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第一部

悩む

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 ふかいふかい夢の中、私は誰かと会っていた。
 うつろいゆく水面のように姿を変えていく、その姿。恐ろしくはなかった。どうしてか、親近感を覚えていたから。

 耳元で囁かれた息はミントの香りがした。
 どこか意味もなく冷たくて、何かを吸い取られてしまいそうな死神の吐息。

「久しぶりだね、透子ちゃん」
 その声を聞いて何かに吸い込まれるように、私ははっとして意識を取り戻す。
「えっと……理人さんのお兄さん……久祈さん! お久しぶりです」
 髪の毛と目の色が全然違うけど、顔の造作はよく似ている、理人さんのお兄さんは太陽みたいなおおらかな笑顔を見せた。
 今いるのは満点の星空が輝く、ラベンダーの花畑。すっごく景色が綺麗で可愛くて、私の好み。やっぱり私の、自分の夢の中なのかな、流れ星がさあああっと雨みたいに流れて、降り注ぐ。大きな花火がいくつも散っていく時のように。

「ああ、久しぶり。君の夢の中にあいつが出てくるなんて、思わなくてちょっと入るのに手間取った……何か覚えてるかい? 何か言われたことは?」
 笑顔のまま、感じの良い刑事の尋問のように繰り返した。
「その、そうですね……すこしだけ覚えています。なんだかミントの匂いがして……何か……言っていたように思えたんだけど……」
 思い出そうとして、頭を抱える。でも、何かもやのようなもの記憶全体にかかっていて、思い出せない。完全に覚醒してしまって夢を思い出せなくなる時のように、つかもうとすればするほど、すり抜けていく、色のついたけむりみたいな……そんな記憶。

「そうか……無理に思い出さない方が良い……それより、星空か。この前の花畑も可愛かったけど、随分とロマンチックになったね」
 私はかあっと顔を熱くした。
「えっと……そうですね……なんだか、そんな気持ちになってしまってて」
「……あの三人とはまだまだ新婚だからね、それとも良いことでもあった?」
 すべてを見透かすようなその目に私はなんだかわからない圧力を感じて、私は今まさに悩んでいることを吐き出した。

「えっと、二人から、プロポーズを受けてて……悩んでいます。受けるべきなのか、どうするべきなのか。わからなくて」
「透子ちゃんモテるね。それだけ可愛いから当たり前か。悩むってことはそれなりに、気になってるってことかい?」
「……はい。二人とも素敵だなって思うし、その……好きでいてくれるのも、感じてしまって、大切にされてるなって思ったりもして……」
「良いね……それで俺の弟はなんだって?」
「……その二人なら賛成するって……言ってくれました。すごくそれも複雑で」

 久祈さんはぱっと手を開いて小さな花束を出した。私が手を叩いて喜ぶと戯けてどこかの紳士みたいに丁寧なお辞儀をした。
「複雑ね、理人は君に夫が出来るのを心から喜んでいる、と思っている?」
「……守りを固めるためなら、そうすべきだとそう言っていました」
 先ほど程ではないけど、流れ星がまたいくつも流れて、久祈さんが手を伸ばすとそれが一つ落ちて来た! 信じられないけど、星型をしていて、淡く光って辺りを照らしている。

「……良いことを教えてあげようか、透子ちゃん」
「え? ええと、はい。お願いします」
「人狼は元々の性質は雌を分け合うようには出来ていない。番という言葉があるように本当は唯一無二の存在なんだ。それを何人かで分け合う選択をしたのは僕等の祖先だが……本当はどうしようもないくらいの嫉妬にいつも苦しんでいると思う」

 そうだ。私にも真理亜さんに対して感じたそういうの気持ちがあるように、勿論あの三人の夫だって、そう、そう思っているはずだ。
 でも耐えている。
 それは、私のために。

「全ては君のためだ。透子ちゃん。あいつらが君の身の安全と自分の独占欲を計りにかけたらどちらに大きく傾くかは君にももうわかるはずだよね?」
「はい……」
 私はぽつりと涙を溢した。なんとなくだけど、一妻多夫の世界が当たり前なんだから、皆それを事もなげに許容しているものだと思い込んでいた。そんなはず……そんな訳ないのに。

 私はそういう彼らの気持ちもぜんぶ、わかった上でこれは選択しなきゃいけないことだったんだ。
「久祈さん、ありがとう……」
 久祈さんは微笑んで星を手渡して来る、キラキラ光って綺麗だ。
「聡明な君になら、最善の選択が出来ると思っているよ。自分の安全を守るため、大事な人の気持ちを守るため、何が今自分に必要なのか、よく考えると良い」

 久祈さんがぱっと手を振ると、私が会いたい人たちがそこに居た。
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