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第十八話 悪縁が集まる意味
しおりを挟む陽治郎の存在を捉えられない蓮華は、改めて陽治郎について考えていた。
蓮華が最もつらいときに、代わりに表立って蓮華自身を演じた魂。蓮華の記憶が陽治郎に流れていたように、陽治郎の記憶も蓮華に通じていた。陽治郎と紫の関係も、蓮華はあいまいながらも察していた。
短い間ともに暮らした経験から、蓮華には紫が陽治郎を殺すような存在には思えない。陽治郎もそれは分かっている。だからこそ、突然知ってしまった事実に、心を揺さぶられたのだ。
「陽治郎さん……」
眠りについた魂へ呼びかける。
自室に蓮華の切ない声だけが響いた。朝日が満ちた部屋で、毎朝心の奥へと声をかける。猫神様から話を聞いて以来、陽治郎はまったく反応を示さなかった。蓮華の心細い思いにも揺れ動きさえしない。
陽治郎が閉じこもった現状を紫たちに相談するべきか、蓮華は迷っていた。そのためには陽治郎の魂が蓮華の中にいると説明しなくてはならない。陽治郎と紫に因縁があるのなら、蓮華が下手に話をするのはまずい。蓮華は今日も迷いを胸に秘める選択を取るしかなかった。
階下へ向かい、居間へ赴くとそこには【悪縁】のもやに絡まり、行動不能となっている紫がいた。主人を助けるために、もやの集合体をはがそうと必死になっている右白と左黒に対して、紫は体を宙に浮かせた状態で暢気にも口笛を吹いている。
ぽかんと呆気に取られる蓮華を見止めた紫は、もやに体を拘束されているというのに、快活な笑顔を向けてきた。
「おはよう、蓮華さん! 今日もいい朝だね」
「そ、うですね。おはようございます。……紫さん、これはいったい?」
「いつも通り縄にする間際で油断しちゃってね。逆に抵抗されて、拘束されてしまったんだ」
いやあ、参った参った、と口では言いながらも、紫には困った様子が一切表れていない。むしろ余裕さえ感じる。
「え、えぇ……」
「あ、蓮華さんはこの黒いのに触らないようにね。一応、【悪しきもの】だからね」
引いた目で見つめると、宙をぶらんぶらんと揺れている紫が注意をする。その下では右白たちが爪先立ちになってもやにぶら下がっていた。
一歩離れたところで、解放しようともがく少女たちの奮闘を眺める。紫は笑い声を上げながら、左黒に手を引っ張られていた。
「なぜ、紫さんのもとに【悪縁】が集まるんですか?」
暇そうに宙に浮く紫に質問する。
【悪縁】を肩代わりする神様。神としての能力がそうさせるのか、いつから【悪いもの】を引き寄せているのか蓮華は不思議だった。
紫は手を伸ばす少女たちに目を遣ったまま、あいまいに微笑んだ。
「私が罪を犯したから」
ひゅっと蓮華の呼吸は絞られたように止まった。
「それに、これは人が背負うには重すぎるものだから、ね」
もやから唯一抜けだした右手で、紫は黒い縁をそっとなでる。紫の手が触れた瞬間、もやの拘束はゆるまる。軽やかに畳に下り立った紫は、腕をさっと横に払った。とたんに黒いもやは縄状に編みこまれていき、一瞬にして紫の目の前に垂れさがった。
今までは戯れに過ぎず、紫の手のひらの上で踊らされていたと証明された。いつから手に持っていたのか分からない短刀を振りあげる。一刀に一切の隙はなく、音もなく断ちきった。
バチッと激しい音とともに、白いまばゆい光によって視界が奪われる。次に目を開いたとき、居間には黒いもやの残滓さえ残っていなかった。
短刀を鞘に戻す紫の背に、離れて立っていた蓮華はそっと近寄った。
「陽治郎さんの――」
陽治郎の名を出したとき、紫の反応をうかがった。紫は涼しげないつもの目を細めるだけだ。
「陽治郎さんの、夢を見ました」
「そう」
静かな呼応に、蓮華の当ては外れた。陽治郎に手をかけるほどの深い思いを抱いた紫なら、死者の名にいくらか動揺するかと思っていたのだ。紫からは懐かしい既知の名を聞いた程度の関心しか感じられない。
遠い昔に死んだ者だからだろうか。なぜ、蓮華の夢に現れたのかとさえ聞いてこない。それほど些末な存在だったのか。陽治郎を重視する蓮華にとっては不満さえ感じる返答だった。
「あいつは、夢で元気にしていたかい?」
小さな不服は、紫のその一言でかき消える。日常的な問いは爽やかな風さえ伴う。突風とともに去ってしまいそうな瞬間的な荒々しさも、優しく髪を攫っていくような大事にしたいができない歯がゆさもあった。
蓮華は、紫の中にある様々な感情の一端を見た。
「陽治郎さんとは、どういった関係だったんですか?」
聞いたところで答えは返ってこないかもしれない。それでもいいと思いながら問いかけた。
紫は蓮華の思惑をすべて見透かす瞳をして、切なげに微笑む。
「大切な友人さ。ただひとりの、私の友だった」
過去形にしてしまう紫が、ひとりで泣いているかのようで、蓮華はぎゅっと自分の片腕を掴んだ。
陽治郎と紫がすれ違っているのをいたく感じとってしまう。陽治郎のためにも、紫のためにも、蓮華は自分には何もしてやれないと悔やむしかない。
「そろそろ飯ができるんで準備してください」
「今日の卵焼きはネギ入りだよ~!」
「おいしそう」
台布巾と炊飯器を持って台所からやってくる嵐と、その後ろを料理の品々を運ぶ右白と左黒が続く。蓮華ははっと我に返り、台所に用意された朝食を取りに急いだ。
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