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:001/Archangel
:016 想い
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ヴィルが使えそうな車を探して走って、自分のオープンカーを見つけた時には既に日が傾いていた。
「なーんでこんなところにあったんだろ?」
などとヴィルは言うが、キイチはその能天気さに呆れる。
月読命が乗って来たに決まっている。式神を使い一通り車体をを調べて妙な仕掛けは見られなかったが、ヴィルは警戒心が薄すぎると思った。
「はぁ……ロネリーさん、乗って下さい」
「いや、俺は一人で帰る」
「馬鹿言わないで下さい。そんな身体でどう帰るっていうんですか」
キイチがロネリーの千切れた左腕を、トン、と軽く叩いた。
それは機械仕掛けの義肢でありその部位だけを見れば出血も無いのだが、
「……ッッ!」
痛覚は存在する。
ロネリーは、声が出そうになるのを我慢した。
右目で睨んでくるロネリー。そんな彼を無理やり車に押し込むキイチ。
と、そこへ。
「ごめん、遅くなって」
スキアが戻って来た。
どうやら大きな傷は無いようで、大天使につけられた傷も既に塞がっていた。
「ああ、早く乗ってくれ」
「いや」
スキアは、後部座席のロネリーを見た。
気付いたロネリーも顔を上げる。
「……」
「ロネリー。僕は戦える。約束を果たしてもいい」
その言葉の意味を、キイチもヴィルも知らない。ロネリーだけが正確に捉えていた。
スキアの腕を見れば、暗黒物質の粒子は確かに集まってきている。すぐにでも戦闘態勢に入れるのだろう、言葉に偽りは無い。
フッ、と、軽く息を吐いたロネリー。
「……今は、俺の左腕が万全じゃない」
言われてスキアは、表情が緩んだ。
「そうだね」
***
シリウス本部・通信室。
毎日のように通信機を耳にあて、メアリーは連絡を待ち続けていた。
第七区はシリウスの手の届いていなかった地域で、無線が使えず通信が途絶える事は知っていた。そうなる前に報告も受けた。それでも心配なのは止められない。
ニヴィスは任務の成功自体は保証してくれた。しかし彼の言葉はいつも、犠牲を過小に表現する。
『あーあー、こちら第七区のキイチ。今聞こえてますか?』
「!」
通信機から馴染みある声。
メアリーの表情は途端に明るくなった。待ちに待った報告が来たんだ。
「はーい聞こえてるわ! 皆は無事? ロネリー君は!? スキア君はぁあああ!?」
『二人共無事ですよ、無傷ではないですが。治療すれば“すぐに”治るでしょう……あと一応言っときますけど、ヴィルさんも無事ですからね』
「そう! 二人は無事なのね! お姉さんずっと心配で心配で本当に不安で……大好きなお料理も手につかない程だったのよ!!」
『朗報じゃないですか。それから任務も完了しました。アークエンジェルを打倒し、侵蝕も晴れたようです。ただ……』
「……ただ?」
『アークエンジェルの“核”は奪われました。まぁ、“核”の回収は任務に含まれてませんでしたので文句は受け付けません。あの人にもそう言っといて下さい』
「あ、はーい…………ってアレ? もしかして私が怒られるのそれ? ねえ!?」
と言う言葉が届く前に、通信は切れた。
無線を切り、キイチはハクジの事務所から出た。
(月読命はヴィルの車をどうやって壁の向こうに持っていったのですかね……どうでもいいですけど)
結局町には持って帰って来れず、乗り捨ててある。ヴィルは嫌がったが仕方ない。
(月読命は大天使の核を狙っていた……何に使うかは分かりませんが恐らくは碌な事ではないでしょうね。この町もいいように利用して、捨てていますし)
──“HALO”の存在が見え隠れしている。
(あの壁を挟んで、クロードという男と月読命計器が膠着状態になっていた。クロードが強気だったのはアークエンジェルがいたからじゃない。裏にあの組織があったから……)
シリウスと真っ向から対立する、“HALO”が。
それからしばらく歩いて。
キイチは、スキアから聞いていた場所へ行った。
親娘が暮らすという、小さな家。
ノックをして、扉を開いた。
中は明るい。食卓を囲んでスキアとヴィル、そして少女と母親がいた。良い匂いを漂わせる、温かそうなスープを食べていた。
「こんにちは」
「あ、いらっしゃい。キイチさんね? 貴方の事も聞いていたから、用意してあるわ」
母親の方がキイチの為に椅子を置いて、スープを取りに台所へと行った。
(ロネリーさんは、いないですか……)
どうやって帰るつもりなのか、とキイチは思うが、ロネリーの事だからそのまま歩いて帰ったとしても驚かない。
そんな事を考えていると、母親はスープを渡してくれた。
「ありがとうございます。後で、この町にもシリウスから物資を運ぶよう要請しておきますから」
「そう、それは助かるわ。月読命さんの配給も止まっちゃったし、やっぱり信用ならない奴だったわね」
「はい。我々を怪しい人体実験している組織などと吹いて回っていたみたいですしね。酷い言いがかりです。本当に酷いです。彼等は悪者ですのでもう信用しないように」
と、多少大げさに言う。
「そうね……ところで、壁の向こうに行ったのよね?」
スープを口に運ぶ、スキアの動きが止まった。
「うちの人、いたかしら?」
キイチとヴィルは、顔を見合わせた。状況はスキアから聞いて知っている。
結果は、とても話せるような物ではない。どうにでも出来ない状況だったが、自分達があの場所へ行った結果引き起こされた事でもある。
ヴィルは、冷や汗をかきながらもお調子者を演じた。
「そ、それがさ、見つからなかったんだよ。いやー探したんだけどさ。でもきっと何処かで……」
スキアは、そんなヴィルの言葉を手で制止した。ヴィルに目を向けて、「もういいよ」、と、言いたげな視線。
それからスプーンを置いて、リタを真っ直ぐ見据えた。
「ごめん」
その一言だけで、もう、伝わっていた。
リタにも、母親にも。
もともと会えないと諦めていたが、半端に希望を得てしまった事が余計に辛さを増していた。
「……」
「助けられなかった。君のお父さんは、もう……」
リタは、呆然とした顔で動きを止めていた。
母親は、顔を両手で多い、嗚咽を漏らしていた。
それから食事を終え。
三人は、外に出た。
リタと母親は、まだ整理のつかない心でありながら、気丈に見送ってくれた。
「気にしないでいいからね」
と、赤い目で言い、リタは拙い折り鶴も渡してくれた。
何も出来なかった自分には過ぎた厚意だと、スキアは思った。
「帰ろう」
スキアの言葉に、キイチとヴィルは頷いた。
それから程なくしてまた、雨が振り始めた。
それでも振り返る事なく、三人は歩いた。
***
廃墟の診療所。
誰もいないその建物の二階。
ベッドテーブルに置かれた花瓶に、黄色い花が一輪揺れていた。
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