神崎夕牙と監視カメラ

Yuga

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序章

神崎夕牙の日記

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困ったことになった。
ひとまずは自己紹介をしておこう。神崎夕牙、29歳。恐らくは普通の人間。小説家としての夢を折られ放浪している所を、この核シェルター施設の建設者に拾われた。
俺の過去を語る必要はあまりないだろう。今は俺が住んでいるこの核シェルター管理人室の内部と現状の説明が最優先だ。
まず俺がしている仕事は核シェルターの管理人だ。とは言ってもそこまで複雑なものではない。今は核シェルターの管理人室で、核戦争が起こるのを待っている。もし核戦争が起きたら、このシェルターのドアロックを解除して、中に避難者を匿う。核戦争が起きていないのにシェルターに入りたがる不届き者や略奪者が来た場合は、入り口についている自衛用の固定砲台に発砲許可を出す。それだけの仕事だ。
はっきり言ってここの設備は俺が享受するにはあまりに凄すぎる。逆浸透圧式の浄水器と半永久的に稼働できる除湿器がついており、地下水から安全な水をいくらでも生成できる上、水道水や地下水の供給が途絶えてもこの部屋の内部で水が循環するから、水についての心配はいらない。万が一の場合に浄水器へ俺の……まあ、何だ、を入れる覚悟はまだできていないが。
酸素についても抜かりはない。大量の植物類が24時間光合成をしてくれているからだ。バランス調整のために一日一回、過去24時間の酸素濃度推移を確認して、植物の葉っぱを刈るかどうか決める必要があるが、調整ミスをした時のために1200時間分の酸素ボンベとドライアイス生成器(こいつの役割は空気中の二酸化炭素濃度を減らすことだ、濃度が10%になれば残り90%のうち21%が酸素だったとしても、全部酸素だったとしても死ぬ)、そして植物の種がある。
電力は例のごとく原子力だ。核兵器から身を護るためのシェルターが核兵器と同じウランで動くなんて皮肉な話だが、実際に核戦争後の世界で頼れるのは原子力しかないのもまた事実。補助電力として液体燃料と火力発電機は備え付けられているが、原子力発電機を修理できる人間がいない以上、それを使うことになった時点で俺の運命は決まったようなものだろう。
栄養は基本的に植物から取る。肉も魚も核戦争後の世界では捕れるかどうか分からないからだ。大豆などの豆類を中心に、毎日サラダ生活を送ることになっている。ドレッシングの備蓄は500食分ほどしかないから貴重品だ。マヨネーズはなぜか1000食分あるが、毎食使えば1年も持たない。今は日曜日がいつか知るために使っている。これなら19年は持つ。賞味期限は気にしなくていいだろう、どうせ密封されて小袋に入っているのだから化学反応でまずくなることはないはずだ。
そして何よりの目玉が全世界の監視カメラをハッキングして見ることができるPCだ。核シェルターとその周囲のカメラは有線で繋がっているが、それ以外のカメラはインターネットで通信しているから、ネット回線がダメになればその監視カメラ網もダメになってしまう。しかし今の時代でネット回線がダメになるという事は、ほぼイコールで社会機能が崩壊したという事だから問題はないだろう。当然だが故障した時のための替えのPCも何台か用意されている。
トイレや風呂は中々のものがついている。トイレットペーパーは場所を取りすぎるため、基本的にはウォッシュレットを使う。それでも気になる時だけほんの少しトイレットペーパーを使うが、備蓄はせいぜい360ロール。気を付けて使わないといけない。その代わりなのだろうが、風呂はジャグジーつきで足を伸ばして入れる快適仕様だ。排水施設も一応ついているから風呂の残り湯は捨てるか植物にやることにしている。そうすれば浄水器にあまり負担はかからない。シャワーも1度単位で温度調整ができる非常にいいものだ。
……ここまで書いていて本題が分からなくなってしまいそうになったが、改めて俺が今何に困っているか書いていこうと思う。
俺はここまで説明したものと全く同じことを所長から説明されて、舞い上がった。当然だろう、完璧な安全が保障された家と食事がついているのだから。そして自らここに入った。持ってきたのはお気に入りの本が20冊ほどと、デジタル版の書籍が入ったノートPCだけだ。当時は本当にそれだけしか持っていなかった。それ以外の売れそうなものは全部売り払ってしまったからだ。
気づいたのはここに入って一週間後、忘れ物に気づいて外出許可を取ろうとした時だった。外出許可を取るために
必要な手続きを備え付けのPCで行おうとしたが、できなかった。備え付けPCの通信システムが安全のために監視カメラ以外へのアクセスを遮断することは聞いていたが、それがシェルターの管理会社の本部と通信をしようとしたときにも作動したためだった。他に外部とコミュニケーションを取る手段はない。
つまり、俺は一生ここから外へ出ることはできないのだ。
外界に未練はないが、外へ出ることができないという精神的なプレッシャーは相当なものだった。病気になった時に治療、あるいは自決するための薬品庫から精神安定剤を持ち出して使った。1年分はあったはずだが、現時点で2か月分は使っただろう。
そこで俺は今後数十年を生きるための暇つぶしに何をするか考えた。そうすれば気が紛れるだろうと思ったのだ。そうして1週間ほど考えて出した結論は、小説を書くことだった。小説家崩れの俺にはふさわしい暇つぶしだ。
モチーフをどうするか少し悩んだが、俺は世界中の監視カメラを見ることができる。一人の人間に焦点を当て、複数の監視カメラを行き来して観察し、その人間が何をしているか、何を想っているかを題材に小説を書くことにした。
そんな暇つぶしのショートショートも、俺が死んでしばらくすれば本社の人間か誰かに発見されるかもしれない。そう思って俺は今、この日記を書いている。下らない自己顕示欲だが、これから作品を読む人にとっての前書きとしてはむしろ良いものになるだろうという期待を込めて。
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