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会社の嫌なことだけ洗い流すつもりで風呂に入った。とっておきのバスボムを出して、スマートフォンで音楽をかけて歌いながら。歌っていれば歌詞を思い出そうとして他のことを考えずにすむから。
あの後、何を思ったか正午はハグの体勢のまま、いきなり紗季を抱えあげて驚かせた。重いのにと言うのを笑い飛ばして、犬にでもするようにわちゃわちゃに髪やら背中やらを撫でてしまいにはくすぐってきて、さんざん紗季を騒がせて、最後に深いキスをして帰っていった。
何を思ったか、なんかじゃない。ラグの上で座り込んで毛並みを撫でながらそう思った。実際きっと彼が意図したとおりに、ずいぶん気が紛れた。
「転職かあ」
パソコンを起ち上げた。軽く探してみようか。
いや、でも今日は一度置いておこう。落ち着いたつもりで混乱しているはずなのだ、そしてこの勢いで動くのは良くないタイプのことのはずだ。
けれど何かしたくて、ああそうだと思いだしてクッションカバーを探すことにした。明るいグレーミックスのラグにしたのはいいが、手持ちの冬用クッションカバーはグレーなのを忘れていた。色が似ていてつまらないのだ。グレーのラグなら白系統で、どうせならファー風のものにしよう、正午が喜ぶかもしれない。中身がどうとか言っていたが、渡せば無意識に撫でるぐらいはしそうだ。相対的に小さなクッションをあぐらに乗せて手慰みのように撫でている正午を思い浮かべ、可愛くてじたばたした。
木曜日、金曜日と普段どおりの業務で日を終え、待ち焦がれた週末だ。土曜日は一人だが、正午よりも、今は会社から離れていられることの方をありがたく感じる。
土曜日は目覚ましをかけて早起きした。寝ていたら何かに負ける気がして、それで無理やり起きたのだ。部屋の掃除をして布団を干して、そうして猛然と動くとやることがなくなってどうしようと途方に暮れた。断捨離後の狭いワンルームだから、手をかける場所が少ないのだ。
早々に時間を持て余した紗季は、昼食をとりがてら外出することにした。東京へ向かう電車に乗って、今日こそコートを見て回るのだ。
『紗季今日何してるー?』
じき乗り換え駅というところで友人からのメッセージに気がついた。定期的に会う元文芸部友達だ。買い物と返事をすると、近くに行くから会わないかと言う。時間を逆算して四時までならと返すと、それで話がまとまった。
「紗季! 久し振りー」
「えっ優子、ショートになってる!」
声をかけられるまで気が付かなかった。学生の頃から変わらず背中まであった髪の毛がコンパクトなショートヘアに変わっている。
「ヘアドネしたんだー」
「何それ?」
「髪の毛の寄付だよ。ウィッグになるの」
そういうものがあるのか。
「どうしよっか。とりあえずご飯行く?」
「そうだね。私朝食べてなくてさ」
「私もー」
タイ料理の店にした。優子はエスニック料理が大好きで紗季も食べる方だから、いつも集まる四人のうちこの二人だとこういうものが多い。ランチセットをそれぞれ選んで、三ヶ月ぶりだが話すことならいくらでもある近況を報告し合った。本の話は四人集まる時に、が不文律なので、それ以外で。
「本当にかなり雰囲気変わったよね。優子のショート姿見ることがあると思わなかったな」
「うん、びっくりされるよ。気づいてもらえないもん」
「ごめん私も気がつかなかった」
左分けの前髪だけが変わらない。丸みのあるショートを耳にかけて、イヤリングが映えていた。
「雰囲気が変わったっていうのね、たぶんちょっと前に転職したからっていうのもあると思う。あー、転職を機にイメチェンしたくて髪切ったって言う方が正確かな。あと引っ越して猫飼い始めた」
「…え?!」
転職とはタイムリーだ。そして情報量が多い。
「待って待って、どこから突っ込んだらいいのそれ? この前言ってなかったじゃん、そのどれも」
「うーん、そうなんだよねえ」
忘年会するだろうからその時に言おうと思っていた、そうだ。
「転職活動はあの時してた。で、すぐ決まったんだよね。それでちょっとその時の部屋から通いにくくて、ならいっそ越しちゃおうと思って」
「そうかあ…え、猫は? 猫飼いたいとか言ってたことあったっけ?」
「いやないんだけど。興味もなかったんだけどね」
苦笑いして言うことには、転職が決まってすぐ、産まれたばかりの捨て猫を拾ってしまったのだそうだ。
「決めるつもりだった部屋あわててやめて探し直したよー、飼えるとこ。獣医さんにその間預かってもらってね」
「子猫かあ、今度遊びに行かせてよ。あ、じゃあ今どこ住んでるの?」
「G駅。忘年会、もしよかったらうちでしようって言おうかと思ってたんだよね。ねえ紗季、私ら誰も猫アレルギーじゃなかったよね?」
「うん、大丈夫のはず。えーいいねいいね、最高じゃん、子猫のいる忘年会!」
「めちゃくちゃ人懐っこいんだよー、誰が来ても撫でさせるし、抱っこするとすぐ寝ちゃうの。超かわいいけどお写真ご覧になる?」
「ご覧になる!」
茶色っぽい子猫で、うるうると大きなタレ目のとても可愛らしい男の子だった。写真にキャットタワーが写り込んでいて、さっそく溺愛されているのが伝わってくる。遊びに行く日が楽しみだ。
「そうだ、猫に夢中だったけど、転職ってどうしたの? そんな気配なかったと思うけど…」
彼女はずっと、成績がとても良かった。通っていた高校からすると稀なランクの大学に入り就職活動もさほど長引かせず大手メーカーに入社して、その後も大過なく働いているとばかり思っていた。四人の中で一番堅実だと言われていたのだが。
「うん、見せないようにしてたから。だから皆知らないんだけど」
入社してからずっとお局に目をつけられて地道にいびられ続けていて、ここ何年か考えていた転職を実行に移したのだそうだ。
「なんでなのかは分かんない。でも、噂によるとお局サマは結婚目前で破局した相手がいて、それはなぜかっていうと略奪されたかららしいんだけど、私がその相手と同じ市の出身で同じ大学だったからとかなんとか…」
「なにそれ! 優子なんにも悪くないじゃん!」
「そうなのよ。庇ってくれる人もいたんだけど、そういう人がいると余計に燃えちゃうんだよね」
もう終わったことだし気づかせないようにしてたのは私だから、気にしないでね。皆にも忘年会でちゃんと報告するから。そう言って、到着したランチセットに優子は箸を伸ばした。
「ほんとにね、今はもう平気だし。私かなりメンタル強くなったと思うよ」
「そっかあ…皆色々あるんだよね…」
「そうそう。それぞれ毎日違うとこで違う仕事してるしね。紗季もあるでしょ? 色々さ」
毎日約束もなく会えて、嬉しいことも悲しいことも皆知っていて皆知られていた頃からずいぶん時間が経った。四人とも環境もばらばらだし、普段どんなふうに過ごしているかなんて今はまったく知らない。現に彼女がそんな思いをしながら働いていたなんて、露ほども思わなかった。零細企業で働く身からすると羨ましいだとか、ついこの間も制作から営業みたいな異動がないなんてどんなにいいだろうと思ったものだ。
それでもそれぞれに色々ある。波風の中で、なんとかやっていくのだ。時にはドラスティックに冒険をして。自分もしっかりしなければ。がんばっている友達に、恥じないように。
「まあね。…私もするかも、転職」
「えっうそ。何それ、聞いていい話?」
「うーん。忘年会までにまとめとく」
「何それー!」
二人で笑ってその話はそこできりになって、ランチセットを少しずつ交換してゆっくり食べた。引っ越した部屋が図書館の近くで通い詰めているとか新しい職場は年配の男性が多くて気が楽だとか、優子の新天地の話をひとしきり聞いた。食後の飲み物が出てきて、話題がふと途切れる。
「私の話ばっかりしちゃったね。紗季は最近何かないの? 彼氏できたりとか」
完全に気を抜いていた。今日はもう優子の話を聞こうモードになっていた。
「…できたの?」
優子は口元を抑えてできたんだ! と小さく叫んで、ちょっと詳しくと身を乗り出した。
「いつ? いつなの? 何ちょっとなんにも言ってなかったじゃん!」
そうなのだ。グループのメッセージにも特に言っていなかった。付き合い始めてまだ一月ほどだし、始まりが始まりだったので言い出しにくかった。それこそ忘年会で、追求を受けて恥をかくのは一度きりで済ませたいと思っていたのだ。
「あー、えーと、まだ一ヶ月ぐらいで…」
「何してる人?」
「大工さんだって」
「え? …どこで知り合ったの?」
そんな人とどう接点を持ったのだ、と。たしかに言われてみれば自分の生活圏内にいなかった職業で、いなかったタイプの男性だ。
「忘年会で報告する」
「それも? まあでも結局同じこと話すか。アジェンダ作っといてもらわないと」
「前半優子で後半私ね」
「とか言ってたら玲美とリサの方が大事件持ってきたりしてね」
じゃあ忘年会まで我慢する、とは言ったもののやはり気になるらしく、写真はないのかと言ってきたので山へドライブした時の写真を見せた。
「ほっそ。えーでも分かんないじゃんこれ、何盗撮してんのよ彼氏なのに」
煙草を出そうとモッズコートのポケットに手をやり、歩いているところを斜め後ろから撮った。顔はほぼ見えていないし、ちょっとぶれている。
「えーだって、そういう感じの人じゃないもん」
「自撮りとかしない?」
「ぜったいしない」自撮りをする正午なんて想像もできない。
「硬派だ」
「ああ、そうだね。うん、硬派って言葉ぴったりかも」
妙に古風なところがあって、あまり口には出さないけれど優しくて、紗季のことをよく見てくれている。思い出すと会いたくなって、何をにやにやしているのかと冷やかされた。
「いくつなの?」
「もうすぐ二十六…」
「え、年下?!」
忘れていた。
ついこの間教えてもらったのに忘れていた。正午の誕生日はもうすぐ、十二月二十日だ。
「…どうしよう優子」
「え?」
「正午くんのお誕生日もうすぐなんだった…二十日」
「あ、ショウゴくんっていうんだ。…二週間ないのね。目星ついてるの?」
「ぜんぜん」
「だめじゃん」
何がいいかなと考えてはいたのだ。だが会社でのことがあって、衝撃で吹っ飛んでしまった。申し訳ない限りだ。
「四時ぐらいで帰るって言ってたよね? まだ時間あるけど、探しに行ってみる?」
時計は現在二時半、時間はあるといえばある。優子は発想力があるから、一緒に見に行けばこういうものはどうかとアイデアをくれるだろう。しかし、人に頼るのはためらわれた。
「うーん! いや、ちょっと本人に訊いてみる」
「あ、それアリな人なんだ」
サプライズでなくてもいい。ネタバレしてしまってもいいから何か、ちゃんと彼が欲しがっているものをあげたいと思った。
あの後、何を思ったか正午はハグの体勢のまま、いきなり紗季を抱えあげて驚かせた。重いのにと言うのを笑い飛ばして、犬にでもするようにわちゃわちゃに髪やら背中やらを撫でてしまいにはくすぐってきて、さんざん紗季を騒がせて、最後に深いキスをして帰っていった。
何を思ったか、なんかじゃない。ラグの上で座り込んで毛並みを撫でながらそう思った。実際きっと彼が意図したとおりに、ずいぶん気が紛れた。
「転職かあ」
パソコンを起ち上げた。軽く探してみようか。
いや、でも今日は一度置いておこう。落ち着いたつもりで混乱しているはずなのだ、そしてこの勢いで動くのは良くないタイプのことのはずだ。
けれど何かしたくて、ああそうだと思いだしてクッションカバーを探すことにした。明るいグレーミックスのラグにしたのはいいが、手持ちの冬用クッションカバーはグレーなのを忘れていた。色が似ていてつまらないのだ。グレーのラグなら白系統で、どうせならファー風のものにしよう、正午が喜ぶかもしれない。中身がどうとか言っていたが、渡せば無意識に撫でるぐらいはしそうだ。相対的に小さなクッションをあぐらに乗せて手慰みのように撫でている正午を思い浮かべ、可愛くてじたばたした。
木曜日、金曜日と普段どおりの業務で日を終え、待ち焦がれた週末だ。土曜日は一人だが、正午よりも、今は会社から離れていられることの方をありがたく感じる。
土曜日は目覚ましをかけて早起きした。寝ていたら何かに負ける気がして、それで無理やり起きたのだ。部屋の掃除をして布団を干して、そうして猛然と動くとやることがなくなってどうしようと途方に暮れた。断捨離後の狭いワンルームだから、手をかける場所が少ないのだ。
早々に時間を持て余した紗季は、昼食をとりがてら外出することにした。東京へ向かう電車に乗って、今日こそコートを見て回るのだ。
『紗季今日何してるー?』
じき乗り換え駅というところで友人からのメッセージに気がついた。定期的に会う元文芸部友達だ。買い物と返事をすると、近くに行くから会わないかと言う。時間を逆算して四時までならと返すと、それで話がまとまった。
「紗季! 久し振りー」
「えっ優子、ショートになってる!」
声をかけられるまで気が付かなかった。学生の頃から変わらず背中まであった髪の毛がコンパクトなショートヘアに変わっている。
「ヘアドネしたんだー」
「何それ?」
「髪の毛の寄付だよ。ウィッグになるの」
そういうものがあるのか。
「どうしよっか。とりあえずご飯行く?」
「そうだね。私朝食べてなくてさ」
「私もー」
タイ料理の店にした。優子はエスニック料理が大好きで紗季も食べる方だから、いつも集まる四人のうちこの二人だとこういうものが多い。ランチセットをそれぞれ選んで、三ヶ月ぶりだが話すことならいくらでもある近況を報告し合った。本の話は四人集まる時に、が不文律なので、それ以外で。
「本当にかなり雰囲気変わったよね。優子のショート姿見ることがあると思わなかったな」
「うん、びっくりされるよ。気づいてもらえないもん」
「ごめん私も気がつかなかった」
左分けの前髪だけが変わらない。丸みのあるショートを耳にかけて、イヤリングが映えていた。
「雰囲気が変わったっていうのね、たぶんちょっと前に転職したからっていうのもあると思う。あー、転職を機にイメチェンしたくて髪切ったって言う方が正確かな。あと引っ越して猫飼い始めた」
「…え?!」
転職とはタイムリーだ。そして情報量が多い。
「待って待って、どこから突っ込んだらいいのそれ? この前言ってなかったじゃん、そのどれも」
「うーん、そうなんだよねえ」
忘年会するだろうからその時に言おうと思っていた、そうだ。
「転職活動はあの時してた。で、すぐ決まったんだよね。それでちょっとその時の部屋から通いにくくて、ならいっそ越しちゃおうと思って」
「そうかあ…え、猫は? 猫飼いたいとか言ってたことあったっけ?」
「いやないんだけど。興味もなかったんだけどね」
苦笑いして言うことには、転職が決まってすぐ、産まれたばかりの捨て猫を拾ってしまったのだそうだ。
「決めるつもりだった部屋あわててやめて探し直したよー、飼えるとこ。獣医さんにその間預かってもらってね」
「子猫かあ、今度遊びに行かせてよ。あ、じゃあ今どこ住んでるの?」
「G駅。忘年会、もしよかったらうちでしようって言おうかと思ってたんだよね。ねえ紗季、私ら誰も猫アレルギーじゃなかったよね?」
「うん、大丈夫のはず。えーいいねいいね、最高じゃん、子猫のいる忘年会!」
「めちゃくちゃ人懐っこいんだよー、誰が来ても撫でさせるし、抱っこするとすぐ寝ちゃうの。超かわいいけどお写真ご覧になる?」
「ご覧になる!」
茶色っぽい子猫で、うるうると大きなタレ目のとても可愛らしい男の子だった。写真にキャットタワーが写り込んでいて、さっそく溺愛されているのが伝わってくる。遊びに行く日が楽しみだ。
「そうだ、猫に夢中だったけど、転職ってどうしたの? そんな気配なかったと思うけど…」
彼女はずっと、成績がとても良かった。通っていた高校からすると稀なランクの大学に入り就職活動もさほど長引かせず大手メーカーに入社して、その後も大過なく働いているとばかり思っていた。四人の中で一番堅実だと言われていたのだが。
「うん、見せないようにしてたから。だから皆知らないんだけど」
入社してからずっとお局に目をつけられて地道にいびられ続けていて、ここ何年か考えていた転職を実行に移したのだそうだ。
「なんでなのかは分かんない。でも、噂によるとお局サマは結婚目前で破局した相手がいて、それはなぜかっていうと略奪されたかららしいんだけど、私がその相手と同じ市の出身で同じ大学だったからとかなんとか…」
「なにそれ! 優子なんにも悪くないじゃん!」
「そうなのよ。庇ってくれる人もいたんだけど、そういう人がいると余計に燃えちゃうんだよね」
もう終わったことだし気づかせないようにしてたのは私だから、気にしないでね。皆にも忘年会でちゃんと報告するから。そう言って、到着したランチセットに優子は箸を伸ばした。
「ほんとにね、今はもう平気だし。私かなりメンタル強くなったと思うよ」
「そっかあ…皆色々あるんだよね…」
「そうそう。それぞれ毎日違うとこで違う仕事してるしね。紗季もあるでしょ? 色々さ」
毎日約束もなく会えて、嬉しいことも悲しいことも皆知っていて皆知られていた頃からずいぶん時間が経った。四人とも環境もばらばらだし、普段どんなふうに過ごしているかなんて今はまったく知らない。現に彼女がそんな思いをしながら働いていたなんて、露ほども思わなかった。零細企業で働く身からすると羨ましいだとか、ついこの間も制作から営業みたいな異動がないなんてどんなにいいだろうと思ったものだ。
それでもそれぞれに色々ある。波風の中で、なんとかやっていくのだ。時にはドラスティックに冒険をして。自分もしっかりしなければ。がんばっている友達に、恥じないように。
「まあね。…私もするかも、転職」
「えっうそ。何それ、聞いていい話?」
「うーん。忘年会までにまとめとく」
「何それー!」
二人で笑ってその話はそこできりになって、ランチセットを少しずつ交換してゆっくり食べた。引っ越した部屋が図書館の近くで通い詰めているとか新しい職場は年配の男性が多くて気が楽だとか、優子の新天地の話をひとしきり聞いた。食後の飲み物が出てきて、話題がふと途切れる。
「私の話ばっかりしちゃったね。紗季は最近何かないの? 彼氏できたりとか」
完全に気を抜いていた。今日はもう優子の話を聞こうモードになっていた。
「…できたの?」
優子は口元を抑えてできたんだ! と小さく叫んで、ちょっと詳しくと身を乗り出した。
「いつ? いつなの? 何ちょっとなんにも言ってなかったじゃん!」
そうなのだ。グループのメッセージにも特に言っていなかった。付き合い始めてまだ一月ほどだし、始まりが始まりだったので言い出しにくかった。それこそ忘年会で、追求を受けて恥をかくのは一度きりで済ませたいと思っていたのだ。
「あー、えーと、まだ一ヶ月ぐらいで…」
「何してる人?」
「大工さんだって」
「え? …どこで知り合ったの?」
そんな人とどう接点を持ったのだ、と。たしかに言われてみれば自分の生活圏内にいなかった職業で、いなかったタイプの男性だ。
「忘年会で報告する」
「それも? まあでも結局同じこと話すか。アジェンダ作っといてもらわないと」
「前半優子で後半私ね」
「とか言ってたら玲美とリサの方が大事件持ってきたりしてね」
じゃあ忘年会まで我慢する、とは言ったもののやはり気になるらしく、写真はないのかと言ってきたので山へドライブした時の写真を見せた。
「ほっそ。えーでも分かんないじゃんこれ、何盗撮してんのよ彼氏なのに」
煙草を出そうとモッズコートのポケットに手をやり、歩いているところを斜め後ろから撮った。顔はほぼ見えていないし、ちょっとぶれている。
「えーだって、そういう感じの人じゃないもん」
「自撮りとかしない?」
「ぜったいしない」自撮りをする正午なんて想像もできない。
「硬派だ」
「ああ、そうだね。うん、硬派って言葉ぴったりかも」
妙に古風なところがあって、あまり口には出さないけれど優しくて、紗季のことをよく見てくれている。思い出すと会いたくなって、何をにやにやしているのかと冷やかされた。
「いくつなの?」
「もうすぐ二十六…」
「え、年下?!」
忘れていた。
ついこの間教えてもらったのに忘れていた。正午の誕生日はもうすぐ、十二月二十日だ。
「…どうしよう優子」
「え?」
「正午くんのお誕生日もうすぐなんだった…二十日」
「あ、ショウゴくんっていうんだ。…二週間ないのね。目星ついてるの?」
「ぜんぜん」
「だめじゃん」
何がいいかなと考えてはいたのだ。だが会社でのことがあって、衝撃で吹っ飛んでしまった。申し訳ない限りだ。
「四時ぐらいで帰るって言ってたよね? まだ時間あるけど、探しに行ってみる?」
時計は現在二時半、時間はあるといえばある。優子は発想力があるから、一緒に見に行けばこういうものはどうかとアイデアをくれるだろう。しかし、人に頼るのはためらわれた。
「うーん! いや、ちょっと本人に訊いてみる」
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