真の愛を覚えているか

帳すず子

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第一話

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父親との一番古い記憶は、日差しの強い日にみんなで水遊びをしていたときのことだった。庭の端に近くの本流から引いた小川があるので、そこでみなで肉を焼いて、足を水に浸らせて楽しんでいたのだ。
「ユノ、グラン、いいか」
「なぁに?」
 その日はグランもその家族も一緒にいた。父親は庭に今朝からずっと置いてあった水桶を持ってきて、ユノの前に置いた。隣にいたグランも不思議そうな顔をして、二人で顔を見合わせた。
「桶の中の水を触ってみなさい」
「……あったかい」
「そうだ。グランも触ってみなさい。あったかいだろう」
「触らなくてもわかるよ」
 そう言いながらグランが桶の水を触る。
「ここに、川の水を入れると、どうなるかわかるか?」
「今より冷たくなる

「ユノも同じ意見か?」
 問われてユノもうんと頷く。
「正解だ。温かい水も、冷たい水も、同じように混ざり合って同じ温度になろうとするんだ。これを熱平衡という」
「ねつへいこう?」
 聞き慣れない言葉にユノが首を傾げると、グランも同じように首をひねった。
「そうだ。いいか、ユノ、グラン。この世界の多くのことは、『平衡』という概念で説明ができる。グランがりんごを5つ、ユノが1つしか持っていなかったら、どうする?」
「ユノに全部やる。ユノはりんごが好きだから」
 ユノとは目を合わせずにそう言うグランが、実は照れている、というのは、もう少し成長して振り返ってみて気がついた。昔から素直ではない。その様子をユノの父親は笑ってみていた。
「そう来たか、グランは優しいな。じゃあ、ヘミナとオノがりんごを5つと1つ持っていたら? なんて言う?」
 ヘミナはグランの妹、オノはユノの弟だ。ヘミナはまだ乳幼児、オノも這いずりができるようになったくらいだ。
「うーん……僕なら、2人で分けなって、言うかな?」
「俺もヘミナのりんごを2つ、オノに分けるように言う」
「なぜそうする?」
「……オノがかわいそうだから」
 グランの言葉に、父親は何度も頷いた。
「そうだろう。それも、ある種の平衡だ。3つずつがいい。この世には、平衡になろうとする力が働いているものがたくさんある。これは覚えておくといい」
 父が言っていることが、わかったような、わからなかったような。確かにヘミナとオノが3つずつりんごを持っているのがいい。そんな気がする。しかしそれとさっきの温かい水の話はどうも辻褄が合わない気がした。考え込んでいるユノをよそに、グランが父に問う。
「どうして『へいこう』にしようとするの?」
「……それは、俺も知らない。この世界ができたときから、変わらない決まり事なんだ」
 どこかきまり悪そうな表情で、父が言う。
「この平衡を崩せたら、なんてなぁ」
 誰に言うでもなく立ち上がった父がつぶやいたその言葉が、今も記憶の中でなんとも言えないしこりとなって残っているのだった。
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