悪魔は天使の面して嗤う

汐月 詩

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天使か悪魔か

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 左から、×ばつまるさんかく
 テーブル越しに、微笑む男性が三人。
 まるは見た目だけならドンピシャなんだけど、既に他の子といい雰囲気で私なんか見向きもしない。
 さんかくは至って普通の外見、仕事も安定していて合格点。ただ食べる時にクチャクチャ音を鳴らすのがすごく気になる。我慢できるかと言えば難しい。
 そして一番論外なのは……。

「ねぇねぇ、ちはるチャン、お酒結構飲んだよね~。あ、もしかして酔っちゃった系? 帰り送ってくよ~?」

 左端のこいつ、×ばつ。なぜか私にロックオンしたらしく、最初からグイグイしつこい。うっすら焼けた茶色い肌、金髪、ピアスに金のネックレス。チャラ男はお断りだ。
 私は×ばつに笑顔を返すと、店員さんに合図を送った。この日、実に六度目となるこの言葉を唱える。

「生、おかわり」

 周りのどよめきに躊躇《ためら》うことなく、ジョッキに残ったビールを飲み干す。今日はこれ・・が始まってから、ビールしか飲んでない。
 私のルールはこうだ。
 話しながら楽しく飲みたい時はワイン。一人でゆっくり飲みたい時は日本酒。可愛く酔いたい時はカクテル。そして、サクッと早く帰りたい時はビール。
 薄暗い店内に響くのはジャズのBGM。サックスのエロティックな音色が、男女のムードを盛り上げる。本来ならば、の話だけれど。
 私は口から漏れ出そうになるため息を、キンキンに冷えた生ビールと共に流し込んだ。しかしそれは、苦々しい後味となって喉の奥に残る。
──早く帰りたい。
 そう思った矢先、店員が私たちのテーブルにやってきてこう言った。

「ラストオーダーになりまーす」

 気づけばもうすぐ閉店の時間。やっと、やっと解放される。みんなお喋りに夢中で、もう誰一人としてお酒なんて飲んでなかった。
 私が店員に「いいです」と告げるとほぼ同時に、×ばつがテーブル越しに顔を近づけてきた。

「ね、ね、ちはるチャン。連絡先交換しよ?」
 
 『絶対に嫌』その一言が言えたらどんなに楽か。でも大丈夫。こんな時のために、秘策を用意しておいたのだ。

「じゃあ、みんなで・・・・交換してグループ作りません? またいつかみんなで・・・・飲みに行きましょう」

 『みんなで』を笑顔で連呼する。気づけ。あんたと二人で連絡取り合うなんて、絶対嫌なんだ、と。
 ×ばつは私の言葉に嬉しそうに頷くと、意気揚々と他のみんなに連絡先交換の指示を出した。
 そのあからさまな喜び様に、チクリと胸が痛む。
──なんだか悪いことしちゃったかな。
 ううん、そんなことない、と慌ててかぶりを振った。私には、こんな男にうつつを抜かしている暇なんてないのだ。
 外は、同じく飲み会終わりのサラリーマンたちで賑わっていた。二次会を提案する×ばつを尻目に、急いで周囲を見渡すと、一台のタクシーが目に入る。
 よかったまだあった、と内心ホッとしつつ、私はみんなに「じゃあね」と手を振った。

「え、え、もう帰っちゃうの? ちはるチャーン!」

 ×ばつの叫び声を背中に受け止め、私は颯爽とタクシーに乗り込んだ。こういう時のために駅前を提案したのだ。
 一人になった途端に襲ってくる、疲れ。運転手に聞こえないよう、小声で呟いた。

「今日もハズレかー……」

 
 宮下みやした 千春ちはる、二十九歳、独身。名前に『春』が付くくせに、まだ春は訪れそうにもない。

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