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06 焼肉

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「それは……婚約中の不貞が理由で、しかも婚約解消の理由に嘘をついたってことで、相応の慰謝料を取れます」

「え?」

「すぐに、弁護士に連絡しましょう……あ。これ、使ってください。叔父の弁護士事務所です。身内だからって良く言うこともないんですが、人を助けたくて弁護士になった熱い人で、良心的な価格で有名です」

 矢継ぎ早に告げた七瀬くんは、鞄の中からあたふたと名刺を出して、私に渡してくれた。

「えっ……あ。ありがとう。けど、私はそんな……お金なんて」

 私だって元婚約者に恋をしていたかと言われたら、そうではない。お互いに条件を妥協をしての婚約だったし……けど、あんな風に、自分が粗末に扱われたことが辛かった。

 あれならばまだ、素直に好きな人が出来たから悪かったと言ってくれれば良かった。

 お涙頂戴の作り話までして、周囲を丸め込み、そして、元婚約者だった私を、疑いもしないのかと心底馬鹿にしていた。

 そんな風な扱いをされた自分にも、腹が立っていたし、もう胸の中は悔しさやら悲しさやら、後悔だったりがぐるぐると渦巻いて、涙は溢れて止まらないし、もうぐちゃぐちゃだった。

「お姉さん」

 七瀬くんは私の肩を持って名前を呼び、目を合わせた私を真剣な眼差しで見つめた。

「……いつまでも。やられっぱなしで、良いんですか」

「それは……」

「俺も……お姉さんもそう思っていると、思いますけど、そういう話ならば、正直に他に好きな人が出来たって言えば、お姉さんは祝福したと思います」

「したわ……きっと、したわ」

「けど、しなかった。婚約までしたのに浮気して嘘をついて、お姉さんに真正面からぶつかって責められることを、避けようとしたんです。しかも、別れ際に暴言。悪質で狡い男ですし、どう考えても酷いです。訴えましょう」

「私だって正直に言ってくれれば、それで良かったと思ってる……けど、彼にとって私にはそれだけの……何の価値もないんだと思って……悲しくて……」

 また、ハンカチで目元を押さえた私に、七瀬くんは言った。

「そんなにも……非道な男からお金貰うのに罪悪感があるなら、俺に焼肉おごって下さい。これからの日本の未来を背負う、立派な青少年への投資です。お姉さんが悲しんでいることは、法律で禁じられています。法律を犯したのは先方なので、ここは感情を切り離して訴えましょう。そして、俺は焼肉が食べたいです」

 「え? ……焼肉?」

 ぽかんとしてしまった私に、七瀬くんは微笑んだ。

「はい。俺、肉なら、めちゃくちゃ食いますよ。だから、慰謝料で焼肉奢って下さい。その悲しみ、決して、無駄にしないでください」

 七瀬くんの瞳にある虹彩が見えるほどに、彼の目は純粋に透き通っていて綺麗だ。私だって、高校生の頃には、きっとそうだったのかもしれない。

 どこで、そうではなくなってしまったのだろう。諦めを覚え妥協を覚え、私は周囲に合わせて大人になった。

 求められるがままに妥協して、婚約したのにすぐに解消になり、そして、酷いことをされたのに、波風を立てたくないと何も言わずに我慢して妥協をしようとしている。
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