13 / 27
第12話
しおりを挟む
作戦はとっても単純だ。
走っても間に合わない、カカシの体にこだわる必要もない。
それならいっそ、それらを手段から排除しちゃえばいい。
「作戦名は……名付けて『飛んでけ☆生首剛速球!』だよ、みずっち!」
あたしが自信満々に作戦名を伝えるも、ぜんぜんピンときていない様子のみずっち。
「えーっと、わかりやすくいうとね。あたしのことを思いっきり投げてほしいの」
「……え? で、できない、そんなこと……。友達の頭、投げるなんて」
みずっちは眉を寄せて首を振った。
いやいや、さっきはボールみたいに扱えてたじゃん!
けどまいったな。みずっちが投げてくれないとそもそも作戦が始められない。
魔法少女はコスチュームを展開している間、常人離れの身体能力を発揮する。その力を駆使してあたしを投げ飛ばせば、メジャーリーガーもビックリな剛速球を投げられるはず。
そして、それを後押しするのがあたしの魔法だ。
他の魔法少女と違って例外的に使える『魔法らしい魔法』を駆使し、剛速球をさらに加速させる!
……っていう作戦なんだけど、うーん。
友達の生首を投げるのは躊躇っちゃうのか……予想外の展開だ。
「でもね、みずっち。もう勝つにはその方法しかないんだよ。みんなのパンツを守るための、唯一の方法なの! お願い!」
懇願しても、みずっちはまだ躊躇っている様子だった。
でもあたしは、この作戦は成功するって確信している。
髪の毛の時もカカシの時もそうだったけど、あたしの魔法が発動するのは『こうしたい』って思いが強くなった時だ。
髪の毛を動かしたい! カカシを操りたい! そう強く思えば任意に魔法を使うことができる。それは今までの生活の中で実証済み。
だから今回も、どんな形で推力を得るかは想像しかしていないけど、魔法で実現できる範囲なら成功できるという確信を持っていた。
だってここエルドラは、夢の世界だよ? 魔法が実在する世界だよ?
不可能なはずがないよ!
そんな思いを込めて、あたしはみずっちを見つめた。
あたしの真剣な眼差しから、なにを言っても撤回しないモードに入っていることを悟ったみたいで、みずっちは立ち上がった。
「フラッグ目がけて、投げればいいんだね?」
「そう! 思いっきりやっちゃって!」
みずっちは頷いて答えると、あたしをドッジボールのように持って――
「ノゾミ……いくよっ!」
ぶうん! 魔法少女として強化された力で投げられたあたしは、剛速球となって砂の上を飛んだ!
びらびらと唇が震え、目が一気に乾燥してシパシパする。
でも予想通りに……いや、予想以上の速度で飛んでいるあたしは、あっさりとラミラミ先生を抜いた。
「な……なんというムチャクチャな手段をとるのですか、あなたは!」
ラミラミ先生が驚いたように声を上げる。
「ルール上は問題ないはずですぅぅぅぅ!」
言われたことをそっくりそのまま言い返してやったあたし。
とはいえ、まだ飛距離は足りていない。だいぶフラッグに近づいているかすみんを追い抜くには、もっとスピードがほしい。
あたしはなるべく明確なイメージを思い浮かべる。この状態から、あたしの飛ぶスピードが速くなるような……そんな現象や道具のイメージを、強く抱く!
やがてあたしは、発動のキーになるようにと叫んだ。
「アフターバーナー、点火あああああぁぁぁぁ!!」
ゴオウ! 魔法陣が展開し、突然あたしの後方へ向けて火柱が立った。
それはまさに、戦闘機とかが火を噴く姿にそっくりだ。
一気に加速したあたしは、砂浜すれすれをトップスピードで翔る。砂塵が巻き上がり、視野がぎゅーっと狭まる。
その真ん中に捉えたフラッグが、ぐんぐんと近づいてくる。
そして、前方を走っていたかすみんも!
「――え!?」
アフターバーナーの音に驚いて振り返ったらしいかすみんが、あたしを見て驚く。
いつの間にか背後に迫っていたことはもちろんだろうけど、火を噴いていることにもびっくりしたんだろう。
でも、その一瞬が仇となった!
「おっ先にぃぃぃぃぃ!」
あたしはとうとう、かすみんを抜いた。
そして見事――フラッグを口でキャッチした!
「勝者――ノゾミちゃんミズホちゃんチームぅ~!」
若葉ちゃんがチェッカーフラッグのようにハンマーを振るう。
同時に沸き起こった歓声が、あたし達の見事な逆転勝利を讃えてくれた。
…………でも。試合終了直後のこと。
「誰が一回勝負と言いましたか? ……ぜえ、ぜえ」
ラミラミ先生が息を切らして、泣きの再戦を申し込んできた。
「三回勝負です。あと二回勝てば私達の勝ち。諦めてはいけませんよ、カスミ君!」
ラミラミ先生は、かすみんの肩をポンと叩く。
奮い立たせようとしたんだろうけど、かすみんは、
「は、はい……ぜえ、ぜえ……先生……ふう、ふう」
「二人とも、いっぱいいっぱいじゃん!」
突っ込みつつ、あたしはしょうがないなぁと思いながら再戦を受け入れ、勝負し。
――そのすべてに見事勝利したのだった。
「つ、次は……別の、競技で……」
「往生際が悪すぎるよ! 帰れ!」
* * *
「くかー、すかー、すかーれっとよはんそーん」
そんな、いびきなのか寝言なのかわからない言葉を口にしながら、まん丸な物体が眠っている。
みずほはそのまん丸な望実を眺めながら、そっと息を吐いた。
望実は今、無数の管が伸びているソケットの中で眠っている。魔力を吸い取る装置の中に入る作業を、みずほが手伝ってあげていたのだ。
望実は一人でできると言い切るのだが、みずほは頑として譲らず、いつも手伝っていた。
――だって、やっとなんだもん。
ざわつく心の中で、独白のような声が広がる。
望実はいつもそうだった。理由もなく前向きで、能天気で。時に空気が読めないとさえ感じるぐらいに、この子は毎日自由に独りで生きていた。
自分の思ったこと、感じたことに対して、ひたすらにまっすぐだったのだ。
そして、それを咎める者だって誰もいなかった。
それは、周囲がほったらかしているわけでも、甘やかしているわけでもない。
望実は、それが許されるぐらいの環境と能力を、最初から持って生まれたのだ。
能天気に見えて賢く地頭がいいから、テストの成績もよかった。気づけば体を動かしているような活発な子だったから、運動だって学年随一だった。前向きな性格は多くの人から好かれていたから、なにかを発案すれば大勢がそれを支持して動いた。
望実は一人でなんでもできてしまう。一人でなにかをしようとすれば、すぐに周りがサポートしてくれる。そんな、恵まれた子だったのだ。
自分とはまるで正反対。環境を奪われ、努力して得た能力も無自覚な才能の暴力に打ちのめされてしまう……そんな凡人の自分とは、真逆の存在だった。
それが、柳瀬川望実という女の子だ。
だからこそみずほは、今の状況を喜んですらいた。
望実が生首となってエルドラにやって来た、この状況を。
――ようやく手に入れた、ノゾミがわたしを必要としてくれる状況なんだもん。
みずほ自身の声が、布に落ちた一滴の血のように広がる。
同時に望実は、自分のことを親友だと呼んでくれた。
助けるためにと、わざわざエルドラにまで来てくれた。
こんな、身動きもろくに取れない生首の状態になってまで、望実は自分のところへ来てくれた。
やっぱりわたしは望実に選ばれている。選んでくれていたんだ!
必要とされていることが、心の底から嬉しかった。
――ダカラ、ソノ席ハ、誰ニモ渡サナイヨ……。
「――っ!」
不気味な声に、みずほは驚いて萎縮した。
その声の主を、みずほは知っている。油断すると顔を出す『そいつ』のことを、みずほはずっと認識し、嫌悪していたから。
きつく口を結んで押さえ込む以外に、『そいつ』を否定する手段はない。
でも、それでいい。それがいい。
そうすれば明日にはまた、何食わぬいつも通りの自分で望実に会えるから。
「……おやすみ、望実」
一言、生首になっても生きている不思議な友達に告げて、みずほは校長室を後にする。
淡い月明かりが窓から差し込み、廊下の黒い背景は青白く塗られていた。誰もが寝静まった夜は、みずほの足音でさえけたたましい騒音のようだ。
そんな静かな夜の景色を眺めようと、ふと窓の外に目をやった時。
中庭にある生徒達が世話をしている畑で、なにかが動いたのを確かに見た。
(…………あれは? でも、なんで?)
その影には見覚えがあった。同時に疑問が脳裏に浮ぶ。
一瞬のためらいのあと、眠っている生徒を起こして騒ぎにするのも忍びないからと、みずほは独り魔導器を構えて畑へ向かった。
畑に到着し、警戒しながら影に近づく。ジッとしたまま動かないそれは、みずほに気づいていなくて動かないのか、気づいててあえてそうしているのか。
「こんな夜半に女の子が出歩くのは感心しませんね。生活指導対象ですよ?」
答えは後者。翼を生やした鎧甲冑の影――ラミエルは、怖いほど穏やかな声で言った。
「そういうあんたは、畑荒らし? そっちの方が看過できないけど」
みずほが答えると、ラミエルはフフッと笑った。
「あいにくと、そのような趣味は持ち合わせておりません。そこまで私は、欲深くはありませんから…………あなたと違って」
瞬間、みずほは薙刀の切っ先をラミエルへ突きつけた。
そして、直後に後悔した。
「思った通りです。あなたは人一倍、夢を願う力が強いようですね。ちゃんと自覚すら持っている。見込んだとおりのすばらしい逸材です」
自分はラミエルに踊らされた。言葉ではなくとも行動で肯定してしまった。
ついさっき心がざわついたばかりでタイミングが悪かったのもあるが、悪手だ。
薙刀の切っ先が月明かりを明滅させていた。
ラミエルはそれを押さえ込むように、峯を掴んで下げさせた。みずほは抗えなかった。
「今日ここに来たのは他でもない、あなたにお会いするためなんです、高坂みずほさん」
どういうつもりなのだろう? 疑問に思ったみずほだが、下手な言動は相手のペースに持って行かれる。黙ったままラミエルの言葉を待つ。
「奇襲をしかけようとか、あなた一人を呼び出して手にかけようなどと、卑怯なことは考えておりません。最低限のルールとモラルは私にだってあります。なので、そんなに警戒しないでいただきたいのですが……」
ラミエルは、言いながら自分の鎧の中へ手を突っ込み、なにかを探した。
やがて取り出したのはペンダントだった。
「これは魔法少女の魔力を高めるペンダントです。魔力が高まれば強くなりますし、魔法少女として生き残れる確率も増えるでしょう。これを、あなたに差し上げます」
静かに差し出してくるラミエルを、みずほは鋭く見つめる。
「敵に塩を送る……ってこと?」
「敵対はしていますが、嫌っているわけではありませんもの。あなたの夢に対してまっすぐなところを見込んでの、
敬意を表した手土産です」
胡散臭いことこの上ない。受け取るもんか。
だがその意思とは無関係に、無理矢理に、ラミエルはみずほの手を取って開かせ、ペンダントを握らせた。
「渡すぐらいならタダですからね。確かにお渡ししましたよ。あとはあなたのお好きなように」
そう言い残したラミエルは、無防備に背中を晒して去っていく。
攻撃のチャンス。だが、みずほの足は動かなかった。
やがてラミエルの姿が視界から消える。残ったのはやつの冷たい手甲の感触と、飾り気のないペンダントだけ。
心がざわつく。色んな感情がない交ぜになって、どう形容していいのかわからない。
その衝動の赴くまま、みずほは掌を硬く握り、
――振りかぶった。
走っても間に合わない、カカシの体にこだわる必要もない。
それならいっそ、それらを手段から排除しちゃえばいい。
「作戦名は……名付けて『飛んでけ☆生首剛速球!』だよ、みずっち!」
あたしが自信満々に作戦名を伝えるも、ぜんぜんピンときていない様子のみずっち。
「えーっと、わかりやすくいうとね。あたしのことを思いっきり投げてほしいの」
「……え? で、できない、そんなこと……。友達の頭、投げるなんて」
みずっちは眉を寄せて首を振った。
いやいや、さっきはボールみたいに扱えてたじゃん!
けどまいったな。みずっちが投げてくれないとそもそも作戦が始められない。
魔法少女はコスチュームを展開している間、常人離れの身体能力を発揮する。その力を駆使してあたしを投げ飛ばせば、メジャーリーガーもビックリな剛速球を投げられるはず。
そして、それを後押しするのがあたしの魔法だ。
他の魔法少女と違って例外的に使える『魔法らしい魔法』を駆使し、剛速球をさらに加速させる!
……っていう作戦なんだけど、うーん。
友達の生首を投げるのは躊躇っちゃうのか……予想外の展開だ。
「でもね、みずっち。もう勝つにはその方法しかないんだよ。みんなのパンツを守るための、唯一の方法なの! お願い!」
懇願しても、みずっちはまだ躊躇っている様子だった。
でもあたしは、この作戦は成功するって確信している。
髪の毛の時もカカシの時もそうだったけど、あたしの魔法が発動するのは『こうしたい』って思いが強くなった時だ。
髪の毛を動かしたい! カカシを操りたい! そう強く思えば任意に魔法を使うことができる。それは今までの生活の中で実証済み。
だから今回も、どんな形で推力を得るかは想像しかしていないけど、魔法で実現できる範囲なら成功できるという確信を持っていた。
だってここエルドラは、夢の世界だよ? 魔法が実在する世界だよ?
不可能なはずがないよ!
そんな思いを込めて、あたしはみずっちを見つめた。
あたしの真剣な眼差しから、なにを言っても撤回しないモードに入っていることを悟ったみたいで、みずっちは立ち上がった。
「フラッグ目がけて、投げればいいんだね?」
「そう! 思いっきりやっちゃって!」
みずっちは頷いて答えると、あたしをドッジボールのように持って――
「ノゾミ……いくよっ!」
ぶうん! 魔法少女として強化された力で投げられたあたしは、剛速球となって砂の上を飛んだ!
びらびらと唇が震え、目が一気に乾燥してシパシパする。
でも予想通りに……いや、予想以上の速度で飛んでいるあたしは、あっさりとラミラミ先生を抜いた。
「な……なんというムチャクチャな手段をとるのですか、あなたは!」
ラミラミ先生が驚いたように声を上げる。
「ルール上は問題ないはずですぅぅぅぅ!」
言われたことをそっくりそのまま言い返してやったあたし。
とはいえ、まだ飛距離は足りていない。だいぶフラッグに近づいているかすみんを追い抜くには、もっとスピードがほしい。
あたしはなるべく明確なイメージを思い浮かべる。この状態から、あたしの飛ぶスピードが速くなるような……そんな現象や道具のイメージを、強く抱く!
やがてあたしは、発動のキーになるようにと叫んだ。
「アフターバーナー、点火あああああぁぁぁぁ!!」
ゴオウ! 魔法陣が展開し、突然あたしの後方へ向けて火柱が立った。
それはまさに、戦闘機とかが火を噴く姿にそっくりだ。
一気に加速したあたしは、砂浜すれすれをトップスピードで翔る。砂塵が巻き上がり、視野がぎゅーっと狭まる。
その真ん中に捉えたフラッグが、ぐんぐんと近づいてくる。
そして、前方を走っていたかすみんも!
「――え!?」
アフターバーナーの音に驚いて振り返ったらしいかすみんが、あたしを見て驚く。
いつの間にか背後に迫っていたことはもちろんだろうけど、火を噴いていることにもびっくりしたんだろう。
でも、その一瞬が仇となった!
「おっ先にぃぃぃぃぃ!」
あたしはとうとう、かすみんを抜いた。
そして見事――フラッグを口でキャッチした!
「勝者――ノゾミちゃんミズホちゃんチームぅ~!」
若葉ちゃんがチェッカーフラッグのようにハンマーを振るう。
同時に沸き起こった歓声が、あたし達の見事な逆転勝利を讃えてくれた。
…………でも。試合終了直後のこと。
「誰が一回勝負と言いましたか? ……ぜえ、ぜえ」
ラミラミ先生が息を切らして、泣きの再戦を申し込んできた。
「三回勝負です。あと二回勝てば私達の勝ち。諦めてはいけませんよ、カスミ君!」
ラミラミ先生は、かすみんの肩をポンと叩く。
奮い立たせようとしたんだろうけど、かすみんは、
「は、はい……ぜえ、ぜえ……先生……ふう、ふう」
「二人とも、いっぱいいっぱいじゃん!」
突っ込みつつ、あたしはしょうがないなぁと思いながら再戦を受け入れ、勝負し。
――そのすべてに見事勝利したのだった。
「つ、次は……別の、競技で……」
「往生際が悪すぎるよ! 帰れ!」
* * *
「くかー、すかー、すかーれっとよはんそーん」
そんな、いびきなのか寝言なのかわからない言葉を口にしながら、まん丸な物体が眠っている。
みずほはそのまん丸な望実を眺めながら、そっと息を吐いた。
望実は今、無数の管が伸びているソケットの中で眠っている。魔力を吸い取る装置の中に入る作業を、みずほが手伝ってあげていたのだ。
望実は一人でできると言い切るのだが、みずほは頑として譲らず、いつも手伝っていた。
――だって、やっとなんだもん。
ざわつく心の中で、独白のような声が広がる。
望実はいつもそうだった。理由もなく前向きで、能天気で。時に空気が読めないとさえ感じるぐらいに、この子は毎日自由に独りで生きていた。
自分の思ったこと、感じたことに対して、ひたすらにまっすぐだったのだ。
そして、それを咎める者だって誰もいなかった。
それは、周囲がほったらかしているわけでも、甘やかしているわけでもない。
望実は、それが許されるぐらいの環境と能力を、最初から持って生まれたのだ。
能天気に見えて賢く地頭がいいから、テストの成績もよかった。気づけば体を動かしているような活発な子だったから、運動だって学年随一だった。前向きな性格は多くの人から好かれていたから、なにかを発案すれば大勢がそれを支持して動いた。
望実は一人でなんでもできてしまう。一人でなにかをしようとすれば、すぐに周りがサポートしてくれる。そんな、恵まれた子だったのだ。
自分とはまるで正反対。環境を奪われ、努力して得た能力も無自覚な才能の暴力に打ちのめされてしまう……そんな凡人の自分とは、真逆の存在だった。
それが、柳瀬川望実という女の子だ。
だからこそみずほは、今の状況を喜んですらいた。
望実が生首となってエルドラにやって来た、この状況を。
――ようやく手に入れた、ノゾミがわたしを必要としてくれる状況なんだもん。
みずほ自身の声が、布に落ちた一滴の血のように広がる。
同時に望実は、自分のことを親友だと呼んでくれた。
助けるためにと、わざわざエルドラにまで来てくれた。
こんな、身動きもろくに取れない生首の状態になってまで、望実は自分のところへ来てくれた。
やっぱりわたしは望実に選ばれている。選んでくれていたんだ!
必要とされていることが、心の底から嬉しかった。
――ダカラ、ソノ席ハ、誰ニモ渡サナイヨ……。
「――っ!」
不気味な声に、みずほは驚いて萎縮した。
その声の主を、みずほは知っている。油断すると顔を出す『そいつ』のことを、みずほはずっと認識し、嫌悪していたから。
きつく口を結んで押さえ込む以外に、『そいつ』を否定する手段はない。
でも、それでいい。それがいい。
そうすれば明日にはまた、何食わぬいつも通りの自分で望実に会えるから。
「……おやすみ、望実」
一言、生首になっても生きている不思議な友達に告げて、みずほは校長室を後にする。
淡い月明かりが窓から差し込み、廊下の黒い背景は青白く塗られていた。誰もが寝静まった夜は、みずほの足音でさえけたたましい騒音のようだ。
そんな静かな夜の景色を眺めようと、ふと窓の外に目をやった時。
中庭にある生徒達が世話をしている畑で、なにかが動いたのを確かに見た。
(…………あれは? でも、なんで?)
その影には見覚えがあった。同時に疑問が脳裏に浮ぶ。
一瞬のためらいのあと、眠っている生徒を起こして騒ぎにするのも忍びないからと、みずほは独り魔導器を構えて畑へ向かった。
畑に到着し、警戒しながら影に近づく。ジッとしたまま動かないそれは、みずほに気づいていなくて動かないのか、気づいててあえてそうしているのか。
「こんな夜半に女の子が出歩くのは感心しませんね。生活指導対象ですよ?」
答えは後者。翼を生やした鎧甲冑の影――ラミエルは、怖いほど穏やかな声で言った。
「そういうあんたは、畑荒らし? そっちの方が看過できないけど」
みずほが答えると、ラミエルはフフッと笑った。
「あいにくと、そのような趣味は持ち合わせておりません。そこまで私は、欲深くはありませんから…………あなたと違って」
瞬間、みずほは薙刀の切っ先をラミエルへ突きつけた。
そして、直後に後悔した。
「思った通りです。あなたは人一倍、夢を願う力が強いようですね。ちゃんと自覚すら持っている。見込んだとおりのすばらしい逸材です」
自分はラミエルに踊らされた。言葉ではなくとも行動で肯定してしまった。
ついさっき心がざわついたばかりでタイミングが悪かったのもあるが、悪手だ。
薙刀の切っ先が月明かりを明滅させていた。
ラミエルはそれを押さえ込むように、峯を掴んで下げさせた。みずほは抗えなかった。
「今日ここに来たのは他でもない、あなたにお会いするためなんです、高坂みずほさん」
どういうつもりなのだろう? 疑問に思ったみずほだが、下手な言動は相手のペースに持って行かれる。黙ったままラミエルの言葉を待つ。
「奇襲をしかけようとか、あなた一人を呼び出して手にかけようなどと、卑怯なことは考えておりません。最低限のルールとモラルは私にだってあります。なので、そんなに警戒しないでいただきたいのですが……」
ラミエルは、言いながら自分の鎧の中へ手を突っ込み、なにかを探した。
やがて取り出したのはペンダントだった。
「これは魔法少女の魔力を高めるペンダントです。魔力が高まれば強くなりますし、魔法少女として生き残れる確率も増えるでしょう。これを、あなたに差し上げます」
静かに差し出してくるラミエルを、みずほは鋭く見つめる。
「敵に塩を送る……ってこと?」
「敵対はしていますが、嫌っているわけではありませんもの。あなたの夢に対してまっすぐなところを見込んでの、
敬意を表した手土産です」
胡散臭いことこの上ない。受け取るもんか。
だがその意思とは無関係に、無理矢理に、ラミエルはみずほの手を取って開かせ、ペンダントを握らせた。
「渡すぐらいならタダですからね。確かにお渡ししましたよ。あとはあなたのお好きなように」
そう言い残したラミエルは、無防備に背中を晒して去っていく。
攻撃のチャンス。だが、みずほの足は動かなかった。
やがてラミエルの姿が視界から消える。残ったのはやつの冷たい手甲の感触と、飾り気のないペンダントだけ。
心がざわつく。色んな感情がない交ぜになって、どう形容していいのかわからない。
その衝動の赴くまま、みずほは掌を硬く握り、
――振りかぶった。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
【完】真実をお届け♪※彷徨うインベントリ※~ミラクルマスターは、真実を伝えたい~
桜 鴬
ファンタジー
スキル無限収納は、別名を亜空間収納といわれているわ。このスキルを所持する人間たちは、底無しとも言われる収納空間を利用出来るの。古の人間たちは誰もが大気中から体内へ無限に魔力を吸収巡回していた。それ故に誰もが亜空間を収納スペースとして利用していた。だけどそれが当たり前では無くなってしまった。それは人間の驕りからきたもの。
やがて…………
無限収納は無限では無く己の魔力量による限りのある収納となり、インベントリと呼ばれるようになった。さらには通常のスキルと同じく、誰もが使えるスキルでは無くなってしまった……。
主を亡くしたインベントリの中身は、継承の鍵と遺言により、血族にのみ継承ができる。しかし鍵を作るのは複雑て、なおかつ定期的な更新が必要。
だから……
亜空間には主を失い、思いを託されたままの無数のインベントリが……あてもなく……永遠に……哀しくさ迷っている…………
やがてその思いを引き寄せるスキルが誕生する。それがミラクルマスターである。
なーんちゃってちょっとカッコつけすぎちゃった。私はミラクルマスター。希少なスキル持ちの王子たちをサポートに、各地を巡回しながらお仕事してまーす!苺ケーキが大好物だよん。ちなみに成人してますから!おちびに見えるのは成長が遅れてるからよ。仕方ないの。子は親を選べないからね。あ!あのね。只今自称ヒロインさんとやらが出没中らしいの。私を名指しして、悪役令嬢だとわめいているそう。でも私は旅してるし、ミラクルマスターになるときに、王族の保護に入るから、貴族の身分は捨てるんだよね。どうせ私の親は処刑されるような罪人だったから構わない。でもその悪役令嬢の私は、ボンキュッボンのナイスバディらしい。自称ヒロインさんの言葉が本当なら、私はまだまだ成長する訳ですね!わーい。こら!頭撫でるな!叩くのもダメ!のびなくなっちゃうー!背はまだまだこれから伸びるんだってば!
【公開予定】
(Ⅰ)最後まで優しい人・㊤㊦
(Ⅱ)ごうつくばりじいさん・①~⑤
(Ⅲ)乙女ゲーム・ヒロインが!転生者編①~⑦
短編(数話毎)読み切り方式。(Ⅰ)~(Ⅲ)以降は、不定期更新となります<(_ _*)>
半分異世界
月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。
ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。
いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。
そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。
「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界
異世界営生物語
田島久護
ファンタジー
相良仁は高卒でおもちゃ会社に就職し営業部一筋一五年。
ある日出勤すべく向かっていた途中で事故に遭う。
目覚めた先の森から始まる異世界生活。
戸惑いながらも仁は異世界で生き延びる為に営生していきます。
出会う人々と絆を紡いでいく幸せへの物語。
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
とある中年男性の転生冒険記
うしのまるやき
ファンタジー
中年男性である郡元康(こおりもとやす)は、目が覚めたら見慣れない景色だったことに驚いていたところに、アマデウスと名乗る神が現れ、原因不明で死んでしまったと告げられたが、本人はあっさりと受け入れる。アマデウスの管理する世界はいわゆる定番のファンタジーあふれる世界だった。ひそかに持っていた厨二病の心をくすぐってしまい本人は転生に乗り気に。彼はその世界を楽しもうと期待に胸を膨らませていた。
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる