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13 Theophilus(1)
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ミルドレッドが予想していたより、理性を失ってしまっている勇者ロミオと共に穏やかに過ごす日々が終わる日は近かった。
「っおい。ミルドレッド!」
いつも通りにロミオの使用済の服を、洗濯場に持って行こうとしていたミルドレッドは、自分の名前を呼ぶ不躾な大きな声に驚き振り返った。今まで予想しなかった人物がそこに居た事に、信じられなくて目を見開く。
「え……テオフィルス……? なんで……貴方が、ここに居るの」
震える声でそう呟くと、テオフィルスは眉を寄せて大きくため息をついた。
「なんでって……相変わらず、頭の足りない女だな。お前がなかなか帰って来ないから、俺がわざわざここまで迎えに来てやったんだ。どうせ、何か上手く言いくるめられて、良い様に扱われているんだろう。仕方ないから、話をつけてやる。責任者の元に、連れて行け」
旅装のテオフィルスは、不機嫌そうに言い放った。
彼が住んでいる王都から、森の奥深くにある神殿までは遠い。だから、ミルドレッドは彼が来ることはないだろうと思っていた。何日も狭い空間しかない馬車に揺られねばならず、裕福な家に育ち贅沢に慣れている彼にとっては不本意な事であったに違いない。
「あの……そういう訳では、ありません……私は……自分で」
言葉につまりながら、自分が帰れなくなった事の次第を、どうにか説明しようとしたミルドレッドを見てテオフィルスは不快そうに顔を顰めた。
「言いたい事があるなら、要点を言え。本当に鈍臭い女だ。お前なんか、ちょっと聖魔法の使える程度で聖女と呼ばれていても、ここで何の役にも立つはずがない」
彼の薄い緑の目で侮蔑するような視線を送られる度に、ミルドレッドは条件反射で自分が言いたいことを何も言えなくなってしまった。
親からも虐げられた自分なんて何の価値もない、家族からも見放され誰からも必要とされていないと、目の当たりにするのだ。
一生連れ添う事になるだろう幼い頃から決められた婚約者であるテオフィルスに、自分が言いたいことや辛い立場に居る事を理解して貰おうと、ミルドレッドが勇気を出した事は何度もあった。
その度に、彼には容赦なく思い知らされる。
自分の持つ容姿に自信があり、何の問題もない家族に愛された自覚のあるテオフィルスには、誰からも愛されずに育ち自信の持てないミルドレッドの気持ちがどうしても理解出来ない。
その事実に気がついたのは、無駄な努力を何度も繰り返してから。
頑張った結果、自分の言いたい事も満足に言えないのかと責められる度に、ミルドレッドは萎縮してしまい彼に言いたいことが出てこなくなるのだ。
そうして辛い気持ちになった心に、追い討ちをかけるように何度も責められて、テオフィルスにダメな人間だと圧をかけられる度に理解して貰うことを諦める癖がついてしまった。
(もう、どうせ……私の言いたい事なんて、聞いてくれない)
予想のつく結末に悲しくなったミルドレッドは泣きたい気持ちを堪えて、テオフィルスを見た。
幼い頃からの繰り返された苦い経験から口から言葉が出なくなったとしても、気持ちだけは彼に負けたくはなかった。
「……なんだよ。その反抗的な目は、良い気になるなよ。お前の家カーライル家の多額の借用書は、我がコナー家が握っているんだからな」
実家の借金を盾に取られ自分に従えと言われてしまえば、ミルドレッドにはどうすることも出来ない。
カーライル家の借金を作ったのは、ミルドレッド本人ではない。けれど、貴族でカーライル男爵令嬢として、生まれて育てられたのは間違いないからだ。
自分を愛していない父親は、何の頼りにもならない。自分の名前で借りた金が帳消しになるなら、生まれることを望んでいなかった長女も役に立った方だとそう思うだろう。
幼い頃から、ミルドレッドを蔑んでいるはずの婚約者は、何の理由かはわからないが彼女にひどく固執している。カーライル家の令嬢というのなら、ミルドレッドの血の繋がらない妹コーデリアでも良いはずなのに。
まるで、親に売られるように、自分を蔑む彼と、このまま結婚しなければならない。
「っおい。ミルドレッド!」
いつも通りにロミオの使用済の服を、洗濯場に持って行こうとしていたミルドレッドは、自分の名前を呼ぶ不躾な大きな声に驚き振り返った。今まで予想しなかった人物がそこに居た事に、信じられなくて目を見開く。
「え……テオフィルス……? なんで……貴方が、ここに居るの」
震える声でそう呟くと、テオフィルスは眉を寄せて大きくため息をついた。
「なんでって……相変わらず、頭の足りない女だな。お前がなかなか帰って来ないから、俺がわざわざここまで迎えに来てやったんだ。どうせ、何か上手く言いくるめられて、良い様に扱われているんだろう。仕方ないから、話をつけてやる。責任者の元に、連れて行け」
旅装のテオフィルスは、不機嫌そうに言い放った。
彼が住んでいる王都から、森の奥深くにある神殿までは遠い。だから、ミルドレッドは彼が来ることはないだろうと思っていた。何日も狭い空間しかない馬車に揺られねばならず、裕福な家に育ち贅沢に慣れている彼にとっては不本意な事であったに違いない。
「あの……そういう訳では、ありません……私は……自分で」
言葉につまりながら、自分が帰れなくなった事の次第を、どうにか説明しようとしたミルドレッドを見てテオフィルスは不快そうに顔を顰めた。
「言いたい事があるなら、要点を言え。本当に鈍臭い女だ。お前なんか、ちょっと聖魔法の使える程度で聖女と呼ばれていても、ここで何の役にも立つはずがない」
彼の薄い緑の目で侮蔑するような視線を送られる度に、ミルドレッドは条件反射で自分が言いたいことを何も言えなくなってしまった。
親からも虐げられた自分なんて何の価値もない、家族からも見放され誰からも必要とされていないと、目の当たりにするのだ。
一生連れ添う事になるだろう幼い頃から決められた婚約者であるテオフィルスに、自分が言いたいことや辛い立場に居る事を理解して貰おうと、ミルドレッドが勇気を出した事は何度もあった。
その度に、彼には容赦なく思い知らされる。
自分の持つ容姿に自信があり、何の問題もない家族に愛された自覚のあるテオフィルスには、誰からも愛されずに育ち自信の持てないミルドレッドの気持ちがどうしても理解出来ない。
その事実に気がついたのは、無駄な努力を何度も繰り返してから。
頑張った結果、自分の言いたい事も満足に言えないのかと責められる度に、ミルドレッドは萎縮してしまい彼に言いたいことが出てこなくなるのだ。
そうして辛い気持ちになった心に、追い討ちをかけるように何度も責められて、テオフィルスにダメな人間だと圧をかけられる度に理解して貰うことを諦める癖がついてしまった。
(もう、どうせ……私の言いたい事なんて、聞いてくれない)
予想のつく結末に悲しくなったミルドレッドは泣きたい気持ちを堪えて、テオフィルスを見た。
幼い頃からの繰り返された苦い経験から口から言葉が出なくなったとしても、気持ちだけは彼に負けたくはなかった。
「……なんだよ。その反抗的な目は、良い気になるなよ。お前の家カーライル家の多額の借用書は、我がコナー家が握っているんだからな」
実家の借金を盾に取られ自分に従えと言われてしまえば、ミルドレッドにはどうすることも出来ない。
カーライル家の借金を作ったのは、ミルドレッド本人ではない。けれど、貴族でカーライル男爵令嬢として、生まれて育てられたのは間違いないからだ。
自分を愛していない父親は、何の頼りにもならない。自分の名前で借りた金が帳消しになるなら、生まれることを望んでいなかった長女も役に立った方だとそう思うだろう。
幼い頃から、ミルドレッドを蔑んでいるはずの婚約者は、何の理由かはわからないが彼女にひどく固執している。カーライル家の令嬢というのなら、ミルドレッドの血の繋がらない妹コーデリアでも良いはずなのに。
まるで、親に売られるように、自分を蔑む彼と、このまま結婚しなければならない。
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