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49 対等②
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「ねえ……オレリー。すごく健康になったわね。あの特効薬を、誰が開発してくれたのか、知っているの?」
興奮しているのか、荒くなって来た息を落ち着かせるように、オレリーは胸を押さえて深呼吸していた。
「……いいえ? 誰か高名な学者では、ないのですか?」
「ジュストが私の妹が苦しんでいるから助けて欲しいと、お父様に言ってくれたそうよ。彼のお父様は学者で難病を治す研究してたんだけど、何を研究するかは無作為に決めていたそうだから、オレリーが今健康なのならば、それは偶然ではないわ。すべて……ジュストが、私のためにしてくれたことなの」
ジュストのお父様で現リュシオール男爵は、自分の好きな研究だけ出来て居れば良いと思うようなそんな欲のない人らしい。
陛下からの叙爵の話だって、自分にはどうでも良いと話していたというのに。
ただ、息子の頼みを聞いてオレリーの掛かっていた先天性の病が良くなるような特効薬を、彼は作ってくれただけなのだ。
「それは……」
オレリーもジュストが自分の病を治すために動いてくれていたなんて、これまでに思っても居なかったようだ。
たとえ、姉の私を愛しているからという理由からだとしても、少し動けば呼吸が苦しくなり、ほぼ動けないオレリーの身体を楽にしてくれた恩人だ。
私だって、とても感謝している。
「前々から貴女の言っていた通り、健康な身体を持っている私には、オレリーがこれまでにどれだけ苦しかったかなんてわからない。けれど、恩人のジュストにこんなことをしてしまって良いの? 私とジュストの結婚を邪魔して、それで満足なの?」
私の問い掛けにオレリーは呆然としていた。本来ならば、優しい子なのだ。身体さえ病魔が巣くわなければ、こんなことなんて、絶対にしないと言い切れるくらいに。
「ミシェルお姉さま……」
「私……オレリーが健康になれば良いって、ずっと願っていた。ずっとよ。貴女のことを自分の妹として、とても愛していたの。苦しそうにしている時は、自分も苦しくなるくらいにすごく辛かった。貴女のことを、心から愛していたから」
私が我慢できずに涙を流していることに気が付き、オレリーはとても悲しそうな表情になった。
「オレリーが健康になれば、ずっと言いたかったことがあるの……ジュストのおかげで、今それが叶ったわ」
ずっと言いたかった。けれど、運悪く病弱に産まれた妹には、これだけは言ってはいけないって思っていた。私は健康で運が良かった。だから、我慢しなくてはいけない。
オレリーが儚くも亡くなってしまうか、オレリーが健康になるまで、ずっと。
「ミシェルお姉さま……」
私はいつでも、何もかもオレリーに譲って来た。可哀想なオレリー。普通の子どもが楽しむようなことが何も出来ない。少し油断してしまえば、命がすぐに尽きてしまう。
可哀想なオレリー……けれど、そんな妹に何もかも奪われてしまう私はどうなの……?
「オレリー。私も貴女も、健康よ。だから、今ここで姉妹として対等の立場で、物を言わせてもらうわ。私が持っている物を取らないで。もし、欲しいと思ったならば、お父様に自分の口でお願いして、同じものを買ってもらいなさい」
「はい。ごっ……ごめんなさい。お姉さま」
大きなショックを受け震えているオレリーは、もし身体が弱いままなら倒れていたかもしれない。
けれど、健康になった妹はこの程度で倒れたりしない。
……本当に、良かったわ。
「私の愛する人を、取らないで。ジュストは私と結ばれるために、これまでにどれだけの努力を重ねたと思うの? あの人は、私と結婚するの。絶対に貴女に譲ったりなんかしない。オレリーは自分で愛する人を見付けなさい。もっと健康になれば、誰にも甘やかしては貰えないわよ。一人でも生きていけるようになりなさい。私だって、もう甘やかさないわ」
「ミシェルお姉さま……そんな」
「そんな風に、泣いても駄目よ。オレリー。だって、貴女はもう可哀想な病弱の女の子ではないもの。健康で誰かに同情されるような子ではなくなったの。対等なのよ。私たち……もしこれ以上、何か言いたい事があるのなら、こうして二人きりではなく、誰か第三者を入れて、また話し合いましょう。そこで通用するような言い分を用意しなさい」
私はそう言って、呆然としている妹オレリーを置いて部屋から出て行った。
もう病弱ではないのならば、ここからはすべての人と対等になる。これまでの私のように、健康な姉だからと何もかも許してはくれない。
だから、そんなあの子から縋りつかれても手を離す……これが、私があの子の姉として今してあげられる最大限のことだった。
興奮しているのか、荒くなって来た息を落ち着かせるように、オレリーは胸を押さえて深呼吸していた。
「……いいえ? 誰か高名な学者では、ないのですか?」
「ジュストが私の妹が苦しんでいるから助けて欲しいと、お父様に言ってくれたそうよ。彼のお父様は学者で難病を治す研究してたんだけど、何を研究するかは無作為に決めていたそうだから、オレリーが今健康なのならば、それは偶然ではないわ。すべて……ジュストが、私のためにしてくれたことなの」
ジュストのお父様で現リュシオール男爵は、自分の好きな研究だけ出来て居れば良いと思うようなそんな欲のない人らしい。
陛下からの叙爵の話だって、自分にはどうでも良いと話していたというのに。
ただ、息子の頼みを聞いてオレリーの掛かっていた先天性の病が良くなるような特効薬を、彼は作ってくれただけなのだ。
「それは……」
オレリーもジュストが自分の病を治すために動いてくれていたなんて、これまでに思っても居なかったようだ。
たとえ、姉の私を愛しているからという理由からだとしても、少し動けば呼吸が苦しくなり、ほぼ動けないオレリーの身体を楽にしてくれた恩人だ。
私だって、とても感謝している。
「前々から貴女の言っていた通り、健康な身体を持っている私には、オレリーがこれまでにどれだけ苦しかったかなんてわからない。けれど、恩人のジュストにこんなことをしてしまって良いの? 私とジュストの結婚を邪魔して、それで満足なの?」
私の問い掛けにオレリーは呆然としていた。本来ならば、優しい子なのだ。身体さえ病魔が巣くわなければ、こんなことなんて、絶対にしないと言い切れるくらいに。
「ミシェルお姉さま……」
「私……オレリーが健康になれば良いって、ずっと願っていた。ずっとよ。貴女のことを自分の妹として、とても愛していたの。苦しそうにしている時は、自分も苦しくなるくらいにすごく辛かった。貴女のことを、心から愛していたから」
私が我慢できずに涙を流していることに気が付き、オレリーはとても悲しそうな表情になった。
「オレリーが健康になれば、ずっと言いたかったことがあるの……ジュストのおかげで、今それが叶ったわ」
ずっと言いたかった。けれど、運悪く病弱に産まれた妹には、これだけは言ってはいけないって思っていた。私は健康で運が良かった。だから、我慢しなくてはいけない。
オレリーが儚くも亡くなってしまうか、オレリーが健康になるまで、ずっと。
「ミシェルお姉さま……」
私はいつでも、何もかもオレリーに譲って来た。可哀想なオレリー。普通の子どもが楽しむようなことが何も出来ない。少し油断してしまえば、命がすぐに尽きてしまう。
可哀想なオレリー……けれど、そんな妹に何もかも奪われてしまう私はどうなの……?
「オレリー。私も貴女も、健康よ。だから、今ここで姉妹として対等の立場で、物を言わせてもらうわ。私が持っている物を取らないで。もし、欲しいと思ったならば、お父様に自分の口でお願いして、同じものを買ってもらいなさい」
「はい。ごっ……ごめんなさい。お姉さま」
大きなショックを受け震えているオレリーは、もし身体が弱いままなら倒れていたかもしれない。
けれど、健康になった妹はこの程度で倒れたりしない。
……本当に、良かったわ。
「私の愛する人を、取らないで。ジュストは私と結ばれるために、これまでにどれだけの努力を重ねたと思うの? あの人は、私と結婚するの。絶対に貴女に譲ったりなんかしない。オレリーは自分で愛する人を見付けなさい。もっと健康になれば、誰にも甘やかしては貰えないわよ。一人でも生きていけるようになりなさい。私だって、もう甘やかさないわ」
「ミシェルお姉さま……そんな」
「そんな風に、泣いても駄目よ。オレリー。だって、貴女はもう可哀想な病弱の女の子ではないもの。健康で誰かに同情されるような子ではなくなったの。対等なのよ。私たち……もしこれ以上、何か言いたい事があるのなら、こうして二人きりではなく、誰か第三者を入れて、また話し合いましょう。そこで通用するような言い分を用意しなさい」
私はそう言って、呆然としている妹オレリーを置いて部屋から出て行った。
もう病弱ではないのならば、ここからはすべての人と対等になる。これまでの私のように、健康な姉だからと何もかも許してはくれない。
だから、そんなあの子から縋りつかれても手を離す……これが、私があの子の姉として今してあげられる最大限のことだった。
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