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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった2

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 一緒に年越しの提案はうかつだったかもしれないと一抹の不安が胸をよぎり、しかしやっぱりやめるとも言えないまま大晦日を迎えた。
 バイトを終え、ロッカーで帰り支度をしながら、穂積が問いかけてくる。

「このあとどうします。いつもの居酒屋へ行きますか」

 そうだなと言いたいところだが、金欠の私は返事を躊躇った。
 家賃を差し引くと、銀行の残高は二万円だったはず。それでひと月を過ごさねばならず、クビ切りにあった身としては、余計な出費は控えたい。
 居酒屋よりは、家飲みのほうが安くつく。
 しかし二人きりで家で過ごすとなると、また襲われる心配もある。
 とはいえ今日は一緒に年越しすると約束したわけで、居酒屋に入ったとしても、年明けまで店に居座れるはずもなく、その後別の場所に移動するとなると寒いし面倒だし金はかかる。居酒屋に入っても、結局家に行こうという流れになりそうだし、ならば初めから家飲みがよかろうと腹を決めた。一度、穂積の仕事場を見てみたいという気持ちもあったのだ。

「きみの家に行くというのは、どうだろう」

 前回、家に誘われて断ったのは私だ。その私からの誘いに、穂積は面食らったように目を丸くした。

「え……、いいんですか」
「あまり、金がないんだ。だから家飲みがいい。それだけが理由だから、誤解はしないでくれよ」
「わかりました。じゃあ、うちで。飯は何が食べたいですか。よかったら俺、作りますよ」
「作れるの?」
「たいしたものはできないですけど、パスタとか、お好み焼きとか。鍋があるから、材料買っていけば鍋も。あ、年越しだから天ぷら蕎麦がいいですかね」
「蕎麦は毎日食ってるから、違うほうがいいかも」
「確かに。そういえば、貰った肉があったな。すき焼きとかどうです?」

 すき焼きなど久しく食べていない。私は目を輝かせて賛成し、共に食品売り場へ向かった。
 食品売り場では穂積がカートを押し、すき焼きの具材は何を入れるか、わいわい話しながら一緒に選んでいく。

「豆腐はどれがいいんだろう。すき焼きに入れるなら焼き豆腐ですかね」

 穂積は二種類ある焼き豆腐のうち、高価なほうを手にとった。スーパーで食材を選ぶ時、その人の生活レベルや食に対する考えがよくわかる。

「豆腐の味なんてよくわからないから、私は最安値のしか買ったことない」
「俺も普段は手頃なやつを選びますけど、でも今日はせっかくだから」
「消泡材とか遺伝子組み換えとか、気にするタイプ?」
「そういうのはまったくですね」

 この男とは、普段は小説の話ばかりだったから、豆腐やら野菜やらについての会話は新鮮だった。
 買い物中、穂積は嬉しそうに笑みを浮かべ、よく喋り、いかにも浮かれている様子だった。彼と会うのは気が重かった私だが、その浮かれた様子につられ、また年末の賑やかな雰囲気もあいまって、私も楽しいような気分に染まっていた。
 会計は穂積が払ってくれた。割り勘を申し出たのだが、奢ってくれるというのでその言葉に甘えることにし、レジ袋をそれぞれ半分ずつ持って穂積宅へ向かった。
 彼の住まいは駅前のオートロックマンションで、エレベーターで十階へ上がる。ここに住んでいることは話に聞いていたが、内部へ入るのは初めてだった。穂積の案内で玄関へ入ると、まっすぐの廊下があり、その先にはLDKがあった。なんとなく予想していた通りの、ファミリー向けの間取りである。ペニンシュラキッチンの前にはダイニングテーブルがあり、その奥の空間には大きなソファとコーヒーテーブル。特別おしゃれすぎることもないシンプルな家具が揃っている。ダイニングテーブルの上にはノートパソコンの他、クロレッツの大袋やサプリの袋が無造作に置いてあり、ソファの上には毛布やフリースの上着が丸まっていたりして、所々に生活感が見られるが、我が家と比べたらかなり整っている。そして広い。廊下にいくつか扉があったから、他にも部屋があるのだろう。家族向けと考えると妥当な広さではあるが、一人で暮らすには贅沢だ。
 同じ仕事をしているのに、私は六畳一間のボロアパート。この生活レベルの差よ。
 小説とバイトの他にも収入源があるとしか思えない。

「一人暮らしなんだよな?」

 買ってきた食材をキッチンに置きながら、穂積がそうですと答えた。
 室内には本棚や机がない。不躾を承知で、きょろきょろと眺めてしまう。

「書斎は別の部屋?」
「書くのは、そのテーブルでやってます」

 テーブルの上のパソコンを示された。

「俺、本を処分できない質で。他に部屋がありますけど、全部本で埋まってて、書斎というより書庫になってます。だから生活するのはこの空間だけなんです。寝るのはソファだし」
「書庫、見てみたいな」
「いいですけど」

 案内されて、書庫の一室を見せてもらった。室内には天井まで届く本棚がいくつも置かれ、書籍がびっしりと収蔵されていた。

「すご。本当に書庫だな。地震、大丈夫なの、これ」
「どうでしょうね。一応、工務店に頼んで補強してもらってあるんですけど」

 蔵書は多種多様で、私が愛する昭和初期の私小説家の、今では手に入らない貴重な初版本や直筆の書簡などもあった。そのようなものがあると以前より話に聞いていたが、予想以上で思わず歓声を上げてしまう。

「これ、触ってもいい? ちょっとだけ見てもいい?」
「いいですけど、今は読み込まないでくださいね。すき焼きが待ってますから」
「ああ、うん。ちょっと見るだけ。あ、手を洗ったほうがいいかな」
「大丈夫ですよ」

 珍しい本をいくつか手にとらせてもらい、少しの時間、堪能させてもらった。 
 本音を言うとずっと見ていたかったのだが、来訪の目的はそれではないので遠慮し、LDKへ戻る。
 それから二人であれこれ言いあいながら食材の下ごしらえをし、テーブルに卓上すき焼き鍋を設置した。
 鍋に火をかけたところで、穂積の作ってくれたハイボールで乾杯する。
 一口飲んだ後、会話が途絶えた。それまでずっと喋っていたので余計に静けさが意識された。
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