神様の愛と罪

宮沢泉

文字の大きさ
上 下
17 / 25

第十七話 遠い日の

しおりを挟む



「この子が最年長の小太郎です。年は十二だから、来年あたり村に奉公に行かせようと思っています」

 品定めをするような目で上からねめつける神様と、口を一文字に結んで不満げな顔を隠しもしない小太郎。

 神様と小太郎の二人は、顔見せをする前から相性が悪いだろうとは思っていた。自由気ままな神様と、頑固に近い生真面目な小太郎では、話合いは不可能だろうと。

 案の定、年の低い者たちは怖いもの知らずに神様と関わっていく中で、小太郎は一切神様に近づこうとしなかった。

「こら、小太郎。そんな態度では神様に失礼だろう」

「……だって、別に俺が関わることなんてないし」

「もし私に何かがあれば、この神社や幼い子たちの後継はおまえにしか頼めない。そうなれば、神様のお力を借りる機会もあるだろう?」

 小太郎はむっと口をすぼめて下を向く。何か言いたいことを我慢する、小太郎の昔からの癖だ。

 陽治郎は声を落として尋ねる。

「後継になるのはいやか?」

「いやじゃない!」

 弾けんばかりに首を振って否定する小太郎に、「ならば、なぜ」と問おうとして、それまで黙っていた神様が口を開いた。

「そこにおまえがいないからだろう?」

 ぐっと息を殺したのは、難しそうに顔をゆがめる小太郎だった。

「後継ということは、陽治郎。おまえが死んだときのことだ。小童(こわっぱ)はそんな将来を考えたくなどないのだ」

 真顔で「そんなことも分からないのか?」と尋ねてくる神様に、陽治郎は反論する。

「そうは言っても、ここにいる子どもたちの行く末を案じなければいけない。小太郎なら、私以上にうまくみんなをまとめてくれるはず。私にもしもがあったときに備えるのは大切でしょう?」

「小童はそんな来るか分からない先を想像もしたくないのだ。おまえが大切だからゆえにな」

 陽治郎はぽかんと間抜け面を晒してしまった。

 まさか、神様の口から人の思いをおもんぱかる台詞が出てくるとは到底思わなかったからだ。人とは異なる種の神が、陽治郎たちと接しているうちに随分と人間臭くなったものだ。

 陽治郎が失礼にも神様の人としての成長を感じていると、神様は真面目な態度を崩さず続けた。

「陽治郎。おまえが頼むなら小童たちの行く末は私が見守ってやる。この小童が万事抜かりなく役目を全うするのも、私がすべて見定めよう」

 上から目線は変わらない。神としての余裕をにじませ、堂々とした振る舞いのまま神様は言ってのける。

「だからおまえは、あるかないか分からない未確定な先を案ずるよりも、今は小童どもと笑っておればいい。それを私も、そこの小童も望んでいることだ。のう、小童?」

「……小童ではありません。小太郎です」

 意地悪げな笑みをたたえる神様に、小太郎は固い顔を変えず、それでも先ほどまでよりは表情に安堵があった。

 神様と小太郎がいれば、ほかの子どもたちは安泰だ。安心して、子どもたちと日々を過ごしていられる。

 ほっと胸をなでおろす陽治郎に対して、神様はどこか物憂げな表情を浮かべていた。

 どうして、そのような悲しげな顔をしているのか。心配になりつつも、陽治郎は指摘できないまま、ほかの子どもに呼ばれてその場を辞した。

 まさかその数年後、陽治郎に病魔が襲いかかるとは、本人でさえ知る由もなかった。

 ――神様。あなただけは、それを知っていたのですか?

 数百年経った未来で聞くには、その真実の追求は重すぎた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

この度、仮面夫婦の妊婦妻になりまして。

天織 みお
恋愛
「おめでとうございます。奥様はご懐妊されています」 目が覚めたらいきなり知らない老人に言われた私。どうやら私、妊娠していたらしい。 「だが!彼女と子供が出来るような心当たりは一度しかないんだぞ!!」 そして、子供を作ったイケメン王太子様との仲はあまり良くないようで――? そこに私の元婚約者らしい隣国の王太子様とそのお妃様まで新婚旅行でやって来た! っていうか、私ただの女子高生なんですけど、いつの間に結婚していたの?!ファーストキスすらまだなんだけど!! っていうか、ここどこ?! ※完結まで毎日2話更新予定でしたが、3話に変更しました ※他サイトにも掲載中

ままならないのが恋心

桃井すもも
恋愛
ままならないのが恋心。 自分の意志では変えられない。 こんな機会でもなければ。 ある日ミレーユは高熱に見舞われた。 意識が混濁するミレーユに、記憶の喪失と誤解した周囲。 見舞いに訪れた婚約者の表情にミレーユは決意する。 「偶然なんてそんなもの」 「アダムとイヴ」に連なります。 いつまでこの流れ、繋がるのでしょう。 昭和のネタが入るのはご勘弁。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた、妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

処理中です...