行方不明な「またいつか」

吉村巡

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「わたしは、あなたを許してあげる。こんなわたしに、さいごまでつきあわせるんだもの」

 でも、すごく苦しかった。

 そうっと私は囁く。もう、声なんて届かないけど。
 怒りと、悲しみと、それでも捨てきれない愛という名の執着が、私を苦しめた。

「あなたが、わたしにやさしくなんてするから。ひと1人変えられないちっぽけなあなたは、それでも、わたしの心を捕らえたの。あなたは馬鹿だよね?ちっぽけなあなたを愛することは、けっきょく、わたしを変えることにはならないって、きづかなかった」
 
 同情したの?
 主人公ヒーローにでもなりたかった?
 そうなれるって、信じていたの?

 人に好かれる以外に何のとりえもない、平凡なあなたが。

 あなたは、私にこう言った。

『1人が好きなの?でも、楽しそうには見えないね』

 あの時、私は何も言わなかったけど。
 私はあなたの問いの答えを知っていた。

 1人は嫌い。

 1人は嫌い。大っ嫌い。

 でも、1人でいなければ。

 私は、私自身のとこも知っていたから。

 それなのに、あなたは私に構ってきた。
 優しくして、言葉をかけて、あなたの輪の中に手を引いて連れていってくれた。
 
 1人は嫌い。
 みんなといる方が好き。
 
 あなたと、いる方が好き。
 
 あなたと、一緒に居たい。
 
 だけど、それは駄目だって分かってた。
 なのに、あなたは私に、孤独に耐える術を失わせた。

 愛さずには、いられなかった。
 駄目だと分かっていたけど。
 あなたを好きにならないことは無理だった。
 
 だから、あなたに好きだといった。
 恋人になりたいと。 
 もしも、叶ったとしても、わたしがこうなる前には別れを告げようと思っていたけど。
 
 あなたは、私の気持ちを受け入れてくれた。
 それまで以上に優しく、大切にしてくれた。
 
 なのに、あなたは、そのささやかな関係すら裏切っていた。
 あなたは、裏切ってなどいないといったけど、私にとって裏切りだった。

 ねえ、どうして、あなたは他の女の子と一緒に笑っているの? 

 どうして、写真の中で、あなたはあなたがただの友達だと言った、沢山の女の子たちと手をつないだり、キスをしたり、腕を組んだりしているの?

 どうして、そんな写真を微笑む彼女たちから受け取らなければならないの?

『あの人は、みんなの特別なんだよ?あんただけの恋人じゃないの』

 それは、“私”と同じくらい奇妙なことだった。
 
 でも。
 いいの。
 ゆるしてあげる。

 私は、最後の我儘で、あなたを連れていく。
 あなたのほうから手を差し出したんだから、私は最後まで離してなんてあげない。

「ずっと、1人きりで、おわるんだとおもってた」

 ふと見上げた木の、枝と枝の間には蜘蛛の巣がかかっていた。
 捕らわれている虫はいない。
 
 私とあなた。
 本当に捕らわれてしまったのは、どっちかな?

「だから、うれしい。わたしは、あなたとともに逝けるもの」

 そして、彼女は事切れた。

 真新しく掘り返された地面の横で。

 不自然に破られた、愛する男が映る写真が散乱する中で。

 うれしそうに微笑みながら。



 その終わりを見ていたのは、すぐそばの木の上で、枝と枝の間に巣を張った、一匹の蜘蛛だけだった。
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