とある日

だるまさんは転ばない

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夜の音

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夜の静かな公園。ベンチに座る青年、健太は、いつものようにヘッドホンを耳に当てていた。彼は音楽を聴くことで日常の喧騒から逃れることができた。音の海に包まれると、自分の小さな世界に閉じこもれる。それが彼にとっての安らぎだった。

「また、ここにいたんだ。」

声が聞こえて、健太はヘッドホンを外す。振り返ると、そこには幼なじみの麻衣が立っていた。ふわりと風に揺れる彼女の髪が、街灯の光を受けてきらめいている。

「なんだ、麻衣か。」健太は少し照れくさそうに笑う。

「またひとりで音楽に浸ってるんでしょ。ここで聴くと特別な感じでもするの?」

麻衣は健太の隣に座り、彼が持っているヘッドホンを指さした。

「うん、ここだと音がクリアに感じるんだよ。周りが静かだから、余計に細かい音が聞こえる気がしてさ。」

「ふーん、そうなんだ。私も聴いてみたいな、その特別な音。」

麻衣の言葉に、健太は少し驚く。彼女が音楽に興味を持つなんて珍しいことだった。

「いいよ、聴いてみる?」健太はヘッドホンを差し出す。

「うん。」麻衣は微笑んで受け取り、慎重に耳に当てた。

彼女が聴いているのは、健太の好きなアコースティックギターのインストゥルメンタル。柔らかな弦の音が、秋の夜風に溶け込んでいく。麻衣はしばらく目を閉じ、音楽に耳を澄ませた。

「…すごいね、なんか心に響く感じがする。」

麻衣が感想を漏らすと、健太は少し照れくさそうに頷いた。彼にとって、音楽は単なる娯楽以上のものだった。彼が誰かに自分の好きな曲をシェアするのは、心の奥を見せるような感覚だったのだ。

「そう思ってくれて嬉しいよ。実はさ、こうやって誰かと一緒に聴くのも悪くないなって、最近思い始めてたんだ。」

麻衣は驚いて健太を見つめる。「へえ、意外だね。健太ってひとりが好きだと思ってた。」

「そうだね。でも、麻衣と一緒だとなんか違う気がするんだ。いつもは自分の世界に閉じこもってるけど、君とはその世界を共有してもいいかなって、思ったりしてさ。」

その言葉に麻衣は少し驚き、顔を赤くする。長い付き合いだったが、健太がこんな風に心を開いてくれるのは初めてのことだった。

「ありがとう、健太。なんか、私も同じかも。」

麻衣はヘッドホンを外し、健太に返した。「これ、ずっと大切にしてるんでしょ?」

「うん、ずっと使ってる。古いけど、なんか手放せなくてさ。これで聴くと、全部が特別に感じるんだ。」

麻衣は健太のヘッドホンをじっと見つめ、そして小さな声で言った。

「私も、健太が隣にいると特別な感じがするよ。」

その言葉に健太は心臓がドキリとした。彼女の言葉はシンプルだったが、その意味は深く心に染み渡った。音楽を通じて伝えられる気持ちがあるように、麻衣の言葉も静かに、しかし確実に健太の心を揺さぶった。

「そう言ってくれるの、嬉しいよ。」

健太はヘッドホンを首に掛け、麻衣の顔を見つめた。しばらく沈黙が続いたが、その静けさも心地よかった。お互い、言葉を必要としていなかった。

「帰ろっか、そろそろ寒くなってきたし。」麻衣が立ち上がり、健太に手を差し出す。

「うん、そうだな。」健太はその手を握り、立ち上がった。握った手が少し温かく感じた。

ふたりは夜の公園を並んで歩いた。耳にはもうヘッドホンはないけれど、その代わりに、お互いの存在が音楽のように心に響いていた。

空には星が瞬き、どこか遠くで微かに風の音が聞こえる。けれど、ふたりにとってはその静けさが特別だった。まるで、ヘッドホンを通じて聴いていた音楽の余韻が、まだどこかで鳴り響いているかのように。

夜の空気が冷たくなっていく中で、健太はそっと麻衣に言った。

「今度は、もっと違う曲も一緒に聴こうか。」

麻衣は笑顔で頷いた。

「うん、ぜひ。」

ふたりは手を繋いだまま、静かに歩き続けた。それぞれの心に、互いの音が響いていた。
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