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第一部

061 お披露目

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「え? お披露目ですか?」

 私は夕食の後、珍しく四人揃ってくつろいでいる時に、理人さんからこの世界での結婚式のようなものの開催について切り出された。

「そうです。僕たちと結婚して深青の里の群れへと人の透子さんが入ったと言う、お披露目をします。もっとも里の全員を呼ぶのは無理ですので、主要な縁戚や仕事上関係のある人狼達を集めたものになるとは思いますが……」

 縁のある人達だけ集める……けど、「私が先ほど、ご紹介に与りました透子です」のような、挨拶などももちろんあるんだろうか?

「えっと……大勢の前で、私……喋らないといけないですか? どうしても……苦手で」

 ハキハキと話せるタイプでもない私は、全員の前でスピーチするような場面は、出来る限り避けたい。

「事務的なことは、僕たちがすべてしますので。透子さんは、僕達の傍で笑ってくれたらそれで大丈夫ですよ」

 理人さんの安心させるような言葉に、私は心からほっとした。人前に出て何かするのは本当に苦手。だから、良かった。

「透子は、お披露目用の可愛い衣装を着て、にこにこして笑ってたら良いよ。理人と雄吾が、なんとでもするんだから」

「お前も歴とした透子の夫の一人なんだから、ちゃんとしろ」

 自分がにこにこしている春くんは、隣に座っている雄吾さんに額を小突かれた。

「最近、僕たちが忙しかったのは、お披露目へ向けた準備のためです。仕事もしつつ、色々な方面への根回しなんかもあって……このところ、寂しい思いをさせてすみませんでした」

 最近あまり姿を見ることがなかった理人さんの大きな手が、私の髪をゆるく撫でた。

「根回し……ですか?」

「ええ……先に言っておきますが、必ずお披露目の時には、権力を持つ人狼達から僕たち以外の、他の夫となる人狼を勧められます。透子さん自身の希望にもよりますが、薦められてバッサリと断るのはあまり得策とは言えません」

 結婚式みたいな日に、次の夫を薦められることになるの? 私は、こくっと息を飲んだ。

 権力を持った人狼たち……社会的に言えば、集団の中で力を持つ存在が産まれるのは仕方ないことだと思う。

 人狼の群れに、集団の中に入るということはそういうことなんだ。

「……もし、透子が縁談を受けたいと思えば受けることが出来るが、透子さえ頷けば良かった今までと違うのは、追加で加わる夫には俺達三人の許可も必要になるということになる」

 雄吾さんが、理人さんの言葉を引き継いだように続けた。

「私は、もう夫を増やす気はありません」

 私は眉を寄せながら、そう言った……今でも三人も夫が居るのに、これ以上増やすなんて考えられない。

「もっちろん。それはわかってるよ。透子。ただ、群れに入ると色々としがらみがあってね、俺たちだってその中で生きていく上では、色々と考えて動いた方が得だってこと。その場でけんもほろろに断るより、熟考した結果。やっぱり無理でしたって言った方が、感じ良く思われるんだよ。それに、嘘も方便って言うだろ?」

 春くんが若干不機嫌になりそうな私を、あやすように猫なで声で言った。

「春くんは、演技も嘘も上手だもんね?」

 この前まんまと彼に騙された私は、上手に演技が出来るとは言えない。口を尖らせた。

「ふふ。怒った顔も、可愛いなぁ。やっぱり透子と結婚出来て、俺本当に良かったよ」

 不機嫌になったというのに、よりにこにこしだした春くんを私は少しにらんだ。

「お披露目の時の衣装も、これから頼むことになる。値段などは気にせず、透子の好きになるように頼んでくれて構わない。雌の中には何着かお色直しする人も居るようだから、俺たちはそうしてくれても構わないし」

「えっ……ええと、一着で大丈夫です」

 雄吾さんが銀行口座に持っている金額を考えると、本当になんでも許して貰えそうで、私は謹んでお断りした。

 お披露目って……いわゆる結婚式ではなくて、元の世界での披露宴みたいな感じなのだろうか? 

 お色直しという言葉を聞いて、私はなんとなくイメージが沸いた。

 族長候補である理人さん、色々な会社と繋がりのある雄吾さん、それに大きな会社の御曹司だという春くんの披露宴だと、関係者や縁戚だって多数の人数になるし、ある程度の根回しだって必要になってくるのかな。

「……透子にも縁がある人、というと飛鳥族長も来るくらいかな」

「あの人も、来るんですか?」

 私はロマンスグレーの髪を持ち、人懐っこい大型犬を思わせる優しそうな笑顔を思い出した。少し前に会ったばかりだというのに、色々あり過ぎてもう懐かしい。

「うん。そりゃそうだよー。理人は、あの人の後継者候補だからね」

「……族長も、この前に会った時に、透子に会いたそうにしていたよ。全員の匂いつけが終わるまで、と言っておいたんだが……」

「私も……飛鳥さんに、お会いしたいです」

 私がふふっと微笑みながらそう言うと、一瞬、三人の毛が逆立った気がした。え。何。気のせいかな?

「ごめん。透子。これは念のために、言っとくけど……族長は奥様を早くに亡くされて、あそこまでの高い地位の人狼としては、珍しく独身だからね? 透子も、言葉には気をつけようね」

「え? う、うん」

 諭すようにして静かに言った春くんに、私は慌てて頷いた。
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