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20 oneself(2)

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 心得たように頷いて、さっと便箋とペンを用意したミルドレッドに、ロミオがさっき拭いていた丸テーブルに座りつつ申し訳なさそうに言った。

「……男爵家の大事な御令嬢だというのに、こんな下働きのような事をさせてしまってすまない」

 ここ半年一緒に過ごしていた聖女ミルドレッドの素性も、彼はもう承知の上らしい。

 それを言うならば元聖女だという肩書きを求めて、ここ神殿で勤めを果たしている貴族出身の聖女は多い。癒しも使える聖魔法は使い手が少ないから、釣書に書けば良い縁談には困らないだろうからだ。

 そんな彼女たちにも、今は神殿に仕える聖女としてそれなりの役割が振り分けられていて、下働きのような事をしている者も多い。

 ロミオが暗に言わんとしていることは、ここでは当然の話だった。そして、愛されない家族に囲まれて過ごす針の筵のような実家より全然マシに思える。特に不満に思ったことは、なかった。

 自分を気遣ってくれる彼の優しい言葉にミルドレッドは、肩を竦めて微笑んだ。

「いいえ。気にしないでください。それが、私の仕事なので」

 ミルドレッドがそう言うと、ロミオは何故か複雑そうな表情で眉を寄せた。それを見て、不思議に思う。彼がそんな顔をする理由なんて、何もないはずなのに。

「……ミルドレッド。ごめん。少しだけ、待っていて。とりあえず、手紙を書くよ」

 彼はそう言って、流麗な文字で手紙を書き始めた。

 今代勇者のロミオは庶民出身だと聞いていたけれど、高い教育も受けている事を窺わせる、今まさに書かれている文字にミルドレッドは驚いた。慌てて私信である手紙の内容を把握せぬようにと、目を逸らした。

 自分の荷物を持ってきて欲しいという用件のみで、そこまで長い手紙ではなかったのかロミオはすぐに手紙を持って立ち上がった。ミルドレッドに、手紙を出してくるとだけ一言断りを入れて素早く部屋から去ってしまった。

 ミルドレッドはロミオに理性を失っていた時の記憶があるのかもしれないと、その時にようやく気がついた。

 さっき顔を恥ずかしそうに赤くして、自分の名前を知っていたというのに、なんだか本当に初めて会ったように思った。ミルドレッドに会う前の彼は、神殿の奥深くに隠されるように住んでいたはずだった。

 そして、刷り込みされた親を追いかける雛鳥のように彼女の行く先々を追いかけ回すようになってから、神殿にある様々な役目を果たす部屋の場所などを把握していてもおかしくはない。

 そんなロミオに、自分のこれからの処遇について聞き損ねた事にも気がついた。

 元々の容姿も抜群に良いロミオは、失っていた理性さえ取り戻してしまえば礼儀正しく高い知性を感じるとても魅力的な青年だった。

 程近くに居れば彼側にある肌が、まるで粟立ってしまうような緊張をも感じた。

 潤沢な財産もなく小さく貧しい領地しかない実家を持つ、旨味のない男爵令嬢が好意を向けたとて、何の意味もないことは重々分かっているというのに。

(私なんて……誰かに、愛される訳がない。彼が失ってしまった自分を取り戻せたというのなら、それはとても喜ばしいことなのに……)

 ミルドレッドにとって、ロミオはついさっきまで自分が世話しなければいけない存在だった。

 今までそんな風に愛されたことのないミルドレッドにとっては、ただただ何の理由もなく自分を必要としてくれる存在がいなくなってしまう大きな喪失感を感じて、不意に頬に一筋の涙が流れてきた。

「っ……ミルドレッド、どうしたの?」

 いきなり力強い手で肩を引かれて、驚いた。手紙を出しに行っていたロミオが、いつの間にか帰ってきていたらしい。
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