1 / 3
序章
神崎夕牙の日記
しおりを挟む
困ったことになった。
ひとまずは自己紹介をしておこう。神崎夕牙、29歳。恐らくは普通の人間。小説家としての夢を折られ放浪している所を、この核シェルター施設の建設者に拾われた。
俺の過去を語る必要はあまりないだろう。今は俺が住んでいるこの核シェルター管理人室の内部と現状の説明が最優先だ。
まず俺がしている仕事は核シェルターの管理人だ。とは言ってもそこまで複雑なものではない。今は核シェルターの管理人室で、核戦争が起こるのを待っている。もし核戦争が起きたら、このシェルターのドアロックを解除して、中に避難者を匿う。核戦争が起きていないのにシェルターに入りたがる不届き者や略奪者が来た場合は、入り口についている自衛用の固定砲台に発砲許可を出す。それだけの仕事だ。
はっきり言ってここの設備は俺が享受するにはあまりに凄すぎる。逆浸透圧式の浄水器と半永久的に稼働できる除湿器がついており、地下水から安全な水をいくらでも生成できる上、水道水や地下水の供給が途絶えてもこの部屋の内部で水が循環するから、水についての心配はいらない。万が一の場合に浄水器へ俺の……まあ、何だ、アレを入れる覚悟はまだできていないが。
酸素についても抜かりはない。大量の植物類が24時間光合成をしてくれているからだ。バランス調整のために一日一回、過去24時間の酸素濃度推移を確認して、植物の葉っぱを刈るかどうか決める必要があるが、調整ミスをした時のために1200時間分の酸素ボンベとドライアイス生成器(こいつの役割は空気中の二酸化炭素濃度を減らすことだ、濃度が10%になれば残り90%のうち21%が酸素だったとしても、全部酸素だったとしても死ぬ)、そして植物の種がある。
電力は例のごとく原子力だ。核兵器から身を護るためのシェルターが核兵器と同じウランで動くなんて皮肉な話だが、実際に核戦争後の世界で頼れるのは原子力しかないのもまた事実。補助電力として液体燃料と火力発電機は備え付けられているが、原子力発電機を修理できる人間がいない以上、それを使うことになった時点で俺の運命は決まったようなものだろう。
栄養は基本的に植物から取る。肉も魚も核戦争後の世界では捕れるかどうか分からないからだ。大豆などの豆類を中心に、毎日サラダ生活を送ることになっている。ドレッシングの備蓄は500食分ほどしかないから貴重品だ。マヨネーズはなぜか1000食分あるが、毎食使えば1年も持たない。今は日曜日がいつか知るために使っている。これなら19年は持つ。賞味期限は気にしなくていいだろう、どうせ密封されて小袋に入っているのだから化学反応でまずくなることはないはずだ。
そして何よりの目玉が全世界の監視カメラをハッキングして見ることができるPCだ。核シェルターとその周囲のカメラは有線で繋がっているが、それ以外のカメラはインターネットで通信しているから、ネット回線がダメになればその監視カメラ網もダメになってしまう。しかし今の時代でネット回線がダメになるという事は、ほぼイコールで社会機能が崩壊したという事だから問題はないだろう。当然だが故障した時のための替えのPCも何台か用意されている。
トイレや風呂は中々のものがついている。トイレットペーパーは場所を取りすぎるため、基本的にはウォッシュレットを使う。それでも気になる時だけほんの少しトイレットペーパーを使うが、備蓄はせいぜい360ロール。気を付けて使わないといけない。その代わりなのだろうが、風呂はジャグジーつきで足を伸ばして入れる快適仕様だ。排水施設も一応ついているから風呂の残り湯は捨てるか植物にやることにしている。そうすれば浄水器にあまり負担はかからない。シャワーも1度単位で温度調整ができる非常にいいものだ。
……ここまで書いていて本題が分からなくなってしまいそうになったが、改めて俺が今何に困っているか書いていこうと思う。
俺はここまで説明したものと全く同じことを所長から説明されて、舞い上がった。当然だろう、完璧な安全が保障された家と食事がついているのだから。そして自らここに入った。持ってきたのはお気に入りの本が20冊ほどと、デジタル版の書籍が入ったノートPCだけだ。当時は本当にそれだけしか持っていなかった。それ以外の売れそうなものは全部売り払ってしまったからだ。
気づいたのはここに入って一週間後、忘れ物に気づいて外出許可を取ろうとした時だった。外出許可を取るために
必要な手続きを備え付けのPCで行おうとしたが、できなかった。備え付けPCの通信システムが安全のために監視カメラ以外へのアクセスを遮断することは聞いていたが、それがシェルターの管理会社の本部と通信をしようとしたときにも作動したためだった。他に外部とコミュニケーションを取る手段はない。
つまり、俺は一生ここから外へ出ることはできないのだ。
外界に未練はないが、外へ出ることができないという精神的なプレッシャーは相当なものだった。病気になった時に治療、あるいは自決するための薬品庫から精神安定剤を持ち出して使った。1年分はあったはずだが、現時点で2か月分は使っただろう。
そこで俺は今後数十年を生きるための暇つぶしに何をするか考えた。そうすれば気が紛れるだろうと思ったのだ。そうして1週間ほど考えて出した結論は、小説を書くことだった。小説家崩れの俺にはふさわしい暇つぶしだ。
モチーフをどうするか少し悩んだが、俺は世界中の監視カメラを見ることができる。一人の人間に焦点を当て、複数の監視カメラを行き来して観察し、その人間が何をしているか、何を想っているかを題材に小説を書くことにした。
そんな暇つぶしのショートショートも、俺が死んでしばらくすれば本社の人間か誰かに発見されるかもしれない。そう思って俺は今、この日記を書いている。下らない自己顕示欲だが、これから作品を読む人にとっての前書きとしてはむしろ良いものになるだろうという期待を込めて。
ひとまずは自己紹介をしておこう。神崎夕牙、29歳。恐らくは普通の人間。小説家としての夢を折られ放浪している所を、この核シェルター施設の建設者に拾われた。
俺の過去を語る必要はあまりないだろう。今は俺が住んでいるこの核シェルター管理人室の内部と現状の説明が最優先だ。
まず俺がしている仕事は核シェルターの管理人だ。とは言ってもそこまで複雑なものではない。今は核シェルターの管理人室で、核戦争が起こるのを待っている。もし核戦争が起きたら、このシェルターのドアロックを解除して、中に避難者を匿う。核戦争が起きていないのにシェルターに入りたがる不届き者や略奪者が来た場合は、入り口についている自衛用の固定砲台に発砲許可を出す。それだけの仕事だ。
はっきり言ってここの設備は俺が享受するにはあまりに凄すぎる。逆浸透圧式の浄水器と半永久的に稼働できる除湿器がついており、地下水から安全な水をいくらでも生成できる上、水道水や地下水の供給が途絶えてもこの部屋の内部で水が循環するから、水についての心配はいらない。万が一の場合に浄水器へ俺の……まあ、何だ、アレを入れる覚悟はまだできていないが。
酸素についても抜かりはない。大量の植物類が24時間光合成をしてくれているからだ。バランス調整のために一日一回、過去24時間の酸素濃度推移を確認して、植物の葉っぱを刈るかどうか決める必要があるが、調整ミスをした時のために1200時間分の酸素ボンベとドライアイス生成器(こいつの役割は空気中の二酸化炭素濃度を減らすことだ、濃度が10%になれば残り90%のうち21%が酸素だったとしても、全部酸素だったとしても死ぬ)、そして植物の種がある。
電力は例のごとく原子力だ。核兵器から身を護るためのシェルターが核兵器と同じウランで動くなんて皮肉な話だが、実際に核戦争後の世界で頼れるのは原子力しかないのもまた事実。補助電力として液体燃料と火力発電機は備え付けられているが、原子力発電機を修理できる人間がいない以上、それを使うことになった時点で俺の運命は決まったようなものだろう。
栄養は基本的に植物から取る。肉も魚も核戦争後の世界では捕れるかどうか分からないからだ。大豆などの豆類を中心に、毎日サラダ生活を送ることになっている。ドレッシングの備蓄は500食分ほどしかないから貴重品だ。マヨネーズはなぜか1000食分あるが、毎食使えば1年も持たない。今は日曜日がいつか知るために使っている。これなら19年は持つ。賞味期限は気にしなくていいだろう、どうせ密封されて小袋に入っているのだから化学反応でまずくなることはないはずだ。
そして何よりの目玉が全世界の監視カメラをハッキングして見ることができるPCだ。核シェルターとその周囲のカメラは有線で繋がっているが、それ以外のカメラはインターネットで通信しているから、ネット回線がダメになればその監視カメラ網もダメになってしまう。しかし今の時代でネット回線がダメになるという事は、ほぼイコールで社会機能が崩壊したという事だから問題はないだろう。当然だが故障した時のための替えのPCも何台か用意されている。
トイレや風呂は中々のものがついている。トイレットペーパーは場所を取りすぎるため、基本的にはウォッシュレットを使う。それでも気になる時だけほんの少しトイレットペーパーを使うが、備蓄はせいぜい360ロール。気を付けて使わないといけない。その代わりなのだろうが、風呂はジャグジーつきで足を伸ばして入れる快適仕様だ。排水施設も一応ついているから風呂の残り湯は捨てるか植物にやることにしている。そうすれば浄水器にあまり負担はかからない。シャワーも1度単位で温度調整ができる非常にいいものだ。
……ここまで書いていて本題が分からなくなってしまいそうになったが、改めて俺が今何に困っているか書いていこうと思う。
俺はここまで説明したものと全く同じことを所長から説明されて、舞い上がった。当然だろう、完璧な安全が保障された家と食事がついているのだから。そして自らここに入った。持ってきたのはお気に入りの本が20冊ほどと、デジタル版の書籍が入ったノートPCだけだ。当時は本当にそれだけしか持っていなかった。それ以外の売れそうなものは全部売り払ってしまったからだ。
気づいたのはここに入って一週間後、忘れ物に気づいて外出許可を取ろうとした時だった。外出許可を取るために
必要な手続きを備え付けのPCで行おうとしたが、できなかった。備え付けPCの通信システムが安全のために監視カメラ以外へのアクセスを遮断することは聞いていたが、それがシェルターの管理会社の本部と通信をしようとしたときにも作動したためだった。他に外部とコミュニケーションを取る手段はない。
つまり、俺は一生ここから外へ出ることはできないのだ。
外界に未練はないが、外へ出ることができないという精神的なプレッシャーは相当なものだった。病気になった時に治療、あるいは自決するための薬品庫から精神安定剤を持ち出して使った。1年分はあったはずだが、現時点で2か月分は使っただろう。
そこで俺は今後数十年を生きるための暇つぶしに何をするか考えた。そうすれば気が紛れるだろうと思ったのだ。そうして1週間ほど考えて出した結論は、小説を書くことだった。小説家崩れの俺にはふさわしい暇つぶしだ。
モチーフをどうするか少し悩んだが、俺は世界中の監視カメラを見ることができる。一人の人間に焦点を当て、複数の監視カメラを行き来して観察し、その人間が何をしているか、何を想っているかを題材に小説を書くことにした。
そんな暇つぶしのショートショートも、俺が死んでしばらくすれば本社の人間か誰かに発見されるかもしれない。そう思って俺は今、この日記を書いている。下らない自己顕示欲だが、これから作品を読む人にとっての前書きとしてはむしろ良いものになるだろうという期待を込めて。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
機織姫
ワルシャワ
ホラー
栃木県日光市にある鬼怒沼にある伝説にこんな話がありました。そこで、とある美しい姫が現れてカタンコトンと音を鳴らす。声をかけるとその姫は一変し沼の中へ誘うという恐ろしい話。一人の少年もまた誘われそうになり、どうにか命からがら助かったというが。その話はもはや忘れ去られてしまうほど時を超えた現代で起きた怖いお話。はじまりはじまり
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる