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緑の色鉛筆
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透き通るような秋の風が、家々の間をやさしく通り抜けていた。町の外れにある小さな公園では、子どもたちが遊具の周りで楽しそうに駆け回っている。そんな公園の一角、木のベンチに一人の少年が座っていた。彼の名前は大地、まだ小学二年生だ。短い黒髪が、彼の澄んだ瞳を引き立てていた。
「やっぱり、うまく描けないな……」
大地は、目の前に広げたスケッチブックを見つめながら、小さな声でつぶやいた。公園の風景を描こうとしているのだが、思ったように筆が進まない。彼の手元には、いろとりどりの色鉛筆が並んでいた。しかし、その手つきはぎこちなく、力強さに欠けていた。
「どうして、こんなにうまくいかないんだろう……」
周囲の子どもたちは彼の存在に気づくことなく、楽しげに遊び続けている。大地は、そんな風景を描きたいと思っていた。楽しそうな笑顔や、風に揺れる木々の姿を、色鉛筆で表現したかった。しかし、いくら描いても、どこか物足りなかった。
そのとき、大地の隣に年配の男性が座った。彼は顔に深いしわを刻んでいるが、どこか優しさが滲む表情をしている。ベージュのコートにチェックのマフラーを巻いたその男性は、手元にスケッチブックを抱えていた。
「お、絵を描いているのかい?」と、その男性が声をかけた。
大地は少し驚いて顔を上げたが、すぐに気を緩めた。「うん……でも、あんまり上手じゃないんだ」
「そうか、見せてもらってもいいかい?」
大地は少し戸惑ったが、ためらいながらもスケッチブックを男性に差し出した。男性はじっくりとその絵を見つめ、ふむ、と頷いた。
「なるほどね。これは、今の公園を描いたのかな?」
「うん……でも、全然上手じゃなくて」
「そんなことはないよ。君が描いたこの風景には、君の見たもの、感じたことがちゃんと表現されている。それが一番大事なんだ。」
大地はその言葉を信じられないような顔をしていたが、男性の優しい口調に少し安心したようだった。男性は自身のスケッチブックを開き、大地に見せた。そこには、同じ公園の風景が描かれていたが、どこか懐かしい色合いが印象的だった。光の当たり具合や、影のつけ方が絶妙で、まるで一瞬の静けさをそのまま切り取ったようだった。
「すごい……」
「ありがとう。でも、これは長い時間をかけて描いてきたものなんだ。君も、焦らずじっくりやればいい。色鉛筆っていうのは、不思議な道具でね。どう使うかで、世界がどんなふうに見えるかが変わるんだよ。」
そう言って、男性は一本の色鉛筆を大地に差し出した。それは、鮮やかな緑色の色鉛筆だった。
「これ、君にあげるよ。この緑色を使って、もう一度描いてごらん。きっと、違った景色が見えてくるよ。」
大地はその色鉛筆を大切そうに受け取った。「ありがとう、おじさん……」
「いいんだよ。君の絵が、もっともっと楽しく描けるようになる手助けができたら、それで十分だから。」
そのとき、大地の母親が公園にやってきた。「大地、そろそろ帰る時間よ」と、優しく声をかけてきた。
家に戻った大地は、すぐに机に向かい、もらった緑の色鉛筆を手に取った。昼間に描いたスケッチブックのページを開き、また公園の絵を描き始めた。先ほどのおじさんの言葉が、心の中で静かに響いていた。
「緑色を使ってみよう……」
大地は、遊具の近くに立っている木々にそっと色をつけ始めた。いつもなら葉っぱの色を濃い緑一色で塗っていたが、今日は違った。緑の中にも、少しずつ色の濃淡をつけてみた。風で葉が揺れる様子や、日の光が当たる部分、影になっている部分を意識しながら、ゆっくりと手を動かす。
描きながら、大地はふと思った。「おじさんは、どうして僕に色鉛筆をくれたんだろう?」
その疑問はすぐに消え、手元に集中した。色を塗るたびに、自分が見た公園が少しずつ鮮明になっていくようだった。緑がどんどん生き生きとして、風が吹いたときの感覚や、木々の間を抜ける光の柔らかさまで、まるで絵の中で感じ取れるような気がした。
「これなら……少し、いい感じかも!」
大地は夢中になって色を塗り続けた。自分の心の中で感じた公園が、色鉛筆を通じてスケッチブックに広がっていく。時間が経つのも忘れるほど、集中していた。
「大地、ご飯よ!」
母親の声が響いた。はっとして顔を上げた大地は、最後にもう一度緑の葉を塗り、満足そうに微笑んだ。
「今行くよ!」
食卓に着いた大地は、母親に今日の出来事を話し出した。
「公園でね、おじさんに会って、絵を見せてもらったんだ。それがすごく上手でさ! それで、緑色の色鉛筆をもらったんだよ。」
「そうなの。それはよかったわね。どんな絵を描いてたの?」母親は興味津々に聞いた。
「公園の風景。僕も真似してみたんだけど、少しはうまく描けた気がするんだ。」
「あとで見せてね。おじさんも、きっと大地の絵を気に入ってくれるわよ。」
夕食後、大地は母親にスケッチブックを見せた。母親はページをめくりながら、「あら、素敵ね」と笑顔で褒めてくれた。
翌日、大地は再び公園に足を運んだ。同じベンチに座り、おじさんが現れるのを待っていた。しかし、その日はどれだけ待ってもおじさんは現れなかった。数日が経っても同じだった。大地は少し寂しく感じながらも、もらった緑の色鉛筆を大切に使い続けていた。
数週間後、ある日突然、大地は母親と一緒に近くの美術展に行くことになった。町の画家が描いた絵が展示されるということで、大地はあまり乗り気ではなかったが、母親に連れられて会場に向かった。
会場に入ると、見覚えのある風景が目に飛び込んできた。大地が毎日通っていた公園の風景だ。よく見ると、それはあのおじさんが描いたもので、緑の葉や風の感覚までもが鮮やかに表現されていた。
「おじさんの絵だ……」
大地は驚いて絵の前に立ち止まった。そこには、おじさんの名前が記されていた。彼はこの町でも有名な画家で、長年風景画を描き続けていたのだ。
「あのおじさん、画家だったんだ……」
その瞬間、大地は心の中で何かがつながるのを感じた。おじさんが言っていた「自分の感じたことを表現する大切さ」の意味が、少しずつ理解できた気がした。
大地は、あのときもらった緑の色鉛筆を、これからも大切に使い続けようと心に決めた。そして、いつか自分も、あのおじさんのように、誰かの心に響く絵を描けるようになりたいと思った。
「やっぱり、うまく描けないな……」
大地は、目の前に広げたスケッチブックを見つめながら、小さな声でつぶやいた。公園の風景を描こうとしているのだが、思ったように筆が進まない。彼の手元には、いろとりどりの色鉛筆が並んでいた。しかし、その手つきはぎこちなく、力強さに欠けていた。
「どうして、こんなにうまくいかないんだろう……」
周囲の子どもたちは彼の存在に気づくことなく、楽しげに遊び続けている。大地は、そんな風景を描きたいと思っていた。楽しそうな笑顔や、風に揺れる木々の姿を、色鉛筆で表現したかった。しかし、いくら描いても、どこか物足りなかった。
そのとき、大地の隣に年配の男性が座った。彼は顔に深いしわを刻んでいるが、どこか優しさが滲む表情をしている。ベージュのコートにチェックのマフラーを巻いたその男性は、手元にスケッチブックを抱えていた。
「お、絵を描いているのかい?」と、その男性が声をかけた。
大地は少し驚いて顔を上げたが、すぐに気を緩めた。「うん……でも、あんまり上手じゃないんだ」
「そうか、見せてもらってもいいかい?」
大地は少し戸惑ったが、ためらいながらもスケッチブックを男性に差し出した。男性はじっくりとその絵を見つめ、ふむ、と頷いた。
「なるほどね。これは、今の公園を描いたのかな?」
「うん……でも、全然上手じゃなくて」
「そんなことはないよ。君が描いたこの風景には、君の見たもの、感じたことがちゃんと表現されている。それが一番大事なんだ。」
大地はその言葉を信じられないような顔をしていたが、男性の優しい口調に少し安心したようだった。男性は自身のスケッチブックを開き、大地に見せた。そこには、同じ公園の風景が描かれていたが、どこか懐かしい色合いが印象的だった。光の当たり具合や、影のつけ方が絶妙で、まるで一瞬の静けさをそのまま切り取ったようだった。
「すごい……」
「ありがとう。でも、これは長い時間をかけて描いてきたものなんだ。君も、焦らずじっくりやればいい。色鉛筆っていうのは、不思議な道具でね。どう使うかで、世界がどんなふうに見えるかが変わるんだよ。」
そう言って、男性は一本の色鉛筆を大地に差し出した。それは、鮮やかな緑色の色鉛筆だった。
「これ、君にあげるよ。この緑色を使って、もう一度描いてごらん。きっと、違った景色が見えてくるよ。」
大地はその色鉛筆を大切そうに受け取った。「ありがとう、おじさん……」
「いいんだよ。君の絵が、もっともっと楽しく描けるようになる手助けができたら、それで十分だから。」
そのとき、大地の母親が公園にやってきた。「大地、そろそろ帰る時間よ」と、優しく声をかけてきた。
家に戻った大地は、すぐに机に向かい、もらった緑の色鉛筆を手に取った。昼間に描いたスケッチブックのページを開き、また公園の絵を描き始めた。先ほどのおじさんの言葉が、心の中で静かに響いていた。
「緑色を使ってみよう……」
大地は、遊具の近くに立っている木々にそっと色をつけ始めた。いつもなら葉っぱの色を濃い緑一色で塗っていたが、今日は違った。緑の中にも、少しずつ色の濃淡をつけてみた。風で葉が揺れる様子や、日の光が当たる部分、影になっている部分を意識しながら、ゆっくりと手を動かす。
描きながら、大地はふと思った。「おじさんは、どうして僕に色鉛筆をくれたんだろう?」
その疑問はすぐに消え、手元に集中した。色を塗るたびに、自分が見た公園が少しずつ鮮明になっていくようだった。緑がどんどん生き生きとして、風が吹いたときの感覚や、木々の間を抜ける光の柔らかさまで、まるで絵の中で感じ取れるような気がした。
「これなら……少し、いい感じかも!」
大地は夢中になって色を塗り続けた。自分の心の中で感じた公園が、色鉛筆を通じてスケッチブックに広がっていく。時間が経つのも忘れるほど、集中していた。
「大地、ご飯よ!」
母親の声が響いた。はっとして顔を上げた大地は、最後にもう一度緑の葉を塗り、満足そうに微笑んだ。
「今行くよ!」
食卓に着いた大地は、母親に今日の出来事を話し出した。
「公園でね、おじさんに会って、絵を見せてもらったんだ。それがすごく上手でさ! それで、緑色の色鉛筆をもらったんだよ。」
「そうなの。それはよかったわね。どんな絵を描いてたの?」母親は興味津々に聞いた。
「公園の風景。僕も真似してみたんだけど、少しはうまく描けた気がするんだ。」
「あとで見せてね。おじさんも、きっと大地の絵を気に入ってくれるわよ。」
夕食後、大地は母親にスケッチブックを見せた。母親はページをめくりながら、「あら、素敵ね」と笑顔で褒めてくれた。
翌日、大地は再び公園に足を運んだ。同じベンチに座り、おじさんが現れるのを待っていた。しかし、その日はどれだけ待ってもおじさんは現れなかった。数日が経っても同じだった。大地は少し寂しく感じながらも、もらった緑の色鉛筆を大切に使い続けていた。
数週間後、ある日突然、大地は母親と一緒に近くの美術展に行くことになった。町の画家が描いた絵が展示されるということで、大地はあまり乗り気ではなかったが、母親に連れられて会場に向かった。
会場に入ると、見覚えのある風景が目に飛び込んできた。大地が毎日通っていた公園の風景だ。よく見ると、それはあのおじさんが描いたもので、緑の葉や風の感覚までもが鮮やかに表現されていた。
「おじさんの絵だ……」
大地は驚いて絵の前に立ち止まった。そこには、おじさんの名前が記されていた。彼はこの町でも有名な画家で、長年風景画を描き続けていたのだ。
「あのおじさん、画家だったんだ……」
その瞬間、大地は心の中で何かがつながるのを感じた。おじさんが言っていた「自分の感じたことを表現する大切さ」の意味が、少しずつ理解できた気がした。
大地は、あのときもらった緑の色鉛筆を、これからも大切に使い続けようと心に決めた。そして、いつか自分も、あのおじさんのように、誰かの心に響く絵を描けるようになりたいと思った。
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