ、婚約者のいる男性と行動を共にする、その他数々のマナー違反をする。乙女ゲームのテンプレ的展開とは言え、ひどいものだ。
だが、彼女は明朗快活で美しいと男性陣からは大変人気があった。いつも彼女は憐れな恋の奴隷になり果てた男子生徒たちに囲まれている。この世界には魔法というものが存在していないためこうした人気は魅了魔法の効果などではなく、彼女自身の魅力または手練手管によるものだろう。どちらだとしても容認はし難い。
その上更に粗相やマナー違反があまりにも多い。見るに見かねたリリーディアは、レイミナに対し注意をするようになった。その度にレイミナは悲し気に目を伏せて言うのだ、『ごめんなさい、庶民なので分からなくて』と。
しかし、謝罪したそばからまた同じことを繰り返す。何度言っても同じセリフで済ませるということは、直す気などさらさらないということだ。ただの阿呆なのか、性格が悪いのか。何れにせよ周囲に迷惑が掛かっていることは確かである。だからこそ根気よく注意を続けたのだが、ここで問題が起こる。
レイミナが『リリーディア様が私に言いがかりをつけて来るのです。私は何もしていないのに……っ!』と攻略対象を含めた取り巻きの男子生徒たちに泣きついた。そればかりか、裏庭の池に突き飛ばされ事件、裏庭の落とし穴事件等のやってもいない嫌がらせの罪を擦り付けられたのである。
勿論言いがかりなどではない。言いがかり疑いに関してはルール違反の事実を指摘し、貴族のルールがわからないと宣う彼女に懇切丁寧に説明しただけであるし、各種嫌がらせ(?)事件については彼女のドジによるものなのか故意によるものかは判りかねるが、一人で水浸しになったり、学園の清掃・営繕担当の職員がごみ捨て用に掘っていた穴に落ちたりしていたところを偶然遠目に目撃しただけである。魔法のない世界でどうやって遠隔で物理的嫌がらせなどできるというのか。きっとレイミナは思考回路がショートしているのだろう。
しかしそんな残念な令嬢の言い分を取り巻きたちは何故か鵜呑みし、リリーディアは断罪の場に立たされている。
ちらりと周囲を見渡してみた。リリーディアとレイミナについての事実を知っている令嬢たちは心配そうにこちらを見ているか、我関せずと言わんばかりに目を逸らしているかだ。薄情なものである。
リリーディアは一先ずこの状況をどうにかしなければならない……と思ったが、どうでもよくなった。
幸運にもこのゲームでは大した断罪がない。学園追放か王都追放で済む。何と言う悪役に優しい世界。
どうせ状況が変わらないのなら言いたいことを言ってしまえばいい。追放くらい、されてもいい。昔とは違って言いたいことを言える自分になれた、それだけで嬉しい。悲観することなどどこにある?
ゲームのリリーディアは泣いて叫んで王子に縋り、袖にされた。そんな惨めな女になり下がりたくなどない。信じてもらえず、断罪の道を進むしかなくても――――貴族の令嬢らしく誇り高くいこうではないか。
凛とした声が講堂内に響いた。
声の主――――リリーディアの婚約者にしてトリクセン王国の第二王子セドリックの傍らには目を潤ませた一人の美少女が立っている。つい最近までそこはリリーディアのものだった。それをいとも簡単に掻っ攫って行ったのが目の前の煌めく金色の長い髪と蒼い瞳を持った少女、レイミナだ。
リリーディアがぼんやりと二人の姿を見遣ると、謎の既視感に駆られた。
学園の大講堂、自分を囲い込む生徒たち、そして冷たい目をした婚約者と特待生の庶民の少女。
――――ああ、そうか。ここは乙女ゲームの世界だ。
◆
『恋するロマンス学園』、通称『ロマ学』は主人公のレイミナ=モリスが貴族たちの通う学園に特待生として入学するところから始まる恋愛シミュレーションゲームだ。主人公は学園で出会う攻略対象たちとイベントやミニゲーム、言動の選択肢で攻略対象の好感度を上げ、最後には意中の人とのカップル成立を目指す非常にオーソドックスな展開になっている。
勿論スムーズに事が進むわけではない。トラブルや邪魔者、試練が存在する。邪魔者の代表格が『悪役令嬢』だ。難癖をつけてくるし、攻略対象の周りをうろちょろしているのでプレイヤーを苛つかせる存在である。
『ロマ学』では攻略対象は第二王子セドリック=トリクセン、騎士団長である伯爵の子息カシム=マディソン、宰相である公爵の子息クラヴィス=ヴァレンシア、学園の教師にして侯爵であるブラッドレイ=アンバードの四人だ。その中で悪役令嬢が出てくるルートは二つ。プレイヤーの中で特に嫌われていたのがセドリックルートの悪役侯爵令嬢のリリーディア=ローゼ。
レイミナのやることにいちいち細かく文句をつけ邪魔をしてくるので、プレイヤーからコバエ令嬢と呼ばれていた。ハッピーエンドでは断罪イベントで学園と王都追放になるのだが、処断が甘すぎる、ハエたたきで始末してしまえとプレイヤーたちからは不満が多かった――――という記憶が急激にリリーディアの頭に流れ込んできた。そして理解した。
どうやら自分は『前世』でプレイしたことがあるゲーム世界の悪役令嬢に転生したらしく、今は断罪イベントの真っ最中である、と。
リリーディアは足元に視線を落とし、思案する。
記憶が蘇ったところで自分はリリーディア=ローゼでしかない。何も変わらない。
前世は気弱な成人女性だった。人の意見に左右され、いつも誤魔化すように曖昧な笑いを浮かべ、言いたいことなどほとんど言えない、そんな女性だった。だが、今世の自分は違う。言いたいことが言えるようになったのだ。おかしいことはおかしいと、人に指摘できるようになった。
そして悪いことなどしていないと、胸を張って言える。
レイミナは入学試験に上位の点数で合格し特待生として入学してきたが、貴族社会の縮図ともいえる学園では許されない行動をとっていた。
許しも得ずにファーストネームを呼ぶ、婚約者のいる男性と行動を共にする、その他数々のマナー違反をする。乙女ゲームのテンプレ的展開とは言え、ひどいものだ。
だが、彼女は明朗快活で美しいと男性陣からは大変人気があった。いつも彼女は憐れな恋の奴隷になり果てた男子生徒たちに囲まれている。この世界には魔法というものが存在していないためこうした人気は魅了魔法の効果などではなく、彼女自身の魅力または手練手管によるものだろう。どちらだとしても容認はし難い。
その上更に粗相やマナー違反があまりにも多い。見るに見かねたリリーディアは、レイミナに対し注意をするようになった。その度にレイミナは悲し気に目を伏せて言うのだ、『ごめんなさい、庶民なので分からなくて』と。
しかし、謝罪したそばからまた同じことを繰り返す。何度言っても同じセリフで済ませるということは、直す気などさらさらないということだ。ただの阿呆なのか、性格が悪いのか。何れにせよ周囲に迷惑が掛かっていることは確かである。だからこそ根気よく注意を続けたのだが、ここで問題が起こる。
レイミナが『リリーディア様が私に言いがかりをつけて来るのです。私は何もしていないのに……っ!』と攻略対象を含めた取り巻きの男子生徒たちに泣きついた。そればかりか、裏庭の池に突き飛ばされ事件、裏庭の落とし穴事件等のやってもいない嫌がらせの罪を擦り付けられたのである。
勿論言いがかりなどではない。言いがかり疑いに関してはルール違反の事実を指摘し、貴族のルールがわからないと宣う彼女に懇切丁寧に説明しただけであるし、各種嫌がらせ(?)事件については彼女のドジによるものなのか故意によるものかは判りかねるが、一人で水浸しになったり、学園の清掃・営繕担当の職員がごみ捨て用に掘っていた穴に落ちたりしていたところを偶然遠目に目撃しただけである。魔法のない世界でどうやって遠隔で物理的嫌がらせなどできるというのか。きっとレイミナは思考回路がショートしているのだろう。
しかしそんな残念な令嬢の言い分を取り巻きたちは何故か鵜呑みし、リリーディアは断罪の場に立たされている。
ちらりと周囲を見渡してみた。リリーディアとレイミナについての事実を知っている令嬢たちは心配そうにこちらを見ているか、我関せずと言わんばかりに目を逸らしているかだ。薄情なものである。
リリーディアは一先ずこの状況をどうにかしなければならない……と思ったが、どうでもよくなった。
幸運にもこのゲームでは大した断罪がない。学園追放か王都追放で済む。何と言う悪役に優しい世界。
どうせ状況が変わらないのなら言いたいことを言ってしまえばいい。追放くらい、されてもいい。昔とは違って言いたいことを言える自分になれた、それだけで嬉しい。悲観することなどどこにある?
ゲームのリリーディアは泣いて叫んで王子に縋り、袖にされた。そんな惨めな女になり下がりたくなどない。信じてもらえず、断罪の道を進むしかなくても――――貴族の令嬢らしく誇り高くいこうではないか。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
推しが国家侮辱罪で追放されるようなので、悪役令嬢の私が全力で阻止してみせますわ!!!
久遠りも
恋愛
大好きな乙女ゲームの世界に転生したようなので私は全力で脇役になる!!
と意気込んでいたけれど......まさかの悪役令嬢に転生してたなんて知りませんでしたわ!!
しかも推していた王子は追放されそうになっていて!?推しが追放されないようにしないとっ!!
推しの為に全力で頑張る少女の物語です。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
平和的に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子
深見アキ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・シェリルに転生した主人公は平和的に婚約破棄しようと目論むものの、何故かお相手の王子はすんなり婚約破棄してくれそうになくて……?
タイトルそのままのお話。
(4/1おまけSS追加しました)
※小説家になろうにも掲載してます。
※表紙素材お借りしてます。
モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
王太子に婚約破棄され塔に幽閉されてしまい、守護神に祈れません。このままでは国が滅んでしまいます。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
リドス公爵家の長女ダイアナは、ラステ王国の守護神に選ばれた聖女だった。
守護神との契約で、穢れない乙女が毎日祈りを行うことになっていた。
だがダイアナの婚約者チャールズ王太子は守護神を蔑ろにして、ダイアナに婚前交渉を迫り平手打ちを喰らった。
それを逆恨みしたチャールズ王太子は、ダイアナの妹で愛人のカミラと謀り、ダイアナが守護神との契約を蔑ろにして、リドス公爵家で入りの庭師と不義密通したと罪を捏造し、何の罪もない庭師を殺害して反論を封じたうえで、ダイアナを塔に幽閉してしまった。
少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。
ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。
なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。
妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。
しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。
この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。
*小説家になろう様からの転載です。
婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~
tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。
ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる