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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった1

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 穂積がバイトに来て三か月も経つと、見習い期間終了ということで、私のシフトと重なることが以前の半分に減った。大体週二回くらいか。なので、というのもおかしいが、シフトが同じ日は暗黙の了解で、仕事を終えたら一緒に夕飯を食べるのが定番となった。家飲みは先月の一回限りで、もっぱらショッピングセンター近くの居酒屋を利用している。
 今日もシフトが一緒だったので、いつもの居酒屋に連れ立って入った。四人掛けのボックス席に座り、これまたいつものごとく酎ハイを頼む。
 週二の頻度でいつも同じ人間と小説談議をしていたら、そろそろ飽きそうなものだが、これが全く飽きることはなかった。
 BL作家であることがばれたことにより、私は完全に開き直ってしまった。本当は私小説家になりたいことも打ち明けた。それにより、小説談議も作家視点で語れるようになり、以前に増して楽しい時間を持てるようになった。
 穂積はBL作家を下に見るような発言をせず、敬意を持って対等に会話をしてくれる。
 劣等感が消えたわけではないものの、それでも穂積と話すのは心地よかった。小説以外の話でも彼とならば楽しい。私のプライドが邪魔さえしなければ、基本的に波長があう相手なのだろう。友人のいない私がそんなふうに思える相手と出会えたのはじつに久しぶりのことで、この関係は長続きさせたいと素直に思うのである。
 また穂積の小説を読んだことで、私の中で明らかに彼を見る目が変わっていた。彼の複雑な生い立ちや苦悩など、本を読まぬ限りは知るよしもなかった。
 私小説はあくまでもフィクションであるが、実体験に基づいている。彼の人間性もすべてさらけだされている。
 穂積雅文という人間への理解が深まり、距離感が縮まるのは当然だった。
 対する穂積のほうも、あれから私への親密さが増している。私はまだ穂積の作品を網羅できていないが、彼は拙作をすべて読んだという。
 酒とつまみが届くと私の前作の話となった。

「受け視点と攻め視点が交互にありましたよね。ああいうの、いいですよね。私小説だとその手が使えない」
「ああ、確かに」
「前作に限らず、受け攻めどちらが書きやすいとかあります?」

 一読者として訊かれるので、私も真面目に答える。

「強いて言えば、受けかな」
「久見さんの受けって、素直で真面目で一生懸命ですよね」

 穂積が納得したように頷いた。
 私の作品は完全なるフィクションで、主人公も私とはかけ離れた善良な人間を作り上げている。それを私と同一とはまさか思っていないだろうが、その頷き方に一抹の不安を覚えたので一応言っておく。

「あれはさ。女性読者の共感を得たいから、素直ないい子にしているが、あんな男、地球上には存在しないよな」

 すると穂積が面白そうに言う。

「そうですか? でもどの主人公も久見さんとどこか似てますよ。一生懸命なところとか」
「やめてくれ。私は小説以外のことで無駄に一生懸命になったりしない」
「ほら。やっぱり似てる。そうやって真面目に答えるところ」

 穂積は目を細めて笑う。私が眉を寄せると、

「いや、ちゃんとわかってますよ。主人公と作者が別人格なことは」

 と弁明されたが、どうにも誤解されている感が否めない。

「攻めのほうは、とにかく一途ですよね」
「まあ、女性受けを考えたら、ああなるよな」

 シニカルに答えたが、これは女性に限定した話ではない。男だって女性に一途に惚れられたい願望はある。

「いいですよね……あんなふうに想われる相手が羨ましくなります」

 どことなく切なげなまなざしで告げられ、わずかに胸が詰まった。穂積の新作では、恋人に浮気された挙句に捨てられた挿話が書かれていた。そこを読んだとき、穂積の恋人に向けて「なんでだよ」と憤った記憶がよみがえる。

「そうだな。男でも、想う相手から想われたいよな」

 しんみりした気分で酎ハイを飲む。それからふと、先の穂積の言葉に引っかかった。
 真っ先に元恋人との挿話を関連付けてしまったが、そうではなく、つれない私に向けられた言葉だったかもしれない。
 いやそれよりも。
 攻めに想われる受けを羨ましく思うということは、穂積も受け属性なのだろうか。ということは、彼が私に求めているのは攻めなのだろうか。

「どうしました」

 気になって動作が止まった私に、穂積が尋ねた。私は「いや」と首を振ったが、やはり気になり、結局尋ねた。

「……リアルでも、受けとか攻めとかって、ある?」

「ある場合も、ない場合も」

 グラス片手に真顔で答える彼に、さらに訊く。

「穂積君は?」

 穂積がゆったりとした仕草でグラスをテーブルへ置いた。

「気になります?」

 口角を少し上げ、色気の滲んだまなざしで覗き込まれた。
 私はうっかりその秋波を真正面から受けとめてしまい、頬が赤くなるのを抑えられなかった。にわかに騒ぎだす胸の鼓動を自覚し、目を泳がせながら頷く。

「そりゃ……きみの本の中には、そういった記述はなかったし……告白されている身としては」

 しどろもどろに言うと、彼の笑みが深くなった。

「俺は、あなたと愛しあえるのならどちらでも。もちろんそういう仲になったからと言って、いきなり受けとか攻めとかないですから」
「そうなのか」
「ええ。心配しないで大丈夫ですよ。安心して俺に委ねてください」

 彼の笑みがさらに深くなり、ニヤニヤという感じのものになった。つまり、冗談の域になった。
 逃がしてくれたのだ。

「馬鹿。誰が委ねるか」

 私は赤い顔を横に向けて悪態をついた。
 息を吐きだし、肩に力が入っていたことに気づく。なにを意識していたのか。男相手なのに。
 逃がしてもらえなかったらどうなっていただろう。ちらりとそんな思いを胸によぎらせ、グラスを呷った。




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