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海岸
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ある晩に、学友の甘木さんと玄界灘の海岸に出た。満月が水面に跳ね返って、光をあちこちにばら撒いている。「やぁ甘木さん、ここはだいぶ綺麗じゃないか」「そうだね」彼女は優しい言葉の調子で返してきた。白熱灯の街灯と、月の反射で、既に白い彼女の顔は更に白く、雪に練乳をかけたような白さだった。恐ろしく白くて、逃げ出したくなるような感じがした。なんと無く大きな岩が薄っすらと見えて、その怖さを更に引き立てているように見えた。波が寄せては引き、「田平君、顔が青くなっているよ」そう言われた。顔を一叩きして、また海岸を眺め始めた。船が沖を通りかかった。彼女は「あの船は何処に行くのかしら」と言った。「上海かも知れないし、釜山かも知れない。もしかしたら目的地は無いのかも知れない」「幽霊船か」「左様」そう言って、笑い合っている間に船は消えてしまった。大きな船だったので見落とす筈はない。「どこに行ったんだろう」「やっぱり幽霊船だよ」「そうだね」今度は怖くなってきた。海岸を歩いて居ると何だか怖くなって、甘木さんの顔をちらっと見た。矢張り白い。「人の顔を見てなにかあった?」いきなり彼女が喋った。「いや、特にどうという事はない。ただ綺麗だなぁと思っていた」「ははぁ、君は私に惚れていると見たよ」「誤魔化しきらなんだ。左様です、貴女に惚れていました」そう言った。白かった頬に、月の黄色がぼやっと反射して、次に海の青色が曖昧に出たと思ったら、今度は紅くなった。それから青色のワンピースを大きく回してこちらを向いて「ねぇ君、ここに居るのも怖いから何処かに行こうよ」と言って、笑いながらこう付け足した。「幽霊船も出るしね」
暫く走って、なにもない唯の海岸線に出た。彼女が青色のワンピースを着たまま、泳ぎ始めようとしていた。「何をしているんだ、風邪を引かれちゃ困るよ」と言うと、段々西の方から太陽が登ってきた。「はてな」と私が思っていると、彼女は白い煙に巻かれて何となく曖昧な感じのする「透明」になってしまった。「君はお化けか」「否」「では妖怪か」「否」そう言うと余程腹を立てていたのか続けてこう言った。「余は海の神みたいな者だ。今し方見えなくなった船は余が何処かにやった」そう言って、海中に潜ろうとしていたので、引き留めようとするとまた白い煙に巻かれた。それから甘木さんは、何処か海の底へ行ってしまった。暫く、西から日が昇るのを眺めていると、東からも日が昇ってきて、お昼ごろに西から登ってきた太陽が東から登ってきた太陽に食われて消えてしまった。
甘木さんが消えて、暫くしてから国道に上がった。暫く待っているとバスが通ってきた。銀色のボディに青色のラインが、海岸線には良く似合う。乗り込んで、座ったらすぐに動き出した。大きなトンネルに入って「次は駅前」と運転手が愛想のない声で言った。ボタンを押すと車内がぼやぁと赤く染まった。トンネルを抜けて数分走ると、駅前停留所に着いて降ろされた。「どうもぉ」運転手はそう言って、バスは駅の方に向かって走り出した。アーケードの真ん中で降ろされたが誰もいない。何処かで波の音が聞こえて来る。シャッター街の奥でこちらに手を振っている人が居て、誰かと思って目を凝らしてみたら、件の甘木さんであった。「田平君、久しぶりね」顔の色が段々青くなっていくのが、自分でもよく分かった。「君、何処に行ってたの」「さぁ」「なるほどね」「そういう事」そう彼女が言い終わって、暫く沈黙が続いた。段々シャッターの色が薄くなってきて、甘木さんがこちらに向かってきているように見えた。「おい」そう言っても段々こちらへ向かってくる。いよいよ怖くなって、走って駅に向かった。走っても、走っても、走っても、駅に着かない。例の青いワンピースを一杯に膨らませて甘木さんが追いかけてくる。本屋、喫茶、花屋、八百屋、八百屋、花屋、喫茶、本屋。ぐるぐると同じような店が続く。ぐるぐるぐるぐる、同じ店が続く。ふと止まって、目を擦ってみる。するとどうだろう、私はただ草原を走っているだけであった。「君は化かすのか」甘木さんに尋ねた。「化かすよ」「狐か」「狐ではない」「では神様か」そう返したら甘木さんは上品そうにクスクスと笑った。「神様なんかじゃない。」「では何だ」「ただの人間だよ」そう言って、また彼女は姿を消した。国道に出て、暫く待っているとバスが通ってきた。銀色のボディに緑色のラインが、草原には良く似合う。乗り込んで、座ったらすぐに動き出した。大きなトンネルに入って「次は海原」と運転手が愛想のない声で言った。ボタンを押すと車内が赤くなったのがはっきり分かった。トンネルを抜けて数分走ると、海原停留所に着いて降ろされた。「どうもぉ」運転手はそう言って、バスは海岸線を走り出した。バスが目の前を走り去っていくと、そこには甘木さんも、幽霊船も、狐も神様もいない平穏な砂浜が広がっていた。
暫く走って、なにもない唯の海岸線に出た。彼女が青色のワンピースを着たまま、泳ぎ始めようとしていた。「何をしているんだ、風邪を引かれちゃ困るよ」と言うと、段々西の方から太陽が登ってきた。「はてな」と私が思っていると、彼女は白い煙に巻かれて何となく曖昧な感じのする「透明」になってしまった。「君はお化けか」「否」「では妖怪か」「否」そう言うと余程腹を立てていたのか続けてこう言った。「余は海の神みたいな者だ。今し方見えなくなった船は余が何処かにやった」そう言って、海中に潜ろうとしていたので、引き留めようとするとまた白い煙に巻かれた。それから甘木さんは、何処か海の底へ行ってしまった。暫く、西から日が昇るのを眺めていると、東からも日が昇ってきて、お昼ごろに西から登ってきた太陽が東から登ってきた太陽に食われて消えてしまった。
甘木さんが消えて、暫くしてから国道に上がった。暫く待っているとバスが通ってきた。銀色のボディに青色のラインが、海岸線には良く似合う。乗り込んで、座ったらすぐに動き出した。大きなトンネルに入って「次は駅前」と運転手が愛想のない声で言った。ボタンを押すと車内がぼやぁと赤く染まった。トンネルを抜けて数分走ると、駅前停留所に着いて降ろされた。「どうもぉ」運転手はそう言って、バスは駅の方に向かって走り出した。アーケードの真ん中で降ろされたが誰もいない。何処かで波の音が聞こえて来る。シャッター街の奥でこちらに手を振っている人が居て、誰かと思って目を凝らしてみたら、件の甘木さんであった。「田平君、久しぶりね」顔の色が段々青くなっていくのが、自分でもよく分かった。「君、何処に行ってたの」「さぁ」「なるほどね」「そういう事」そう彼女が言い終わって、暫く沈黙が続いた。段々シャッターの色が薄くなってきて、甘木さんがこちらに向かってきているように見えた。「おい」そう言っても段々こちらへ向かってくる。いよいよ怖くなって、走って駅に向かった。走っても、走っても、走っても、駅に着かない。例の青いワンピースを一杯に膨らませて甘木さんが追いかけてくる。本屋、喫茶、花屋、八百屋、八百屋、花屋、喫茶、本屋。ぐるぐると同じような店が続く。ぐるぐるぐるぐる、同じ店が続く。ふと止まって、目を擦ってみる。するとどうだろう、私はただ草原を走っているだけであった。「君は化かすのか」甘木さんに尋ねた。「化かすよ」「狐か」「狐ではない」「では神様か」そう返したら甘木さんは上品そうにクスクスと笑った。「神様なんかじゃない。」「では何だ」「ただの人間だよ」そう言って、また彼女は姿を消した。国道に出て、暫く待っているとバスが通ってきた。銀色のボディに緑色のラインが、草原には良く似合う。乗り込んで、座ったらすぐに動き出した。大きなトンネルに入って「次は海原」と運転手が愛想のない声で言った。ボタンを押すと車内が赤くなったのがはっきり分かった。トンネルを抜けて数分走ると、海原停留所に着いて降ろされた。「どうもぉ」運転手はそう言って、バスは海岸線を走り出した。バスが目の前を走り去っていくと、そこには甘木さんも、幽霊船も、狐も神様もいない平穏な砂浜が広がっていた。
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