神様の愛と罪

宮沢泉

文字の大きさ
上 下
18 / 25

第十八話 悪縁が集まる意味

しおりを挟む



 陽治郎の存在を捉えられない蓮華は、改めて陽治郎について考えていた。

 蓮華が最もつらいときに、代わりに表立って蓮華自身を演じた魂。蓮華の記憶が陽治郎に流れていたように、陽治郎の記憶も蓮華に通じていた。陽治郎と紫の関係も、蓮華はあいまいながらも察していた。

 短い間ともに暮らした経験から、蓮華には紫が陽治郎を殺すような存在には思えない。陽治郎もそれは分かっている。だからこそ、突然知ってしまった事実に、心を揺さぶられたのだ。

「陽治郎さん……」

 眠りについた魂へ呼びかける。

 自室に蓮華の切ない声だけが響いた。朝日が満ちた部屋で、毎朝心の奥へと声をかける。猫神様から話を聞いて以来、陽治郎はまったく反応を示さなかった。蓮華の心細い思いにも揺れ動きさえしない。

 陽治郎が閉じこもった現状を紫たちに相談するべきか、蓮華は迷っていた。そのためには陽治郎の魂が蓮華の中にいると説明しなくてはならない。陽治郎と紫に因縁があるのなら、蓮華が下手に話をするのはまずい。蓮華は今日も迷いを胸に秘める選択を取るしかなかった。

 階下へ向かい、居間へ赴くとそこには【悪縁】のもやに絡まり、行動不能となっている紫がいた。主人を助けるために、もやの集合体をはがそうと必死になっている右白と左黒に対して、紫は体を宙に浮かせた状態で暢気にも口笛を吹いている。

 ぽかんと呆気に取られる蓮華を見止めた紫は、もやに体を拘束されているというのに、快活な笑顔を向けてきた。

「おはよう、蓮華さん! 今日もいい朝だね」

「そ、うですね。おはようございます。……紫さん、これはいったい?」

「いつも通り縄にする間際で油断しちゃってね。逆に抵抗されて、拘束されてしまったんだ」

 いやあ、参った参った、と口では言いながらも、紫には困った様子が一切表れていない。むしろ余裕さえ感じる。

「え、えぇ……」

「あ、蓮華さんはこの黒いのに触らないようにね。一応、【悪しきもの】だからね」

 引いた目で見つめると、宙をぶらんぶらんと揺れている紫が注意をする。その下では右白たちが爪先立ちになってもやにぶら下がっていた。

 一歩離れたところで、解放しようともがく少女たちの奮闘を眺める。紫は笑い声を上げながら、左黒に手を引っ張られていた。

「なぜ、紫さんのもとに【悪縁】が集まるんですか?」

 暇そうに宙に浮く紫に質問する。

 【悪縁】を肩代わりする神様。神としての能力がそうさせるのか、いつから【悪いもの】を引き寄せているのか蓮華は不思議だった。

 紫は手を伸ばす少女たちに目を遣ったまま、あいまいに微笑んだ。

「私が罪を犯したから」

 ひゅっと蓮華の呼吸は絞られたように止まった。

「それに、これは人が背負うには重すぎるものだから、ね」

 もやから唯一抜けだした右手で、紫は黒い縁をそっとなでる。紫の手が触れた瞬間、もやの拘束はゆるまる。軽やかに畳に下り立った紫は、腕をさっと横に払った。とたんに黒いもやは縄状に編みこまれていき、一瞬にして紫の目の前に垂れさがった。

 今までは戯れに過ぎず、紫の手のひらの上で踊らされていたと証明された。いつから手に持っていたのか分からない短刀を振りあげる。一刀に一切の隙はなく、音もなく断ちきった。

 バチッと激しい音とともに、白いまばゆい光によって視界が奪われる。次に目を開いたとき、居間には黒いもやの残滓さえ残っていなかった。

 短刀を鞘に戻す紫の背に、離れて立っていた蓮華はそっと近寄った。

「陽治郎さんの――」

 陽治郎の名を出したとき、紫の反応をうかがった。紫は涼しげないつもの目を細めるだけだ。

「陽治郎さんの、夢を見ました」

「そう」

 静かな呼応に、蓮華の当ては外れた。陽治郎に手をかけるほどの深い思いを抱いた紫なら、死者の名にいくらか動揺するかと思っていたのだ。紫からは懐かしい既知の名を聞いた程度の関心しか感じられない。

 遠い昔に死んだ者だからだろうか。なぜ、蓮華の夢に現れたのかとさえ聞いてこない。それほど些末な存在だったのか。陽治郎を重視する蓮華にとっては不満さえ感じる返答だった。

「あいつは、夢で元気にしていたかい?」

 小さな不服は、紫のその一言でかき消える。日常的な問いは爽やかな風さえ伴う。突風とともに去ってしまいそうな瞬間的な荒々しさも、優しく髪を攫っていくような大事にしたいができない歯がゆさもあった。

 蓮華は、紫の中にある様々な感情の一端を見た。

「陽治郎さんとは、どういった関係だったんですか?」

 聞いたところで答えは返ってこないかもしれない。それでもいいと思いながら問いかけた。

 紫は蓮華の思惑をすべて見透かす瞳をして、切なげに微笑む。

「大切な友人さ。ただひとりの、私の友だった」

 過去形にしてしまう紫が、ひとりで泣いているかのようで、蓮華はぎゅっと自分の片腕を掴んだ。

 陽治郎と紫がすれ違っているのをいたく感じとってしまう。陽治郎のためにも、紫のためにも、蓮華は自分には何もしてやれないと悔やむしかない。

「そろそろ飯ができるんで準備してください」

「今日の卵焼きはネギ入りだよ~!」

「おいしそう」

 台布巾と炊飯器を持って台所からやってくる嵐と、その後ろを料理の品々を運ぶ右白と左黒が続く。蓮華ははっと我に返り、台所に用意された朝食を取りに急いだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

処理中です...