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いつもの日々
初めての……
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「おつかれさまでーす」
もうすぐ閉店の時間。無論、ラストオーダーの時間は終わっていた。
頭の中で台詞を考えながら、申し訳なさそうな顔で振り返った睦美は、来店者を見るなり表情を緩めた。
「新本さん、お疲れさまです。今日はいらっしゃる日だったんですね」
「いや、その予定じゃなかったんだけどね。彼、呼んでもらえる」
「分かりました。奥の席で待っていてください」
新本と呼ばれた男は、睦美に指定された席——入り口から一番遠いテーブル席に目をやった。靴底に赤い差し色が入った黒いシューズで、カフェの床板を鳴らしながら進んだ。
えんじ色のネクタイを緩め、テーブルに置かれたコップと氷水入りのピッチャーを手繰り寄せながら、店内をきょろきょろと見回していた。
新本を尻目に、睦美はカウンターの片づけをした。反対側にいる桜井は銀色のシェイカーをリズミカルに、慣れた手つきで振り、最後の注文を完成させているところだった。
紙のコースターに載せたカクテルグラスを提供し終えたのを見計らい、睦美は桜井に声をかけた。
「桜井さん。今日はもうあがってください。お客さんです」
「うん? お客さんって……」
テノールボイスと共に桜井は振り返った。後ろで結ばれた小さなポニーテールが揺れた。まるで子犬の尻尾のようだと思った睦美は笑わないように唇に力を入れながら、新本がいる席を指示した。
はじめは微笑を浮かべていた桜井だったが、睦美の指の先をみると、あからさまにげっそりとした顔をした。
桜井はカウンター扉から出て、腰に巻いた黒いエプロンを外しながら歩いた。
「お疲れ様。今日は桜井さんなんだね」
「はぁ。一体なんの用ですか?」
叩きつけるように、桜井はエプロンをテーブルの真ん中に置いた。
一方睦美は場所を交代して、桜井特製のカクテルに舌鼓を打つお客さんと話していた。幸い、今いるふたりの男性客はそれなりに酒が強いうえに良識のある人であり、常連であった。一線を引きながらも睦美は楽しそうに喋っていた。
そんな姿を見ていた桜井はフッと優しい目で笑った。
「おじさんおじさん。このままじゃ睦美ちゃんに穴が開いちゃうぞ」
「ばっ……かなこと、言わないでください」
新本の言葉で視線を正面に戻すと、いつの間にか桜井の前には氷の入った水が用意されていた。
桜井はコップを掴むとグイッと飲み干した。
「まぁまぁ。最近どうなの? ここの生活は慣れた?」
尋ねながら新本は桜井のコップに新たな水を注いだ。
「一応、と言いたいところですが……」
「ん? なにか心配事でも?」
「あるに決まっているでしょう!」
テーブルに乗り上げる勢いで桜井は新本に顔を近づけた。眉尻を下げているも、真剣そうな目に新本はだらけきっていた姿勢を正した。
桜井の目線が横に向けられる。その先にいるのは最後の客と睦美だった。
「俺……ここに来て、この姿になるの、初めてなんですよ」
ぼそりと、重々しく言った。
最初は首を傾げていた新本だったが、少しして「あぁ!」と声をあげた。
「そうか。この前大人になったときは、まだ一緒に住んでいなかったもんねぇ。ってことは…………初めての夜、ってこと?」
「変な言い方しないでくださいっ」
新本の小声に、桜井は小さく叫んだ。
もうすぐ閉店の時間。無論、ラストオーダーの時間は終わっていた。
頭の中で台詞を考えながら、申し訳なさそうな顔で振り返った睦美は、来店者を見るなり表情を緩めた。
「新本さん、お疲れさまです。今日はいらっしゃる日だったんですね」
「いや、その予定じゃなかったんだけどね。彼、呼んでもらえる」
「分かりました。奥の席で待っていてください」
新本と呼ばれた男は、睦美に指定された席——入り口から一番遠いテーブル席に目をやった。靴底に赤い差し色が入った黒いシューズで、カフェの床板を鳴らしながら進んだ。
えんじ色のネクタイを緩め、テーブルに置かれたコップと氷水入りのピッチャーを手繰り寄せながら、店内をきょろきょろと見回していた。
新本を尻目に、睦美はカウンターの片づけをした。反対側にいる桜井は銀色のシェイカーをリズミカルに、慣れた手つきで振り、最後の注文を完成させているところだった。
紙のコースターに載せたカクテルグラスを提供し終えたのを見計らい、睦美は桜井に声をかけた。
「桜井さん。今日はもうあがってください。お客さんです」
「うん? お客さんって……」
テノールボイスと共に桜井は振り返った。後ろで結ばれた小さなポニーテールが揺れた。まるで子犬の尻尾のようだと思った睦美は笑わないように唇に力を入れながら、新本がいる席を指示した。
はじめは微笑を浮かべていた桜井だったが、睦美の指の先をみると、あからさまにげっそりとした顔をした。
桜井はカウンター扉から出て、腰に巻いた黒いエプロンを外しながら歩いた。
「お疲れ様。今日は桜井さんなんだね」
「はぁ。一体なんの用ですか?」
叩きつけるように、桜井はエプロンをテーブルの真ん中に置いた。
一方睦美は場所を交代して、桜井特製のカクテルに舌鼓を打つお客さんと話していた。幸い、今いるふたりの男性客はそれなりに酒が強いうえに良識のある人であり、常連であった。一線を引きながらも睦美は楽しそうに喋っていた。
そんな姿を見ていた桜井はフッと優しい目で笑った。
「おじさんおじさん。このままじゃ睦美ちゃんに穴が開いちゃうぞ」
「ばっ……かなこと、言わないでください」
新本の言葉で視線を正面に戻すと、いつの間にか桜井の前には氷の入った水が用意されていた。
桜井はコップを掴むとグイッと飲み干した。
「まぁまぁ。最近どうなの? ここの生活は慣れた?」
尋ねながら新本は桜井のコップに新たな水を注いだ。
「一応、と言いたいところですが……」
「ん? なにか心配事でも?」
「あるに決まっているでしょう!」
テーブルに乗り上げる勢いで桜井は新本に顔を近づけた。眉尻を下げているも、真剣そうな目に新本はだらけきっていた姿勢を正した。
桜井の目線が横に向けられる。その先にいるのは最後の客と睦美だった。
「俺……ここに来て、この姿になるの、初めてなんですよ」
ぼそりと、重々しく言った。
最初は首を傾げていた新本だったが、少しして「あぁ!」と声をあげた。
「そうか。この前大人になったときは、まだ一緒に住んでいなかったもんねぇ。ってことは…………初めての夜、ってこと?」
「変な言い方しないでくださいっ」
新本の小声に、桜井は小さく叫んだ。
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