上 下
30 / 66

30 手紙③

しおりを挟む
◇◆◇


「こっ……来ないのですか?」

 クインシー侯爵邸で開かれたお茶会で隣に座ったジュストの義母トリアノン女侯爵フィオーラ様は、色気あるとんでもない美女で、初対面の私でもわかるほどに有能そうな女性だった。

 手練手管でその地位にまでのし上がったと聞けば、おそらくそうなのだろうと思う。

 けれど、挨拶を終わらせた途端におもむろに『ジュストは今日、事情で来ないわ』と耳打ちされて、私は驚き過ぎて目を見開いた。

 嘘でしょう。

 今日、ジュストに会えると思っていた私は、大袈裟ではなくまるで天国から地獄に落ちてしまったような気分だった。

「ええ。残念だわ。私、義理の息子に伝言を頼まれただけなの。あの子も色々あるらしくて……ごめんなさいね」

 何も悪くない美女にすまなそうに謝罪されて、私はこう言うしかなかった。

「いっ……いえ。私もそれは、仕方ないと思っています。ええ。大丈夫ですわ」

 私だって、何か事情があれば約束が反故になってしまうことは仕方ないと思える。けれど、残念だと思う気持ちを、すべて飲み込めるかと言われれば、それはまた別の問題で……。

「顔色が悪いわ。大丈夫?」

 てきめん顔に出てしまった私は、初めてお会いしたフィオーラ様にこれ以上気を使わせてしまう訳にもいかずに立ち上がった。

「ええ。少し、涼んで来ますわ……」

 一通り参加者の挨拶も済んだことだし、今日のお茶会は大規模に開催されていて人数も多い。私が一人抜けたところで、ほぼ気が付かれないし支障はないはずだ。

 ……会えると思っていたのに……本当にショック過ぎて、私に付いて来ようとした新しい護衛騎士に首を横に振って『付いて来ないで』と示した。

 彼も私がひどく落ち込んで涙目になっている様子を見て『これは関わらない方が良い』と判断したのか、神妙な顔で頷いて元の位置に戻っていた。

 別に護衛騎士なんて居なくても……クインシー侯爵家は力ある貴族だし警備の数も多くて、私が庭園をうろうろしていても別に危険なんてないわよ……そんな時でもジュストは、私の傍を離れなかったけど……ジュストではないし……。

 私は人気のない庭園のベンチに腰掛けて、目の端に付いていた涙を拭った。

「ジュストの馬鹿……ジュストの嘘つき。本当に、ひどい人……」

 今日、久しぶりに会えると思っていたから、気分の上下の落差が開きすぎていて、どうしても落胆していしまう気持ちは隠せなかった。

 私はジュストに会いたかったのに、こんなにも会いたかったのに……会えないんだ。

 頬に流れ落ちる涙を拭っていた私は、誰かにハンカチを渡されて、何気なく見上げて息が止まりそうになった。

「お嬢様は僕が居ないと駄目な、仕方ない人ですね。そんなに、会いたかったんですか?」

 私が良く見ていた護衛騎士ではない紳士の恰好をしたジュストは、軽い動作で私の隣に座りいつものようににっこりと可愛らしい顔で微笑んだ。

「どっ……どうして?」

 さっき、私は彼の義母に『今日はジュストは来ない』と、聞いたばかりなのに。

「いえ。こうでもしないと、ミシェルお嬢様の護衛騎士は居なくならないでしょう。すみません。僕が来ないと義母は言いましたけど、この通りあれは嘘です」

 久しぶりに会ったジュストは、いつも通り『全部僕の計算通りです』みたいな涼しい顔をして肩を竦めた。

しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約破棄されて追放された私、今は隣国で充実な生活送っていますわよ? それがなにか?

鶯埜 餡
恋愛
 バドス王国の侯爵令嬢アメリアは無実の罪で王太子との婚約破棄、そして国外追放された。  今ですか?  めちゃくちゃ充実してますけど、なにか?

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

元王妃は時間をさかのぼったため、今度は愛してもらえる様に、(殿下は論外)頑張るらしい。

あはははは
恋愛
本日わたくし、ユリア アーベントロートは、処刑されるそうです。 願わくは、来世は愛されて生きてみたいですね。 王妃になるために生まれ、王妃になるための血を吐くような教育にも耐えた、ユリアの真意はなんであっただろう。 わあああぁ  人々の歓声が上がる。そして王は言った。 「皆の者、悪女 ユリア アーベントロートは、処刑された!」 誰も知らない。知っていても誰も理解しない。しようとしない。彼女、ユリアの最後の言葉を。 「わたくしはただ、愛されたかっただけなのです。愛されたいと、思うことは、罪なのですか?愛されているのを見て、うらやましいと思うことは、いけないのですか?」 彼女が求めていたのは、権力でも地位でもなかった。彼女が本当に欲しかったのは、愛だった。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら
恋愛
 婚約相手のいない婚約式。  通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。  ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。  さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。  けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。 (まさかのやり直し……?)  先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。  ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...