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カレンダー × 子供
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新年の1月1日、主人公の優子は、キッチンのテーブルで小さな箱を手に取った。夫の大樹がプレゼントしてくれたものだ。箱の中から出てきたのは、シンプルなデザインの壁掛けカレンダー。生成りの紙に、優しい手触りの白い表紙。それがどこか温かみを感じさせ、優子は一目で気に入った。
「子どもとの思い出をたくさん作ってね」と、笑顔でカレンダーを手渡してくれた夫の言葉を胸に、優子は新年から早速、息子の成長記録や家族の予定を書き込んでいくことに決めた。優子の息子、陸はまだ生後6か月。優子にとっては初めての育児で、毎日が新しい発見と少しの戸惑いに満ちていた。
1月3日、初詣から帰宅した優子は、カレンダーの1月に「今年の目標」を書き入れることにした。未来を楽しみにしながら、ふと「これからの成長が楽しみだな」とつぶやきながら、1月のページにこう記した。
「1月20日:陸、初めての笑顔を見せる」
実は陸はまだ笑顔を見せたことがなかった。もちろん、赤ちゃんの気まぐれな表情はあるが、育児書にあるような「喜びの笑顔」は、まだ見たことがなかった。母として少し不安もあったが、優子は自然と「1月20日」という日付を選び、「初めての笑顔を見られますように」と軽い気持ちで書き込んだのだ。
しかし、それが「願いをカレンダーに記す」という最初の一歩であるとは、この時は思ってもみなかった。
1月20日、その日は普通の一日だった。優子は陸と一緒に朝の離乳食を済ませ、洗濯物を干し終えた頃、カレンダーのことをふと思い出した。そして、その日付の「初めての笑顔」の文字を見て、少し笑ってしまった。「まるで占いみたいね」と、心の中で独り言をつぶやく。
その午後、陸を抱き上げて遊んでいると、突然のことだった。陸が優子の顔をじっと見つめ、ふっと口角を上げたのだ。今まで見たことのない、まさに喜びの笑顔だった。母として、この瞬間がどれだけ待ち遠しかったことか。驚きと感動に包まれた優子は、思わず陸をしっかりと抱きしめた。涙がこぼれそうになりながらも、心の中で「ありがとう」と繰り返した。
だが、その後カレンダーを眺めた時、ふと「この出来事、まるでカレンダーの予定通りに起こったみたいだわ」と奇妙な感覚が胸に浮かんだ。しかし、気のせいだと思うことにした。
この出来事をきっかけに、優子は「カレンダーに記したことが現実になる」という考えがちらつくようになるが、まさかそんなことはないだろうと思い直し、少し楽しい気分で次の予定を書き込むことにした。
「2月14日:初めて一緒に公園デビュー」
息子と公園デビューがしたいという希望から書き込んだのだが、実際には2月の寒い時期で、赤ちゃん連れで出かけるのは少し早いかもしれないという不安もあった。しかし、2月14日を迎えると、その日は異例の暖かい日となり、気温も15度近くまで上がった。優子はこれなら大丈夫だろうと、陸をベビーカーに乗せ、公園へと向かった。満開にはほど遠い桜の木々を眺めながら、優子は幸せなひと時を過ごした。
「やっぱり、これは偶然よね……」と内心では思いながらも、カレンダーの不思議な力を少しだけ信じ始めている自分がいることに気づいた。
その後も、優子はカレンダーに小さな願望や楽しみを書き続けた。例えば「3月3日:ひな祭りに家族写真を撮る」や「4月10日:初めて寝返りができる」など。すると、まるでその通りに現実が動き出すかのように、陸の成長がまさにその日に合わせたように進んでいったのだ。
優子は次第に「このカレンダーには、何か不思議な力があるのかもしれない」と思い始める。しかし、それを誰にも話すことなく、カレンダーに記すことを「未来を願う習慣」のように受け入れるようになっていった。
5月、ある晴れた日、優子はふと思い立ってカレンダーを見つめ、ぽつりとつぶやいた。「これからもずっと一緒に笑顔でいたいなあ」。そして、カレンダーの5月15日の欄に「笑顔の一日」と書き込んだ。
それから少し経った5月15日、その日は特別なことがあるわけではなかった。しかし、陸は朝から機嫌がよく、いつもよりもニコニコしていた。普段は泣き虫な陸だが、その日は全く泣かず、ずっと優子に笑顔を見せてくれるのだ。優子も心から幸せを感じ、2人でたくさんの写真を撮った。
この「うっかり書き込んだ願望」が実現してしまったことで、優子の心にはさらなる確信が生まれた。
6月、優子は「カレンダーに書けば、それが現実になる」という不思議な力を受け入れ始めた。しかし、それと同時に、「どこまでが自分の意志で、どこまでがこのカレンダーの力なのだろうか?」という疑問も浮かぶようになる。
「例えば、もっと些細なことも書いてみたらどうなるのだろう?」そんな好奇心が芽生えた優子は、何気なくこう書き込んでみた。
「6月10日:青い鳥が訪れる」
それは陸と一緒に見られたら楽しいな、という軽い気持ちで書いたものだった。
6月10日、午前中、家の中で掃除をしていると、優子はキッチンの窓辺で鳥のさえずりが聞こえるのに気づいた。窓を開けてみると、そこには一羽の青い鳥が枝に止まっていた。羽が鮮やかなブルーで、どこか異国の鳥のようにも見えた。優子は驚き、静かに陸を抱いて窓の近くへ行き、2人でその青い鳥を見つめた。やがて、鳥は羽を広げて空へと飛び去ったが、その一瞬はまるで夢の中のように美しかった。
「やっぱり、このカレンダーには本当に力があるんだ……」
優子はその力が嬉しくもあり、少しだけ怖くもなってきた。何でも思い通りに叶うとしたら、人は本当に幸せになれるのだろうか?この小さな疑念が、優子の胸に芽生え始める。
続きの後半部分をお届けします。優子がカレンダーの力をさらに信じ始め、願望を書き込んでいくことで、物語がクライマックスへと進んでいきます。
カレンダーの力に確信を持ち始めた優子は、慎重になりながらも、少しずつ願いを綴るようになる。
「7月7日:海辺での初めての家族旅行」
「8月10日:陸、はじめての言葉」
「9月21日:庭で一緒にかくれんぼ」
それらの予定は、まるで魔法のように現実となっていった。7月の家族旅行では、陸が砂浜で楽しそうに遊び、幸せなひとときを過ごした。8月には、優子の目の前で「まんま」という小さな言葉が陸の口から出て、家族中が驚きと喜びで胸を熱くした。そして9月、庭でのかくれんぼでは、陸が木陰に隠れ、優子が「どこかな?」と探すと、彼はにっこり笑いながら姿を現す。そんな何気ない幸せが、次々と実現していった。
「まるで、このカレンダーが私たちの人生を操っているみたいね……」
優子は時折、不安を感じることもあったが、息子の成長を感じる毎日は何にも代えがたい喜びだった。
カレンダーも12月に入る頃、優子はひとつ気づいたことがあった。それは、このカレンダーが12月31日で終わるということだった。1年の最後の日で終わり、新年のページはない。まるでカレンダー自身が「その先は保証できない」と言っているかのように感じられ、少し不安になった。
ある晩、優子はカレンダーの最後のページを眺めながら、小さなため息をついた。
「来年も、家族でたくさんの思い出を作りたいな……」
そうつぶやきながら、12月24日には「親子で笑顔のクリスマス」と、そして12月31日には「来年も健康で幸せな日々を過ごす」と書き込んだ。12月は特に大切な時期。クリスマスや年末年始に息子と素敵な思い出を作りたい、という純粋な願いを込めた。
しかし、12月が始まると同時に、陸の体調が少しずつ悪くなり始める。風邪のような症状が出て、熱が上がり、しばらく寝込むことになった。初めは風邪と思っていたが、どうやら簡単なものではないようだった。次第に優子は「12月31日」の文字を見つめるたびに、胸に不安が渦巻くようになる。
やがて、優子はカレンダーを眺めながら、心の奥底で密かに祈り始める。何度も手を合わせ、心から願うことで、「何かが変わるはず」と信じたかった。しかし、カレンダーに書いた予定が「実現する」だけで、「良くなる」という保証はどこにもなかったことに気付いたのだ。
どうにかして状況を好転させたい一心で、ある夜、勇気を振り絞ってカレンダーに新たな一言を記した。
「12月15日:陸、元気を取り戻す」
その書き込みは、まるで願掛けのようなものだった。陸が再び笑顔を見せ、元気になって欲しいという一心で、慎重に慎重を重ねて選んだ日付だった。
そして迎えた12月15日、陸は不思議と熱が引き、徐々に元気を取り戻し始めた。その日、初めての笑顔が戻ってきた時、優子は目に涙を浮かべ、心からほっと安堵した。
12月24日、優子は「親子で笑顔のクリスマス」とカレンダーに記した通り、家族でクリスマスを楽しむことができた。クリスマスツリーのそばで、陸は小さな手で飾りを触り、嬉しそうに笑っていた。優子も夫の大樹も、その瞬間がずっと続くことを願った。
そして、いよいよカレンダーの最後の日、12月31日がやってきた。優子は恐る恐るその日付を見つめながら、「来年も健康で幸せな日々を過ごす」と書き込んだことが、どうか現実になってほしいと願った。だが、そのページはあまりにも静かで、まるで役目を終えたかのように沈黙していた。
夜、家族そろって年越しの瞬間を迎え、優子は陸を抱きしめながらカレンダーに別れを告げた。その時、カレンダーはまるで満足したかのように、一瞬だけ柔らかな光を放ち、次の瞬間には静かにその姿を消した。
優子の手元にはもうカレンダーはなかった。しかし、彼女は不思議とそれを悲しいとは感じなかった。陸の笑顔を見つめ、夫と手を取り合い、こう思ったのだ。
「これからも、この子と一緒に未来を作っていけばいい」
カレンダーが教えてくれたのは、未来を願うだけではなく、日々をしっかりと歩み続ける大切さだった。そして、来年もまた、自分たちの力で新たな未来を切り開いていく勇気が湧いてきたのだった。
カレンダーが消え、最後に残されたのは優子自身の決意と希望。奇跡のカレンダーを通じて、彼女は「自分の足で未来を作り上げる」ことの大切さを学び、親子と家族の幸せを胸に、これからも生きていく。
ありがとうございます!それでは、優子と家族が新たな年を迎え、カレンダーの不思議な体験を振り返る後日談をお届けします。
年が明けて数週間が経った頃、優子は家族で初詣に出かけ、ふと思い立って昨年のことを振り返っていた。あの不思議なカレンダーが、まるで夢だったかのように、今ではどこにも見当たらない。それでも、優子の心には鮮やかな記憶が残っていた。
「カレンダーがなくても、私たちはきっと大丈夫だよね」
そう心の中でつぶやきながら、優子は陸の手をしっかりと握りしめた。今、彼の小さな手から感じる温かさが、その答えのように思えた。カレンダーに頼ることなく、彼の成長を見守り続ける。それが今の優子の願いだった。
新年の挨拶を済ませた帰り道、大樹がふと、優子に語りかけた。
「そういえば、去年のカレンダーに書いたことがどんどん現実になってたよな。まるで運命の予言みたいに」
彼もまた、あのカレンダーの不思議な力を感じていたのかもしれない。しかし、その言葉に優子は微笑みながら首を振った。
「ううん、あれは私たちが少しずつ叶えてきた夢なんだと思う。書き込んだことで、より一層、未来に向かって努力しようって思えたから」
優子はそう言いながら、自分の中で「奇跡」について考えていた。カレンダーが確かに導いてくれた瞬間もあったけれど、最も大切なのは、日々を精一杯生きる自分自身の力だと気付いたのだ。
その夜、優子は眠る前に、新しいスケジュール帳を取り出した。昨年と同じように何か書き込むのではなく、まずは白紙のページを静かに見つめていた。そこには何の予言も、奇跡のような力もない。ただ真っ白なページだけが並んでいる。
「よし、今年も一緒に楽しんでいこうね、陸」
優子はそう言って、最初のページに「家族で一緒に、今年も笑顔で」とだけ書き込んだ。それはカレンダーの時のような「特別な力」を期待したものではなく、ただ「毎日を一緒に過ごしたい」という心からの願いだった。
その後も、優子はスケジュール帳に家族との小さな予定を書き込むことを楽しみにするようになった。春になれば、陸と一緒に近くの花畑に行き、夏にはプールデビューもいい。秋には、色づいた落ち葉を一緒に集め、冬にはまた暖かいクリスマスを過ごす。何の魔法もなくとも、その一つひとつが優子にとって「奇跡のような瞬間」であることに気づいていた。
やがて陸が成長し、言葉を話せるようになり、走り回るようになる日がくる。それまでの間、彼と共に、何気ない日常の中で絆を育んでいく。それが優子の新しい「奇跡」だった。
ふと窓の外を見ると、夜空にはたくさんの星が輝いているのが見えた。それぞれの星がまるで未来への道しるべのように、優子の心に小さな灯火を灯す。
「未来は自分たちで紡いでいくもの」
優子は静かにそう誓い、また家族との一日一日を大切に生きていこうと思った。
「子どもとの思い出をたくさん作ってね」と、笑顔でカレンダーを手渡してくれた夫の言葉を胸に、優子は新年から早速、息子の成長記録や家族の予定を書き込んでいくことに決めた。優子の息子、陸はまだ生後6か月。優子にとっては初めての育児で、毎日が新しい発見と少しの戸惑いに満ちていた。
1月3日、初詣から帰宅した優子は、カレンダーの1月に「今年の目標」を書き入れることにした。未来を楽しみにしながら、ふと「これからの成長が楽しみだな」とつぶやきながら、1月のページにこう記した。
「1月20日:陸、初めての笑顔を見せる」
実は陸はまだ笑顔を見せたことがなかった。もちろん、赤ちゃんの気まぐれな表情はあるが、育児書にあるような「喜びの笑顔」は、まだ見たことがなかった。母として少し不安もあったが、優子は自然と「1月20日」という日付を選び、「初めての笑顔を見られますように」と軽い気持ちで書き込んだのだ。
しかし、それが「願いをカレンダーに記す」という最初の一歩であるとは、この時は思ってもみなかった。
1月20日、その日は普通の一日だった。優子は陸と一緒に朝の離乳食を済ませ、洗濯物を干し終えた頃、カレンダーのことをふと思い出した。そして、その日付の「初めての笑顔」の文字を見て、少し笑ってしまった。「まるで占いみたいね」と、心の中で独り言をつぶやく。
その午後、陸を抱き上げて遊んでいると、突然のことだった。陸が優子の顔をじっと見つめ、ふっと口角を上げたのだ。今まで見たことのない、まさに喜びの笑顔だった。母として、この瞬間がどれだけ待ち遠しかったことか。驚きと感動に包まれた優子は、思わず陸をしっかりと抱きしめた。涙がこぼれそうになりながらも、心の中で「ありがとう」と繰り返した。
だが、その後カレンダーを眺めた時、ふと「この出来事、まるでカレンダーの予定通りに起こったみたいだわ」と奇妙な感覚が胸に浮かんだ。しかし、気のせいだと思うことにした。
この出来事をきっかけに、優子は「カレンダーに記したことが現実になる」という考えがちらつくようになるが、まさかそんなことはないだろうと思い直し、少し楽しい気分で次の予定を書き込むことにした。
「2月14日:初めて一緒に公園デビュー」
息子と公園デビューがしたいという希望から書き込んだのだが、実際には2月の寒い時期で、赤ちゃん連れで出かけるのは少し早いかもしれないという不安もあった。しかし、2月14日を迎えると、その日は異例の暖かい日となり、気温も15度近くまで上がった。優子はこれなら大丈夫だろうと、陸をベビーカーに乗せ、公園へと向かった。満開にはほど遠い桜の木々を眺めながら、優子は幸せなひと時を過ごした。
「やっぱり、これは偶然よね……」と内心では思いながらも、カレンダーの不思議な力を少しだけ信じ始めている自分がいることに気づいた。
その後も、優子はカレンダーに小さな願望や楽しみを書き続けた。例えば「3月3日:ひな祭りに家族写真を撮る」や「4月10日:初めて寝返りができる」など。すると、まるでその通りに現実が動き出すかのように、陸の成長がまさにその日に合わせたように進んでいったのだ。
優子は次第に「このカレンダーには、何か不思議な力があるのかもしれない」と思い始める。しかし、それを誰にも話すことなく、カレンダーに記すことを「未来を願う習慣」のように受け入れるようになっていった。
5月、ある晴れた日、優子はふと思い立ってカレンダーを見つめ、ぽつりとつぶやいた。「これからもずっと一緒に笑顔でいたいなあ」。そして、カレンダーの5月15日の欄に「笑顔の一日」と書き込んだ。
それから少し経った5月15日、その日は特別なことがあるわけではなかった。しかし、陸は朝から機嫌がよく、いつもよりもニコニコしていた。普段は泣き虫な陸だが、その日は全く泣かず、ずっと優子に笑顔を見せてくれるのだ。優子も心から幸せを感じ、2人でたくさんの写真を撮った。
この「うっかり書き込んだ願望」が実現してしまったことで、優子の心にはさらなる確信が生まれた。
6月、優子は「カレンダーに書けば、それが現実になる」という不思議な力を受け入れ始めた。しかし、それと同時に、「どこまでが自分の意志で、どこまでがこのカレンダーの力なのだろうか?」という疑問も浮かぶようになる。
「例えば、もっと些細なことも書いてみたらどうなるのだろう?」そんな好奇心が芽生えた優子は、何気なくこう書き込んでみた。
「6月10日:青い鳥が訪れる」
それは陸と一緒に見られたら楽しいな、という軽い気持ちで書いたものだった。
6月10日、午前中、家の中で掃除をしていると、優子はキッチンの窓辺で鳥のさえずりが聞こえるのに気づいた。窓を開けてみると、そこには一羽の青い鳥が枝に止まっていた。羽が鮮やかなブルーで、どこか異国の鳥のようにも見えた。優子は驚き、静かに陸を抱いて窓の近くへ行き、2人でその青い鳥を見つめた。やがて、鳥は羽を広げて空へと飛び去ったが、その一瞬はまるで夢の中のように美しかった。
「やっぱり、このカレンダーには本当に力があるんだ……」
優子はその力が嬉しくもあり、少しだけ怖くもなってきた。何でも思い通りに叶うとしたら、人は本当に幸せになれるのだろうか?この小さな疑念が、優子の胸に芽生え始める。
続きの後半部分をお届けします。優子がカレンダーの力をさらに信じ始め、願望を書き込んでいくことで、物語がクライマックスへと進んでいきます。
カレンダーの力に確信を持ち始めた優子は、慎重になりながらも、少しずつ願いを綴るようになる。
「7月7日:海辺での初めての家族旅行」
「8月10日:陸、はじめての言葉」
「9月21日:庭で一緒にかくれんぼ」
それらの予定は、まるで魔法のように現実となっていった。7月の家族旅行では、陸が砂浜で楽しそうに遊び、幸せなひとときを過ごした。8月には、優子の目の前で「まんま」という小さな言葉が陸の口から出て、家族中が驚きと喜びで胸を熱くした。そして9月、庭でのかくれんぼでは、陸が木陰に隠れ、優子が「どこかな?」と探すと、彼はにっこり笑いながら姿を現す。そんな何気ない幸せが、次々と実現していった。
「まるで、このカレンダーが私たちの人生を操っているみたいね……」
優子は時折、不安を感じることもあったが、息子の成長を感じる毎日は何にも代えがたい喜びだった。
カレンダーも12月に入る頃、優子はひとつ気づいたことがあった。それは、このカレンダーが12月31日で終わるということだった。1年の最後の日で終わり、新年のページはない。まるでカレンダー自身が「その先は保証できない」と言っているかのように感じられ、少し不安になった。
ある晩、優子はカレンダーの最後のページを眺めながら、小さなため息をついた。
「来年も、家族でたくさんの思い出を作りたいな……」
そうつぶやきながら、12月24日には「親子で笑顔のクリスマス」と、そして12月31日には「来年も健康で幸せな日々を過ごす」と書き込んだ。12月は特に大切な時期。クリスマスや年末年始に息子と素敵な思い出を作りたい、という純粋な願いを込めた。
しかし、12月が始まると同時に、陸の体調が少しずつ悪くなり始める。風邪のような症状が出て、熱が上がり、しばらく寝込むことになった。初めは風邪と思っていたが、どうやら簡単なものではないようだった。次第に優子は「12月31日」の文字を見つめるたびに、胸に不安が渦巻くようになる。
やがて、優子はカレンダーを眺めながら、心の奥底で密かに祈り始める。何度も手を合わせ、心から願うことで、「何かが変わるはず」と信じたかった。しかし、カレンダーに書いた予定が「実現する」だけで、「良くなる」という保証はどこにもなかったことに気付いたのだ。
どうにかして状況を好転させたい一心で、ある夜、勇気を振り絞ってカレンダーに新たな一言を記した。
「12月15日:陸、元気を取り戻す」
その書き込みは、まるで願掛けのようなものだった。陸が再び笑顔を見せ、元気になって欲しいという一心で、慎重に慎重を重ねて選んだ日付だった。
そして迎えた12月15日、陸は不思議と熱が引き、徐々に元気を取り戻し始めた。その日、初めての笑顔が戻ってきた時、優子は目に涙を浮かべ、心からほっと安堵した。
12月24日、優子は「親子で笑顔のクリスマス」とカレンダーに記した通り、家族でクリスマスを楽しむことができた。クリスマスツリーのそばで、陸は小さな手で飾りを触り、嬉しそうに笑っていた。優子も夫の大樹も、その瞬間がずっと続くことを願った。
そして、いよいよカレンダーの最後の日、12月31日がやってきた。優子は恐る恐るその日付を見つめながら、「来年も健康で幸せな日々を過ごす」と書き込んだことが、どうか現実になってほしいと願った。だが、そのページはあまりにも静かで、まるで役目を終えたかのように沈黙していた。
夜、家族そろって年越しの瞬間を迎え、優子は陸を抱きしめながらカレンダーに別れを告げた。その時、カレンダーはまるで満足したかのように、一瞬だけ柔らかな光を放ち、次の瞬間には静かにその姿を消した。
優子の手元にはもうカレンダーはなかった。しかし、彼女は不思議とそれを悲しいとは感じなかった。陸の笑顔を見つめ、夫と手を取り合い、こう思ったのだ。
「これからも、この子と一緒に未来を作っていけばいい」
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カレンダーが消え、最後に残されたのは優子自身の決意と希望。奇跡のカレンダーを通じて、彼女は「自分の足で未来を作り上げる」ことの大切さを学び、親子と家族の幸せを胸に、これからも生きていく。
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「カレンダーがなくても、私たちはきっと大丈夫だよね」
そう心の中でつぶやきながら、優子は陸の手をしっかりと握りしめた。今、彼の小さな手から感じる温かさが、その答えのように思えた。カレンダーに頼ることなく、彼の成長を見守り続ける。それが今の優子の願いだった。
新年の挨拶を済ませた帰り道、大樹がふと、優子に語りかけた。
「そういえば、去年のカレンダーに書いたことがどんどん現実になってたよな。まるで運命の予言みたいに」
彼もまた、あのカレンダーの不思議な力を感じていたのかもしれない。しかし、その言葉に優子は微笑みながら首を振った。
「ううん、あれは私たちが少しずつ叶えてきた夢なんだと思う。書き込んだことで、より一層、未来に向かって努力しようって思えたから」
優子はそう言いながら、自分の中で「奇跡」について考えていた。カレンダーが確かに導いてくれた瞬間もあったけれど、最も大切なのは、日々を精一杯生きる自分自身の力だと気付いたのだ。
その夜、優子は眠る前に、新しいスケジュール帳を取り出した。昨年と同じように何か書き込むのではなく、まずは白紙のページを静かに見つめていた。そこには何の予言も、奇跡のような力もない。ただ真っ白なページだけが並んでいる。
「よし、今年も一緒に楽しんでいこうね、陸」
優子はそう言って、最初のページに「家族で一緒に、今年も笑顔で」とだけ書き込んだ。それはカレンダーの時のような「特別な力」を期待したものではなく、ただ「毎日を一緒に過ごしたい」という心からの願いだった。
その後も、優子はスケジュール帳に家族との小さな予定を書き込むことを楽しみにするようになった。春になれば、陸と一緒に近くの花畑に行き、夏にはプールデビューもいい。秋には、色づいた落ち葉を一緒に集め、冬にはまた暖かいクリスマスを過ごす。何の魔法もなくとも、その一つひとつが優子にとって「奇跡のような瞬間」であることに気づいていた。
やがて陸が成長し、言葉を話せるようになり、走り回るようになる日がくる。それまでの間、彼と共に、何気ない日常の中で絆を育んでいく。それが優子の新しい「奇跡」だった。
ふと窓の外を見ると、夜空にはたくさんの星が輝いているのが見えた。それぞれの星がまるで未来への道しるべのように、優子の心に小さな灯火を灯す。
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