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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった2
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しおりを挟む希望したわけでもないのにイブもクリスマスも休みで、三連休明けに出勤するなり、
「穂積君と飲んだよ」
と茂呂に報告された。
勤務者は私と茂呂の二人だけ。シフト表を見ると、今日の穂積は十時出勤だった。
私が準備をすませて作業台の前に立つと、茂呂が向かいに立った。
「それでさあ。間違ってたらごめんな」
彼はそう言い置くと、私の顔を窺うようにして言った。
「ヒフミンと穂積君って、つきあってんの?」
「は?」
私はぎょっとして彼の顔を見返した。そして頬を引き攣らせて即座に首を振った。
「まさか」
飲みの席でいったい何を話したのか。穂積は私たちの仲をどう説明したのか。
多少の肉体関係があるのは事実だが、あれをもってつきあっているとは言えないと私は思う。少なくとも私は穂積と交際している認識はない。
「私は女子がいいです。彼女募集中です」
「そっか。いや、そうだよなあ」
茂呂は緊張を緩めるように笑い、パン生地を分割しはじめる。そして作業をしながら、再び窺うような目つきを私に向けてきた。
「じゃあさ、思ったんだけどさ。もしかしてあいつに言い寄られてる? つきまとわれたりしてない?」
なぜそんなことを聞かれるのか、戸惑う。
「やっぱりか」
すぐに否定しなかったため、肯定と受けとめられてしまった。
私は慌てて首を振った。
「いや、つきまとわれたりはしてませんが」
「でも、告られたか」
馬鹿正直な性分がこんなところで出てしまう。いいえ、とも言えず、微妙な顔をして彼の分割したパン生地へ手を伸ばす。
「穂積君と、どんな話をしたんですか」
慎重に尋ねると、茂呂が笑いながら言う。
「いや、恋愛話を振ってみてさ、ちょっと踏み込んでみたら、あいつ、ゲイだって答えたんだよ。ヒフミンのことをどう思ってるか聞いたら、かわされたけど。でも日頃の二人を見てるとなあ。ヒフミン、あいつを避けてるっぽいじゃん」
確かに避けてはいる。その理由は言い寄られているからではないけれども。
「この前、ヒフミンが休憩時間をずらしたいって言いだしたのって、あいつを避けるためだったのかもって思ったんだけど。違う? なんか迷惑してるんじゃないか?」
「いや。大丈夫です」
「本当? もし実害が出てるなら、店長に相談したほうがいいと思うけど」
茂呂は手を止め、心配そうに眉を顰めた。
「それとも、俺からはっきり、あいつに言ってやろうか」
茂呂は、私が社員についての質問をした時もこちらが求める以上に一生懸命話してくれたし、今回もそれと同じで親切心から言っているだけなのだろうが、この件に関しては、あまり首を突っ込んでほしくなかった。
「いやいや、本当に大丈夫です。告られてもいないですし」
「それは嘘だろ。告られてないなら、さっきなんで黙ったんだよ。言われたんだろ?」
「いえ。それより、穂積君がゲイだってこと、軽く喋っちゃってましたけど。そういうの、勝手に話しちゃっていいんですか」
「あー、内緒って言われたわけじゃないし。結構あっさり打ち明けてきたよ」
あっさり打ち明けてきたから口外OKというものでもなかろう。
個人の性指向というデリケートな事柄をむやみに言いふらすのはどうかと思うのだが。
「ヒフミン、あいつがゲイだって、知ってた? よな?」
私が知っていれば問題なかろうという思惑が透けて見える問いかけ。
茂呂のことは第一印象とは異なり、好意的に思っていたのだが、急激に不快感を覚えた。
「私が穂積君をちょっと避けてたのは、そういうことじゃないんで、大丈夫です」
「そうなの? じゃあなんで避けてたの?」
まだ知り合ってまもなく親しいわけでもないのに、親切面してずかずかと遠慮なく踏み込んでくる感じが無作法で無神経で、やはり苦手だと思う。
「べつに。いろいろありまして」
「いろいろって?」
「たいしたことじゃないです。店のこととも関係ないんで」
このところ私と穂積がぎくしゃくしているのは、個人の問題である。店の問題ならば社員として意見してくるのもわかるが、そうではないのだ。
私が黙っても、茂呂はしつこく尋ねてきた。
ちょっと、しつこすぎる。
大丈夫だと言っているのに、なんなのだろうか。
私が穂積を避けるのを手伝ってくれたのは感謝だが、手伝ったのだから事情に首をツッコむ権利があると勘違いしてもらっては困る。
「粉、足りないですよね。取ってきます」
話を打ち切るつもりで、私は作業場を離れた。しかし倉庫から粉袋を運んで戻ってくると、まもなく茂呂は話を蒸し返してきた。
「穂積君ってさあ、絶対、ヒフミンに気があるよなあ。いつも見てるし」
「そんなことないですよ」
「本当は言い寄られてたんじゃないの?」
「やめてくださいよ。男にも女にも、私はモテないです」
「そう? ヒフミンって、結構男にモテそうな気がする」
「やめてくださいって」
「でもさ。ゲイって結構いるもんだよなあ。俺が高校の頃もさあ、俺、男子校だったから――」
作業中は私語禁止のはずなのだが、店長がいないと茂呂はよく喋る。やや甲高く、耳障りな声質のため、なおさら不快に感じる。いい加減黙ってくれないものかと苛々しだした頃、サンドウィッチ担当のおばちゃんがやってきて、ようやく口を閉じてくれた。しかししばらくするとまた喋りだす。さすがに今度は穂積の話ではなくなったが、どうでもいい世間話をぺらぺらとはじめる。
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