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73 abduction(1)

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 目を開けば、開いているはずなのに何も見えなかった。何の光も見えない暗闇だ。手を動かそうとしても、両手は紐のようなもので強く縛られているようで、全く動かせない。

 自分が今ある状況を把握出来ず、慌てて立ち上がろうとして、すぐ頭上に何かがあって頭を打った。何か狭い箱状の中に、閉じ込められているようだった。

(え……ここは? 何処? クリスティーナ様に……部屋に入るように促されて、そこでお茶をしようとしたところまで覚えている。そして……?)

 クリスティーナが、ミルドレッドを害して得する理由など、まったく思いつかない。

 もしかしたら、何かの理由で様々な価値を持っている彼女に巻き込まれて誘拐されたのかもしれない。クリスティーナはサウスラーナの王子からも求婚されているという、最高位聖女の一人だ。ただとても恵まれた立場に居ると言うだけで、誰かから恨みを買っていてもおかしくはない。

 どうにかならないかと身体を捻っても、手は縛られたままだ。声を出しても、誰も応えない。無駄な努力を繰り返してどのくらいの時間が、経っただろうか。

 ふわっと浮遊した感覚がして短い距離ではあるものの、何処かに移動した。だとすると、誰かは近くに居るということだ。

 この縛られている状況から見て、今大きな声を出したとしても、状況によっては逆に良くない結果を生んでしまうかもしれない。

(絶対に動揺しては、ダメ……助けが来るまで、落ち着かなきゃ……きっと、ロミオがすぐに助けに来てくれる……それに、一緒に居たはずのクリスティーナ様は……大丈夫なのかしら)

 考え込みじっとして身を潜めていたところで、何の前触れもなくおろむろに箱の上部の板が外れミルドレッドは息を呑んだ。

 もう時間は夜なのか、暗闇に篝火のような赤い光が揺れて、思いもよらない彼女の顔を照らしていた。

「……あら。もう気がついていたの。ミルドレッド」

「え。クリスティーナ様……?」

 鈴の鳴るような可憐な声がして、自分と共に誘拐されたのではないかと心配していた人。その人本人に平静に呼びかけられ、ミルドレッドは目を瞬いた。

 クリスティーナの美貌は、有名だ。

 ミルドレッドも実家のある王都に住んでいた時に、テオフィルスに伴われてどうしても出席せねばならなかったお茶会などで、彼女を褒めそやす噂を良く聞いた。心優しく聡明で、美しいバークレー侯爵令嬢。

 篝火に照らされて見えるのは、とても美しい笑顔のはずなのに、どこか恐ろしい。

(目が……笑っていない? どうして。どうして彼女が……?)

 それを見て取って背筋をぞっとしたものが駆け抜け、ミルドレッドは自然と狭い箱の中にあるというのに後方へ逃げようとして背中をぶつけた。

(彼女が私をこうして誘拐したところで、何の得があるって言うの? もしかして。クリスティーナ様、何者かに操られているのかしら?)

 あまりに信じられない事態に、頭は混乱している。

 呆然としているミルドレッドを見て、クリスティーナは何か面白い事を聞かされて愛らしく反応した令嬢のお手本のように、くすくすと笑った。

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