子鹿くんは狼

中山

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「自分でしてみる?」

「え、や…できないよそんなこと…っ!」

訊きながら両の先端をとんとんと優しくつつかれて「してみる」想像をしてしまって、羞恥心で頬が燃えた。ルームワンピは着たまま向かい合ってずっといじられていて、優しい指のもどかしさに喘ぐのもきっとばれている。背をよじる紗季を、彼は満足そうに眺めていた。

「ん、やぁ…」

「なあ」

「だって、しょ…正午くんに触られたいもん…」

彼に触れられると幸せで、彼の手で興奮している姿に興奮されるのは嬉しくて、そんなことを辿々しく言っているうちにもっと恥ずかしくなってきて、抱きついて顔を隠す。幸せ者やなー俺は、などと余裕の声が聞こえてきたので、そんなの私の方だもんと返したら腰が浮いた。え?

「ちょっと、やだやだやだ!だめ!」

「暴れんな」

「暴れるよ!やめてよ重いよ!」

彼の体に足を巻き付けさせられて、抱き上げられるところだった。危ない危ない。こんな体勢でそんなことをしたら体を使う仕事なのに腰を痛めてしまう、なにせ紗季は六、いやいややめておこう。

「いけるって。こないだやったやん」

「無理!」

そう言ってあわてて身を避けると不満顔で彼も腰を浮かせ、ベッドへ手を引いてなだれ込まれた。

「やっぱエロいな」

「いっつもそれ言う…」

「いい加減慣れ」

後ろに肘をついて身を半起こしにした紗季の膝裏に手を伸ばし、持ち上げて太腿に唇を落とす。下着はもうびしょびしょになっていて、着心地としてはもう脱いでしまいたいぐらいだ。

「これもう脱ぎたいやろ」

足を開かれているのだから、もちろん正午も気づいていた。じっとり濡れた下着の上から敏感な一点を指で押さえて、くにくにと動かす。布越しの感触がさらに感度を上げて、声が出た。後ろについた肘が力が入らなくて、体を支えていられなくなりそうだ。

「あっやっ、や、…っ!」

「すごいな」

「言わないでっ…」

下着の上から広げられて、目には触れないのに見られている気がしてさらに煽られた。正午は指で芽を挟むようにして、優しく擦り合わせる。奥の方からじゅわじゅわと、後から後から溢れてくる感覚があった。

じっと見つめられながら、正午の手が促すままに下着から片足を抜く。頼りなくても一枚隔ててくれていたものがなくなって、そこがすべて外気に晒された。

「…あ…」

入り口を円を描くように撫でるのは指が入ってくる合図で、だから紗季の鼓動は速くなった。抵抗もなくなめらかに侵入してくる中指と、その中指の持ち主に見られていることは、どちらもいつも紗季をどうしようもなくさせる。

「…ん…ぁ、は…」

指が中を優しく押さえて出ていって、たぶん二本に増やされてまた入ってきた。押し広げられる感覚もない、入れられるまでにこれだけ感じていたら当然だ。今日はなんだかすごく敏感だ。ゆっくり出し入れされる指が奥の上の方の気持ちがいいところを強く撫でて、指先がそこを通る度に声が出た。いつものように何度も繰り返して、少しずつ紗季を追い詰める。

「正午くん、すき、好…」

途中で後ろへ倒されて、言葉ごと飲まれて声は途切れた。



「お疲れ様!」

「お疲れ」

鍋の日、決意どおりに定時に上がって帰ってきた。正午は何一つ普段と変わらないが、紗季は若干緊張している。

「一回部屋寄っていい?」

「ええけど」

着替えたいしメイクも直したいし、手土産もあるのだ。そう言うとそんなんいらんのにと笑うが、そういうわけにはいかない。幸い時間にはまだ余裕がある。

「爪まで」

繋いだ手を持ち上げられた。相変わらず目ざとい。

「縁起がいいネイルなの、これ」

「ふうん」

正午と付き合い始めた時にドラッグストアで買った、どこにでもあるメーカーの安いネイルだ。けれど塗っているとあのときの晴れ晴れした気持ちを思い出すから、紗季にとってはそうなのだ。

ここを出たらくっついていられないのでと言わんばかりの正午に後ろから抱き込まれながらメイクを直して、用意しておいたタートルネックとチェックのスカートに着替えた。手土産のチョコを持って、二人で部屋を出る。

「緊張するような相手でもないのに」

「いや、でもねえ…」

ちゃんとして見られたいのだ、紗季が。少しだけ、智哉の彼女がどんな人物か分からないからという武装の気持ちもある。こちらがきちんとしていれば気後れせずに済む。



「おー、いらっしゃい」

「お邪魔します」

ダイニングで智哉が何やら準備をしているところだった。いい香りが立ち込めていて、ほわりと暖かい。アニマルパターンの高いヒールが一足あって、正直なところ厄介な相手ではないことを祈ってしまった。一度しか会ってないのになんだが、智哉はこう、ハーレーの後ろに金髪美女を乗せていてもまあハマるタイプなのだ。濃い。めちゃくちゃに盛ったギャルが出てきてもおかしくない気がする。

「千紘遅れるって」

「見た」

ということは例の俳優氏は今不在か。

「はい紗季ちゃんのスリッパ」

「えっもしかして私用になっちゃったの?!」

例のうさぎスリッパだ。またしても笑いをこらえているではないか。今度買って持ち込んでやるだとかわいわいしているのを、智哉が笑って見ていた。

「百合」

来たよ、と奥の襖を開けて彼が声をかけると、おずおずと一人の女性が顔を出す。

「…こんばんは」

どことなく日本人離れした顔立ちの怜悧な美人が立っていた。黒一色のコーディネートが映える細い体。色素の薄い髪と目が一瞬はっとして、すぐに伏せられて、それから遠慮がちにこちらを見つめる。

「初めまして、福田紗季です」

「あっごめんなさい、あの、田尾百合です!」

ぱあっと頬に血の気がさして、はにかむと目尻にしわがよって一気にチャーミングになった。

それより驚いた。

自分より背が高い。

「あの…よかったらこっち、おこたあるので…私のうちじゃないんですけど、ええと…」

スマートで洗練された印象に反して、やたらぎくしゃくしている。緊張しているのだろうか、それにしたってそんなに慌てなくても。こっちがどぎまぎするような動きで部屋へいざなうが、あわあわしたまま最終的に彼女は棚にゴンと手の甲をぶつけ、ペン立て代わりの大きな缶を盛大に落とした。

「ああああ!」

「わ、大丈夫ですか」

「だいじょう、ぶ、です!はい!」

顔が真っ赤だ、大丈夫ではない。安心してと言いたくなるうろたえ方を見て、紗季の方は緊張が抜けてしまった。ペンを渡して、ひそひそ話しかけた。

「背、高いですね」

「…あなたも」目が合った。笑うと目尻のしわがとても可愛い。

普段は身長の話なんてしない、相手が背が高いならなおさら。でもさっきはっとしたのは、たぶん彼女も同じことを思ったのだ。お互いしゃがみこんだまま何センチ?と訊きあった。百合の方が五センチ高かった。

「なんかすごく大きなカップル達かもですね、私達」

「そうですね、たしかに」

くすくす笑いながらペン立て缶を片付けていたら、智哉が後ろから土鍋を持ってやって来た。

「何やってんの」

「仲良くなってました」

「そうなんだ?そりゃぜひ仲良くしてやって、この人ちょっと閉じ気味だから」

「いやいや、ひどくないですか?」

「あっでもほんとだから…」

「開くと開くんだけどねー」

「ごめんなさいほんとに…」

「えっいやいや大丈夫ですよ!」

俯いてまた目が合わなくなるので、必死でフォローした。いわゆるコミュ障な気がする、この人。

部屋の真ん中にこたつ、こたつの上にカセットコンロが設置してある。智哉はそこへ土鍋を置いて火をつけ、暖房を調整して戻りしなにハンガーを渡してよこした。こちらは非常に落ち着いていて頼もしい。いやこれが普通だ。

「コートかける?」

「ああっごめんなさい!気づかなくて!」

脱いだりかけたりしていると今度は正午がやって来た。お盆に飲み物やら小鉢やら乗せて。

「手伝うよ」

「ええよ、座っとき」言いながらさっさとこたつにセッティングし始める。こちらも手際がいい。

「…足りんな」

「そうだね」

モノの方ではない。場所がない。こたつは四人用ほどのサイズなのだが、大人五人で鍋を囲むためのとんすいやらコップやらは乗りきらないのだ。智哉が作ってくれたものらしいおいしそうな小鉢も。

「ちょっとこれ持っといて」

物を載せたまのお盆を紗季に渡し、正午は立っていってすぐに戻ってきた。脚がスチールで天板が昔ながらの木目の、古くて小さな折り畳み式のテーブルを持っている。

「こっちに乗せられるもんは乗せるわ」

「はーい」

モノが落ち着くと、座っといてとまた言われて二人が取り残された。百合に座布団を勧められ、彼女も座ったので合わせて座る。新品同様なのだがまさか今日のために買ったのか。

六畳間はきれいに整頓されている。ものがないので、なんとなく押し入れに様々なものが突っ込まれているような気がしたが。片隅でテレビがついていて、よく知らないバラエティが小さく流されていた。横座りにしてこたつへ入ると、なんだが学生時代にわいわいとやった家飲みを思い出す。それこそベッドや家具のせいで三畳間以下のスペースしかない狭い部屋で、皆で缶チューハイを飲みながら鍋やらたこ焼きやらしたものだ。

「…テキパキしてますね、さすがに」

「私も何も手伝わせてもらえなくて」

「お料理ってします?普段」

「全然しないです」しなさそうだ。と言うか、ものを食べていなさそうだ。

「私もしないんです、覚えたいんですけどね」

「覚えようと思ってるだけえらいですよ!」

程度の低い会話である。

「正午くんも料理するんですよね、聞いた時びっく…あ、ごめんなさい、名前で呼んじゃって…」

「あーでも彼の場合は…」

「…そうなんですよね」

彼を子鹿の方で呼ぶ人間などいるのだろうか。病院で呼ばれても途中で遮っていそうだ。まず病院に行く姿が想像できないが。

「私も紗季でいいですよ」

ちょっとカーキがかった色のきれいな瞳を瞬かせて、百合はほうっと息をつくように微笑んだ。笑うと目が線になる。硬質な雰囲気が一気に柔らかくなって、智哉とふたりの時はいつもこうなのかなと微笑ましい気持ちになった。

「あの、じゃあ、私も百合で」

そこで男性陣が入ってきて、鍋の会が始まった。

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