悪魔は天使の面して嗤う

汐月 詩

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 同じ県内と言えど、市街地と山の方では何もかも違う。もう春がすぐそこまで迫っていると思っていたのに、実家の周りは春なんて程遠い、雪景色だった。
 そういえば、母が私の手を引いて踏切まで歩いた時も、雪が降ってたっけ。
 余計なことを思い出してしまい、足取りが重くなる。だからこの季節に実家に帰りたくなかったんだ。
 踏み固められた道路上の雪がスケートリンクのようになって、家の周りを囲っていた。
 間違ってスニーカーを履いてきてしまい、滑りそうになりながらも家に近づいていく。
 その時──

「あらっ? 宮下さんとこの……千春ちゃんじゃない?」

 聞き覚えのあるダミ声が聞こえてきて、ゆっくりと振り返った。

 やっぱり──

「あらぁ、千春ちゃんすっかりお嬢さんになってぇ」

 記憶していたよりずっと老けたその人は、私たち家族をよく知る向かいのおばちゃんだった。私が家を出てから会っていなかったから、かれこれ十二年ぶりくらいになる。

「お久しぶりです……」

 当然おばちゃんも父の喧嘩を知っているはずだ。気まずくて顔を合わせられずにいた。

「今日はどうしたの? もしかして結婚でもするの? あなたもそろそろそんな歳だものねぇ? 早く結婚して早く赤ちゃん見せてあげなくっちゃ。ねぇ?」

 なんでそうなるんだろう……。

「いえ……ただの帰省です……」

 げんなりしつつも適当にあしらう。この手の話は真面目に受け答えすると長くなる。
 「それじゃあ」とお辞儀をし、足早に立ち去ろうとする私に、おばちゃんは気になる一言を発した。

「そんなことより! ねぇ、千春さん……ひと月前、あなたのお家に若い男の人が入って行ったわよ?」

 え──?

 若い男の人? うちに来るような若い男はセールスマンくらいだけど、それならわざわざ私に言ったりしないはずだ。

「それ……誰ですか?」

 まんまとおばちゃんの策略にハマってしまったらしい。おばちゃんは足を止めた私にいやらしい笑みを見せた。

「誰って、私も知りたいわよぉ。この辺じゃ見ないような背のスラッとしたオシャレな雰囲気の男だったわよぉ? ねぇ……こんなこと言いたくないけど、あなたのお母さん……若い男に入れ込んでるんじゃないでしょうね……?」

 おばちゃんがわざとらしく声を潜めた。

「……それって、うちの母が浮気をしていると言いたいんですか?」

「あらっ? やだやだ、そんなんじゃないわよぉ。私はただ、ちょっと気になったから言っただけなのよぉ。ほら、あのくらいの歳になると、子供も独立して寂しくなるって言うじゃない?」

 なにが『そんなんじゃない』だ。母と若い男のスキャンダルをタレコミたくて仕方ないって顔をしているというのに。
 ただ残念ながら、母が浮気をするとは考えにくい。父のあの一件があったからか、そういうこと・・・・・・に関しては怖いくらいに潔癖だからだ。

「……そうですか、わかりました」

 まだ何か言いたげなおばちゃんを置いて、さっさと家の方へ歩いていく。
 浮気はない。絶対に。でも、だとしたら若い男というのは一体誰で、なんの目的で家を訪ねて来たんだろう。
 おばちゃんの言葉が脳裏に浮かぶ。

『背のスラッとしたオシャレな雰囲気の男』

 そんな男はたくさんいるだろう。だけどなんでだろう、その男がたろちゃんのような気がしてならない。
 でも……たろちゃんだとしても……うちに何の用が? それに、そもそもうちの住所を教えたこともない……。
 ゾクリと背筋に寒いものが走った。なにかがおかしい気がする。私の知らないところで、なにかが起きている──?

「ちがう、そんなことない」

 わざと口に出し、玄関の扉を開けた。
 大丈夫、そんなわけない。若い男はたろちゃんじゃない。たろちゃんがうちに用があるわけない。
 大丈夫、大丈夫、大丈夫。
 それこそ、今日家に帰ったら聞いてみよう。『たろちゃん、私の実家なんて知らないよね?』って。そしたらきっと、彼はこう言う。『知るわけないじゃん。でも今度行ってみてもいいかなーなんて』……うん、想像出来る。
 なんで若い男がたろちゃんかも? なんて思ったりしたんだろう。バカバカしい。
 呼吸を整えゆっくり靴を脱ぐ。懐かしい実家の匂いを感じていると、そこに母が現れた。

「あ、おかえりなさい。あらーあんた、スニーカーなんかで来たの? バカねぇ、こっちの天気忘れちゃった?」

 いつもはイラつく母の小言も今日はなんだかホッとする。

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