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キミのこと
今度こそはアンタを
しおりを挟む僕が元の場所へ戻った頃。
とてつもない騒ぎが起こっていた。
その中でヒソヒソとこそめき合っているもの達が。
〝「誰かが脱走したってよ」〟
〝「マジかよ…どこの命知らずだ?」〟
脱走。
自らの世界に疎い僕でも分かった。
それは禁忌を犯してしまった者達の総称。
誰かが世界を捻じ曲げ、別世界に渡った愚か者達の事だ。
別世界___……。
そう聞いて僕は震えた。
僕は扉を跨いだ。
その先にアイツがいて、僕はそこでいくばくかの時を過ごした。
そう。
脱走者とは、無知が故に迷い込んでしまった僕の事だった。
それだけではなかった。むしろそれだけの方が良かった。
〝「ブッチのやつ、変な動物拾ったらしいぜ?どうも威勢がいいメスだとか」〟
変な動物と聞いて僕は耳を向けた。
ここには色んな動物が居る為、大体の動物は把握しているつもりだったから、それ以外で知らないヤツとはなんだと不思議に思ったからだ。
〝「そいつ毛が頭以外に生えてないっていうヘンテコな動物らしくてさ。」〟
そう聞いてアイツが浮かんだ。
ゲートは1つ。僕が通ったあれがゲートで、もしもそれが禁忌となる扉として、その近くを通りかかるとしたら……___。
(くそ……!何やってるんだ僕は……!!)
これでは強くなるとか守るとか。そういうの以前に僕が元凶のようなものだ。
ここに居るやつは牙と爪の使い方を忘れた奴らではある。たしかに。
けれど。
魔法というものが特化したこの世界ではそれ以上に危険なものは沢山ある。
それは僕らの住むこの大陸が魔素で満ちているから出来ることで。
あいつの居たあの世界でのあんなものの比では無い。
ましてやアイツが抵抗出来るなんて思えない。
「アイツだけでも帰さなくちゃ。」
僕はどうやら、あいつの事をいたく気に入ってしまっているみたいだ。
…………。
……。
あいつの存在は巧妙に隠されてて見つけるまでに時間がかかってしまい、見つけた頃には、数日位経った気分になっていた。
多分それくらい経ってる。
ここには朝も夜も無いから分からないけれど。
どうやらアイツは意識を失って眠っているらしい、と僕は小耳に挟んだ。
意識を取り戻し次第始末を下すと。
逃がす為にとかは口実に、ただアイツに会いたかっただけなんだと思う。いや、逃がしたいのも事実だけどさ。
(もう、一緒に居られないって言わないと。僕といると危険だから)
「ショック、受けないといいな。」
もう会えないから。
お別れだけは……、そう願った僕だったけれど。
現実はもっと非情だった。
「……あなた、だあれ?」
違う。……違った。
匂いは同じ陽だまりのまま。
僕の目の前には知らない赤茶猫がいた。
でも。瞳は同じまま。僕を真っ直ぐ見るそれはアイツを思わせる。
(なんで……。)
どうしてそうなったのか分からない。
あいつの種族は、厄災を産んだ〝人間〟という生き物だった。いやそんな事はどうでもいい。ただ……
アイツは僕を覚えてなかった。
「アンタが僕に名前付けてくれたら信じるよ。」
また馬鹿な事やってて、そのうち思い出したりとかするんだろ。
そうなんでしょ?
もう置いてったりしないから。呼んでよ。あの音で。
信じたくなくて。
訝しげなその瞳で見られたくなくて。縋るしかなかった。
〝カカオ〟あの不思議な、柔らかい声と音で呼ばれたくて。
「じゃあ……ヨル!!」
嗚呼神様。僕は今までアンタのことなんか信じたこと無かったよ。
けど今だけは、信じさせて。祈らせて。
(アイツを返して。)
帰ってきた音は僕の予想してたものとは違うものだった。
この気持ちを僕はこっちに来てから感じてた。痛くて、苦しくて、身体が空っぽとはまた違う空っぽ。
(会いたい。)
守りたいのに守らせてくれなくて。
(僕を呼んで。僕を見て。)
あの音が分からないから教えられないけど。
(僕だけを大事にしてよ。)
初めて温もりというものを受けて、僕は馬鹿になってしまったらしい。
アンタを考える度に暖かくなって。
(アンタは僕を見て暖かく笑うから。)
アンタといる度幸せな気持ちになって。
(優しい手で撫でてくれるから。)
アンタのその顔をずっと見たくて。
(その音で僕を呼んで欲しくて。)
なんでか少し見ただけのアンタの泣くとこなんて見たくなくて。
(ずっと暖かいアンタと居たいから)
だから、壊したくないんだ。
(なんで、今気付くんだよ……!!!)
「僕にそんなふうに触るな……!!」
けど、嫌だって、僕を拒まないって、そういうアンタがいるなら。
(逃げて。)
「知ってた?猫って所有欲と独占欲がすごく強いんだよ。」
ごめん。もう、アンタを離してあげられない。
(こいつは僕のだ。誰にも奪わせない。)
ぐちゃぐちゃにこんがらがった欲望の末に
そう、僕は決意した。
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