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エピソード5・愚か
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「……婚約者?」
思わずついて出たルビアの言葉。それを聞いた王子は、不思議そうに首を首を傾げて聞き返す。
「えっと……その……う、噂で聞いたんです……!王子には、結婚を誓ってる女性がいると……それで、その……」
ルビアはなんとか言葉を絞り出し、紡ごうとする。それを聞いた王子は、合点がいった、とでも言うように目を見開き、「ああ!」と声を上げた。
「たしかに、僕はある女性に結婚をしようという話を持ちかけました。けれど、心配なさらないでください。僕には最初から、あなたにしか見えておりませんでしたから……」
「え……?」
ルビアは、まるで時間が止まってしまったかのような感覚に陥った。そんな彼女の様子を知ってか知らずか、王子は語り続ける。
「僕はあの日、命を助けてくれたあなたのことばかり考えておりました。あの暖かな笑顔、優しさが滲み出る仕草……それから、人魚が助けてくれたという可愛げのある照れ隠しにも、心惹かれました」
けれど、と王子は顔に影を落とす。
「……あなたの教師から聞いたのです。あなたは婚約者に相応しい人物になる為に勉強中の身である、と……。だから、潔く身を引こうと思っていました。そんな時に……サフィーという女性に出会ったのです」
先ほどとは一変し、王子の表情は明るくなる。彼はそのまま、嬉しそうに話し続けた。
__その言葉が、ルビアの心に既につけていた傷を、さらに抉ることになるとは気づかずに。
「サフィーは気品と優しい心を持つ、とても美しい女性でした。そして、貴女にとてもそっくりだったのです。だから……自然と恋心を抱くようになりました」
ルビアは何も答えず、何も反応も見せない。王子はそれを気にする様子もなく、微笑みを浮かべたまま話を続ける。
「貴女が縁談相手だと知らなかった僕は、親が決めた相手と結婚をするということを、どうしても受け入れることができずにいました。そして、サフィーを見て思ったのです。“親が決めた相手と結婚するくらいなら、いっそ、想い人の面影を持つ彼女と結婚しよう”と……」
王子は満面の笑みを浮かべ、ルビアの手をそっと取った。
「でも、この場で貴女に再び出会えて、本当に良かった!僕は喜んであなたと結婚します!サフィーも、きっと僕の幸せを喜んでくれるでしょう!」
「……えぇ、そうですね」
ルビアは微笑んだまま、静かに頷いた。けれど、彼女の心の中はとても冷えきっていた。
(……愚かな男。サフィーが貴方の命を助けたことを、あたしの照れ隠しで片付けるなんて……。彼女は、心から貴方を慕っていたはずなのに……)
グラスを持つルビアの手が、カタカタと震える。
(この人は一体、何を見ていたの?サフィーの純粋な愛情よりも、あたしの上辺だけの優しさに惹かれるなんて……。あたしとサフィーがそっくりなんて言うのも、馬鹿馬鹿しすぎて逆に笑えちゃう。あぁ、本当に……本当に、愚かな男。サフィーの気持ちを知ったように語って、結局考えるのは、自分の幸せばかり……)
その時、ルビアの心の底から湧き上がってくるものがあった。それは、自身が失恋してからずっと封じてきたはずの、ワガママだった。
(……あたしだって、愚かだ。だって……こんな男に、サフィーを譲ろうとしたんだもの)
__その夜、王子のいる城は大騒ぎとなった。何故なら、王子が毒によって殺されてしまったからだ。
王子の死が発覚したのは、ルビアが「王子が息をしていない」と、狼狽えながら国王たちに知らせたことからだった。
王子に毒をもった犯人として、王子が最後に口付けたワインを持ち込んだ従者が罰せられた。そのワインを口にしたのは、王子しかいなかったからだ。
さて、果たしてこの話を聞いた者の中に、気づいた者はいたのだろうか……。王子に毒をもった、本当の犯人に……。
気づいたとしても、おいそれと真相を話す者はいなかったかもしれない。
何故なら、王族相手に告発するような度胸を持ち合わせてる者は、誰一人としていなかったからだ。
__こうして、真相は海の底へと沈んでしまった。
思わずついて出たルビアの言葉。それを聞いた王子は、不思議そうに首を首を傾げて聞き返す。
「えっと……その……う、噂で聞いたんです……!王子には、結婚を誓ってる女性がいると……それで、その……」
ルビアはなんとか言葉を絞り出し、紡ごうとする。それを聞いた王子は、合点がいった、とでも言うように目を見開き、「ああ!」と声を上げた。
「たしかに、僕はある女性に結婚をしようという話を持ちかけました。けれど、心配なさらないでください。僕には最初から、あなたにしか見えておりませんでしたから……」
「え……?」
ルビアは、まるで時間が止まってしまったかのような感覚に陥った。そんな彼女の様子を知ってか知らずか、王子は語り続ける。
「僕はあの日、命を助けてくれたあなたのことばかり考えておりました。あの暖かな笑顔、優しさが滲み出る仕草……それから、人魚が助けてくれたという可愛げのある照れ隠しにも、心惹かれました」
けれど、と王子は顔に影を落とす。
「……あなたの教師から聞いたのです。あなたは婚約者に相応しい人物になる為に勉強中の身である、と……。だから、潔く身を引こうと思っていました。そんな時に……サフィーという女性に出会ったのです」
先ほどとは一変し、王子の表情は明るくなる。彼はそのまま、嬉しそうに話し続けた。
__その言葉が、ルビアの心に既につけていた傷を、さらに抉ることになるとは気づかずに。
「サフィーは気品と優しい心を持つ、とても美しい女性でした。そして、貴女にとてもそっくりだったのです。だから……自然と恋心を抱くようになりました」
ルビアは何も答えず、何も反応も見せない。王子はそれを気にする様子もなく、微笑みを浮かべたまま話を続ける。
「貴女が縁談相手だと知らなかった僕は、親が決めた相手と結婚をするということを、どうしても受け入れることができずにいました。そして、サフィーを見て思ったのです。“親が決めた相手と結婚するくらいなら、いっそ、想い人の面影を持つ彼女と結婚しよう”と……」
王子は満面の笑みを浮かべ、ルビアの手をそっと取った。
「でも、この場で貴女に再び出会えて、本当に良かった!僕は喜んであなたと結婚します!サフィーも、きっと僕の幸せを喜んでくれるでしょう!」
「……えぇ、そうですね」
ルビアは微笑んだまま、静かに頷いた。けれど、彼女の心の中はとても冷えきっていた。
(……愚かな男。サフィーが貴方の命を助けたことを、あたしの照れ隠しで片付けるなんて……。彼女は、心から貴方を慕っていたはずなのに……)
グラスを持つルビアの手が、カタカタと震える。
(この人は一体、何を見ていたの?サフィーの純粋な愛情よりも、あたしの上辺だけの優しさに惹かれるなんて……。あたしとサフィーがそっくりなんて言うのも、馬鹿馬鹿しすぎて逆に笑えちゃう。あぁ、本当に……本当に、愚かな男。サフィーの気持ちを知ったように語って、結局考えるのは、自分の幸せばかり……)
その時、ルビアの心の底から湧き上がってくるものがあった。それは、自身が失恋してからずっと封じてきたはずの、ワガママだった。
(……あたしだって、愚かだ。だって……こんな男に、サフィーを譲ろうとしたんだもの)
__その夜、王子のいる城は大騒ぎとなった。何故なら、王子が毒によって殺されてしまったからだ。
王子の死が発覚したのは、ルビアが「王子が息をしていない」と、狼狽えながら国王たちに知らせたことからだった。
王子に毒をもった犯人として、王子が最後に口付けたワインを持ち込んだ従者が罰せられた。そのワインを口にしたのは、王子しかいなかったからだ。
さて、果たしてこの話を聞いた者の中に、気づいた者はいたのだろうか……。王子に毒をもった、本当の犯人に……。
気づいたとしても、おいそれと真相を話す者はいなかったかもしれない。
何故なら、王族相手に告発するような度胸を持ち合わせてる者は、誰一人としていなかったからだ。
__こうして、真相は海の底へと沈んでしまった。
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