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「待ってください。そんな事……ある訳がないわ」

 私はジェレミアのことが出会った時から好きだし、結婚するなら彼だと思っていた。彼以外の男の子に思いを寄せたことなんて、これまでに絶対になかったと言い切れる。

 戸惑った私の言葉に、ジェレミアは不満そうな表情で言った。

「……俺は、見たんだ。母上から王家の庭に咲いた薔薇の花をミレイユに届けるように言われて、驚かせようとアレイスター公爵家に行った時、同じ年代の男の子とミレイユが親しげに話しているところを見たんだ。それなのに、あれは誰かと確認した俺には、同じ年代の異性で仲の良い子は居ないと言った。俺に嘘をついたのは、ミレイユの方だろう!」

 ……我がアレイスター公爵邸に、異性が?

 ああ……もしかしたら、私と血縁関係にあるチェーザレのことを、まだ隠さなければいけない時だったから、それを誤解してしまったって事かしら?

「……え? もしかして、お忍びで来ていたチェーザレを、見たってことかしら?」

 私は隣に居る背の高い従兄弟、チェーザレを見た。彼は顎に手を置いて、記憶を探るようにした。

「そういえば、昔、アレイスター公爵邸から帰る時に、玄関に高そうな薔薇の花束があった時があったな……あれは、王太子が持って来ていたのか……」

 なんと、記憶力の良いチェーザレはジェレミアの持って来ていた薔薇の花束を見ていたらしい。

「それは……ごめんなさい。ジェレミア。こちらの事情でチェーザレのことは、あの時には隠さなければいけなかったから」

 この国でも私の両親とジェレミアの両親くらいしか知らない、機密事項(トップシークレット)だったのだ。

「俺は何度か、聞いたんだ。けれど、ミレイユはずっとのらりくらりと誤魔化すばかりで……将来的に結婚するのなら、俺だけには教えてくれても良かったはずだ。極秘に調査させても、あの男の正体はわからない。わからないが、アレイスター公爵邸には定期的に訪れていた。俺には……浮気をしているようにしか思えなかったんだ」

「それは……あの、その……ごめんなさい」

 私はチェーザレについては、絶対に言ってはいけないと両親から言われていたし、難しい彼の立場を思えば仕方のないことだと思っていた。

 けれど、彼の存在がジェレミアをこんなにまで、不安にさせていたなんて……これまでに一度も思わなかった。

 思いもしなかった。ジェレミアがこんなに悲しい思いをしていたなんて。

「言って置くが、俺はこれまでに浮気なんて、絶対にしていないぞ! どのご令嬢にも、一時だけの協力をお願いしていただけだ。ミレイユが俺のことを好きなら、止めてくれと言ってくれると思ったんだ。だが、君は黙って微笑むばかりで、何も言ってくれなかった」

 ジェレミアはこれまでの不安で悔しかった思いがこみ上げてしまったのか、涙で頬を濡らしていた。

 ……嘘でしょう。

 浮気者の婚約者を断罪するつもりだったけれど、こんなことになるなんて……浮気をしているかもしれない私が、何も言わなかったから、もっと不安になって傷つけていたってことなの?

 私は思わず彼に駆け寄って、ハンカチで涙を拭いた。両脇に居た兵士も、これはいけないと空気を読んだのか、ジェレミアの腕から手を放していた。

「ごめんなさい。ジェレミア。私が悪かったわ。何も言わなくて……本当にごめんなさい」

 私は彼の頬に手を置いて、そう言った。
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