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18イリス

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 イリスはユベルと共に宿泊した教会を出て、領主の屋敷へ向かった。
 真っ先に向かうのはアオイの部屋。

「アオイ、調子はどうだ」

 ユベルが明るい声をかける。アオイは三日前に目覚め、上体を起こせる程度に回復していた。
 室内には他の団員も一人いた。ユベルが魔物の尻尾を刎ね飛ばしたとき、とっさにアオイを突き飛ばした団員、ロランだ。彼もユベルと共に自責の念に駆られ、アオイの元へ日参している。

「イリス、ユベル、おはよう」

 アオイが明るい笑顔を見せた。昨日までは首を少し動かすだけでも辛そうだったが、今朝はそれがない。

「お。その様子だと、昨日よりだいぶ良さそうだな」
「うん。昨日二人が帰ったあとも、主教様がつきっきりで治療してくださって。かなり楽になってきてる」
「主教様、すごいな」
「うん。ぼくだけじゃなく、他の皆の治療もしているそうだから、ぼくよりも主教様のほうが倒れないか心配だよ」

 主教は毎日倒れている。倒れた彼を団長が抱きかかえて連れていく光景はもはや日常だ。知らないのは負傷者だけだが、それを今教える必要はなく、イリスたちは黙って頷く。

「アオイは人の心配よりも、自分のことだけ考えてろ。早く元気になってくれ」
「そうだね。でも本当に楽になってきたから、もう大丈夫だよ。皆、そんなに毎日顔見に来なくてもいいから」
「いや。完治するまでくる」

 イリスは真顔ですかさず言った。アオイと目があう。その直後、冗談めかして付け加える。

「アオイが治るまで、他にすることもないし」
「そ、そっか」

 アオイもつられたように笑う。

「ぼくが治らないと、次の場所にも行けないもんね。怪我してない人は一旦家に戻れないのかな」
「そういう話もあったようだが、結局待機になった」
「まあ、壊れた街の復興の手伝いが必要だったり、なにかとすることはあるんだ」

 扉がノックされ、主教と団長が入ってきた。

「おや、皆さんお早いですね」

 主教は部屋にいた一人一人と目をあわせて挨拶を交わし、アオイのベッド脇の椅子に腰かける。

「さて。早速はじめましょうか」
「全員、部屋から出てくれ」

 団長が指示する。ユベルとロランが扉へ向かう。イリスはアオイに手を伸ばし、上掛けから出ていた彼の手に触れると、

「また来るから」

 と小声で告げて素早く離れ、ユベルの後を追った。
 廊下へ出ると、ユベルが扉を振り返って呟く。

「主教様が治療で各部屋をまわられるときも、団長が傍につくようになったな」
「主教様、倒れるまで無理をするから。誰かそばにいないとってことだろう。団長なら魔力補給もできるし」
「神殿騎士でヒーラーのエロワじゃなくて、なんで団長がつくんだ」

 エロワが適任なのはイリスも同意だ。しかしユベルの文句に、答えを持つ者はその場にいない。

「団長は忙しいだろうに……俺もヒーラーだし、俺でもよければ傍につくんだけど」

 そう呟きながら扉をじっと見つめる彼の横顔を見たら、イリスは気持ちが沈み、目を背けた。

「ユベル、行こう。治療はしばらくかかるし、他の団員たちにも声をかけよう」
「そうだな」

 用があるというロランと別れ、負傷者の部屋へ行き、動けない者の世話をしてまわった。

「なあイリス。主教様の治癒魔法ってさ、死者を生き返らせることはできないんだよな」
「ああ。それから、外傷の治療はできるが、病気の治療はできないとも話していた」
「そうか……アオイ、生きていてくれてよかった。あのとき、死んでいても不思議じゃない状態だったよな」
「そうだな。もしあの場に主教様がいなかったら、助からなかっただろう」
「アオイがあのとき死んでいたら、俺も責任とって死ぬしかなかったと思うんだ。俺の命くらいじゃ責任とれないけど。でもそう思うと主教様は、俺の命の恩人でもあるんだよな」

 そんな話をしみじみしながら一通り世話を終えると昼近くになった。

「まだ時間があるな。イリス、どこかで昼食食べようか」
「ああ」

 午後は瓦礫除去を手伝う予定が入っているので、自由時間はあと少し。屋敷を辞し、二人で繁華街へ出る。
 屋敷の最寄りの繁華街は魔物の被害がなかった区域で、飲食店も多くある。しかしそこではなく、あえて被災区域へ足を運んだ。ささやかながら被災地支援のつもりだ。
 倒壊し、焼け残った家屋とその残骸で埋め尽くされた街。しかし人々の活気は失われておらず、瓦礫除去作業が盛んに行われている。瓦礫の中で、簡易の屋台を出して商売をしている者もいる。そのうちの一つの屋台で昼食をとることにした。
 この地方の郷土料理だという麺料理を注文し、瓦礫の上にすわって食べる。ユベルは侯爵家の出自で、王都で生まれ育った人間だ。このような場所で食事をすることを嫌がっても不思議はないのだが、平気で食べる。落としたものも拾って平気で食べる。
 本人曰く、騎士団生活の賜物とのことだが、元々、気取らない性質なのだろうと思う。
 庶民とも分け隔てなく気さくに接している。ただ表面にはださないが、彼の中で線引きはあるだろうとは思っている。貴族社会のヒエラルキーは厳格だ。それは幼少の頃から身に染みて知っている。
 ユベルはイリスが孤児院の出自とは知らない。神殿騎士なのだから当然貴族の出自と思って接してくれているだろう。もしそうでないと知ったら、露骨な変化は見せぬまでも、一線を引かれるだろうと思う。
 身分の差は歴然としており、元々、こうして対等に関われる相手ではない。

「イリスはさ、アオイと仲いいよな」

 黙々と食べていたら、唐突にそんな話題を放り込まれた。

「そうかな」
「とぼけるなって。さっきも別れ際に手を握ったりしてて、うっかり見ちゃってドキッとした。そういうことなんだろ?」

 からかうように言われ、イリスは思わず強く否定していた。

「違う。仲良くなりたいとは思っているが、友人としてだ」
「友人ねえ。それで、手を握ったりするかな」
「握ってない、触っただけだ。アオイは大怪我をして不安だろう。仲間としてそれくらいの触れ合いは、あったほうがいいと思った」

 ユベルにアオイとの仲を勘繰られている。
 任務としてアオイの気を引くためにしたことなのに、ユベルにまでそう思われるのは本意ではなかった。
 それは嫌だと思った。誤解を解きたくて、焦って早口で言いわけしてしまった。焦るあまり、耳が赤くなっている気がする。それが誤解を補強することになるとわかっているが、調節できない。
 ユベルはイリスの言い分を聞き、一応納得した顔をした。

「そっか。たしかにイリスはそういうとこあるよな。すごく繊細な気配りってやつをしてる気がする。俺はがさつだから、そういうことを思いつかないな。でもさ、それって相手に勘違いさせやすいから、その気がないなら気をつけたほうがいいかも」
「そうだな。これからは気をつけることにする」
「もちろん、照れ隠しでそう言ってるだけだったら、あれだぞ。俺には本音を言ってくれていいんだぜ?」

 やはり、誤解は解けていない様子。
 イリスの複雑な内心を知らず、ユベルは明るく笑って麺を頬張った。
 それから咀嚼しながら遠くを見つめる。

「いいよなあ……俺もさ、もっと主教様と仲良くなれたらなあ、なんて」

 頬をかすかに染め、うっとりと呟いた。
 その呟きを聞き、イリスは少しだけ泣きたくなり、俯いた。

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