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王室御用達になるには

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   あちらが何事もなかったように振る舞うのなら、レオニーもそうするしかない。
 というよりも、本当に何もなかったかのように、すべてが今まで通りだった。意識してあわあわと狼狽えている方が馬鹿馬鹿しくなってくるほどに。

 そうして、あの夜の出来事はいつの間にかレオニーの記憶の片隅に遠のいていった。
 どこかの舞踏会やお茶会で顔を見かける度に自然と4人集まり、面白おかしい話をして笑い合う。そんな時間が幾度となく重なり、穏やかに時は流れていった。





 マティアスとリュカが手掛けているロゼワインは少しずつ市場に出回り始め、評判も上々だったが、更なる改良を加える予定だという。

「改良というか、今のものはまあ、これはこれで残しておいても良いんだけどね」
「言うなれば、今あるのが初代、あるいは元祖。次に出したいのが、ロイヤルバージョン」

 とある夜会でいつもの4人が一堂に会した際、その話になった。

「ロイヤルバージョン? 王室に納める用ってこと?」
「そう。王室だったり、国賓に振る舞うものとして取り扱われるような上質なワインを作りたいんだよね」
「ああ、その方が単価が高い分、儲かるからな」
「うわ嫌らしい」
「利益追求に余念がないと言ってくれ」

 どうも2人は、初めて会った時にレオニーが言った「飲みやすすぎる」点を気にしているようだ。

「これがなかなか難しいんだよ。重たくしすぎると、じゃあ赤ワインで良くない? って話になっちゃうから」
「あー、たしかに」
「いくつかサンプル品が出来上がったから、今度試飲してほしいんだが」
「あ、そういうことなら私は無理」

 珍しく下手に出て頼もうとしたマティアスに、容赦なくブランシュが断りを入れる。

「ワインの良し悪しなんて私にわかるわけないもの」

 ブランシュは普段からシャンパンは好んで口にするが、ワインはめったに飲まない。それ以上食い下がる余地はないと見て、マティアスは今度はレオニーに懇願した。

「ワインに合う小菓子も用意する。やってみないか、レオニー」
「そうねえ、マカロンとチーズタルトがあるなら」
「おーレオニー陥落。やったねマティアス」
「ふん、ちょろいもんだ」
「あら、そんな風に言われるなら、やっぱりやめておこうかしら」
「すまなかった」
「ガレットも追加で」

 そんなわけで数日後、レオニーはマティアスの屋敷へ足を運ぶこととなった。

 ワインの試飲をしに行く、と伝えると、侍女のクロエは眉をぴくりと上げ一言「ご一緒します」とだけ呟いた。最初にあんな大失敗をしでかしたのだから、やはり心配なのだろう。





「やあレオニー、今日はわざわざありがとう」

 先に来ていたリュカに出迎えられ、用意された部屋に足を踏み入れるといくつかのグラスと、レオニーがねだったスイーツ達が行儀良くテーブルに並べられていた。
 遅れて、ワインボトルを何本か抱えたマティアスが入ってきた。

「よし始めるか」
「クロエさん! お会いできて嬉しいです」

 マティアスの後ろに付き従っていたメイド服の女の子が、部屋に入るなりクロエの両手を握ってぶんぶんと大きく振りかざした。

「ええと、貴方は……?」
「マティアス様にお仕えしておりますジゼルと申します。クロエさんのファンなんです」

 そう言うとジゼルは瞳をキラキラと輝かせながら、今にも抱きつきそうな勢いでクロエにすり寄った。

「ホワイト家のメイドがいかに優秀か、見習わせようと思って色々語って聞かせていたら、どうも尊敬の念が強くなりすぎたみたいで」

 居心地悪そうにマティアスが頭を掻いた。当のクロエも目を白黒させて驚いている。

「光栄なことですが、私は侍女としてやるべきことをしているだけですので」
「いやいや、そのクオリティが半端ないからなホワイト家は。クロエだけじゃなく全員」

 やいのやいのしているうちに、リュカが手際よくワインをそれぞれのグラスに注ぎ、準備を進めていく。

「お嬢さん方、そろそろ良いかい? レオニーはこっち。手前側のグラスから順番に試飲してね。一通り試し終わったらあとは好きなの飲んでいいよ。スイーツはいつでもご自由に。あ、これは味が混ざらないようにするためのお水ね。適宜使って」

 レオニーの目の前に置かれた5つのワインは、全く同じように見えるものもあれば、ちょっと色味が濃かったり濁りが強いものもあったりと、様々だった。

「難しく考えないで、率直な感想を教えてね」

 リュカの言葉に、レオニーはこくりと大きく頷いた。

 一口飲むごとに、これは渋みが強くてお肉料理に合いそう、これは口当たりが柔らかくて飲みやすい、とレオニーは思いついたままの感想を伝える。それをリュカが逐一手元の帳面に書き込み、マティアスは無言で見守った。
 時折大好物のスイーツを挟みながら、ひととおりの試飲を終えた。

「こんな感じで大丈夫だった?」
「ばっちり。参考になったよ、ありがとう」
「今日のことを踏まえて、明日さっそく会議だな。関係者を召集だ。リュカ連絡頼めるか」
「はいよ」

 少し汗ばむ陽気になってきた。昼間のアルコールはよく回るのか、ほんの少しずつしか飲んでいないのにレオニーは良い気分で、ふわふわと足元が軽かった。

「そろそろ失礼しようかしら。スイーツたくさん余っちゃったわね」
「だいぶ多めに用意したからな。持って帰るか」
「あら、良いの」

 マティアスの指示で、食べ残したスイーツ達が綺麗にラッピングされていく。

「じゃあ、知らせを出しに行きがてら僕が門までお見送りするよ」
「ああ。じゃあなレオニー、今日は助かった」

 口の悪いマティアスから出てきた感謝の言葉と優しい笑みに、レオニーは嬉しくなってふにゃりと微笑み返した。





 玄関先で馬車の用意を待っている間、リュカがレオニーの顔をひょいと覗き込んだ。

「ほろ酔いって感じだね。レオニー可愛い」
「もう、からかわないで」

 ふふ、とおかしそうに笑うリュカに、レオニーは軽く手であしらう仕草をして見せた。
 クロエは最後までジゼルに付き纏われていて、こちらの様子には気がついていないようだ。

「ごめんごめん。怒った? でもレオニーのそういうところ、僕は好きだよ。お近付きになれて本当に良かったなぁって思ってる」

 小さく両手を合わせて謝るそぶりを見せながら、リュカはにっこりと人懐こい笑みを浮かべた。

「ありがとう。私も、リュカやマティアスやブランシュとも仲良くなってから、毎日がすごく楽しいわ」

 素直な気持ちでレオニーもにっこりと微笑み返した。

 友達なんていなくても、自分の部屋があって頼れる侍女がいて、美味しい紅茶とお菓子があって、刺繍をしたり本を読んだり、気ままに過ごせる時間があればそれで充分だと思っていた。 

 でも今は違う。思ったことをそのまま口にできて、応えてくれる人がいる。一緒に笑ったり怒ったりできる人がいる。そんな人達と過ごす楽しい時間を知ってしまった今は、1人の方が良いなんて思えるはずがなかった。

 レオニーの心からの笑顔に、リュカははっとしたように急に俯いた。

「リュカ、どうしたの?」
「僕もあの4人でつるむのはすごく楽しいよ。ずっとこうしていられたらいいのにって思ったりもする。でも、いつまでこのまま変わらずにいられるのかな」
「どういうこと?」

 リュカは言いにくそうに視線をあちこちに彷徨わせた。

「何かあったの?」
「いや、まだ具体的に何かあったわけじゃないんだけど」
「何、私には言えないようなこと?」
「いやそういうわけじゃ」
「じゃあ教えて」

 何度か押し問答を繰り返した後、レオニーが一歩も引かない様子を悟ったリュカは、諦めたように肩を落とした。

「わかった、言うよ。でも僕から聞いたっていうのは内緒にしてよ」
「だから何なの」
「婚約するらしいんだ」

 リュカの腕に掴みかかりそうなほど前のめりになっていたレオニーは、弾かれたようにぱっと後ずさった。

「婚約? 誰が」
「マティアスとブランシュ」

 マティアスと。
 ブランシュが。
 婚約……?


 
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