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第3章:第二次攻撃
第26話:心は熱く、シーカーは冷たく
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「Oscar-1より中隊各機、コードSAS3175にデータリンク」
「了解」
敵対地攻撃機群との距離が100kmを切った。ようやくこちらの有効射程圏内に敵機を捉えたのだ。バーラタ軍としては今回の戦争で初めて、敵機に対してミサイルを発射する機会を得たことになる。
「コネクト、戦術データリンク、コードSAS3175」
フレミングは音声入力で新しいコードにデータリンクする。今度の標的は敵対地攻撃機群30機。赤髪の中隊長は、自身の声音にいささか震えの成分が含まれていたことを自覚していたが、AMF-75Aの戦術コンピュータに搭載されているAIはパイロットの意を正しく認識してくれたようである。フレミングの全周戦術情報表示装置にも敵シンボルが表示された。「コンピュータまで武者震い、なんてまさかね?」と内心で自笑しつつ、麾下中隊に発令する。
「中隊全機、ミサイル発射」
フレミング中隊から合計32発の中距離空対空ミサイルが射出される。同時にテイラー中隊、ファラデー小隊からもミサイルが射出された。敵の動きにはっきりと動揺が見られる。恐らく敵は、もうお互いに中距離ミサイルは射ち尽くした、とでも思っていたのであろう。AMF-75Aは各8発のミサイルを射ちながら、尚4発づつのミサイルを敵対地攻撃機群の迎撃用に温存していたのである。
「アウトレンジ作戦のお返しだぜ」
4日前には煮え湯を飲まされたパパン小隊長が吠える。敵機が回避機動を取ろうと旋回を始めるが、それは無駄なことであろう。こちらは複数の地上レーダサイトと空中早期警戒管制機により敵機を補足し、その情報とデータリンクして照準しているのである。やがて000Wのミサイル群が敵戦闘機群に吸い込まれていく。敵機はハイGターンで回避しようと機動するであろうが、対地ミサイルを吊るしたままの鈍重な機体には、それも叶うまい……
2078年8月14日0657時。この戦争が始まってから初めて、パラティア教国の戦闘機が撃墜された。護衛のSS-20に3機、本命の対地攻撃機に18機の撃墜が確認される。
「Oscar-1より中隊各機、敵は退かないみたい。こっからが本番だけど、みんな用意はいい?」
敵の動きを注視していた赤髪の中隊長が中隊メンバーに確認する。どうやら格闘戦のゴングが鳴るらしい。
「了解」
「各機、増槽分離」
フレミングの命令に、各機とも増槽を放擲する。格闘戦であれば、少しでも軽く抵抗の少ない方が有利なのである。
「さぁて、アタシらの出番だ。行くぜ」
瞬間湯沸かし器の気合にファントムが応える。
「心は熱く、シーカーは冷たく」
格闘戦ともなれば短距離空対空ミサイルの出番である。短距離空対空ミサイルは赤外線センサーにより敵機の発する熱を検知してこれを追尾する仕様であるが、正確に敵機の熱源を捉えるためには事前にシーカーを冷ましておくことが必要なのである。
「武装選択、短距離空対空ミサイル」
フレミングは音声入力で武装の選択を行い、シーカーを冷ます。
******************************
ようやく敵機が視認できる距離まで迫ってきた。距離約20km。敵戦闘機群が対地攻撃機群に先行してくる。敵戦闘機群は三角編隊を組む3機で1個小隊とし、3個小隊がデルタに組んだ9機で1個中隊を編成したらしい。3個中隊27機が000Wの3個中隊24機に迫る。テイラー中隊からはハーン小隊が抽出され、臨時にファラデー中隊麾下に配属された。高度30,000ftのこの戦場にファラデー中隊麾下マリア小隊とホイヘンス小隊は追いついていない。敵戦闘機群には「Enemy」、対地攻撃機群には「Foe」の識別符号が与えられた。フレミング中隊はまず、敵左翼部隊に位置する Enemy-19以下の中隊と交戦することになろう。これを突破しなければ、対地攻撃機群にはたどり着けない。敵中隊は9機で味方は8機。数の上では互角の戦いだが、如何に相手を出し抜いて局地的に優位な戦力差を作り出すか。ここからは中隊長の指揮ぶりがモノを言う。
敵左翼中隊のうち、デルタの頭-Enemy-19小隊-と左翼-Enemy-22小隊-の2個小隊がロリポップ小隊を指向してきたようである。何しろロリポップ小隊は戦場では目立つカラーリングなのである。敵は「ひよっこのくせにエース気取りか?」とでも思っているのであろうか。あるいは「戦場でなければ、オレが口説いてやるのに」などとでもニヤついているのであろうか。パラティア教国はその教義上からも女性蔑視の風潮が強い国家であり、女性パイロットの存在など皆無である。派手なカラーリングのフレミング小隊に異様な興奮を覚えるパイロットが居たとしても不思議ではあるまい。
無論、そんな男共に墜とされる謂れなど持たないフレミングである。Enemy-22小隊が左緩旋回を始めるのが確認されるが、回り込んでフレミング小隊の右側背を尽くことが敵の企図であろう。
「パパン先輩達は左から回り込んで敵右翼、Enemy-25小隊をお願いします」
中隊長の命令にパパン小隊長は諒解を示しつつ、フレミング小隊の行動方針を確認する。
「こっちは了解だが、そっちはどうすんだ?」
「私達は中央正面突破の後、敵左翼に回ります」
中隊長の意を解した瞬間湯沸かし器が応答する。
「こっちを片付けたら、アタシ達もそっちに行くぜ」
「気を付けて……」
ガリレイ先輩からも激励が返ってくる。2人の先輩の気遣いがフレミングには嬉しかった。パパン小隊には何も心配していないフレミングである。パパン小隊は当面4対3の戦いになるのだが、パパン編隊が前2機を引き付けている間にガリレイ編隊が残る1機と相対する。そして、わざと Enemy-26をガリレイ機の後背につけさせたその後ろからプランク機が獲物を仕留めれば4対2になる。そうなればガリレイ小隊は圧倒的に有利な状況で戦闘を進めることができるであろう。何しろガリレイ先輩には特殊な機動があるのだ。「アレは左捻り込みだ」という意見もあれば「いや、木の葉落としだ」という説もあるが、どうやらループの頂点手前でわざと失速状態を起こしランダムな機動で後続機の視界から姿を消すというのが真相らしい。AMF-60Aでその機動を会得したガリレイは、AMF-75Aに乗り換えた際に機付長と相談し、その一連の動きを自動操縦に設定したと言っていた。何でも音声入力で「ファントム」と指示すれば自動的にその機動を再現する、とか。敵機を見失って動揺するEnemy-26を後背から射つことなど、プランクに言わせれば「1しか出ないイカサマダイスみたいなもの」ということになろう。敵右翼部隊をパパン先輩に任せておけば、フレミングは自小隊の指揮に専念することができる。
「キルヒーはEnemy-21を、トリチェリ先輩とケプラーはEnemy-20を照準。各機、短距離空対空ミサイルを2発づつ、私の合図で発射して。私はEnemy-19を狙う」
「了解」
今頃各機は敵機をロックオンし、ミサイル発射の準備を始めている頃であろう。前方象限からのミサイルの射ち合いは、どこかチキンレースに似ている。ミサイルの発射が早すぎれば命中率を期待できないが、先に敵に発射されるとこちらは回避行動に移らざるを得ない。また、遅すぎれば、敵機の爆発に自機も巻き込まれかねない。要するに敵との我慢比べをしながらギリギリのタイミングを見計らうことが肝要なのだ。尤もこの場合、フレミングには相手の小隊長より有利な点が2つあった。ひとつはミサイルの残量が多いこと。敵はいまや短距離ミサイルを2発づつしか装備していない-従って無駄弾を放つ余裕はない-はずだが、AMF-75Aは10発づつ装備しているのである。そしてミサイル搭載量の多さが導き出すふたつめの優位は、このミサイル発射を相手への牽制に使える-本命は敵左翼小隊-ことであった。正面の敵はチキンレースに臨んでいるつもりであっても、こちらがわざわざ付き合ってやる必要はない。せいぜい相手をビビらせてやることにしよう。
「発射後はそのまま真っすぐすり抜けた後、トリチェリ先輩達は右旋回してEnemy-22小隊を指向。私達は右45度シャンデルで一旦上昇してから、Enemy-19またはEnemy-22を狙う」
敵左翼のEnemy-22小隊はトリチェリ編隊-恐らくは水色+桜色の僚機-を指向してくるはずである。トリチェリ先輩にはその更に背後を突くような機動をしてもらい、なおもEnemy-22がトリチェリ編隊を指向するならばこれを、あるいはEnemy-19がトリチェリ編隊を挟み撃ちにしようと向かってくるのであればこちらを、それぞれ上空から狙うのがフレミングのプランである。
「今!」
フレミングの合図に8発の短距離空対空ミサイルが発射される。Enemy-19小隊は慌てて回避行動に移るが、ミサイル4発の集中攻撃を受け回避しきれなかったEnemy-20にケプラーの放ったミサイルが命中した。
「ケプラー、1機撃墜」
小隊長としてケプラーの戦功を確認する。これで水色+桜色にも撃墜マークが輝くことになろう。しかしまだ油断はできない。右シャンデルで上昇したフレミングは、背面姿勢のまま眼下を見上げる。Enemy-19は下方に回避したようであり、当面の脅威にはならないようであった。
「キルヒー、Enemy-23をお願い」
「了解」
背面から降下しつつ180度ロールで上空から敵を追尾するキャンディーマルーンとアンティークゴールドのAMF-75A。先ほどまで蜂蜜色と水色+桜色の敵機を追っていたつもりのEnemy-22小隊は、敵機に突如上後方を占位されたことに戦慄したことであろう。何しろ上後方とはレシプロ機の時代から変わらぬ必中ゾーンなのである。
「キルヒー、1機撃墜」
「やりましたわね、フレミー」
金髪の親友の戦功を確認するフレミングに、キルヒホッフは赤髪の親友の戦功を賞賛することで応える。
「フレミーちゃんも、キルヒーちゃんも、さすがに息ぴったりねぇ~」
2機を同時に撃破され動揺するEnemy-24に一瞬の挙動の乱れが生じる。右旋回するトリチェリ編隊をEnemy-24がオーバーシュートしたのを聖母は見逃さなかった。素早い切り返しの後に落ち着いてトリガーを引く。蜂蜜色のAMF-75Aの機首両脇から放たれた2筋の閃光が、27mm弾と共に敵機に吸い込まれていった。
「トリチェリ先輩、1機撃墜ぃ~」
僚機の挙げる澄み切った清流のような声は、フレミング小隊全機が撃墜マークを得たことを意味していた。同時にパパン小隊からも戦果報告が上がる。
「BINGO!」
瞬間湯沸かし器の熱い声に続いて、ギャンブラーのクールな声がヘルメットに響く。
「ピンゾロの丁」
言葉の意味はよくわからないが、要するにプランクは2機のSS-20を撃墜したらしい。ファントムを囮にギャンブルするなど他人の命をベットするようなものではあるが、当の本人は全く気にするようでもなく
「ガリレイ達はやった」
などと涼し気に言っている。ともかくもフレミング中隊は、敵3個小隊9機を相手に撃墜7、損害0という戦果を挙げたことになる。
「みんな、無事?」
「問題ありませんわ」
「ファーレンハイトちゃんもいるから大丈夫」
「フレミーちゃんは心配性ねぇ~」
「アタシらはまだ行けるぜ」
「まだまだ空は凪いでいるわ」
「ガリレイ達は問題ない」
「こいこい」
念のため確認した中隊長に、7人7様の返答が返ってくる。プランクの返答の、その言葉の意味はよく分からなかったが、とにかく全機無事らしい。そうであれば、やることはひとつ。
「Oscar-1より中隊各機、これより高度35,000ftまで上昇の後、敵対地攻撃機群の攻撃に移行する」
高度30,000ftを飛行する対地攻撃機群を、敵より高高度から迎撃するプランである。65,000ftの実用上昇限度を誇るAMF-75Aであれば、35,000ftという高高度であろうとも、海面高度と変わらない機動を期待できよう。
「了解」
フレミング中隊は高度を上げつつ、編隊を組み直した。
「了解」
敵対地攻撃機群との距離が100kmを切った。ようやくこちらの有効射程圏内に敵機を捉えたのだ。バーラタ軍としては今回の戦争で初めて、敵機に対してミサイルを発射する機会を得たことになる。
「コネクト、戦術データリンク、コードSAS3175」
フレミングは音声入力で新しいコードにデータリンクする。今度の標的は敵対地攻撃機群30機。赤髪の中隊長は、自身の声音にいささか震えの成分が含まれていたことを自覚していたが、AMF-75Aの戦術コンピュータに搭載されているAIはパイロットの意を正しく認識してくれたようである。フレミングの全周戦術情報表示装置にも敵シンボルが表示された。「コンピュータまで武者震い、なんてまさかね?」と内心で自笑しつつ、麾下中隊に発令する。
「中隊全機、ミサイル発射」
フレミング中隊から合計32発の中距離空対空ミサイルが射出される。同時にテイラー中隊、ファラデー小隊からもミサイルが射出された。敵の動きにはっきりと動揺が見られる。恐らく敵は、もうお互いに中距離ミサイルは射ち尽くした、とでも思っていたのであろう。AMF-75Aは各8発のミサイルを射ちながら、尚4発づつのミサイルを敵対地攻撃機群の迎撃用に温存していたのである。
「アウトレンジ作戦のお返しだぜ」
4日前には煮え湯を飲まされたパパン小隊長が吠える。敵機が回避機動を取ろうと旋回を始めるが、それは無駄なことであろう。こちらは複数の地上レーダサイトと空中早期警戒管制機により敵機を補足し、その情報とデータリンクして照準しているのである。やがて000Wのミサイル群が敵戦闘機群に吸い込まれていく。敵機はハイGターンで回避しようと機動するであろうが、対地ミサイルを吊るしたままの鈍重な機体には、それも叶うまい……
2078年8月14日0657時。この戦争が始まってから初めて、パラティア教国の戦闘機が撃墜された。護衛のSS-20に3機、本命の対地攻撃機に18機の撃墜が確認される。
「Oscar-1より中隊各機、敵は退かないみたい。こっからが本番だけど、みんな用意はいい?」
敵の動きを注視していた赤髪の中隊長が中隊メンバーに確認する。どうやら格闘戦のゴングが鳴るらしい。
「了解」
「各機、増槽分離」
フレミングの命令に、各機とも増槽を放擲する。格闘戦であれば、少しでも軽く抵抗の少ない方が有利なのである。
「さぁて、アタシらの出番だ。行くぜ」
瞬間湯沸かし器の気合にファントムが応える。
「心は熱く、シーカーは冷たく」
格闘戦ともなれば短距離空対空ミサイルの出番である。短距離空対空ミサイルは赤外線センサーにより敵機の発する熱を検知してこれを追尾する仕様であるが、正確に敵機の熱源を捉えるためには事前にシーカーを冷ましておくことが必要なのである。
「武装選択、短距離空対空ミサイル」
フレミングは音声入力で武装の選択を行い、シーカーを冷ます。
******************************
ようやく敵機が視認できる距離まで迫ってきた。距離約20km。敵戦闘機群が対地攻撃機群に先行してくる。敵戦闘機群は三角編隊を組む3機で1個小隊とし、3個小隊がデルタに組んだ9機で1個中隊を編成したらしい。3個中隊27機が000Wの3個中隊24機に迫る。テイラー中隊からはハーン小隊が抽出され、臨時にファラデー中隊麾下に配属された。高度30,000ftのこの戦場にファラデー中隊麾下マリア小隊とホイヘンス小隊は追いついていない。敵戦闘機群には「Enemy」、対地攻撃機群には「Foe」の識別符号が与えられた。フレミング中隊はまず、敵左翼部隊に位置する Enemy-19以下の中隊と交戦することになろう。これを突破しなければ、対地攻撃機群にはたどり着けない。敵中隊は9機で味方は8機。数の上では互角の戦いだが、如何に相手を出し抜いて局地的に優位な戦力差を作り出すか。ここからは中隊長の指揮ぶりがモノを言う。
敵左翼中隊のうち、デルタの頭-Enemy-19小隊-と左翼-Enemy-22小隊-の2個小隊がロリポップ小隊を指向してきたようである。何しろロリポップ小隊は戦場では目立つカラーリングなのである。敵は「ひよっこのくせにエース気取りか?」とでも思っているのであろうか。あるいは「戦場でなければ、オレが口説いてやるのに」などとでもニヤついているのであろうか。パラティア教国はその教義上からも女性蔑視の風潮が強い国家であり、女性パイロットの存在など皆無である。派手なカラーリングのフレミング小隊に異様な興奮を覚えるパイロットが居たとしても不思議ではあるまい。
無論、そんな男共に墜とされる謂れなど持たないフレミングである。Enemy-22小隊が左緩旋回を始めるのが確認されるが、回り込んでフレミング小隊の右側背を尽くことが敵の企図であろう。
「パパン先輩達は左から回り込んで敵右翼、Enemy-25小隊をお願いします」
中隊長の命令にパパン小隊長は諒解を示しつつ、フレミング小隊の行動方針を確認する。
「こっちは了解だが、そっちはどうすんだ?」
「私達は中央正面突破の後、敵左翼に回ります」
中隊長の意を解した瞬間湯沸かし器が応答する。
「こっちを片付けたら、アタシ達もそっちに行くぜ」
「気を付けて……」
ガリレイ先輩からも激励が返ってくる。2人の先輩の気遣いがフレミングには嬉しかった。パパン小隊には何も心配していないフレミングである。パパン小隊は当面4対3の戦いになるのだが、パパン編隊が前2機を引き付けている間にガリレイ編隊が残る1機と相対する。そして、わざと Enemy-26をガリレイ機の後背につけさせたその後ろからプランク機が獲物を仕留めれば4対2になる。そうなればガリレイ小隊は圧倒的に有利な状況で戦闘を進めることができるであろう。何しろガリレイ先輩には特殊な機動があるのだ。「アレは左捻り込みだ」という意見もあれば「いや、木の葉落としだ」という説もあるが、どうやらループの頂点手前でわざと失速状態を起こしランダムな機動で後続機の視界から姿を消すというのが真相らしい。AMF-60Aでその機動を会得したガリレイは、AMF-75Aに乗り換えた際に機付長と相談し、その一連の動きを自動操縦に設定したと言っていた。何でも音声入力で「ファントム」と指示すれば自動的にその機動を再現する、とか。敵機を見失って動揺するEnemy-26を後背から射つことなど、プランクに言わせれば「1しか出ないイカサマダイスみたいなもの」ということになろう。敵右翼部隊をパパン先輩に任せておけば、フレミングは自小隊の指揮に専念することができる。
「キルヒーはEnemy-21を、トリチェリ先輩とケプラーはEnemy-20を照準。各機、短距離空対空ミサイルを2発づつ、私の合図で発射して。私はEnemy-19を狙う」
「了解」
今頃各機は敵機をロックオンし、ミサイル発射の準備を始めている頃であろう。前方象限からのミサイルの射ち合いは、どこかチキンレースに似ている。ミサイルの発射が早すぎれば命中率を期待できないが、先に敵に発射されるとこちらは回避行動に移らざるを得ない。また、遅すぎれば、敵機の爆発に自機も巻き込まれかねない。要するに敵との我慢比べをしながらギリギリのタイミングを見計らうことが肝要なのだ。尤もこの場合、フレミングには相手の小隊長より有利な点が2つあった。ひとつはミサイルの残量が多いこと。敵はいまや短距離ミサイルを2発づつしか装備していない-従って無駄弾を放つ余裕はない-はずだが、AMF-75Aは10発づつ装備しているのである。そしてミサイル搭載量の多さが導き出すふたつめの優位は、このミサイル発射を相手への牽制に使える-本命は敵左翼小隊-ことであった。正面の敵はチキンレースに臨んでいるつもりであっても、こちらがわざわざ付き合ってやる必要はない。せいぜい相手をビビらせてやることにしよう。
「発射後はそのまま真っすぐすり抜けた後、トリチェリ先輩達は右旋回してEnemy-22小隊を指向。私達は右45度シャンデルで一旦上昇してから、Enemy-19またはEnemy-22を狙う」
敵左翼のEnemy-22小隊はトリチェリ編隊-恐らくは水色+桜色の僚機-を指向してくるはずである。トリチェリ先輩にはその更に背後を突くような機動をしてもらい、なおもEnemy-22がトリチェリ編隊を指向するならばこれを、あるいはEnemy-19がトリチェリ編隊を挟み撃ちにしようと向かってくるのであればこちらを、それぞれ上空から狙うのがフレミングのプランである。
「今!」
フレミングの合図に8発の短距離空対空ミサイルが発射される。Enemy-19小隊は慌てて回避行動に移るが、ミサイル4発の集中攻撃を受け回避しきれなかったEnemy-20にケプラーの放ったミサイルが命中した。
「ケプラー、1機撃墜」
小隊長としてケプラーの戦功を確認する。これで水色+桜色にも撃墜マークが輝くことになろう。しかしまだ油断はできない。右シャンデルで上昇したフレミングは、背面姿勢のまま眼下を見上げる。Enemy-19は下方に回避したようであり、当面の脅威にはならないようであった。
「キルヒー、Enemy-23をお願い」
「了解」
背面から降下しつつ180度ロールで上空から敵を追尾するキャンディーマルーンとアンティークゴールドのAMF-75A。先ほどまで蜂蜜色と水色+桜色の敵機を追っていたつもりのEnemy-22小隊は、敵機に突如上後方を占位されたことに戦慄したことであろう。何しろ上後方とはレシプロ機の時代から変わらぬ必中ゾーンなのである。
「キルヒー、1機撃墜」
「やりましたわね、フレミー」
金髪の親友の戦功を確認するフレミングに、キルヒホッフは赤髪の親友の戦功を賞賛することで応える。
「フレミーちゃんも、キルヒーちゃんも、さすがに息ぴったりねぇ~」
2機を同時に撃破され動揺するEnemy-24に一瞬の挙動の乱れが生じる。右旋回するトリチェリ編隊をEnemy-24がオーバーシュートしたのを聖母は見逃さなかった。素早い切り返しの後に落ち着いてトリガーを引く。蜂蜜色のAMF-75Aの機首両脇から放たれた2筋の閃光が、27mm弾と共に敵機に吸い込まれていった。
「トリチェリ先輩、1機撃墜ぃ~」
僚機の挙げる澄み切った清流のような声は、フレミング小隊全機が撃墜マークを得たことを意味していた。同時にパパン小隊からも戦果報告が上がる。
「BINGO!」
瞬間湯沸かし器の熱い声に続いて、ギャンブラーのクールな声がヘルメットに響く。
「ピンゾロの丁」
言葉の意味はよくわからないが、要するにプランクは2機のSS-20を撃墜したらしい。ファントムを囮にギャンブルするなど他人の命をベットするようなものではあるが、当の本人は全く気にするようでもなく
「ガリレイ達はやった」
などと涼し気に言っている。ともかくもフレミング中隊は、敵3個小隊9機を相手に撃墜7、損害0という戦果を挙げたことになる。
「みんな、無事?」
「問題ありませんわ」
「ファーレンハイトちゃんもいるから大丈夫」
「フレミーちゃんは心配性ねぇ~」
「アタシらはまだ行けるぜ」
「まだまだ空は凪いでいるわ」
「ガリレイ達は問題ない」
「こいこい」
念のため確認した中隊長に、7人7様の返答が返ってくる。プランクの返答の、その言葉の意味はよく分からなかったが、とにかく全機無事らしい。そうであれば、やることはひとつ。
「Oscar-1より中隊各機、これより高度35,000ftまで上昇の後、敵対地攻撃機群の攻撃に移行する」
高度30,000ftを飛行する対地攻撃機群を、敵より高高度から迎撃するプランである。65,000ftの実用上昇限度を誇るAMF-75Aであれば、35,000ftという高高度であろうとも、海面高度と変わらない機動を期待できよう。
「了解」
フレミング中隊は高度を上げつつ、編隊を組み直した。
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