10 / 26
災厄の魔王~戯れ~
過去編~『炎の騎士』~
しおりを挟む
*
もう遠い昔のように感じる。
虎の一族だけが集まった獣人の村の中で基亜種の白化型、つまりホワイトタイガー種であるフルレトの一家は特別な地位にいた。その中でフルレトは皆を束ねる父につき次期長として相応しいよう学び成長し、まだ青年ながら村を守る使命は誰よりも強かった。
皆が皆、家族のような小さな集落だったけれど、それで良かった。
森の日々の恵みに感謝し生きる、そんな穏やかな日々だった。
そしてそんな穏やかな日々の中で、隣の集落が人に襲われたと聞いた。
念のために見張りを多く立てては居たのだが…そこから数日して人が投降しろと昼間に使者をたててやってきたので、フルレトの父は長として使者に相対した。
使者の要求は、バルバメ国の奴隷として女子供を、兵士として若い男をさし出せという受け入れがたいもので、フルレトたちの森で暮らす暮らしぶりを泥臭くて汚いとも罵った。
そんな彼等に父は凛といったのだ『自分たちの生活は家族と共に暮らす穏やかなもの、人となんら変わりが無い。何百年も続けてきた生き方は変えない、隷属はしない。』と。
その瞬間、目の色が変わったその人間たちは、老いていたフルレトの父を突き倒し…白刃を抜き放つ。「父上ぇっ!!!!」
自分の絶叫がむなしく響く、父が来るなと手をあげる。
それでも駆けだそうとする体を周りの仲間に取り押さえられる、
「クソッ離せっ離せぇぇっやめろぉぉぉっ!!」
…そこで白刃を振り上げていた、その人間はフルレトを嗤った。
ザシュッッ
皆の目の前で父の首が刎ねられ、真っ赤な血が舞い…皆の悲鳴と怒号が轟く。
「うわああああああっ」
すぐに馬に乗って本隊のところへ逃げ帰ってゆく人の後ろ姿をフルレトは目に焼き付けた。
胸の中がどす黒く染まって瞳孔が細まる。
「殺してやるっ殺してやるっ!!」
剣を持ち、すぐに乗騎に跨ろうとしたフルレトをだが、村の最長老だった祖父が止めた。
「お前は母と妹をつれて此処から脱出せよ」と。
そんなことは到底受け入れることなど出来なかった。
「オレは誇り高い虎の一族!敵に背を向けて逃げるようなことはしない!!」
怒りのままにそう叫んで乗騎に手をかけたところで…背後から剣の峰で撃たれた。
意識を喪いはしなかったものの頭が揺れて軽い脳震盪を起こしたのだと知れて、膝をついたところで…仲間に縄をかけられた。
なぜ、なぜこんなことをするっと縋る様に見つめると、仲間たちは仕方ないと慈愛の視線を向けて「逃げてくれ」と皆が皆、フルレトに乞うのだ。
そのまま幼なじみだったベンガル虎種のバルールに仕方ねぇなと担がれる。
「ルルカちゃんにこいつとお母さんつれて逃げる様にかけあってくる。」
そして、それを承諾したルルカが乗騎を駆り、フルレト家族だけ…裏山の崖側から、やがて本隊が攻めてきて戦場になった村を背に逃がされた。
焔が村を弄る、暫くしてルルカがフルレトが抵抗しないとわかり縄を外してくれたが…崖の上から垣間見た故郷では若い獣人たちが必死に女を守りながら次々と狩られていった。
女たちのなかには見せしめに、その場で辱められるものもいた。
それをフルレトは目に焼き付ける…涙が溢れる。
許さない絶対に。
人間共、オレはお前を許さない、赦せない。
・・・赦せない、自分自身も・・・赦せないんだ。
だがいまフルレトの隣りには人がいる。
行き交う人が多すぎる都で離れないように手を繋いで歩く。
その温もりを感じながら、この人間がいてくれて良かったと思ってる自分が不思議だった。
『憎しみは続かないよ、お兄ちゃん。』
そうルルカに言われたことがある。
憎しみだけを糧に放浪し続けていた日々の中で言われた。
誰かと出会って、日常を懸命に生きて生きて・・・そうしたら憎しみは続かないんだとルルカは言った。
あの時は分からなかったが、今はそれが分かる気がして、そんな自分の変化もフルレトは嬉しかったのだった。
だから握った手を離さないようにギュッと握り締める…この温度に救われた。
*
**
*
いまフルレトと俺は宿屋を見繕うために再び聖都へ足を踏み入れている。
オレはアーサー王の容姿で目立ちたくないからフードを深く被り、フルレトとはぐれない様に手を繋ぎながら警備兵と行き会わないように人波の間を縫うように進んだ。
それで思ったのが…やっぱりアーサー王の容姿って人目を引くんだ。
うん、チョイス間違えたと思うよ。調子のってたけどさ、男子だもんヤンチャしちゃうよ。
聖都の上空には飛竜が舞い、立ち並ぶ商店は活気に満ちて国の内外から商人が集まり、白い石畳には段差も少なく、整備された水道や人々が集まる噴水の広間、凱旋門などフルレトは目を丸くして忙しなく目線を動かしていた。
中でも彼が呆けるほど見つめたのは、この城下町のどこからでも見える崖の上に聳えるような巨大な白亜の城だった。いや城というより山以上の大きさを誇るから…なんと言葉を尽くせばいいのかすら分からない。中央には空を切り裂くような高さの尖塔が聳え、それを中心に何重もの尖塔が立ち並ぶ、荘厳華麗な造り。
その白亜の城の周りには銀色の光…宮廷魔導師の守護魔法が飛び交い幻想的な空気を醸し出している。
あー我ながら領地経営頑張ったからなぁ。
惚れ惚れする城である。
市場や鍛冶屋その他諸々の家屋のレベルなどは当然MAXで、もうあんまり手を貸さなくても勝手に商人たちが市場を動かして税金ざっくざく状態。利益を生み出してくれるから有難いものだ。
だが観光に来た訳じゃあない。
今から明日の奴隷オークション二日目に備えて、宿を取る。
先程、「安い方が、皆を救う方にお金を回せるから安宿にしたいんだが」とフルレトが言ってきて、オレに気を遣う様に視線を向けてきた。
それはきっとオレが"将軍職"と勘違いしているから高位職種のオレを安宿に泊めるのを申し訳なく思っているのだろうが、別にオレはそんなことは気にしないので「安い方がいい、寝れればいいだろ。」と二人して裏路地の安宿へ向かったんだが。
*
「おい、金出してくれよ、腕の骨が折れちまったよ。」
裏路地に入って暫くして、勝手にぶつかってきて典型的な台詞を言う筋肉達磨のようなガラの悪い男たちに囲まれてカモにされてしまった…こんなことならオレの財布からお金を出して上宿にしとくべきでした。
いや別に怖くはないし、よく聖王に喧嘩売れたなとも思うが…面倒臭い連中の相手は好かん。
そう後悔しても後の祭りだが、フルレトはオレを彼の背と壁に囲むように庇ってくれて男たちを睨みつけている…庇われる程に弱くないけれど彼の気持ちは有難い。
でも、グルゥッて獣人特有の呻り声を小さくあげたからオレは彼に庇われながらも彼が獣人とバレるんじゃないかと気が気でない…幸い筋肉達磨には聞こえてないようです。
まぁ強さで言ったらSランクと出てる、フルレトの敵じゃあないだろうから傍観する。
「おい、テメェもなんとか言えっ、つっ!」
そして一人の男がオレの方に向けてガンを飛ばして、たまたまフードから俺の顔が見えたんだろう男が固まる。
「…ヤベェぞ、滅茶苦茶、上玉だ。」
そして舌なめずりをするようにオレをギラギラと見てきたから、男たちの視線が一気にフードから覗くオレの顔を見て欲望を滾らせる…正直に気持ち悪い。
「へへっこんな上玉なら男でもヤレそうだっ、売っても高いだろうしなぁ!」
そんな下世話な会話にフルレトの怒りが煽られたようだ。獣人の彼は人身売買など許せない性質だから、オレが何か言うより速く動いて、目の前にいた男の…急所を容赦なく蹴り上げた。
「~~~~~~~~~~~っ!!!」
声もなく悶絶しのた打ち回る男…同じ性を持つ者としては同情を禁じ得ないが自業自得というヤツである。表情無くそれをやってのけるフルレトは流石だ、容赦がない。
そのまま悶絶し地面に倒れた男は放置して、フルレトは剣を鞘ごと抜き放ち、左右の男の腹を容赦なくドッと突く。前のめりになった二人に今度はそのまま剣を上げることで彼等の顎下をガキッと打ち据えた…舌噛んでないことを祈るばかりだ。
もんどり打つ男達が海老のように仰け反って地面に沈む…この間、一分にもみたない。
後ろに立っていた残りの二人はすでに及び腰だ。
Sランクのフルレトとランクも持たないモブでは相手にならないなぁ、そんなことを思っていた時だった。
「お前たち何をしているっ!」
見回りの衛兵に見つかってしまいました。
そうですよね、治安が低い裏路地っていっても此処は聖都…管理が行き届いている。
そして衛兵が見たのは…たかっていたゴロツキが地面にのされ、たかられていただろう俺たちがゴロツキをのした姿で…彼等が、どうしようと迷っているのがアリアリと分かる。
彼等の後ろにはワラワラと一般人が、もう安全だと思ったのだろう野次馬をし始める。
あんまり目立ちたくないとフードをかぶった顔を伏せた、その時。
「どうした」
…低い男らしい声が響いて、オレは聞き慣れた声に上目遣いに人混みの方を窺うと。
目にも鮮やかな紅の髪と、金色の瞳の男前の騎士が人波から割れる様に現れるところだった。
大柄で鍛え上げられた肉体は獰猛な肉食獣を思わせる。
太陽の光を浴びて、彼の髪が豪奢な朱金に染まる、彼の纏う鎧も磨き上げられた銀と紅のもので、その下に彼が好んで着ている紅の長衣の裾が翻り、彼によくあっている。
そして彼の腰には焔の魔剣・ガラティーンが朱色の光を滲ませる…その鎧も剣もオレが彼に似合うからと下賜したもの。
なんでこんな所に…『炎の騎士・ガウェイ』が居るんだ。
俺がレガンに捕らえられてしまったから、混乱を抑えるために彼自ら聖都の治安維持を請け負ったのだろうか…オレはこっそり彼を見つめる。
けれどヤッパリ目の前の猛禽のような男前の人物はどこから見てもガウェイで変わらないと思ったところで、何気なくフッと彼の金色の瞳が俺の方を向いたので、フルレトの背に隠れながら思わず顔を隠すようにフードを片手で引っ張ってしまい、それが不味かった。
「オイ…そこの男、この俺に顔を見せろ。」
そんな怪しい行動をガウェイが見逃すはずがないって分かってたのに…つい、してしまった。
フルレトが腕を出して、オレを庇う…けれどそれもガウェイの気を引くだけだ。
「人に顔も見せられないのなら…後ろ暗いと言ってるのと一緒だぞ。」
確かにガウェイの言うとおりだ。
ガウェイが俺たちに一歩近付くごとに衛兵とゴロツキは下がって彼に場所を譲る…その歴戦の勇将の覇気は流石だとしか言いようがない・・・けど、その後ろで衛兵がさりげなくゴロツキを踏んじばってるのに笑う余裕はなかった。
さっきと同じように壁際に追い込まれたが…さっきとは状況が逆転していた。
なにせこの『炎の騎士・ガウェイ』は、ランクで言えばSSSの騎士。SSのレガンですら凌ぐ。
何故なら…オレがSSからランク上げの重課金アイテム『破壊と創造』を何度も使ってSSSにしたのだ。
何度もっていうのは…失敗すると逆にランク落ちするからだ。
だからガウェイはSになったり…SSになったりを何回か繰り返してSSSになった。
なので彼に敵う者が居るとすれば…俺か、同じくSSSのヴェルスレムぐらいだろう。
他にも俺はSSランクの騎士を多数抱えてはいるが、この二人は飛びぬけている。
「ハァ…別にテメェらが犯罪者じゃなけりゃあ、なんもしねぇよ」
それはヤッパリ、ガウェイの性格を好ましく思ったからだ。
今にも切りかかりそうなフルレトを宥める様に紡いだガウェイの声は相手への気遣いが見て取れる。
(仕方ないな。)
俺は観念して深く被っていたフードをパサッと下ろした、途端に露わになる光を集めたかのような金糸の髪に森を思わせる深緑の瞳…精霊王にすら愛でられた古のアーサー王の姿。
ザワッと背後の一般人の野次馬が目の前に現れた容姿に息を飲んだのが伝わる、ガウェイもまさかこの姿を目にすると思わなかったのか…金色の瞳を驚愕で見開き、呟いた。
「…アーサー」
そうオレが彼に姿を見られたくなった理由がこれだ。
彼は神代の時、アーサー王に使えた円卓の騎士・ガウェインの記憶を全て持った唯一の騎士なのだ。
そしてガウェインは…アーサー王を甦らすために聖杯を持ち帰った唯一の騎士…アーサー王に対する執着は強いのである。
野次馬たちは、ただアーサーの美貌に息を飲んでいるだけだが、ガウェイは違う。
この容姿を持つ者が『誰であるかを知っている』のだから。
「・・・お前、名前はなんだっ」
喘ぐように、紡がれた言葉はガウェイの動揺を表しているようだった。
俺は意識的にニッコリと笑う。
「シュザーです。」
此処でも偽名が役に立ちました。
*****
ガウェイは知らずに自分が剣の柄を握り締めていたことに気付いた。
目の前の青年は透きとおるような金色の髪、深い森を思わせる理知的な瞳を持ち、その顔は艶麗で…心臓が冗談じゃなく止まるかと思った。
…あまりに前世の記憶でのアーサー王と瓜二つだったからだ。
「シュザーか」
神話の時代に亡くなった王が生きてるはずなど無い。
けれど願った答えとは違ったから、そう言われて気落ちした自分は確かにいた…
そんなガウェイの気持ちなど知らずにシュザーと名乗った青年は微笑む、アーサー王の顔と声で。
それがどんなに残酷な事か知らず。
「宿をとろうとコチラに来たのですが、絡まれて困ってしまい、
つい連れが手を出してしまいました…申し訳ありません。
何も無いようでしたらお暇しても宜しいですか?」
「被害届はいいのかっ」
つい声に被せる様にガウェイは尋ねてしまって、そんなガウェイを気にすることもなく青年はまた陽だまりのような笑みを浮かべ首を振った。
それはまるで罪人すら気遣うような仕草だったからガウェイの記憶が刺激される。
ただ、その笑みを見るだけでガウェイの心臓が痛む…もしくは身の内に宿る前世の魂が叫んでいるのか。
『アーサー、玉座には血は流れるものだぞ』
『ガウェイン…』
アーサーが自室でふさぎ込んでいる、ベッドの上で、力なくガウェインを見上げる姿に…守りたいと。自分の生命を投げ打ってでも、この王を守りたいと願っていたのにー…
そこでガウェイは意識を引き戻されて、白昼夢から覚める。
シュザーがもう一人のこちらを睨み付けていた青年の肩を促すように叩き、二人連れ立って裏路地のさらに奥へ向かうから…フッとそっちは治安が悪いと思った。
そっちは危ない。
「待てッ」
行ってしまう、背を向けた姿に焦る…行くな。
「そっちは治安が悪いぞっ」
思わず、シュザーという青年の腕を取ると、驚いた表情でガウェイを振り返り、見詰める深緑の瞳があった。
切ない虹彩に…惹きこまれそうだ。
「…ッ民を守るのも騎士の務めだ、お前の容姿は目立つ…俺の屋敷に招いてやる。」
命令口調な自分が厭わしい。
本当は目の前の青年を攫いたくて、側にいたくて仕方がないのを必死に自制してるのだ。
「余計な世話だッ」
だが返事はガウェイが思わぬところからした…シュザーの連れで、先程、ガウェイを射殺さんばかりに睨んでいた青年だ。
「何を言ってる、現にゴロツキに絡まれていただろうが、オレに招かれた方が賢明だろ」
この青年相手だと冷静になれる、ガウェイは獰猛に笑うと…青年は不快そうに眉を寄せる。
そこに再び凛とした声が響いた。
「分かりました…お世話になります」
「シュザーッ!!」
シュザーの言葉に反応する青年をシュザーは微笑んで宥める。
「大丈夫だ、フルレト。この方は有名な将軍だからね。
レガンとは広場で落ち合うことになってるし俺から言うよ。」
その親密な様子に、ガウェイは…妬んでいる自分を自覚し、苦笑した。
そしてシュザーという青年は微笑むのだ、
「よろしくお願いします」
アーサー王の顔と声で。
ガウェイの気持ちなど知らず…それがどんなに残酷な事か知らずに。
◆
行き交う人波の中でガウェイが歩めば人々は道をあけるが、
「寄ってかないかぃ!旦那っ!」「毎日ご苦労さん」など声がかけられて彼の人気が窺えた。
それらにガウェイも「また今度、寄らせてもらうっ」「あんたもなっ」と気軽に返していて好ましかった。
俺とフルレトはそんなガウェイの後ろを付いていく、そんな中、フルレトは屈んでオレに話しかけてきた。
「俺はやっぱり反対です、危険だ」
元々行き交う人が多すぎるから小声のフルレトの声はオレにしか聞こえない。
彼の"獣人"としての反応はごく普通のものだが、本当に奴隷オークションに備えてお金を貯めたいなら…ガウェイの屋敷に招かれるのは幸運なのだ。ガウェイは下の者に対して面倒見が良いし、真っ直ぐな気性だから一度助けると決めた者を見捨てたりはしない。
…それにガウェイと獣人のレガンとフルレトが縁を持つのは今後の為にも良いことだと思うのだ。
なぜなら、ガウェイはこの聖都のみならず、聖王旗下軍隊の最高顧問なのだから。
宮廷魔導師や錬金術師や司祭といった特別な役職の者たちへも戦の協力を取り付けることが出来る上に、戦に必要な兵糧などの管理もガウェイは滞りなく行える。
勿論、将軍として指揮をとれば一流であり、騎士としては、もはや伝説の域だ。
そんな彼に縁を持てば、何かあった時に"獣人"のために彼が動いてくれる可能性が増すと思うのだ。
ガウェイは奴隷や隷属といった相手の自由を踏みにじる行為を毛嫌いしている、彼の気性に合わないのだろう。
だから、もしも彼が獣人が困ってると知ったら…きっと動いてくれるだろうと思うのだ。
それに長く共に苦節を共にした分、他の騎士よりガウェイはオレの中で特別だから。
…つい庇う様に口を開いていた。
「宿代が浮く分、明日が助かるだろ?それに…知り合いなんだ。」
フルレトに以前から知り合いと匂わせつつ返事をすると、彼もハッと気づいたようにして黙る。
まるで今気付いたというような感じだったが、オレはそんなにも獣人たちの中に馴染んでいたのだろうか。
…一応、攫われた人間なんだが。
俺はそっと見慣れた"オレに忠誠を捧げた騎士"の姿を見やる…本当なら彼の隣りの方がオレの本来の場所なんだ。そう思うと、今の状態は心配かけてるよなぁと申し訳なくなる。
討伐戦の夜以来だから久しぶりな気がする。先程見た顔は上手く隠してはいたが疲れていた気がする。
俺だけこうして側にいて、姿を見て安心してるのは申し訳ないな。
今はガウェイの後ろ姿しか見えない。
けれど太陽の光を浴びて、彼の髪が朱金に染まっている虹彩はとても綺麗だ、後ろ姿で彼の紅の長衣の裾が翻る。ぶっきらぼうでも優しい彼は俺たちに不用意に話しかけてこない…きっと何か俺たちの中で折り合いが出来て話しかけてくるまで待っているのだろう。
…俺は不器用なガウェイについ微笑んでいた。
*
前世でのガウェインの記憶は、ガウェイを苛んだ。
夢で見る過去は、まるで其処にいるかのように錯覚するほどに鮮やかだった。
*
ランスロットは最強の騎士。
祝福された"最強の騎士の聖痕"がある、だからどんな騎士であろうと彼には敵わない。
ではどんな努力をしても他の騎士はランスロットには敵わないのか?
ランスロットの力の前に他の騎士はひれ伏せばいいのか?
・・・そんな不条理は認めない。
自分や仲間たちの日々の鍛練は無駄じゃない、虚しさを感じても決して諦めたくない。
敵でありながらランスロットに向かっていき、そして死んでいった名のある騎士たちを敵でありながらガウェインは敬意を払ってもいた。
遥かな昔…多くの円卓の騎士がいる中でも特に、筆頭としてアーサー王に信頼されるランスロットと、炎の騎士として名高いガウェインは共に並び称される騎士だった。
けれど何度、御前試合をしても…ガウェインはランスロットに勝つことは無かった。
…ガウェイが前世の記憶を思い出したのは聖王の元にヴェルスレムが現れた直後だ。
一目見た瞬間にフラッシュバックのように前世と現世とか繋がる…全てでは無かったけれど充分だった。
『アイツはやめろっ!シュレイ!アイツだけは駄目だっ!』
その頃には既に軍事の面で最高顧問についていたガウェイはシュレイザードに言いつのったが聖王は笑うだけだ。
『彼には何も問題が無いだろう、ガウェイ?
確かに二人の魂の欠片を持つ者は珍しい…というか彼が初めてだが差別はするな、彼の能力は高い。』
聖王シュレイザードは高い能力を保持している、能力が高くになるにつれて開かれる傾向がある前世の記憶の扉であるのに、シュレイザードはガウェイの目から見て、不思議とアーサー王の時の記憶は持ってないようだった。
(もどかしい…言ってしまいたい、オレはお前を覚えているのに。)
記憶がない。
だからそんなことを言えるのだとガウェイは思う…ランスロットとモードレッドの魂の欠片を持った男などシュレイザードにどんな想いを抱くかなどガウェイには分かり切った事なのにだ。
執着をもって自身の王を見詰める男が気に入らない…それに気付かずに前世と同じように重用する聖王にも、もどかしい想いが降り積もる。
だって前世でも現世でも、出逢ったのはオレの方が早かった、それなのにアイツはあっさりと王の心の内側へと入り込む、まるで毒のようだ。
…俺とシュレイだけで隊を指揮して戦を勝利に導いたことなど数えきれない位あるんだぞ。
今のように領地も大きくなどなくて、村というぐらいから国を興して、シュレイも"聖王"などと呼ばれていなかった…ガウェイはそれ程にシュレイザードの側にいた。
共に戦場をかけて命を託し合う…夜通し語り明かすのは未来の国の姿。
そんな大切な存在だからこそガウェイはヴェルスレムが気に喰わなかった。
あの劣情を隠して澄ました顔…自分の唯一の主を、まるで愛する女を見るかのような目つきで見つめる男を。
…前世から何も変わっていない。
遠い記憶でランスロットに口付けをするアーサー王の姿を何度も見せつけられた。
御前試合で"勝利の誉"を得た騎士にのみ許される褒美はランスロットが独占していた。
『見事に御前試合を勝ち抜いたランスロットに、俺から祝福を』
決勝戦でなんども戦って、その度に敗北を味わされて目の前でアーサー王の祝福の口付けを贈られるランスロット。
当然のように、口付けを受けて…立ち上がり歓呼の声に応える『最強の騎士』。
それは"ガウェイン"である"俺"が咽喉から手が出るほどに欲しいものだった、その姿を何度もなんども見せつけられた…狂おしい程に嫉妬した。
それなのにランスロットはアーサーを裏切って死へ追いやったのだ…。
*
そして今、何の縁かアーサーにそっくりな人と出逢った。
ガウェイはそっと後ろを付いてくるシュザーとフルレトと名乗った旅人を窺う。
シュザーの金髪とエメラルドの瞳を見た瞬間、冗談じゃなく息が止まるかと思ったのだ。
・・・まるで数千年の時が巻き戻って、ガウェインとアーサー王として出会った気がした。
シュレイザードが攫われて、精神的にも参ってるからか…大分強引に屋敷に誘ってしまった上に、シュザーに対して大きな反応をしたから、フルレトといった青年はガウェイを警戒して、まるで手負いの獣のような目でガウェイを見ている。
シュザーほどの容姿を持つ連れがいれば周りが気を使わなければならないのだろう。
それはシュレイザードも、そうだったなとガウェイは雑踏を歩きながら、少し笑うことが出来た。
鴉の濡れ羽のような漆黒の髪に、空を切り取ったような青色の瞳を持つガウェイの"聖王"。
彼が持つ濃厚な雰囲気は、その優雅な佇まいもあいまって出会う人を悉く魅了するのだ。
女も男もそれこそ老若男女あまねく人々が聖王を慕い、彼の元に集う…ガウェイには、それが嬉しいと思う反面もどかしい。
聖王は人々を受け入れるが、皆が皆、聖王を純粋に見つめるばかりではないのだとガウェイはよく知っていた。
その筆頭が、聖王の側に侍っていることや…今、聖王が行方不明なこともガウェイには胸が掻き毟られる程にもどかしい。
ガウェイは空を仰いだ・・・聖王の瞳と同じ虹彩の空を。
・・・シュレイザード、今、お前はどこにいるんだよ。
*
レガンが到着しているかもしれないからとガウェイに広場に寄って貰うと、早い時間にも関わらず彼は雑踏の中で佇んでいた。
耳もないから上手く溶け込んでおり、麻袋をかついだ銀髪の青年はどっからどうみてもヒューマンの旅人だ。
端正な容姿だから女の子たちがレガンを熱い眼差しで見たりはしてるものの、獣人だとバレタ様子はなかった。
「レガンッ」
呼びかけて手を振るとレガンは人波の中に俺とフルレトを見つけてホッとしたように笑った。
それだけで彼の張りつめた空気が弱まるから不思議だ。
「シュザー、フルレト、悪かったな。」
「いやそっちは大丈夫だったか、レガン?」
フルレトが心配そうに声をかける、そりゃあルルカちゃんがいるからね、お兄ちゃんは心配だろう。
「大丈夫だ、問題ない…ところでこちらの方は?」
そしてレガンは俺たちの横に隙なく佇んでいたガウェイに視線を向ける、明らかに皇国の騎士であるガウェイをはかるような視線を向けるレガン。
そんなレガンにガウェイはその端正な顔に笑みを浮かべて、左手を腰の前に、右手を腰の後ろに置いて礼をする。
彼がそうすると一枚の絵画を見ているようで、様になっている。
「俺の名はガウェイ。聖王陛下に仕える皇国の騎士…縁あって此処の二人が因縁をつけられている所を保護し、我が屋敷に招いた次第。」
レガンが俺たちの中で決定権を持つ者だということを感じて顔を使い分けたのだろう…流石だ。
さっきのフルレトと相対した時とは雰囲気が違う。
ただ軍人として強いだけでは、皇国の軍部の最高顧問は務まらない、
こういう空気を読むのも長けていなければ海千山千の官僚や議会を相手には出来ないだろう。
レガンは俺たちに確認するように視線を向けて、オレが頷いて、フルレトが首を振ったので彼はフッとため息を零すように笑った。
彼もこういったことの空気を読むことに長けている、正確に今の状況を把握したのだろう。
「レガン、彼は信用できる」
だからオレは体を寄せて彼に耳打ちする。
だってオレは"皇国の将軍・シュザー"っていう設定でここにいるんだしね。
レガンは何かを考える様に俺の言葉を聞いている。
「オレは人を見る目は持っている…けどこれは、そういうことじゃない。」
「えっ?」
何がなんだかわからない。
そんな俺の様子にレガンは「知らぬは本人ばかりなりってな」と苦笑して、耳打ちするために寄りそっていた俺の腰を抱き寄せる。
途端にガウェイの瞳が見開かれるのが分かって、オレは顔から火が出そう、なにこれ恥ずかしい。
ガウェイの前で抱き寄せられるって恥ずかしい。
「ご厚意は感謝するが申し訳ない…この者を守るためにも屋敷には参ることは出来ない。」
えっと思ってすぐ側の端正な顔を見上げる。それはだって…
「…オレが不埒を働くとでもいうのか。」
そう…ガウェイが俺たちに何かするっていうのと同義だ。
「この者は人を疑うことを知らない…だからこそ辛い目に沢山あってきた。
守るのは俺の役目だ。
どうやら彼の容姿を見知った様子…分かるだろう?」
ガウェイは無言で俺を見詰めている。
辛い目になんて合ってないんで、ガウェイの真っ直ぐな視線が居た堪れない。
こんな風に見つめられるのが恥ずかしくてレガンの肩にグリッと顔を押し付けて、恥ずかしくて染まった顔を隠すと息を飲んだような気配が幾つもした…
俺の様子にレガンもフルレトもガウェイも、どんな目で見てるかなんて考えたくない。恥ずかしい、あり得ない。
そんな俺の様子をどう思ったのだろう。
「オレがそいつを傷つけるのなら、オレが死んだ方がマシだ。」
凛と響く、ガウェイの声にオレは顔を上げた。
彼はフードの奥から覗くオレの瞳に視線を合わせる様に手を差し伸べる。
…アーサー王の容姿だからガウェイはこんなにオレに親切なんだろうかと思いつつも、
その手におずおずと手を置くと、ガウェイは優雅な動作で手の甲にキスを贈った。
「お前の穢れなき魂に敬意を込めて…騎士はそれに応えよう。
どうか守らせてほしい。
今夜一晩でも良い…治安の悪化した聖都にお前を放り出すほどオレは薄情ではない。」
まるで宮中の美姫にする様にオレに赦しを乞う姿…流石は騎士の中の騎士だ。
彼の真っ直ぐな性格を知っているだけに、騙して申し訳ないっ!!という罪悪感が湧いてオレは唇を噛んだ。
でもきっとレガンもこれを見越して、ガウェイを焚き付けたんではないかと思った。
ここまで言質をとればガウェイが変なことをしないってレガン達も信じられて安心して屋敷に招かれるだろう。
そこでオレはまたフードを取る、途端に露わになる容姿に広場の空気がザワリッと揺れた。
「なんだ、すっげぇ綺麗っ」
「やべぇあんな子はじめて見た」
周囲の反応に、
途端に鋭さを増すガウェイとレガン達に申し訳なく思うもののフードを被ったままでは失礼だと思ってオレはガウェイに微笑んだ。
「貴方を信じます…高潔な騎士さま。」
そしてまだ俺の手をとっていた彼の手の甲に今度はオレが口付けを落とす。
「つっ!」
途端に彼の顔が赤く染まった。
アレ?オレは何かをやらかしたのだろうか?
頭上でレガンがそれは深く溜息を零したのを不思議な思いでオレは聞いていた。
もう遠い昔のように感じる。
虎の一族だけが集まった獣人の村の中で基亜種の白化型、つまりホワイトタイガー種であるフルレトの一家は特別な地位にいた。その中でフルレトは皆を束ねる父につき次期長として相応しいよう学び成長し、まだ青年ながら村を守る使命は誰よりも強かった。
皆が皆、家族のような小さな集落だったけれど、それで良かった。
森の日々の恵みに感謝し生きる、そんな穏やかな日々だった。
そしてそんな穏やかな日々の中で、隣の集落が人に襲われたと聞いた。
念のために見張りを多く立てては居たのだが…そこから数日して人が投降しろと昼間に使者をたててやってきたので、フルレトの父は長として使者に相対した。
使者の要求は、バルバメ国の奴隷として女子供を、兵士として若い男をさし出せという受け入れがたいもので、フルレトたちの森で暮らす暮らしぶりを泥臭くて汚いとも罵った。
そんな彼等に父は凛といったのだ『自分たちの生活は家族と共に暮らす穏やかなもの、人となんら変わりが無い。何百年も続けてきた生き方は変えない、隷属はしない。』と。
その瞬間、目の色が変わったその人間たちは、老いていたフルレトの父を突き倒し…白刃を抜き放つ。「父上ぇっ!!!!」
自分の絶叫がむなしく響く、父が来るなと手をあげる。
それでも駆けだそうとする体を周りの仲間に取り押さえられる、
「クソッ離せっ離せぇぇっやめろぉぉぉっ!!」
…そこで白刃を振り上げていた、その人間はフルレトを嗤った。
ザシュッッ
皆の目の前で父の首が刎ねられ、真っ赤な血が舞い…皆の悲鳴と怒号が轟く。
「うわああああああっ」
すぐに馬に乗って本隊のところへ逃げ帰ってゆく人の後ろ姿をフルレトは目に焼き付けた。
胸の中がどす黒く染まって瞳孔が細まる。
「殺してやるっ殺してやるっ!!」
剣を持ち、すぐに乗騎に跨ろうとしたフルレトをだが、村の最長老だった祖父が止めた。
「お前は母と妹をつれて此処から脱出せよ」と。
そんなことは到底受け入れることなど出来なかった。
「オレは誇り高い虎の一族!敵に背を向けて逃げるようなことはしない!!」
怒りのままにそう叫んで乗騎に手をかけたところで…背後から剣の峰で撃たれた。
意識を喪いはしなかったものの頭が揺れて軽い脳震盪を起こしたのだと知れて、膝をついたところで…仲間に縄をかけられた。
なぜ、なぜこんなことをするっと縋る様に見つめると、仲間たちは仕方ないと慈愛の視線を向けて「逃げてくれ」と皆が皆、フルレトに乞うのだ。
そのまま幼なじみだったベンガル虎種のバルールに仕方ねぇなと担がれる。
「ルルカちゃんにこいつとお母さんつれて逃げる様にかけあってくる。」
そして、それを承諾したルルカが乗騎を駆り、フルレト家族だけ…裏山の崖側から、やがて本隊が攻めてきて戦場になった村を背に逃がされた。
焔が村を弄る、暫くしてルルカがフルレトが抵抗しないとわかり縄を外してくれたが…崖の上から垣間見た故郷では若い獣人たちが必死に女を守りながら次々と狩られていった。
女たちのなかには見せしめに、その場で辱められるものもいた。
それをフルレトは目に焼き付ける…涙が溢れる。
許さない絶対に。
人間共、オレはお前を許さない、赦せない。
・・・赦せない、自分自身も・・・赦せないんだ。
だがいまフルレトの隣りには人がいる。
行き交う人が多すぎる都で離れないように手を繋いで歩く。
その温もりを感じながら、この人間がいてくれて良かったと思ってる自分が不思議だった。
『憎しみは続かないよ、お兄ちゃん。』
そうルルカに言われたことがある。
憎しみだけを糧に放浪し続けていた日々の中で言われた。
誰かと出会って、日常を懸命に生きて生きて・・・そうしたら憎しみは続かないんだとルルカは言った。
あの時は分からなかったが、今はそれが分かる気がして、そんな自分の変化もフルレトは嬉しかったのだった。
だから握った手を離さないようにギュッと握り締める…この温度に救われた。
*
**
*
いまフルレトと俺は宿屋を見繕うために再び聖都へ足を踏み入れている。
オレはアーサー王の容姿で目立ちたくないからフードを深く被り、フルレトとはぐれない様に手を繋ぎながら警備兵と行き会わないように人波の間を縫うように進んだ。
それで思ったのが…やっぱりアーサー王の容姿って人目を引くんだ。
うん、チョイス間違えたと思うよ。調子のってたけどさ、男子だもんヤンチャしちゃうよ。
聖都の上空には飛竜が舞い、立ち並ぶ商店は活気に満ちて国の内外から商人が集まり、白い石畳には段差も少なく、整備された水道や人々が集まる噴水の広間、凱旋門などフルレトは目を丸くして忙しなく目線を動かしていた。
中でも彼が呆けるほど見つめたのは、この城下町のどこからでも見える崖の上に聳えるような巨大な白亜の城だった。いや城というより山以上の大きさを誇るから…なんと言葉を尽くせばいいのかすら分からない。中央には空を切り裂くような高さの尖塔が聳え、それを中心に何重もの尖塔が立ち並ぶ、荘厳華麗な造り。
その白亜の城の周りには銀色の光…宮廷魔導師の守護魔法が飛び交い幻想的な空気を醸し出している。
あー我ながら領地経営頑張ったからなぁ。
惚れ惚れする城である。
市場や鍛冶屋その他諸々の家屋のレベルなどは当然MAXで、もうあんまり手を貸さなくても勝手に商人たちが市場を動かして税金ざっくざく状態。利益を生み出してくれるから有難いものだ。
だが観光に来た訳じゃあない。
今から明日の奴隷オークション二日目に備えて、宿を取る。
先程、「安い方が、皆を救う方にお金を回せるから安宿にしたいんだが」とフルレトが言ってきて、オレに気を遣う様に視線を向けてきた。
それはきっとオレが"将軍職"と勘違いしているから高位職種のオレを安宿に泊めるのを申し訳なく思っているのだろうが、別にオレはそんなことは気にしないので「安い方がいい、寝れればいいだろ。」と二人して裏路地の安宿へ向かったんだが。
*
「おい、金出してくれよ、腕の骨が折れちまったよ。」
裏路地に入って暫くして、勝手にぶつかってきて典型的な台詞を言う筋肉達磨のようなガラの悪い男たちに囲まれてカモにされてしまった…こんなことならオレの財布からお金を出して上宿にしとくべきでした。
いや別に怖くはないし、よく聖王に喧嘩売れたなとも思うが…面倒臭い連中の相手は好かん。
そう後悔しても後の祭りだが、フルレトはオレを彼の背と壁に囲むように庇ってくれて男たちを睨みつけている…庇われる程に弱くないけれど彼の気持ちは有難い。
でも、グルゥッて獣人特有の呻り声を小さくあげたからオレは彼に庇われながらも彼が獣人とバレるんじゃないかと気が気でない…幸い筋肉達磨には聞こえてないようです。
まぁ強さで言ったらSランクと出てる、フルレトの敵じゃあないだろうから傍観する。
「おい、テメェもなんとか言えっ、つっ!」
そして一人の男がオレの方に向けてガンを飛ばして、たまたまフードから俺の顔が見えたんだろう男が固まる。
「…ヤベェぞ、滅茶苦茶、上玉だ。」
そして舌なめずりをするようにオレをギラギラと見てきたから、男たちの視線が一気にフードから覗くオレの顔を見て欲望を滾らせる…正直に気持ち悪い。
「へへっこんな上玉なら男でもヤレそうだっ、売っても高いだろうしなぁ!」
そんな下世話な会話にフルレトの怒りが煽られたようだ。獣人の彼は人身売買など許せない性質だから、オレが何か言うより速く動いて、目の前にいた男の…急所を容赦なく蹴り上げた。
「~~~~~~~~~~~っ!!!」
声もなく悶絶しのた打ち回る男…同じ性を持つ者としては同情を禁じ得ないが自業自得というヤツである。表情無くそれをやってのけるフルレトは流石だ、容赦がない。
そのまま悶絶し地面に倒れた男は放置して、フルレトは剣を鞘ごと抜き放ち、左右の男の腹を容赦なくドッと突く。前のめりになった二人に今度はそのまま剣を上げることで彼等の顎下をガキッと打ち据えた…舌噛んでないことを祈るばかりだ。
もんどり打つ男達が海老のように仰け反って地面に沈む…この間、一分にもみたない。
後ろに立っていた残りの二人はすでに及び腰だ。
Sランクのフルレトとランクも持たないモブでは相手にならないなぁ、そんなことを思っていた時だった。
「お前たち何をしているっ!」
見回りの衛兵に見つかってしまいました。
そうですよね、治安が低い裏路地っていっても此処は聖都…管理が行き届いている。
そして衛兵が見たのは…たかっていたゴロツキが地面にのされ、たかられていただろう俺たちがゴロツキをのした姿で…彼等が、どうしようと迷っているのがアリアリと分かる。
彼等の後ろにはワラワラと一般人が、もう安全だと思ったのだろう野次馬をし始める。
あんまり目立ちたくないとフードをかぶった顔を伏せた、その時。
「どうした」
…低い男らしい声が響いて、オレは聞き慣れた声に上目遣いに人混みの方を窺うと。
目にも鮮やかな紅の髪と、金色の瞳の男前の騎士が人波から割れる様に現れるところだった。
大柄で鍛え上げられた肉体は獰猛な肉食獣を思わせる。
太陽の光を浴びて、彼の髪が豪奢な朱金に染まる、彼の纏う鎧も磨き上げられた銀と紅のもので、その下に彼が好んで着ている紅の長衣の裾が翻り、彼によくあっている。
そして彼の腰には焔の魔剣・ガラティーンが朱色の光を滲ませる…その鎧も剣もオレが彼に似合うからと下賜したもの。
なんでこんな所に…『炎の騎士・ガウェイ』が居るんだ。
俺がレガンに捕らえられてしまったから、混乱を抑えるために彼自ら聖都の治安維持を請け負ったのだろうか…オレはこっそり彼を見つめる。
けれどヤッパリ目の前の猛禽のような男前の人物はどこから見てもガウェイで変わらないと思ったところで、何気なくフッと彼の金色の瞳が俺の方を向いたので、フルレトの背に隠れながら思わず顔を隠すようにフードを片手で引っ張ってしまい、それが不味かった。
「オイ…そこの男、この俺に顔を見せろ。」
そんな怪しい行動をガウェイが見逃すはずがないって分かってたのに…つい、してしまった。
フルレトが腕を出して、オレを庇う…けれどそれもガウェイの気を引くだけだ。
「人に顔も見せられないのなら…後ろ暗いと言ってるのと一緒だぞ。」
確かにガウェイの言うとおりだ。
ガウェイが俺たちに一歩近付くごとに衛兵とゴロツキは下がって彼に場所を譲る…その歴戦の勇将の覇気は流石だとしか言いようがない・・・けど、その後ろで衛兵がさりげなくゴロツキを踏んじばってるのに笑う余裕はなかった。
さっきと同じように壁際に追い込まれたが…さっきとは状況が逆転していた。
なにせこの『炎の騎士・ガウェイ』は、ランクで言えばSSSの騎士。SSのレガンですら凌ぐ。
何故なら…オレがSSからランク上げの重課金アイテム『破壊と創造』を何度も使ってSSSにしたのだ。
何度もっていうのは…失敗すると逆にランク落ちするからだ。
だからガウェイはSになったり…SSになったりを何回か繰り返してSSSになった。
なので彼に敵う者が居るとすれば…俺か、同じくSSSのヴェルスレムぐらいだろう。
他にも俺はSSランクの騎士を多数抱えてはいるが、この二人は飛びぬけている。
「ハァ…別にテメェらが犯罪者じゃなけりゃあ、なんもしねぇよ」
それはヤッパリ、ガウェイの性格を好ましく思ったからだ。
今にも切りかかりそうなフルレトを宥める様に紡いだガウェイの声は相手への気遣いが見て取れる。
(仕方ないな。)
俺は観念して深く被っていたフードをパサッと下ろした、途端に露わになる光を集めたかのような金糸の髪に森を思わせる深緑の瞳…精霊王にすら愛でられた古のアーサー王の姿。
ザワッと背後の一般人の野次馬が目の前に現れた容姿に息を飲んだのが伝わる、ガウェイもまさかこの姿を目にすると思わなかったのか…金色の瞳を驚愕で見開き、呟いた。
「…アーサー」
そうオレが彼に姿を見られたくなった理由がこれだ。
彼は神代の時、アーサー王に使えた円卓の騎士・ガウェインの記憶を全て持った唯一の騎士なのだ。
そしてガウェインは…アーサー王を甦らすために聖杯を持ち帰った唯一の騎士…アーサー王に対する執着は強いのである。
野次馬たちは、ただアーサーの美貌に息を飲んでいるだけだが、ガウェイは違う。
この容姿を持つ者が『誰であるかを知っている』のだから。
「・・・お前、名前はなんだっ」
喘ぐように、紡がれた言葉はガウェイの動揺を表しているようだった。
俺は意識的にニッコリと笑う。
「シュザーです。」
此処でも偽名が役に立ちました。
*****
ガウェイは知らずに自分が剣の柄を握り締めていたことに気付いた。
目の前の青年は透きとおるような金色の髪、深い森を思わせる理知的な瞳を持ち、その顔は艶麗で…心臓が冗談じゃなく止まるかと思った。
…あまりに前世の記憶でのアーサー王と瓜二つだったからだ。
「シュザーか」
神話の時代に亡くなった王が生きてるはずなど無い。
けれど願った答えとは違ったから、そう言われて気落ちした自分は確かにいた…
そんなガウェイの気持ちなど知らずにシュザーと名乗った青年は微笑む、アーサー王の顔と声で。
それがどんなに残酷な事か知らず。
「宿をとろうとコチラに来たのですが、絡まれて困ってしまい、
つい連れが手を出してしまいました…申し訳ありません。
何も無いようでしたらお暇しても宜しいですか?」
「被害届はいいのかっ」
つい声に被せる様にガウェイは尋ねてしまって、そんなガウェイを気にすることもなく青年はまた陽だまりのような笑みを浮かべ首を振った。
それはまるで罪人すら気遣うような仕草だったからガウェイの記憶が刺激される。
ただ、その笑みを見るだけでガウェイの心臓が痛む…もしくは身の内に宿る前世の魂が叫んでいるのか。
『アーサー、玉座には血は流れるものだぞ』
『ガウェイン…』
アーサーが自室でふさぎ込んでいる、ベッドの上で、力なくガウェインを見上げる姿に…守りたいと。自分の生命を投げ打ってでも、この王を守りたいと願っていたのにー…
そこでガウェイは意識を引き戻されて、白昼夢から覚める。
シュザーがもう一人のこちらを睨み付けていた青年の肩を促すように叩き、二人連れ立って裏路地のさらに奥へ向かうから…フッとそっちは治安が悪いと思った。
そっちは危ない。
「待てッ」
行ってしまう、背を向けた姿に焦る…行くな。
「そっちは治安が悪いぞっ」
思わず、シュザーという青年の腕を取ると、驚いた表情でガウェイを振り返り、見詰める深緑の瞳があった。
切ない虹彩に…惹きこまれそうだ。
「…ッ民を守るのも騎士の務めだ、お前の容姿は目立つ…俺の屋敷に招いてやる。」
命令口調な自分が厭わしい。
本当は目の前の青年を攫いたくて、側にいたくて仕方がないのを必死に自制してるのだ。
「余計な世話だッ」
だが返事はガウェイが思わぬところからした…シュザーの連れで、先程、ガウェイを射殺さんばかりに睨んでいた青年だ。
「何を言ってる、現にゴロツキに絡まれていただろうが、オレに招かれた方が賢明だろ」
この青年相手だと冷静になれる、ガウェイは獰猛に笑うと…青年は不快そうに眉を寄せる。
そこに再び凛とした声が響いた。
「分かりました…お世話になります」
「シュザーッ!!」
シュザーの言葉に反応する青年をシュザーは微笑んで宥める。
「大丈夫だ、フルレト。この方は有名な将軍だからね。
レガンとは広場で落ち合うことになってるし俺から言うよ。」
その親密な様子に、ガウェイは…妬んでいる自分を自覚し、苦笑した。
そしてシュザーという青年は微笑むのだ、
「よろしくお願いします」
アーサー王の顔と声で。
ガウェイの気持ちなど知らず…それがどんなに残酷な事か知らずに。
◆
行き交う人波の中でガウェイが歩めば人々は道をあけるが、
「寄ってかないかぃ!旦那っ!」「毎日ご苦労さん」など声がかけられて彼の人気が窺えた。
それらにガウェイも「また今度、寄らせてもらうっ」「あんたもなっ」と気軽に返していて好ましかった。
俺とフルレトはそんなガウェイの後ろを付いていく、そんな中、フルレトは屈んでオレに話しかけてきた。
「俺はやっぱり反対です、危険だ」
元々行き交う人が多すぎるから小声のフルレトの声はオレにしか聞こえない。
彼の"獣人"としての反応はごく普通のものだが、本当に奴隷オークションに備えてお金を貯めたいなら…ガウェイの屋敷に招かれるのは幸運なのだ。ガウェイは下の者に対して面倒見が良いし、真っ直ぐな気性だから一度助けると決めた者を見捨てたりはしない。
…それにガウェイと獣人のレガンとフルレトが縁を持つのは今後の為にも良いことだと思うのだ。
なぜなら、ガウェイはこの聖都のみならず、聖王旗下軍隊の最高顧問なのだから。
宮廷魔導師や錬金術師や司祭といった特別な役職の者たちへも戦の協力を取り付けることが出来る上に、戦に必要な兵糧などの管理もガウェイは滞りなく行える。
勿論、将軍として指揮をとれば一流であり、騎士としては、もはや伝説の域だ。
そんな彼に縁を持てば、何かあった時に"獣人"のために彼が動いてくれる可能性が増すと思うのだ。
ガウェイは奴隷や隷属といった相手の自由を踏みにじる行為を毛嫌いしている、彼の気性に合わないのだろう。
だから、もしも彼が獣人が困ってると知ったら…きっと動いてくれるだろうと思うのだ。
それに長く共に苦節を共にした分、他の騎士よりガウェイはオレの中で特別だから。
…つい庇う様に口を開いていた。
「宿代が浮く分、明日が助かるだろ?それに…知り合いなんだ。」
フルレトに以前から知り合いと匂わせつつ返事をすると、彼もハッと気づいたようにして黙る。
まるで今気付いたというような感じだったが、オレはそんなにも獣人たちの中に馴染んでいたのだろうか。
…一応、攫われた人間なんだが。
俺はそっと見慣れた"オレに忠誠を捧げた騎士"の姿を見やる…本当なら彼の隣りの方がオレの本来の場所なんだ。そう思うと、今の状態は心配かけてるよなぁと申し訳なくなる。
討伐戦の夜以来だから久しぶりな気がする。先程見た顔は上手く隠してはいたが疲れていた気がする。
俺だけこうして側にいて、姿を見て安心してるのは申し訳ないな。
今はガウェイの後ろ姿しか見えない。
けれど太陽の光を浴びて、彼の髪が朱金に染まっている虹彩はとても綺麗だ、後ろ姿で彼の紅の長衣の裾が翻る。ぶっきらぼうでも優しい彼は俺たちに不用意に話しかけてこない…きっと何か俺たちの中で折り合いが出来て話しかけてくるまで待っているのだろう。
…俺は不器用なガウェイについ微笑んでいた。
*
前世でのガウェインの記憶は、ガウェイを苛んだ。
夢で見る過去は、まるで其処にいるかのように錯覚するほどに鮮やかだった。
*
ランスロットは最強の騎士。
祝福された"最強の騎士の聖痕"がある、だからどんな騎士であろうと彼には敵わない。
ではどんな努力をしても他の騎士はランスロットには敵わないのか?
ランスロットの力の前に他の騎士はひれ伏せばいいのか?
・・・そんな不条理は認めない。
自分や仲間たちの日々の鍛練は無駄じゃない、虚しさを感じても決して諦めたくない。
敵でありながらランスロットに向かっていき、そして死んでいった名のある騎士たちを敵でありながらガウェインは敬意を払ってもいた。
遥かな昔…多くの円卓の騎士がいる中でも特に、筆頭としてアーサー王に信頼されるランスロットと、炎の騎士として名高いガウェインは共に並び称される騎士だった。
けれど何度、御前試合をしても…ガウェインはランスロットに勝つことは無かった。
…ガウェイが前世の記憶を思い出したのは聖王の元にヴェルスレムが現れた直後だ。
一目見た瞬間にフラッシュバックのように前世と現世とか繋がる…全てでは無かったけれど充分だった。
『アイツはやめろっ!シュレイ!アイツだけは駄目だっ!』
その頃には既に軍事の面で最高顧問についていたガウェイはシュレイザードに言いつのったが聖王は笑うだけだ。
『彼には何も問題が無いだろう、ガウェイ?
確かに二人の魂の欠片を持つ者は珍しい…というか彼が初めてだが差別はするな、彼の能力は高い。』
聖王シュレイザードは高い能力を保持している、能力が高くになるにつれて開かれる傾向がある前世の記憶の扉であるのに、シュレイザードはガウェイの目から見て、不思議とアーサー王の時の記憶は持ってないようだった。
(もどかしい…言ってしまいたい、オレはお前を覚えているのに。)
記憶がない。
だからそんなことを言えるのだとガウェイは思う…ランスロットとモードレッドの魂の欠片を持った男などシュレイザードにどんな想いを抱くかなどガウェイには分かり切った事なのにだ。
執着をもって自身の王を見詰める男が気に入らない…それに気付かずに前世と同じように重用する聖王にも、もどかしい想いが降り積もる。
だって前世でも現世でも、出逢ったのはオレの方が早かった、それなのにアイツはあっさりと王の心の内側へと入り込む、まるで毒のようだ。
…俺とシュレイだけで隊を指揮して戦を勝利に導いたことなど数えきれない位あるんだぞ。
今のように領地も大きくなどなくて、村というぐらいから国を興して、シュレイも"聖王"などと呼ばれていなかった…ガウェイはそれ程にシュレイザードの側にいた。
共に戦場をかけて命を託し合う…夜通し語り明かすのは未来の国の姿。
そんな大切な存在だからこそガウェイはヴェルスレムが気に喰わなかった。
あの劣情を隠して澄ました顔…自分の唯一の主を、まるで愛する女を見るかのような目つきで見つめる男を。
…前世から何も変わっていない。
遠い記憶でランスロットに口付けをするアーサー王の姿を何度も見せつけられた。
御前試合で"勝利の誉"を得た騎士にのみ許される褒美はランスロットが独占していた。
『見事に御前試合を勝ち抜いたランスロットに、俺から祝福を』
決勝戦でなんども戦って、その度に敗北を味わされて目の前でアーサー王の祝福の口付けを贈られるランスロット。
当然のように、口付けを受けて…立ち上がり歓呼の声に応える『最強の騎士』。
それは"ガウェイン"である"俺"が咽喉から手が出るほどに欲しいものだった、その姿を何度もなんども見せつけられた…狂おしい程に嫉妬した。
それなのにランスロットはアーサーを裏切って死へ追いやったのだ…。
*
そして今、何の縁かアーサーにそっくりな人と出逢った。
ガウェイはそっと後ろを付いてくるシュザーとフルレトと名乗った旅人を窺う。
シュザーの金髪とエメラルドの瞳を見た瞬間、冗談じゃなく息が止まるかと思ったのだ。
・・・まるで数千年の時が巻き戻って、ガウェインとアーサー王として出会った気がした。
シュレイザードが攫われて、精神的にも参ってるからか…大分強引に屋敷に誘ってしまった上に、シュザーに対して大きな反応をしたから、フルレトといった青年はガウェイを警戒して、まるで手負いの獣のような目でガウェイを見ている。
シュザーほどの容姿を持つ連れがいれば周りが気を使わなければならないのだろう。
それはシュレイザードも、そうだったなとガウェイは雑踏を歩きながら、少し笑うことが出来た。
鴉の濡れ羽のような漆黒の髪に、空を切り取ったような青色の瞳を持つガウェイの"聖王"。
彼が持つ濃厚な雰囲気は、その優雅な佇まいもあいまって出会う人を悉く魅了するのだ。
女も男もそれこそ老若男女あまねく人々が聖王を慕い、彼の元に集う…ガウェイには、それが嬉しいと思う反面もどかしい。
聖王は人々を受け入れるが、皆が皆、聖王を純粋に見つめるばかりではないのだとガウェイはよく知っていた。
その筆頭が、聖王の側に侍っていることや…今、聖王が行方不明なこともガウェイには胸が掻き毟られる程にもどかしい。
ガウェイは空を仰いだ・・・聖王の瞳と同じ虹彩の空を。
・・・シュレイザード、今、お前はどこにいるんだよ。
*
レガンが到着しているかもしれないからとガウェイに広場に寄って貰うと、早い時間にも関わらず彼は雑踏の中で佇んでいた。
耳もないから上手く溶け込んでおり、麻袋をかついだ銀髪の青年はどっからどうみてもヒューマンの旅人だ。
端正な容姿だから女の子たちがレガンを熱い眼差しで見たりはしてるものの、獣人だとバレタ様子はなかった。
「レガンッ」
呼びかけて手を振るとレガンは人波の中に俺とフルレトを見つけてホッとしたように笑った。
それだけで彼の張りつめた空気が弱まるから不思議だ。
「シュザー、フルレト、悪かったな。」
「いやそっちは大丈夫だったか、レガン?」
フルレトが心配そうに声をかける、そりゃあルルカちゃんがいるからね、お兄ちゃんは心配だろう。
「大丈夫だ、問題ない…ところでこちらの方は?」
そしてレガンは俺たちの横に隙なく佇んでいたガウェイに視線を向ける、明らかに皇国の騎士であるガウェイをはかるような視線を向けるレガン。
そんなレガンにガウェイはその端正な顔に笑みを浮かべて、左手を腰の前に、右手を腰の後ろに置いて礼をする。
彼がそうすると一枚の絵画を見ているようで、様になっている。
「俺の名はガウェイ。聖王陛下に仕える皇国の騎士…縁あって此処の二人が因縁をつけられている所を保護し、我が屋敷に招いた次第。」
レガンが俺たちの中で決定権を持つ者だということを感じて顔を使い分けたのだろう…流石だ。
さっきのフルレトと相対した時とは雰囲気が違う。
ただ軍人として強いだけでは、皇国の軍部の最高顧問は務まらない、
こういう空気を読むのも長けていなければ海千山千の官僚や議会を相手には出来ないだろう。
レガンは俺たちに確認するように視線を向けて、オレが頷いて、フルレトが首を振ったので彼はフッとため息を零すように笑った。
彼もこういったことの空気を読むことに長けている、正確に今の状況を把握したのだろう。
「レガン、彼は信用できる」
だからオレは体を寄せて彼に耳打ちする。
だってオレは"皇国の将軍・シュザー"っていう設定でここにいるんだしね。
レガンは何かを考える様に俺の言葉を聞いている。
「オレは人を見る目は持っている…けどこれは、そういうことじゃない。」
「えっ?」
何がなんだかわからない。
そんな俺の様子にレガンは「知らぬは本人ばかりなりってな」と苦笑して、耳打ちするために寄りそっていた俺の腰を抱き寄せる。
途端にガウェイの瞳が見開かれるのが分かって、オレは顔から火が出そう、なにこれ恥ずかしい。
ガウェイの前で抱き寄せられるって恥ずかしい。
「ご厚意は感謝するが申し訳ない…この者を守るためにも屋敷には参ることは出来ない。」
えっと思ってすぐ側の端正な顔を見上げる。それはだって…
「…オレが不埒を働くとでもいうのか。」
そう…ガウェイが俺たちに何かするっていうのと同義だ。
「この者は人を疑うことを知らない…だからこそ辛い目に沢山あってきた。
守るのは俺の役目だ。
どうやら彼の容姿を見知った様子…分かるだろう?」
ガウェイは無言で俺を見詰めている。
辛い目になんて合ってないんで、ガウェイの真っ直ぐな視線が居た堪れない。
こんな風に見つめられるのが恥ずかしくてレガンの肩にグリッと顔を押し付けて、恥ずかしくて染まった顔を隠すと息を飲んだような気配が幾つもした…
俺の様子にレガンもフルレトもガウェイも、どんな目で見てるかなんて考えたくない。恥ずかしい、あり得ない。
そんな俺の様子をどう思ったのだろう。
「オレがそいつを傷つけるのなら、オレが死んだ方がマシだ。」
凛と響く、ガウェイの声にオレは顔を上げた。
彼はフードの奥から覗くオレの瞳に視線を合わせる様に手を差し伸べる。
…アーサー王の容姿だからガウェイはこんなにオレに親切なんだろうかと思いつつも、
その手におずおずと手を置くと、ガウェイは優雅な動作で手の甲にキスを贈った。
「お前の穢れなき魂に敬意を込めて…騎士はそれに応えよう。
どうか守らせてほしい。
今夜一晩でも良い…治安の悪化した聖都にお前を放り出すほどオレは薄情ではない。」
まるで宮中の美姫にする様にオレに赦しを乞う姿…流石は騎士の中の騎士だ。
彼の真っ直ぐな性格を知っているだけに、騙して申し訳ないっ!!という罪悪感が湧いてオレは唇を噛んだ。
でもきっとレガンもこれを見越して、ガウェイを焚き付けたんではないかと思った。
ここまで言質をとればガウェイが変なことをしないってレガン達も信じられて安心して屋敷に招かれるだろう。
そこでオレはまたフードを取る、途端に露わになる容姿に広場の空気がザワリッと揺れた。
「なんだ、すっげぇ綺麗っ」
「やべぇあんな子はじめて見た」
周囲の反応に、
途端に鋭さを増すガウェイとレガン達に申し訳なく思うもののフードを被ったままでは失礼だと思ってオレはガウェイに微笑んだ。
「貴方を信じます…高潔な騎士さま。」
そしてまだ俺の手をとっていた彼の手の甲に今度はオレが口付けを落とす。
「つっ!」
途端に彼の顔が赤く染まった。
アレ?オレは何かをやらかしたのだろうか?
頭上でレガンがそれは深く溜息を零したのを不思議な思いでオレは聞いていた。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
完結・虐げられオメガ妃なので敵国に売られたら、激甘ボイスのイケメン王に溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
息の仕方を教えてよ。
15
BL
コポコポ、コポコポ。
海の中から空を見上げる。
ああ、やっと終わるんだと思っていた。
人間は酸素がないと生きていけないのに、どうしてか僕はこの海の中にいる方が苦しくない。
そうか、もしかしたら僕は人魚だったのかもしれない。
いや、人魚なんて大それたものではなくただの魚?
そんなことを沈みながら考えていた。
そしてそのまま目を閉じる。
次に目が覚めた時、そこはふわふわのベッドの上だった。
話自体は書き終えています。
12日まで一日一話短いですが更新されます。
ぎゅっと詰め込んでしまったので駆け足です。
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
【本編完結済】前世の英雄(ストーカー)が今世でも後輩(ストーカー)な件。
とかげになりたい僕
BL
表では世界を救った英雄。
裏ではボクを狂ったほどに縛り付ける悪魔。
前世で魔王四天王だったボクは、魔王が討たれたその日から、英雄ユーリに毎夜抱かれる愛玩機となっていた。
痛いほどに押しつけられる愛、身勝手な感情、息苦しい生活。
だがユーリが死に、同時にボクにも死が訪れた。やっと解放されたのだ。
そんな記憶も今は前世の話。
大学三年生になった僕は、ボロアパートに一人暮らしをし、アルバイト漬けになりながらも、毎日充実して生きていた。
そして運命の入学式の日。
僕の目の前に現れたのは、同じく転生をしていたユーリ、その人だった――
この作品は小説家になろう、アルファポリスで連載しています。
2024.5.15追記
その後の二人を不定期更新中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる