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02 婚約者と妹

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 幼い頃からとある家の事情で決まっていた私の婚約者ラザール様は、いずれ公爵家を継ぐ方で、本来であれば伯爵令嬢の私なんかよりも、地位が高く美しい令嬢と結ばれる方であったはずだ。

 けれど、貴族同士の抱えるややこしい事情で彼は私の婚約者となり、私たち二人はそれなりに仲良くしていた。

 週に一度、私は婚約者ラザール様と恒例のお茶会をしていた。お互いの邸で交互に開催するのだけど、その時はちょうど我がサラクラン伯爵邸だった。

 そして、ほんのひと月前に、彼は偶然に散歩していた妹オレリーを見掛けたのだ。

 最近は、まるで奇跡が起きたかのように著しく体調が良くなっているオレリーは、出歩くことも出来るようになり、ゆっくりとした足取りで庭を散歩していた。

 妹はお茶をしていた私たち二人に微笑み、軽く挨拶して通り過ぎただけだ。

 ただそれだけで、あの子は、私の婚約者の心を奪っていった。

 ……別に、オレリーは悪くない。

 それは私だって、良く理解している。

 あの子は性格も良くて可愛いだけ。姉の私なんかよりも、とっても可愛く清楚で男性の好みそうな容姿を持っているだけ。ただそれだけで、何も悪くない。

 婚約者のラザール様だって、悪くない。

 私の魅力的な妹に一目見て恋をしただけだもの。

 婚約者の私の前ではいつも通りで、妹オレリーのことを好きになったことは悟らせなかったけれど、私の両親には婚約者をオレリーに変更出来ないかと密かに打診していたのだ。

 それは今更難しいと断られて諦めたようだけど、たった一度見たオレリーと結婚したいとまで思ったのなら、それはそれで、オレリーの姉として喜ばしいことなのかもしれない。

 姉の私は頭では理解しつつも、割り切れない複雑な気持ちを抱えていた。

 オレリーだって、この前に初めて挨拶することの出来たラザール様のことは、好ましく思って居るようだった。

 『本当に格好良くて素敵なお義兄様で、お姉様の結婚式が楽しみですわ』と、頬を染めてそう言っていたもの。

 いえいえ。これでは……なんだか、姉の私がまるで、相思相愛の二人の邪魔者みたいよね。

 私という邪魔者さえ居なければ、彼ら二人はすぐに結ばれるだろう。そうして、幸せに過ごすの。

 それをわかりつつラザール様と結婚して生きていくなんて、私はあまりにも辛過ぎない?

 だから、悩みに悩んだ末に、私は家を出ることにした。『この人と結婚したかった』と思っている二人に挟まれて生涯過ごすなんて、絶対に嫌だったから。

 到着した場所から逃げるように駆け出し考えごとを歩いていたら、村の中心部から民家の方へ迷い込んてしまったことに気が付いて慌てた。

 ここって、一体……何処なの?

 見回せば田舎らしい人っ子一人見えない同じような風景が広がっていて、さっき到着した賑わっている場所からはだいぶ離れてしまっていた。

 ……だって、私はこの村に住むにしても、家を探したり、宿屋に何日か滞在する予定だった。

 いけない。さっきの場所まで、戻らないと!

「あの、お嬢さん! どうかしたんですか?」

 どう戻るべきかときょろきょろして周囲を確認していた私に、声を掛けてきてくれた若い男性の村人を見て、私はほっとして息をついた。

 だって、彼は見るからに柔和な顔つきで優しそうな男性で、感じ良くにこにこと微笑んでいた。

 良かった。彼に聞けば、迷ってしまったにしても、なんとかなりそうだわ。

「……あ。私。実は、この村、初めて来たんです。どうやら、迷ってしまったようで」

 良い年齢をした迷子であることを恥ずかしくなりつつ私が言えば、彼はそういうことですかと言わんばかりににっこり笑って言ってくれた。

「ああ。そうなんですね。良かったら、僕が案内しましょう。行き先を教えてください」

「宿屋へ行きたいんです」

「そうなんですか。もしかして、こちらへは旅行で?」

「いえ。こちらに移り住む予定なんです。良いところだと、ある人から聞いていて……」

 そうよ……もしかしたら、この人ともご近所になるかもしれないし、愛想良くしておく方が良いわよね。

「ええ。その通り、良い村ですよ……その大きな鞄、お嬢さんには、重いでしょう。良かったら、僕が持ちましょうか?」

 親切な言葉に頷いて、私は彼に荷物を手渡そうとしたところで、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

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