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46 所有欲①
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お父様は『ここは、二人で話をしなさい』と言って席を立った。
お父様にもオレリーが嘘を言っているとわかってはいるけれど、あの子がそう主張している限り、どうにもならないと考えているのだろう。
だって、私の護衛騎士として、ジュストは確かにサラクラン伯爵邸に常に居たんだから、オレリー自身がそう言うのなら、いくらでも機会はあっただろうと思われるし、二人はそういう仲なのかもしれないと思われてしまう。
ああ。オレリーがあんなことを言い出すなんて、本当に思いもしなかった。
……けれど、思い返してみれば、オレリーは幼い頃から姉の私の持っているものを良く欲しがった。
あれを言い出してはみたけれど、あの子はジュストのことを好きで結婚したいという訳ではないと思う……ただ、姉の私が持っているから欲しいと思っているだけで。
結婚したいと言い出した私に、ジュストは性格が悪いと言いに来たくらいだから、それなりに彼のことだって知っているはずだし……。
「すぐに、医者を呼びましょう。ミシェル」
「え? 医者を……? けれど、何のために?」
無言で考え込んでいたジュストはそう言い、私はそれは何故なのかと驚いた。
「いえ。オレリー様にとってはそれは屈辱的な診察になるかもしれませんが、処女か処女ではないかは、簡単に見分けがつきますので。申し訳ありませんが、僕も濡れ衣を着せられるのは迷惑です」
淡々とそう言ったジュストは、オレリーがついた嘘を暴くための方法を考えていたらしい。
「……そうなの?」
「ええ。箱入り娘のミシェルは知らないと思いますが、女性には処女膜というものが……いえ。それは良いんです。ですが、そんな風にあれは簡単に証明出来る嘘です。どうしてオレリー様が、あんなことを言い出したかを考える方が良いかもしれません。でなければ、また何かで僕らの結婚を邪魔されてしまうかもしれませんし」
確かに私にはジュストが何のことを言っているのかわからなかったけれど、嘘をついたオレリー本人だってすぐバレてしまう嘘だとわかっていたはずだ。
けれど、これを言い出した。あの子には理由があった。
「私……ジュストには、これまでに言っていなかったけど」
「何ですか?」
ジュストは言い辛そうに切り出した隣に座る私を見て、不思議そうにしている。
これは彼がこの邸に来る前の話だし、その時既に葛藤がなくなった私には当然のことだったから、ジュストは知らなくても無理はない。
「あの子は、産まれた時から虚弱体質で……長くは生きられないと、医者に診断されて……私はすごく悲しかったわ」
「ええ……そうですね。ミシェルはオレリー様のために、これまで出来るだけのことをしていたと思います」
ジュストの見えていた部分ではそうだろう。私だって、そう見えるように振舞っていた。
「だから、私はあの子が欲しがるものは、何もかも与えた。私も幼かったし、何をしてあげたら良いかわからなくて……そのくらいしかしてあげられないと思っていたの。あの子が欲しがりそうなものは、先んじて与えていた。何もかもあげたわ。お気に入りのぬいぐるみ、仕立てたばかりのドレス……お父様はそれを見ていて、私に物を与える時は二つくれるようになったわ。あの子が、必ず欲しがるようになったから」
両親だって私が健康な身体を持つ姉だからと、病弱なオレリーを優先した罪悪感は常に持っていたと思う。けれど、そうせざるを得なかったのもわかる。
誰が見たとしてもあの子の命の期限は、すぐそこまで迫ってきていた。
「それは……嫌だったでしょう」
ジュストはそう言って、私の背中を撫でた。
……ええ。そうだった。嫌だった。本当は私のものを返して欲しいって、泣き喚きたかった。けれど、出来なかった。あの子はもうすぐ、死んでしまうかもしれない。姉の私は健康な身体で、長生きが出来る。だから、常に我慢するべきだった。
オレリーはとても可哀想だから。
お父様にもオレリーが嘘を言っているとわかってはいるけれど、あの子がそう主張している限り、どうにもならないと考えているのだろう。
だって、私の護衛騎士として、ジュストは確かにサラクラン伯爵邸に常に居たんだから、オレリー自身がそう言うのなら、いくらでも機会はあっただろうと思われるし、二人はそういう仲なのかもしれないと思われてしまう。
ああ。オレリーがあんなことを言い出すなんて、本当に思いもしなかった。
……けれど、思い返してみれば、オレリーは幼い頃から姉の私の持っているものを良く欲しがった。
あれを言い出してはみたけれど、あの子はジュストのことを好きで結婚したいという訳ではないと思う……ただ、姉の私が持っているから欲しいと思っているだけで。
結婚したいと言い出した私に、ジュストは性格が悪いと言いに来たくらいだから、それなりに彼のことだって知っているはずだし……。
「すぐに、医者を呼びましょう。ミシェル」
「え? 医者を……? けれど、何のために?」
無言で考え込んでいたジュストはそう言い、私はそれは何故なのかと驚いた。
「いえ。オレリー様にとってはそれは屈辱的な診察になるかもしれませんが、処女か処女ではないかは、簡単に見分けがつきますので。申し訳ありませんが、僕も濡れ衣を着せられるのは迷惑です」
淡々とそう言ったジュストは、オレリーがついた嘘を暴くための方法を考えていたらしい。
「……そうなの?」
「ええ。箱入り娘のミシェルは知らないと思いますが、女性には処女膜というものが……いえ。それは良いんです。ですが、そんな風にあれは簡単に証明出来る嘘です。どうしてオレリー様が、あんなことを言い出したかを考える方が良いかもしれません。でなければ、また何かで僕らの結婚を邪魔されてしまうかもしれませんし」
確かに私にはジュストが何のことを言っているのかわからなかったけれど、嘘をついたオレリー本人だってすぐバレてしまう嘘だとわかっていたはずだ。
けれど、これを言い出した。あの子には理由があった。
「私……ジュストには、これまでに言っていなかったけど」
「何ですか?」
ジュストは言い辛そうに切り出した隣に座る私を見て、不思議そうにしている。
これは彼がこの邸に来る前の話だし、その時既に葛藤がなくなった私には当然のことだったから、ジュストは知らなくても無理はない。
「あの子は、産まれた時から虚弱体質で……長くは生きられないと、医者に診断されて……私はすごく悲しかったわ」
「ええ……そうですね。ミシェルはオレリー様のために、これまで出来るだけのことをしていたと思います」
ジュストの見えていた部分ではそうだろう。私だって、そう見えるように振舞っていた。
「だから、私はあの子が欲しがるものは、何もかも与えた。私も幼かったし、何をしてあげたら良いかわからなくて……そのくらいしかしてあげられないと思っていたの。あの子が欲しがりそうなものは、先んじて与えていた。何もかもあげたわ。お気に入りのぬいぐるみ、仕立てたばかりのドレス……お父様はそれを見ていて、私に物を与える時は二つくれるようになったわ。あの子が、必ず欲しがるようになったから」
両親だって私が健康な身体を持つ姉だからと、病弱なオレリーを優先した罪悪感は常に持っていたと思う。けれど、そうせざるを得なかったのもわかる。
誰が見たとしてもあの子の命の期限は、すぐそこまで迫ってきていた。
「それは……嫌だったでしょう」
ジュストはそう言って、私の背中を撫でた。
……ええ。そうだった。嫌だった。本当は私のものを返して欲しいって、泣き喚きたかった。けれど、出来なかった。あの子はもうすぐ、死んでしまうかもしれない。姉の私は健康な身体で、長生きが出来る。だから、常に我慢するべきだった。
オレリーはとても可哀想だから。
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