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15 必要ない②

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「え! マリアローゼ! 様……!!」

 一瞬、心の中で呼んでいるように呼び捨てにしてしまいそうになったけれど、慌てて敬称を付けることに成功した。危ない。

 ……え。マリアローゼ……どうしてそんなにまで、怒っているの?

 憤怒の表情で、私を見つめる悪役令嬢マリアローゼ……なんで怒られているのかが、本当にわからないんだけど?

 彼女と一緒に居るはずの、婚約者であり王太子のジョヴァンニは何処に行ってしまったの?

「そこの、リンゼイ・アシュトン! この私があれほど忠告したと言うのに、殿下に用意して貰ったドレスを着るために、城で部屋まで用意してもらって、特別に支度してもらっていたですって? 信じられない。このっ……ただの平民のくせに! 殿下に近づくなと、あれほど言ってあったでしょう!」

 よっ……良く知ってるー! 私の動きを、もしかして……ずっと調べさせていたの?

 もし、ジョヴァンニのことがそこまで好きなのなら、やるべき事が違うようにも思えるけど……!

 私はずかずかと自分に迫り来るマリアローゼを呆然と見つめながら、何故か動くことは出来なかった。

 完全に、蛇に睨まれた蛙になっていた。後はもう蛇に丸呑みにされるだけってわかっているし、逃げても仕方ないっていう達観した諦めっていうか……怖すぎて動けないっていうか。

 無抵抗のまま、がしっと腕を持たれて、階段へと突き落とされ、落ちゆく私が咄嗟に思ったのは、せっかくレオナルドの誕生祝いに用意した贈り物が台無しになってしまうと言うことだった。

 ……駄目。これを渡して、ようやく、レオナルドに気持ちをわかってもらえるのに!

 落下していく時、ゆっくりと流れる時間の中で、贈り物を庇って丸くなった私の体は、誰かに抱きしめられた。

 強い衝撃の後、私は腕の中にあった小さな箱を確認していた。

「わ……良かった」

 若干、紙がよれているけれど、無事だった。これなら、渡せる。

「マリアローゼ! お前、なんと言う事を!」

 怒った声が近くで聞こえて、階段から落ちた私を助けてくれた人の顔を、その時に初めて確認した。

 ……レオナルドだ。こんな近くで、久しぶりに見た。

「レオナルド先輩?」

「おい! 逃げるな!」

 逃げて行っているらしいマリアローゼを、立ち上がりすぐさま追おうとしているレオナルドの腕を、私は慌てて掴んだ。

「こ、これ!!」

「……リンゼイ。なんだ? 今、それどころでは」

 レオナルド……! 今、読んで。今なら、勢いに任せて、恥ずかしくないから!

「良いから! 手紙を読んでください!! とにかく!!」

 今、レオナルドが行ってしまえば、またチャンスを逃してしまうかもしれない。

 私は必死でレオナルドに縋り、彼は戸惑っていたけれど、大きく息をつくと私の渡した小箱を開いた。

「懐中時計? 誕生日の贈り物か……ありがとう」

 誕生日の贈り物だと気がついたのか、レオナルドは嬉しそうだ。

 ……良かった。彼が嬉しそうだと、私も嬉しい。

「はい。あの……手紙の方も……」

 おずおずと肝心の手紙を指差した私に、レオナルドは畳まれた手紙を読んで、驚いた表情になった。

「どうして、これを先に言わない……というか、内容を読むと、言えなかった、が正しいんだな。リンゼイ」

「……はい」

 私はそう言って、何も言えなくなった。

 本当に私は恋愛が下手だし、ここで言うべき言葉なんて思いつかない。

 けど、ジョヴァンニは気持ちさえ伝えれば、レオナルドに任せれば良いって言っていた。

 実際のところ……それだけではなかった。

 これはゲーム画面を通じては、絶対にわからない感覚なのかもしれない。

 今は、肌に触れる空気さえ熱い。そんな気がする。

 じっと間近でレオナルドに見つめられて、言葉はもうなくて良いかもしれないと思った。きっと、なにもかも伝わるだろうって。

 レオナルドの事が好きだって、そういう真っ直ぐな気持ちが。

「俺も好きだった。リンゼイ。けど……」

 ジョヴァンニの事を言いかけたんだと思うけれど、レオナルドはふっと微笑んで何も言わなくなった。

 彼だって私と同じことを、思ったのかもしれない。

 見つめ合って、ただそれだけで、二人の間には食い違いそうな言葉なんて、もうここで必要ない。

 ……もう何か声で伝えるよりも、行動で示した方が早いかもしれないって。
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