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BL小説家と私小説家がパン屋でバイトしたらこうなった1

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 ※※※ 

 翌朝バイトへ行くと、同時刻に穂積もやってきた。
 当面、私と同じ勤務帯になるらしい。
 昨日と同様、仕事を教えるために二人で作業をする。作業中は私語厳禁であるため必要以上の会話はしないが、それでもかなり懐かれていることは察せられた。
 彼を見ると劣等感を刺激される。しかしあの穂積に先輩風を吹かせられると思うと、指導は苦痛ではなかった。それに彼は常に私を敬い、立ててくれるため、私の自尊心は保たれた。
 無論、敵愾心は変わらず胸に抱いているが、それとパン屋のバイトは無関係とわきまえており、私はバイトの先輩としてきちんと接した。仕事は覚えることが多く煩雑で、初めは誰しもなにかしら忘れる。時折ひどく覚えの悪い者がいて苛々させられることもあるのだが、穂積は一度教えたことは確実に覚え、そつなくこなしていた。こうも完璧だと、おまえに欠点はないのかと言いたくもなったが、よけいな仕事の負担は避けたいので、その点は素直に助かったと思っている。
 開店時刻になると、店長の指示で彼は販売のほうへ移った。しばらくしてガラス越しにそちらの様子を見ると、今日も昨日同様、女性客の視線がパンよりも穂積に注がれているように見えた。
 販売スタッフのほうは、昨日の独身女子は非番で、別の女子学生が入っていた。女子学生は昨日の独身女子ほど露骨ではなかったが、それでも目をキラキラさせて穂積にまとわりついていた。穂積のほうもまんざらでもない様子。モテない男のひがみ根性から、大失敗して女子から呆れられたらいいと願い、気づかれぬように舌打ちなぞしていたら、彼らのお喋りを見かねた店長が注意に行き、しばし静かになった。が、今度は女性客に話しかけられていた。
 私は知っている。世の女性はイケメンが好きだが、それだけではだめなことを。金を稼ぐ能力があるか、社会的地位がなくてはならない。それを私はBL小説で学び、かつ編集担当女史から直にレクチャーを受けたのだ。だから穂積がいくらイケメンであっても、しがないパン屋のバイトでは本気でモテないはずだ。本業が小説家であることが知れたら違ってくるであろうが彼はそれを公言するつもりがないようだから、いちいち嫉妬しなくてよいのだ。気にする必要はない。
 そう己に言い聞かせ、平静を装って作業にいそしむが、いつものように没頭できない。
 しかし長すぎる。女性客といったいなにを話しているのか。相手は妙齢の美女で、明らかに色目を使っている。しばらく様子を見ていたが、客はいっこうに穂積を解放しそうになかった。穂積のほうもいい加減適当にあしらえばよいものを。いつまでイチャついているつもりなのかと私は次第に苛つきだした。へらへらして鼻の下を伸ばしやがって、自分がイケメンでモテることを見せびらかしたいのだろうか。男の敵め。それとも小説のファンに気づかれたのだろうか。どうでもいいが仕事をしろ、仕事を。
 痺れを切らしたとき、隣にいた店長もそちらを見て、

「あー、穂積君、捕まってるな。佐藤さんは……ああ、レジか」

 と呟いたので、私はすかさず「行ってみます」と言い置いて、彼らのほうへ向かった。
 ずかずかと歩み寄ると穂積がこちらに気づき、ホッとした表情を浮かべた。その彼に作業場へ戻るように言い、それから客に向けて、

「お客様、なにかございましたか。ご相談がおありでしたら私が窺いますが」

 と訊いてやると、相手は愛想笑いをして私から離れ、ほかの客に混ざってパンを物色しだした。
 売り場に出たついでに空のトレーを回収して作業場に戻ると、穂積が泣き笑いのような顔で出迎えた。

「久見さん、助けていただいてありがとうございます」

 本当に私に感謝している様子である。私としては、僻み根性丸出しで邪魔をしに行っただけであり、感謝されるいわれはないのだが。
 オーブンのアラームが鳴り、店長が作業台を離れる。それを窺い、私は小声で尋ねた。

「いったいなにを話していたんだ。もしかして、ファンだったのか?」
「いや、違います。なんか、最初はパンの質問だったんですけど、俺のことをいろいろ聞かれて」
「そんなの、適当に切りあげろよ」
「そうなんですが」

 穂積も店長のほうへ視線を走らせ、声を潜めた。

「俺、ああいうタイプの女性が一番苦手で。蛇に睨まれた蛙みたいになっちゃって。作品でも度々書いてますが」

 それを聞いた瞬間、とあることを思いだし、私は声を上げそうになった。
 そうだったのだ。穂積の作品の主人公は、軽度の女性恐怖症を持つゲイだった。
 そしてこの男は、私小説家である。
 つまり、穂積はゲイなのだ。

「だから本当に困っていたんです。助けに来てくれた久見さんが、天使に見えました」

 私は、穂積がイケメンでモテることに嫉妬していた自分を笑いたくなった。

「しかし、だったらなんで、こんな女性ばかりの職場に来たんだ」

 穂積は目を逸らし、やや口ごもるように言った。

「製造担当ってことだったんで。通りすがりに見ると、作業場のほうはいつも久見さんと店長だけに見えたので。それほど女性と関わらなくてよさそうに思えたんです」

 店長が戻ってきた。

「いやあ、イケメンの穂積君を売り場に立たせれば、集客が見込めるかと思ってたんだが、さっきみたいに絡まれちゃうと、うまくないなあ」

 穂積を売り場に行かせたのは、そんな目論見からだったのか。私は内心呆れながら言った。

「店長。だったら穂積君は、作業場の、この位置で作業してもらえばいいんじゃないですか。ここなら売り場からよく見えて、客の目を引くけど、声をかけられることはない」

 私の提案に店長は納得し、穂積は感激した様子で私を見つめた。


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