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02 思い出せない
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エレインは兄カールにも一応ユアンに会うことを伝えようとは思っていたが、生憎カールは仕事が多忙で帰宅が遅くなり、彼女が出発するまでには帰宅しなかった。
(まあ……別に良いわ。ユアンがこうして私を招待してくれたくらいだし、お兄様は知らないけど……きっと、彼の方は仲直りしようと思ってくれているはずよ。どうせ、お兄様が彼に面倒なことを言い出したんだわ。いちいち口うるさいし面倒くさいんだもの)
もし、ユアンがカールをもう二度と会いたくないほどに嫌いならば、彼の妹のエレインを自ら主催する夜会へと招待して会おうとは決して思わないはずだ。
(ユアン……あの頃も素敵だったけど、どうかしら。今はどんな風に成長しているのかしら……なんだか楽しみだわ)
エレインも彼と会わなくなってからナバル侯爵家ユアンの噂を聞くことはあったが、彼はあまり夜会に出て行くことを好まないせいかそういう場所へ出席しなかったらしく「素敵な方だとは聞いているけど、どんな方なのかしらね」と聞いた程度で、特に会うこともなかった。
だが、彼もこれからナバル侯爵になるとなれば、誰かと会うことを避けている訳にもいかないだろうし、これからの交友関係を広げていくつもりなのかもしれない。
「あ……ここが、ナバル侯爵邸なのね……え。どうしたのかしら。早く来過ぎちゃったかしら?」
エレインは夜会が始まる前だというのに、邸前の人出の少ない様子を見て不思議に思った。
煌々とした灯りを見れば、人が居そうな気配もある。けれど、いつもならば何組ものカップルが会場入りしているところを見るのだが、今は誰も居ないようだ。
(ま……まあ、一番最初に会場入りする人はどんな夜会でも必ず居るのだから、今回は私がそういう人だったって……ことかしら?」
それほど早く来たつもりはなかったが、そういうこともあるのだろうと首を捻りつつ御者の手を借りて馬車を降りれば、エレインはドレスの裾を掴み招待客用にきっちりと整えられた道を辿った。
偶然通りがかった下男がドレス姿のエレインを見て、とても驚いたような顔をして邸の中へと去って行ったが、それを不思議に思った彼女は首を傾げつつ先へ進んだ。
「ようこそっ、おいでくださいました」
大ホールに続く扉の前に居た執事に感極まったような声で言われ、中へ入るように促され、困惑したエレインはますます良くわからなくなった。
(……何? 招待された夜会にやって来ただけなのに、どうしたのかしら)
ドレスの裾を掴み、エレインは会場入りした。
介添人の家庭教師が執事に呼び止められたのを横目で見たが、親しく話し始めたので、あの二人が旧知の仲で知り合いだったのかもしれないと特に気にせずに会場に入った。
「……え?」
エレインは信じられない光景を見て、コクンと息を呑んで驚いた。
確かにナバル家は王家に古くから仕え、貴族として権力を持つ家だ。邸の規模は豪邸で大ホールの天井には煌びやかなシャンデリアが飾られ、とても美しく豪奢だ。
あまりの光のまぶしさにエレインはその中にある空気さえも、きらめいているかのような錯覚を覚えた。
「ああ……久しぶりだね。エレイン。エレイン・バーンスワース伯爵令嬢」
会場に立って居た背の高い男性が、エレインに気がついたのか振り向いた。
最後に見たあの時から、すっかり大人の紳士へと成長したユアンは、色気ある気だるげな様子で入ってきたエレインを見た。
彼は一目見れば目を奪われてしまうと言っても過言ではないほどの美青年であったが、目を丸くしたエレインはそのことで驚いた訳ではない。
こんなにも大きな会場の中に、彼ただ一人がぽつんと立っていたからだ。
「あ。あの……ユアン? 私。貴方からナバル邸の夜会の招待状を頂いたと思うんだけど、もしかしたら、日付か時間を見間違えてしまったのかしら?」
これはもしかしたら自分の大失態なのかもしれないと、エレインは恥ずかしくなり顔を赤くした。
ナバル邸は彼の家なのだから、ユアンはここに居てもなんらおかしくない。もし、夜会でもないのに自分がこの場所に居るのならば、それは明らかにおかしいことだとはっきりと言い切れる。
「いいや……君は何も、間違えてないよ。エレイン」
ユアンはゆっくりとエレインの方向へと近づき、恭しく彼女の右手を取り手の甲へ手袋の上からキスを落とした。
「え? えっと……ごめんなさい。ユアン。これは、どういうことなの? 私……」
「ずっと、待っていたんだ。エレイン」
「えっ? ……どういうことなの? わからないわ。ユアン」
エレインは彼に訳がわからないと言わんばかりに聞き、ユアンは悲しそうな表情になった。
「どうして……今まで、来てくれなかったんだ。僕の手紙を返してくれもしなかっただろう」
「……何の話かしら。もう、ユアン。私、貴方が突然お兄様と喧嘩したって聞いて、会えなくてずっと寂しかったわ。けど、こうして今招待状をくれたから、久しぶりに会えると思ってやって来たのよ」
「……エレイン? もしかして、君にはあの時の記憶がないのか?」
エレインの言葉を聞いて、ユアンは眉をしかめた。
「記憶……? ちゃんとあるわ。兄と仲が良かった頃、貴方は良くバーンスワース邸に来ていたわよね。私なんて相手にしてなくて……頭を良く撫でて貰ったのを覚えているわ」
「いいや、エレイン……君は重要な出来事を、忘れてしまっているようだ。十五の誕生日、君は誕生日に僕にお願い事をしたんだ。それは……覚えているかい?」
ユアンがそう言ったので、エレインは彼に関する記憶を辿った。
(十五の誕生日? ……私は何をしたのかしら。どうして。思い出せないわ……毎年私の誕生日は、友人を招いて楽しく過ごすはずなのに……)
(まあ……別に良いわ。ユアンがこうして私を招待してくれたくらいだし、お兄様は知らないけど……きっと、彼の方は仲直りしようと思ってくれているはずよ。どうせ、お兄様が彼に面倒なことを言い出したんだわ。いちいち口うるさいし面倒くさいんだもの)
もし、ユアンがカールをもう二度と会いたくないほどに嫌いならば、彼の妹のエレインを自ら主催する夜会へと招待して会おうとは決して思わないはずだ。
(ユアン……あの頃も素敵だったけど、どうかしら。今はどんな風に成長しているのかしら……なんだか楽しみだわ)
エレインも彼と会わなくなってからナバル侯爵家ユアンの噂を聞くことはあったが、彼はあまり夜会に出て行くことを好まないせいかそういう場所へ出席しなかったらしく「素敵な方だとは聞いているけど、どんな方なのかしらね」と聞いた程度で、特に会うこともなかった。
だが、彼もこれからナバル侯爵になるとなれば、誰かと会うことを避けている訳にもいかないだろうし、これからの交友関係を広げていくつもりなのかもしれない。
「あ……ここが、ナバル侯爵邸なのね……え。どうしたのかしら。早く来過ぎちゃったかしら?」
エレインは夜会が始まる前だというのに、邸前の人出の少ない様子を見て不思議に思った。
煌々とした灯りを見れば、人が居そうな気配もある。けれど、いつもならば何組ものカップルが会場入りしているところを見るのだが、今は誰も居ないようだ。
(ま……まあ、一番最初に会場入りする人はどんな夜会でも必ず居るのだから、今回は私がそういう人だったって……ことかしら?」
それほど早く来たつもりはなかったが、そういうこともあるのだろうと首を捻りつつ御者の手を借りて馬車を降りれば、エレインはドレスの裾を掴み招待客用にきっちりと整えられた道を辿った。
偶然通りがかった下男がドレス姿のエレインを見て、とても驚いたような顔をして邸の中へと去って行ったが、それを不思議に思った彼女は首を傾げつつ先へ進んだ。
「ようこそっ、おいでくださいました」
大ホールに続く扉の前に居た執事に感極まったような声で言われ、中へ入るように促され、困惑したエレインはますます良くわからなくなった。
(……何? 招待された夜会にやって来ただけなのに、どうしたのかしら)
ドレスの裾を掴み、エレインは会場入りした。
介添人の家庭教師が執事に呼び止められたのを横目で見たが、親しく話し始めたので、あの二人が旧知の仲で知り合いだったのかもしれないと特に気にせずに会場に入った。
「……え?」
エレインは信じられない光景を見て、コクンと息を呑んで驚いた。
確かにナバル家は王家に古くから仕え、貴族として権力を持つ家だ。邸の規模は豪邸で大ホールの天井には煌びやかなシャンデリアが飾られ、とても美しく豪奢だ。
あまりの光のまぶしさにエレインはその中にある空気さえも、きらめいているかのような錯覚を覚えた。
「ああ……久しぶりだね。エレイン。エレイン・バーンスワース伯爵令嬢」
会場に立って居た背の高い男性が、エレインに気がついたのか振り向いた。
最後に見たあの時から、すっかり大人の紳士へと成長したユアンは、色気ある気だるげな様子で入ってきたエレインを見た。
彼は一目見れば目を奪われてしまうと言っても過言ではないほどの美青年であったが、目を丸くしたエレインはそのことで驚いた訳ではない。
こんなにも大きな会場の中に、彼ただ一人がぽつんと立っていたからだ。
「あ。あの……ユアン? 私。貴方からナバル邸の夜会の招待状を頂いたと思うんだけど、もしかしたら、日付か時間を見間違えてしまったのかしら?」
これはもしかしたら自分の大失態なのかもしれないと、エレインは恥ずかしくなり顔を赤くした。
ナバル邸は彼の家なのだから、ユアンはここに居てもなんらおかしくない。もし、夜会でもないのに自分がこの場所に居るのならば、それは明らかにおかしいことだとはっきりと言い切れる。
「いいや……君は何も、間違えてないよ。エレイン」
ユアンはゆっくりとエレインの方向へと近づき、恭しく彼女の右手を取り手の甲へ手袋の上からキスを落とした。
「え? えっと……ごめんなさい。ユアン。これは、どういうことなの? 私……」
「ずっと、待っていたんだ。エレイン」
「えっ? ……どういうことなの? わからないわ。ユアン」
エレインは彼に訳がわからないと言わんばかりに聞き、ユアンは悲しそうな表情になった。
「どうして……今まで、来てくれなかったんだ。僕の手紙を返してくれもしなかっただろう」
「……何の話かしら。もう、ユアン。私、貴方が突然お兄様と喧嘩したって聞いて、会えなくてずっと寂しかったわ。けど、こうして今招待状をくれたから、久しぶりに会えると思ってやって来たのよ」
「……エレイン? もしかして、君にはあの時の記憶がないのか?」
エレインの言葉を聞いて、ユアンは眉をしかめた。
「記憶……? ちゃんとあるわ。兄と仲が良かった頃、貴方は良くバーンスワース邸に来ていたわよね。私なんて相手にしてなくて……頭を良く撫でて貰ったのを覚えているわ」
「いいや、エレイン……君は重要な出来事を、忘れてしまっているようだ。十五の誕生日、君は誕生日に僕にお願い事をしたんだ。それは……覚えているかい?」
ユアンがそう言ったので、エレインは彼に関する記憶を辿った。
(十五の誕生日? ……私は何をしたのかしら。どうして。思い出せないわ……毎年私の誕生日は、友人を招いて楽しく過ごすはずなのに……)
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