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第17話
しおりを挟む「花火、見に行こうよ」
秋田県大仙市の花火会場は、当日数十万人の人で混雑する。お互い、交通機関を使って待ち合せよう、ということになった。
大曲の駅は暑く、花火客で大変な混雑状況だった。人ごみの中でも、かよの姿はすぐに分かった。かよは僕に気が付くと、ぴょんぴょんジャンプしながら気付いてもらおうと必死だった。花火会場まではしばらく歩いていく。二人で人の流れに合わせて進んでいると、頭上でポンポン、と音がした。
「あれ、もう花火やってる」
昼花火だ。まだ明るいうちから、花火を上げている。白い煙が青い空に漂い伸びては消えていった。
花火会場の河川敷に着くと、ものすごい見物人で一帯が埋め尽くされていた。僕とかよは、特設会場からはすこし離れた、草むらの上に座った。屋台の焼きそばを食べていると、徐々にあたりはうす暗くなってきた。大きな青いシートを広げて、ビールを飲んでいる団体、家族連れ、こどもがはしゃいでいる。アナウンスが鳴る。
夜になり、花火大会が始まった。大きな夜空に、どかんどかん、と大輪の花が咲いては、ちりちりと音を立てながら、消えていく。瞬きをする間もないほどの、たくさんの花火。今まで見たことも無い、大きな音、光、言葉を失った。
一時間は続いただろうか。延々と花火の競演が続く。感動したのか、かよは僕の手を握りしめていた。
「よかったな、来て」
「うん、ありがとう、ほんと、来て良かった」
かよは泣いていた。
「かよ、本当に好きなんだよ」
僕はもっと大きな声で言った。
「ずっと、一緒に、居て欲しい」
かよの肩が震えていた。首を動かし落ちる涙を拭く仕草を見せると、こちらを振り向いた。目は真っ赤だったが、顔はいつもの笑顔だった。
「うん、いいよ、一緒にいよな」
かよが言ったとたん、後ろで大きな尺玉が鳴った。
花火が終わった後は、たくさんの人が興奮冷めきらぬまま、皆一方向に歩いていた。真っ暗な空は、まだ花火が鳴り続けているように、チカチカする。ざわざわとした喧騒の中で、僕たちは無言だった。でもしっかりと手を握っていた。はぐれないように。かよは手をしっかりと握り返してきた。
「牛のとこ、いく」
「へ?」
「タカちゃんのお嫁さんになる」
「え?でも…」
「ウチのことはいいの。兄さんもいるし、父さんも母さんもまだ元気だから」
「…」
「でも、タカちゃんのところは…牛の世話、手伝いたい」
「いや…でも、そうは言っても…」
「大丈夫、ちゃんとみんなに話すから。絶対、分かってもらえる」
「…そうかなあ」
かよは河川敷の草むらに立ち、人が去ったあとの川岸を遠く眺めながら、そのまなざしは暗い中でも力強い光をたたえていた。涼しい風がひゅーと吹いて、かよの長い髪と僕のシャツの裾をなびかせた。
秋田駅に隣接するホテルで宿泊する。僕はかよと別々の部屋を用意した。僕は自分の部屋に入り、荷物を置いていると、かよが勝手にベットに寝っころがって「あーーーーー」と大きく伸びをした。
「おい…自分の部屋、行けよ」
「えーーーなんでいいじゃん、一緒に寝ようよーー」
かよはへらへら笑っている。困ったなと思いつつ、僕がシャワーを浴びる準備をしていると、いきなりかよが服を脱ぎ出した。
「ちょ、ちょっと?」
「ん?一緒に入る??」
僕が固まっていると、かよは「あはは」と笑って、シャワールームの扉閉めた。
夕暮れになると、ヒンヤリとした空気が山の方から流れてくるようになった。オレンジ色が濃くなって、どんどん秋の気配が感じられるようになってきた。
牛舎でわらをかき集めていると、ハナコの姿が目に入った。ハナコはゆっくりとエサを噛んでいる。背中の肉付きが変わってきたのは気のせいだろうか。前よりも年を取ったせいか、動きがのんびりとしてきた。他の牛たちも、夕どきのエサに合わせて、体を休めようとしていた。搾乳をしている牛たちは、体力の消耗が激しいのか皆座りこんであまり動かない。外に放牧していた牛たちを呼びに行く。僕が外に出ると、すぐに何頭かの牛がこちらに駆け寄ってきた。百数十頭の牛を牛舎の中に入れると、その牛たちのためのエサを用意し始めた。すべての作業を終えると、空にぽっかりと月が出ていた。事務所に入り、台帳を開く。
管理台帳六十二ページ
サトエ ♀ 管理番号0876568341 高熱
ヨミ ♀ 管理番号0532887691 衰弱・栄養失調
ヤマコ ♀ 管理番号0756498703 右前脚骨折
ハナコ ♀ 管理番号0786545632 食欲なし
台帳の故障牛リストを眺めながら考え込んでいると、牛舎の方から大きな鳴き声が聞こえてきた。悲痛な鳴き声は遠くまで響いている。駆けつけてみると、やっぱりハナコだった。
「おい、ハナコ、どうした?」
「んのぅ、んのぅ」
ハナコは鳴きやもうとしない。僕はずっとハナコの背中をさすっていた。様子に気が付き、母さんが家から出てきた。
「夜泣きだね」
「夜泣き?」
「牛も、寂しい時があるんだよ」
僕と母さんは二人でハナコの背中をずーっとさすっていた。
作業が一段落した午後、母さんは仏壇に手を合わせていた。
「母さん、かよのことなんだけど」
「ん?ああ?あの子のことか」
「…将来のこと、二人で話し合ってる」
「……」
「一緒になろうと、思ってるんだ」
「……」
「山形に来たい、牛の世話したいって言ってる。もう一度、青森に行って話して来るよ」
「そうか…それは、嬉しいけどな…でも大丈夫か、牛の世話大変だし、かよちゃんのお家の方も、忙しいんだべ?」
「ああ、向こうの家族と、かよと、じっくり話して来るよ」
「そうか…」
母さんは、後ろを向いて正座し、仏壇を眺めたままだった。父さんの遺影がこっちを見ていた。母さんの首筋を見ると、ぽつぽつと小さなシミがたくさんあった。 母さんは小さく頷くと、席を立った。
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