12 / 15
リモコン × ソファー
しおりを挟む
大学から帰る道すがら、涼は優奈をちらりと見た。夕暮れの光が彼女の頬を柔らかく染め、風に揺れる彼女の髪が美しかった。いつも明るく、何事にも前向きな彼女が、涼の胸の奥に特別な感情を植えつけていることに、彼自身も気づいていた。
「今日、うちで映画観ない?」
涼はできるだけ何気なく提案した。
「いいね、最近映画観てないし」
優奈の笑顔が涼の心に響く。彼女はいつもそんな風に、無邪気な笑顔で応じてくれる。涼にとってそれがどれほど嬉しいことか、彼女にはまだ気づかれていないだろう。
二人が涼の家に着くと、リビングの中心に古びたソファがあった。涼の祖父が愛用していたもので、年代物だが今でも十分に使える。二人はそのソファに並んで腰掛け、テーブルの上に置かれたリモコンを手に取った。
「このソファ、すごく座り心地いいね」
優奈が笑顔で言う。彼女はそのまま背中をソファに預け、体全体を沈めてリラックスした様子だ。涼はそんな彼女を見つめながら、リモコンで映画を再生しようとする。
だが、ボタンを押してもテレビは反応しない。不思議に思い、涼は再びリモコンを押すが、何度試しても同じだった。その時、突然テレビの画面が不意にチカチカと点滅し始めた。
「ん?なにこれ?」
優奈が不思議そうに画面を見つめる。映画ではなく、古いモノクロの映像が流れ始めていた。映し出されたのは見知らぬ部屋。そこには今二人が座っているソファが、同じように置かれていた。
「これって…このソファじゃない?」
優奈の言葉に、涼は画面を凝視した。確かに、そこに映っているのは彼の家のソファだった。しかし、映像の中のソファは、何十年も前の古い部屋の中にあった。壁に掛けられた古びた絵画や、家具の様式が全く現代と異なっている。
「これって、もしかして…過去の映像?」
涼がそう呟いた瞬間、リモコンが彼の手の中で微かに振動し、画面がまた別の時代に変わった。今度は現代に近い、少し昔の家族が映し出されていた。そこでもやはり、このソファは変わらず部屋の真ん中に鎮座している。
「どういうこと?」
優奈は驚きを隠せないでいる。
涼は静かにリモコンを握り直し、「これ、過去の情景を見せるものなんじゃないかな…このソファが見てきたものを」と呟いた。
画面に映るソファが、次々と様々な時代や家庭で使われてきた様子が流れる。ある時は、若い恋人たちが並んで座り、ソファの上でふざけあっている。ある時は、老夫婦が静かにお茶を飲んでいる。さらに別の場面では、家族の団らんが描かれ、笑い声が響き渡る。
「このソファ、ずっと色んな人の人生を見てきたんだね…」
優奈がぼそっと呟く。涼もその感慨に同調していた。このソファが長い年月を経て、どれほど多くの人々を見守ってきたのか。今、その一瞬一瞬が目の前に広がっている。
そして、ある映像が流れ始めた。それは古びた部屋の中で、若い男女が寄り添って座っている姿だった。二人の姿は、どこか寂しげだが、その距離が徐々に近づいていく様子が画面に映し出される。手を取り合い、互いの顔を見つめ合い、静かにキスを交わす…。
その情景を見ているうちに、涼と優奈の間にも不思議な緊張感が漂い始めた。まるでその映像の中にいるかのように、二人の距離も自然と近づいていく。優奈の手が涼の腕に軽く触れ、その感触が彼の肌に伝わる。
「涼…」
優奈の声が微かに震え、彼を見つめる瞳が不安と期待に揺れている。涼はリモコンをそっと脇に置き、彼女の顔に手を伸ばした。
涼はそっと優奈の頬に手を触れた。彼女の肌はほんのりと温かく、微かに震えているのがわかる。二人の間にはこれまで感じたことのない緊張感と期待が漂っていた。ソファが映し出す過去の映像が、まるで二人の背中を押しているかのようだ。
リモコンを操作して映し出された情景は、ソファが見てきた数々の人々の人生だった。若いカップル、老夫婦、子どもたち。彼らはみなこのソファに寄り添い、そこで時を共にしていた。彼らの感情が、このソファの生地に染み込んでいるかのように、涼と優奈もその影響を受けているようだった。
涼は優奈の瞳を見つめた。彼女の目には不安と期待が混じっている。次に何が起こるのか、自分でもわからないという顔だ。それが彼にとってはたまらなく愛おしかった。
「優奈…」
彼はそっと彼女の名前を呼び、距離を縮める。彼女の唇がわずかに開き、涼の呼吸が近づくのを感じていた。
その瞬間、リモコンが再び勝手に動作を始め、映像が別の場面に切り替わった。画面には古びたアパートの一室が映し出され、そこで二人の男女が激しく抱き合っている情景が映し出された。彼らはソファの上で互いを求め合い、愛を確認するかのように強く抱きしめていた。
優奈はその映像に目を奪われ、息を呑んだ。画面の中の二人は、まさに彼女たちが今座っているこのソファの上で、情熱的な瞬間を過ごしている。彼女は自分と涼も、その二人と同じような感情を抱いていることを自覚し、心が高鳴った。
涼はそんな彼女の動揺を感じ取り、優奈をそっと抱きしめた。その腕の中に彼女を包み込み、彼女の耳元で囁いた。
「大丈夫だよ、優奈…」
優奈は涼の言葉に応じるように、彼の体に身を預けた。彼の温かさが伝わってくると、緊張が少しずつ解けていく。映像の中の二人と重なるように、二人の距離はさらに縮まり、唇が静かに触れ合った。
リモコンが勝手に動作し続ける中、映像は次々と切り替わり、様々な時代の様々な人々がソファを囲む姿が映し出された。恋人たちの愛情深い抱擁や、老夫婦の穏やかな日々。すべてがこのソファで繰り広げられてきた。
だが、その中には決して幸福な瞬間ばかりではなかった。ある場面では、争いが巻き起こり、ソファが激しく叩かれるシーンもあった。家族が言い争い、物が投げつけられる中、ソファはそのすべてをただ黙って見守ってきた。
涼と優奈は、そんな映像を見つめながらも、二人の間に生まれた感情の流れに身を委ねていた。彼女がそっと彼の胸に顔を埋め、彼もまた彼女を優しく包み込む。画面の中の情景が、二人の体温と感情に影響を与え続けているようだった。
やがて、映像はある一つの静かなシーンで止まった。画面には、涼の家のリビングルームとそっくりな部屋が映し出され、そこにソファがひっそりと置かれていた。その上には、若いカップルが座っている。涼と優奈が座っているこのソファと同じように、その二人もお互いの存在を確かめ合っているようだった。
「ねぇ、この二人…私たちみたいだね」
優奈が小さな声で呟いた。涼は彼女の言葉にうなずき、さらに優奈を引き寄せた。
「そうかもしれないね。…きっと、このソファはずっと誰かを見守り続けてきたんだろうな」
彼の言葉に優奈は静かに微笑んだ。ソファの持つ歴史が、二人を包み込むように感じられた。
涼は再びリモコンを手に取り、映画に戻そうとしたが、彼女の手がそっとそれを止めた。優奈の目は、今この瞬間を大切にしたいという気持ちが表れていた。
「もう、映画はいいよ。今、このままで…」
涼は彼女の言葉に従い、リモコンをそっと脇に置いた。そして、二人は静かに寄り添いながら、ソファの上で過ごした時間を胸に刻み込んだ。画面には、何も映らなくなっていたが、二人の間に交わされる視線や触れ合いが、それ以上に豊かな物語を紡ぎ出していた。
過去の記憶を映し出すリモコンとソファが、彼らに与えたものは一瞬の驚きだけではなく、未来に向けての新たな絆だった。ソファが見守ってきた無数の愛情が、今この場所で二人の心に染み込んでいるようだった。
あの日以来、涼と優奈の関係は変わり始めていた。彼らはそれぞれの日常に戻りながらも、リビングのソファに座ると、自然とあの夜の感覚がよみがえってくる。ソファが映し出した過去の光景と、自分たちが歩む未来が交差する不思議な感覚だ。
涼の家にあるそのソファは、ただの家具ではなく、二人にとって特別な存在になっていた。リモコンを使えば、ソファが見てきた過去の光景が映し出されるその魔法のような体験が、二人の心に深く刻み込まれている。ソファは今もなお、彼らの関係を見守るかのようにリビングの一角に佇んでいた。
ある日、二人は何も予定がない週末を迎え、再びソファに座って過ごすことにした。涼は映画を観ようとリモコンを手に取ったが、優奈は微笑んでそれを遮った。
「映画じゃなくて、今日は二人で話そうよ」
優奈の提案に涼は驚きつつも、彼女の意思を尊重し、リモコンを脇に置いた。そして、二人はソファの上で静かに向き合った。初めて出会った頃のこと、お互いの学生生活、これから先の未来――どんな話題も、このソファの上でなら自然に口をついて出る。
「ねえ、あのソファが見せてくれた映像、忘れられないよね」
優奈がつぶやいた。
「そうだな。あの時、何か不思議な力が働いていたみたいだ。けど…」
涼は言葉を続ける。「それを見て、俺たちの気持ちがもっと深くなったと思うんだ」
優奈はうなずき、彼の肩に寄り添った。ソファが見てきた無数の過去は、二人に何かを教えてくれた。それは、ただの家具が持つ歴史以上のもので、人々の愛情や苦しみ、喜び、悲しみが詰まっている場所であること。そして、その場所で自分たちが今、同じように新たな物語を作っていることに気づかされた。
優奈はふと思い出し、笑みを浮かべた。「ねえ、涼。あの時、リモコンで見たあのカップル、私たちみたいだったよね?」
涼も同じ記憶に頷きながら、「そうだな。あの二人の姿、俺たちの未来かもしれないって思ったよ」と答える。
二人は静かに目を合わせた。優奈は涼の胸にさらに身を寄せ、彼女の指先が涼のシャツの裾を優しくつまんだ。その手つきが、どこか躊躇いを含んでいるように見えたが、それがかえって彼の心をくすぐった。
「涼…」
彼女の声は小さく、消え入りそうだったが、そこには確かな感情が込められていた。彼女が望むことを涼は理解し、優しく彼女を抱きしめた。二人はこのソファの上で、再び過去に囚われることなく、今この瞬間を生きようとしていた。
時間がゆっくりと流れる中、二人の息遣いだけが響く。ソファはそのすべてを受け入れ、見守っている。まるで、これまでの無数の記憶が二人に祝福を送っているかのようだ。優奈の髪に涼の手が絡まり、彼女の体温が彼に伝わる。その瞬間、二人は一つになった。
数週間が過ぎたある日、涼はふと優奈に告白の言葉を考え始めていた。ソファで過ごした特別な夜がきっかけとなり、彼の中で彼女への想いが確固たるものになっていたのだ。ソファに座る度に、その気持ちは強くなっていった。
彼女との未来を一緒に過ごしたいと強く感じる一方で、あのリモコンが見せた過去の映像を思い返していた。そこには愛が芽生える瞬間もあれば、壊れていく光景もあった。だが、涼は自信を持っていた。自分たちがこれから築く未来は、決して壊れることのないものだと信じていた。
「ねえ、涼。今度の週末、またあのソファでゆっくりしよう?」
優奈が提案してきた。
「もちろんさ。でも…その前にちょっと話があるんだ」
涼の真剣な表情に、優奈は少し驚いたが、すぐに笑みを返した。
「なに? 気になるなあ」
涼は胸の中で決意を固めた。そして、あのソファの上で、二人は新たな物語を始めることになる。
その週末、二人は再びソファに座った。今回はリモコンも映画も必要なかった。彼らが一緒に作る未来は、画面の中ではなく、現実の世界で始まっていたからだ。
「今日、うちで映画観ない?」
涼はできるだけ何気なく提案した。
「いいね、最近映画観てないし」
優奈の笑顔が涼の心に響く。彼女はいつもそんな風に、無邪気な笑顔で応じてくれる。涼にとってそれがどれほど嬉しいことか、彼女にはまだ気づかれていないだろう。
二人が涼の家に着くと、リビングの中心に古びたソファがあった。涼の祖父が愛用していたもので、年代物だが今でも十分に使える。二人はそのソファに並んで腰掛け、テーブルの上に置かれたリモコンを手に取った。
「このソファ、すごく座り心地いいね」
優奈が笑顔で言う。彼女はそのまま背中をソファに預け、体全体を沈めてリラックスした様子だ。涼はそんな彼女を見つめながら、リモコンで映画を再生しようとする。
だが、ボタンを押してもテレビは反応しない。不思議に思い、涼は再びリモコンを押すが、何度試しても同じだった。その時、突然テレビの画面が不意にチカチカと点滅し始めた。
「ん?なにこれ?」
優奈が不思議そうに画面を見つめる。映画ではなく、古いモノクロの映像が流れ始めていた。映し出されたのは見知らぬ部屋。そこには今二人が座っているソファが、同じように置かれていた。
「これって…このソファじゃない?」
優奈の言葉に、涼は画面を凝視した。確かに、そこに映っているのは彼の家のソファだった。しかし、映像の中のソファは、何十年も前の古い部屋の中にあった。壁に掛けられた古びた絵画や、家具の様式が全く現代と異なっている。
「これって、もしかして…過去の映像?」
涼がそう呟いた瞬間、リモコンが彼の手の中で微かに振動し、画面がまた別の時代に変わった。今度は現代に近い、少し昔の家族が映し出されていた。そこでもやはり、このソファは変わらず部屋の真ん中に鎮座している。
「どういうこと?」
優奈は驚きを隠せないでいる。
涼は静かにリモコンを握り直し、「これ、過去の情景を見せるものなんじゃないかな…このソファが見てきたものを」と呟いた。
画面に映るソファが、次々と様々な時代や家庭で使われてきた様子が流れる。ある時は、若い恋人たちが並んで座り、ソファの上でふざけあっている。ある時は、老夫婦が静かにお茶を飲んでいる。さらに別の場面では、家族の団らんが描かれ、笑い声が響き渡る。
「このソファ、ずっと色んな人の人生を見てきたんだね…」
優奈がぼそっと呟く。涼もその感慨に同調していた。このソファが長い年月を経て、どれほど多くの人々を見守ってきたのか。今、その一瞬一瞬が目の前に広がっている。
そして、ある映像が流れ始めた。それは古びた部屋の中で、若い男女が寄り添って座っている姿だった。二人の姿は、どこか寂しげだが、その距離が徐々に近づいていく様子が画面に映し出される。手を取り合い、互いの顔を見つめ合い、静かにキスを交わす…。
その情景を見ているうちに、涼と優奈の間にも不思議な緊張感が漂い始めた。まるでその映像の中にいるかのように、二人の距離も自然と近づいていく。優奈の手が涼の腕に軽く触れ、その感触が彼の肌に伝わる。
「涼…」
優奈の声が微かに震え、彼を見つめる瞳が不安と期待に揺れている。涼はリモコンをそっと脇に置き、彼女の顔に手を伸ばした。
涼はそっと優奈の頬に手を触れた。彼女の肌はほんのりと温かく、微かに震えているのがわかる。二人の間にはこれまで感じたことのない緊張感と期待が漂っていた。ソファが映し出す過去の映像が、まるで二人の背中を押しているかのようだ。
リモコンを操作して映し出された情景は、ソファが見てきた数々の人々の人生だった。若いカップル、老夫婦、子どもたち。彼らはみなこのソファに寄り添い、そこで時を共にしていた。彼らの感情が、このソファの生地に染み込んでいるかのように、涼と優奈もその影響を受けているようだった。
涼は優奈の瞳を見つめた。彼女の目には不安と期待が混じっている。次に何が起こるのか、自分でもわからないという顔だ。それが彼にとってはたまらなく愛おしかった。
「優奈…」
彼はそっと彼女の名前を呼び、距離を縮める。彼女の唇がわずかに開き、涼の呼吸が近づくのを感じていた。
その瞬間、リモコンが再び勝手に動作を始め、映像が別の場面に切り替わった。画面には古びたアパートの一室が映し出され、そこで二人の男女が激しく抱き合っている情景が映し出された。彼らはソファの上で互いを求め合い、愛を確認するかのように強く抱きしめていた。
優奈はその映像に目を奪われ、息を呑んだ。画面の中の二人は、まさに彼女たちが今座っているこのソファの上で、情熱的な瞬間を過ごしている。彼女は自分と涼も、その二人と同じような感情を抱いていることを自覚し、心が高鳴った。
涼はそんな彼女の動揺を感じ取り、優奈をそっと抱きしめた。その腕の中に彼女を包み込み、彼女の耳元で囁いた。
「大丈夫だよ、優奈…」
優奈は涼の言葉に応じるように、彼の体に身を預けた。彼の温かさが伝わってくると、緊張が少しずつ解けていく。映像の中の二人と重なるように、二人の距離はさらに縮まり、唇が静かに触れ合った。
リモコンが勝手に動作し続ける中、映像は次々と切り替わり、様々な時代の様々な人々がソファを囲む姿が映し出された。恋人たちの愛情深い抱擁や、老夫婦の穏やかな日々。すべてがこのソファで繰り広げられてきた。
だが、その中には決して幸福な瞬間ばかりではなかった。ある場面では、争いが巻き起こり、ソファが激しく叩かれるシーンもあった。家族が言い争い、物が投げつけられる中、ソファはそのすべてをただ黙って見守ってきた。
涼と優奈は、そんな映像を見つめながらも、二人の間に生まれた感情の流れに身を委ねていた。彼女がそっと彼の胸に顔を埋め、彼もまた彼女を優しく包み込む。画面の中の情景が、二人の体温と感情に影響を与え続けているようだった。
やがて、映像はある一つの静かなシーンで止まった。画面には、涼の家のリビングルームとそっくりな部屋が映し出され、そこにソファがひっそりと置かれていた。その上には、若いカップルが座っている。涼と優奈が座っているこのソファと同じように、その二人もお互いの存在を確かめ合っているようだった。
「ねぇ、この二人…私たちみたいだね」
優奈が小さな声で呟いた。涼は彼女の言葉にうなずき、さらに優奈を引き寄せた。
「そうかもしれないね。…きっと、このソファはずっと誰かを見守り続けてきたんだろうな」
彼の言葉に優奈は静かに微笑んだ。ソファの持つ歴史が、二人を包み込むように感じられた。
涼は再びリモコンを手に取り、映画に戻そうとしたが、彼女の手がそっとそれを止めた。優奈の目は、今この瞬間を大切にしたいという気持ちが表れていた。
「もう、映画はいいよ。今、このままで…」
涼は彼女の言葉に従い、リモコンをそっと脇に置いた。そして、二人は静かに寄り添いながら、ソファの上で過ごした時間を胸に刻み込んだ。画面には、何も映らなくなっていたが、二人の間に交わされる視線や触れ合いが、それ以上に豊かな物語を紡ぎ出していた。
過去の記憶を映し出すリモコンとソファが、彼らに与えたものは一瞬の驚きだけではなく、未来に向けての新たな絆だった。ソファが見守ってきた無数の愛情が、今この場所で二人の心に染み込んでいるようだった。
あの日以来、涼と優奈の関係は変わり始めていた。彼らはそれぞれの日常に戻りながらも、リビングのソファに座ると、自然とあの夜の感覚がよみがえってくる。ソファが映し出した過去の光景と、自分たちが歩む未来が交差する不思議な感覚だ。
涼の家にあるそのソファは、ただの家具ではなく、二人にとって特別な存在になっていた。リモコンを使えば、ソファが見てきた過去の光景が映し出されるその魔法のような体験が、二人の心に深く刻み込まれている。ソファは今もなお、彼らの関係を見守るかのようにリビングの一角に佇んでいた。
ある日、二人は何も予定がない週末を迎え、再びソファに座って過ごすことにした。涼は映画を観ようとリモコンを手に取ったが、優奈は微笑んでそれを遮った。
「映画じゃなくて、今日は二人で話そうよ」
優奈の提案に涼は驚きつつも、彼女の意思を尊重し、リモコンを脇に置いた。そして、二人はソファの上で静かに向き合った。初めて出会った頃のこと、お互いの学生生活、これから先の未来――どんな話題も、このソファの上でなら自然に口をついて出る。
「ねえ、あのソファが見せてくれた映像、忘れられないよね」
優奈がつぶやいた。
「そうだな。あの時、何か不思議な力が働いていたみたいだ。けど…」
涼は言葉を続ける。「それを見て、俺たちの気持ちがもっと深くなったと思うんだ」
優奈はうなずき、彼の肩に寄り添った。ソファが見てきた無数の過去は、二人に何かを教えてくれた。それは、ただの家具が持つ歴史以上のもので、人々の愛情や苦しみ、喜び、悲しみが詰まっている場所であること。そして、その場所で自分たちが今、同じように新たな物語を作っていることに気づかされた。
優奈はふと思い出し、笑みを浮かべた。「ねえ、涼。あの時、リモコンで見たあのカップル、私たちみたいだったよね?」
涼も同じ記憶に頷きながら、「そうだな。あの二人の姿、俺たちの未来かもしれないって思ったよ」と答える。
二人は静かに目を合わせた。優奈は涼の胸にさらに身を寄せ、彼女の指先が涼のシャツの裾を優しくつまんだ。その手つきが、どこか躊躇いを含んでいるように見えたが、それがかえって彼の心をくすぐった。
「涼…」
彼女の声は小さく、消え入りそうだったが、そこには確かな感情が込められていた。彼女が望むことを涼は理解し、優しく彼女を抱きしめた。二人はこのソファの上で、再び過去に囚われることなく、今この瞬間を生きようとしていた。
時間がゆっくりと流れる中、二人の息遣いだけが響く。ソファはそのすべてを受け入れ、見守っている。まるで、これまでの無数の記憶が二人に祝福を送っているかのようだ。優奈の髪に涼の手が絡まり、彼女の体温が彼に伝わる。その瞬間、二人は一つになった。
数週間が過ぎたある日、涼はふと優奈に告白の言葉を考え始めていた。ソファで過ごした特別な夜がきっかけとなり、彼の中で彼女への想いが確固たるものになっていたのだ。ソファに座る度に、その気持ちは強くなっていった。
彼女との未来を一緒に過ごしたいと強く感じる一方で、あのリモコンが見せた過去の映像を思い返していた。そこには愛が芽生える瞬間もあれば、壊れていく光景もあった。だが、涼は自信を持っていた。自分たちがこれから築く未来は、決して壊れることのないものだと信じていた。
「ねえ、涼。今度の週末、またあのソファでゆっくりしよう?」
優奈が提案してきた。
「もちろんさ。でも…その前にちょっと話があるんだ」
涼の真剣な表情に、優奈は少し驚いたが、すぐに笑みを返した。
「なに? 気になるなあ」
涼は胸の中で決意を固めた。そして、あのソファの上で、二人は新たな物語を始めることになる。
その週末、二人は再びソファに座った。今回はリモコンも映画も必要なかった。彼らが一緒に作る未来は、画面の中ではなく、現実の世界で始まっていたからだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる