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しおりを挟む騎士が言伝を伝えに行っている頃、セリアはシリア商会の経理を行なっていた。
貧民街での取り壊しで暮らせなくなる住民の行く場所の把握、改築するに当たって必要な物資に掛かる費用、との書類を作っていく。
貧民街は基本的に放置されて治外法権と成り果ててしまい、表通りで住めない者や、税を払えない者の多くが集まっている。
貧民街が治外法権であるために、医者ですら近付かず、誰も助ける者がいない。
そんな貧民街で商会を建てる、という事は支援できる者が居ないことを指す。しかし今の状態では逆に自分達で資材を調達し、取引ができる状態へ持っていく可能性があった。
そのためには基盤が必要だ。そこでセリアは子爵家の手を煩わせることもなく、これまで商店を開いていた者から各代表者を出し、立ち上げることにした。ただし下手を打つと、商会長が貴族の令嬢だと知られてしまうことだろう。
その不安を拭うために、貧民街の周辺での報告書を照らし合わせ、住民の住む場所を提供する代わりに商会内の仕事を斡旋させることに決めた。住民が住むには大きめの規模が必要である。そこで取り壊した住居から新居に移すために、大工職に頼んだ。
大工職の方は計画に対して乗り気なので、セリアは貧民街の奥にあたる住居の取り壊しを早速行い、そこへ新居を構えるといった話をすることにした。
「商会長、任せてくれ。俺たちゃ、貴女に救われたようなもんだ。だから相談と言わず命令してくれても良いぜ!」
「そうそう。商会を立ち上げた時から、みんな同じ意思だぞ。」
既にシリア商会の仲間はセリアを商会長として認めていた。それはセリアも望んでいることだが、まだ今ではない、と感じることができた。
「いえ。まだまだ経営者としては新参者なのですから、相談するのは当たり前ですわ。」
「ふっ、いい心がけだな。」
「明日は先程の来訪の方と面会しますが、皆さんは通常通り動いてくださいね。少しでも多く新居を建てないと、取り壊しても意味がありませんから。」
「勿論だ。それに商会長、現状では赤字、なのだろう?なら急がないと…」
「そこは大丈夫です。幾らか夜会のパーティーで頂いた宝石を売った金銭が多く残ってます。商会の経営としては足りませんが、今は手元の物で出来ることから致しませんと。」
セリアから経営に対しては聞いていない話だったが、そこから最近の経営が滞っていない事が良い証拠だと感じられる。大工職の者以外にも同じ思想だったのか、顔が綻んでいた。
またその場に居合わせた商会の職員は次々と、商会長への信頼が築かれていくのは間違いなかった。
実際セリアは行商を経由して学園の宝石商に高値で交渉したことで、少なくとも子爵家としての収益より多く、現状の生活で困ることは考えられなかった。
その交渉により、商業組合の違反に当たらない程度に懇意になることができた。そのことも王都の商業組合は知られているだろうが、違反に当たらない商人を裁くことは難しい事なので、警戒はされていても関係が悪化する事はなかった。
交渉が終わり次第、商業組合を抜けて子爵領へ手伝いに来ようとしたようだが、領での状況を報せ、現状を維持するように頼んでいる。あとはタイミングを見計らって話せば良いだろうと画策していた。そんな思考をしているところで、騎士が戻ってきた。
「商会長、明日会おうとの事です。やはりと言うか、今日にでも会おうと決めていたようで、意外にも積極的に接触してきました、話したら分かってくれました。」
「ご苦労。それで首尾はどうかしら?それと領主は相変わらずで?」
報告を聞いたセリアは思考を切り替えて、確認を始めた。他の職員も騎士が来たことで我に戻り、作業を再開した。
「はい、領主館では侍女長が意気込んでおります。執事に至っては見習いに仕事を押し付け過ぎてるようで、かなりご立腹の様子です。まだ見習いは口が軽いので引き入れておりませんが、どうしましょうか。」
「そう。あの見習いは話を聞けば自身の役割として、領主に話してしまうでしょうね。まだ当分は良いですわ。それで侍女長には焼き菓子を渡してください。」
侍女長はセシリア専属侍女同様、家に尽くすというよりは領地の事を心配している。根を詰め過ぎないように息抜きさせないと、と思ったセリアであった。
「はっ、分かりました。それとそろそろ帰りませんと…」
「!…そうね。では皆さん、引き続き頼みました。また明日参ります。」
『はい!』
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