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42 風邪②
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恐ろしいけど、そういう事件が、遠い昔に、実際にあったらしい。
心配性の中年女性のように、いつも口うるさい三頭の犬《ケルベロス》だけど、そんな高位魔物として、獰猛な一面も持っているのだ。
高位魔物の三頭の犬《ケルベロス》は初代校長の使い魔だったらしいけど、今は彼が亡き後も自ら買って出て、女子寮の番人をしてくれているんだよね。
口うるさいけど女子生徒のことを、それだけ心配してくれていると思えば、文句は何も言えない。
「イエルク……それは、ありがたいけど……あ。そういえば、なんで、私の部屋を知っているの?」
屋根に居ることは、とりあえずは、良いことにする。けど、どうして私の部屋の窓がこの位置だとわかったの?
「ここまで送りに来た時に、女子寮を見ていたら、ディリンジャー先輩が帰ってすぐあとに、この窓に灯りがついたので」
……そういえば、勉強を教わった帰りに、イエルクに何度も送ってくれたから、その時に彼は私の部屋の位置を確認していたのかもしれない。
本当に……頭が良い子がすることは、私には理解不能。
「イエルク……これ、私だから良いけど、他の女の子とにはしない方が良いよ」
「……どうしてですか?」
純粋なイエルクは本当にっ……何もわかっていないようだ。
それも、そうか……イエルクはいろいろあって、ドワーフの養い親の常識を常識だと思っているし……あの付き合っているという青田買いの幼なじみの女の子以外には、あまり話したことがないんだよね。
イエルクは悪くない。彼が今まで過ごして来た、環境が悪いだけで。
「あのね……こんな事をされたら、普通は誤解してしまうの」
「誤解?」
キョトンとした顔は、私が言いたいことを全くわかっていない。
「普通はこんなことをされてしまうと、イエルクが、私のことを好きになったのかと思うの。けど……私は大丈夫だよ? 貴方に幼なじみで付き合っている人が居るのは知っているし、それは別に構わないの。けど、こういうことを他の人にはしない方が良いよ。面倒なことになるのは、貴方だって、嫌でしょう」
好きでもない人に好かれて、とても迷惑をしていたエルネストに良く聞いて欲しい。あれをした当事者の私だって、今考えると恥ずかしくて穴に入りたくなるのだ。
それを向けられていたエルネストは、どれだけ迷惑だったんだろう……本当に悪いことをした。
「……すみません。ご迷惑でしたね」
悲しそうな表情になってしまったイエルクに、私は慌てて言った。
「えっ……待って! 別にこうして心配してくれることは、迷惑ではないわよ。けど、こういう事をすると誤解するの。付き合っている女の子を悲しませてしまうから、それはしてはいけないの。わかった?」
私は人としての常識を教えるつもりで、イエルクにそう言った。
「はい。わかりました。付き合っている女の子が居たら、こういうことはしてはいけないんですね……もうしません」
「ええ。わかってくれたのね」
イエルクは、本当に素直で良い子だ。
「ロゼッタ先輩って、優しいですね」
「そんなことないわよ。もしかしたら、イエルクにだけかもしれないけど」
……なんてね。まあ、絶対にないとわかっている私たちだから、成立する会話だよね。
「先輩は会長のことが、お好きだったとお聞きしましたけど」
唐突にイエルクに言われて、私ははあっと大きくため息をついた。そんな過ぎ去った黒歴史、誰が教えたのかしら。
「過去の事よ。私も会長に対しては、ご迷惑をおかけしたと思っているの。それに、目立つ王子様と結婚なんかしたら、大変だってようやく気がついたのよ。平凡な幸せの方が向いているのではないかとね」
私が言い訳がましくそう言うと、イエルクは顔を見せずに笑ったようだった。
「……お元気そうで、本当によかったです。僕はこれで失礼しますね」
そうすると、彼自身の影に溶けるように居なくなってしまったので、私はなんだか名残惜しくて、空に浮かぶ夕日を長い間見つめていた。
心配性の中年女性のように、いつも口うるさい三頭の犬《ケルベロス》だけど、そんな高位魔物として、獰猛な一面も持っているのだ。
高位魔物の三頭の犬《ケルベロス》は初代校長の使い魔だったらしいけど、今は彼が亡き後も自ら買って出て、女子寮の番人をしてくれているんだよね。
口うるさいけど女子生徒のことを、それだけ心配してくれていると思えば、文句は何も言えない。
「イエルク……それは、ありがたいけど……あ。そういえば、なんで、私の部屋を知っているの?」
屋根に居ることは、とりあえずは、良いことにする。けど、どうして私の部屋の窓がこの位置だとわかったの?
「ここまで送りに来た時に、女子寮を見ていたら、ディリンジャー先輩が帰ってすぐあとに、この窓に灯りがついたので」
……そういえば、勉強を教わった帰りに、イエルクに何度も送ってくれたから、その時に彼は私の部屋の位置を確認していたのかもしれない。
本当に……頭が良い子がすることは、私には理解不能。
「イエルク……これ、私だから良いけど、他の女の子とにはしない方が良いよ」
「……どうしてですか?」
純粋なイエルクは本当にっ……何もわかっていないようだ。
それも、そうか……イエルクはいろいろあって、ドワーフの養い親の常識を常識だと思っているし……あの付き合っているという青田買いの幼なじみの女の子以外には、あまり話したことがないんだよね。
イエルクは悪くない。彼が今まで過ごして来た、環境が悪いだけで。
「あのね……こんな事をされたら、普通は誤解してしまうの」
「誤解?」
キョトンとした顔は、私が言いたいことを全くわかっていない。
「普通はこんなことをされてしまうと、イエルクが、私のことを好きになったのかと思うの。けど……私は大丈夫だよ? 貴方に幼なじみで付き合っている人が居るのは知っているし、それは別に構わないの。けど、こういうことを他の人にはしない方が良いよ。面倒なことになるのは、貴方だって、嫌でしょう」
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それを向けられていたエルネストは、どれだけ迷惑だったんだろう……本当に悪いことをした。
「……すみません。ご迷惑でしたね」
悲しそうな表情になってしまったイエルクに、私は慌てて言った。
「えっ……待って! 別にこうして心配してくれることは、迷惑ではないわよ。けど、こういう事をすると誤解するの。付き合っている女の子を悲しませてしまうから、それはしてはいけないの。わかった?」
私は人としての常識を教えるつもりで、イエルクにそう言った。
「はい。わかりました。付き合っている女の子が居たら、こういうことはしてはいけないんですね……もうしません」
「ええ。わかってくれたのね」
イエルクは、本当に素直で良い子だ。
「ロゼッタ先輩って、優しいですね」
「そんなことないわよ。もしかしたら、イエルクにだけかもしれないけど」
……なんてね。まあ、絶対にないとわかっている私たちだから、成立する会話だよね。
「先輩は会長のことが、お好きだったとお聞きしましたけど」
唐突にイエルクに言われて、私ははあっと大きくため息をついた。そんな過ぎ去った黒歴史、誰が教えたのかしら。
「過去の事よ。私も会長に対しては、ご迷惑をおかけしたと思っているの。それに、目立つ王子様と結婚なんかしたら、大変だってようやく気がついたのよ。平凡な幸せの方が向いているのではないかとね」
私が言い訳がましくそう言うと、イエルクは顔を見せずに笑ったようだった。
「……お元気そうで、本当によかったです。僕はこれで失礼しますね」
そうすると、彼自身の影に溶けるように居なくなってしまったので、私はなんだか名残惜しくて、空に浮かぶ夕日を長い間見つめていた。
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