上 下
5 / 19
落ちもの[童話?]

魔王と御使い

しおりを挟む
 神の御前に立ったとき、少女が口にしたのは何か知らない音のような言葉でした。
 瞬間、世界は光に満ちました。

   *  *  *

 とある世界のとある国に一人の小さな王子さまがいました。
 この王子さまはなかなかの我が儘で乳母の言うことも教育係の言うことも聞きません。
 頼りのお妃様は王子さまを生まれた時に儚くなられ、王様はそんなお妃様の忘れ形見である末息子が可愛くて仕方なく甘やかしてばかりです。
 お兄様お姉様は学生で寮生活の真っ最中でお城にいらっしゃいません。
 もはや止めることは誰も出来ませんでした。

 ある日護衛を巻いた王子さまは勝手に王子さまにとっては遠くの湖まで遊びに行きました。
 そこには先約がいました。
 そのことに腹を立てた王子さまがその人影を睨み付けようとしましたが、次の瞬間動けなくなってしまいました。
 あまりにも美しい女の子が見えたからです。
 年のころは王子さまとあまり変わらないでしょう。
 つややかな黒髪が縁取る小さな顔、華奢な体を包む白いゆったりとした上質な服、真っ赤な唇。
 やや大人びているその姿を、驚きで見開かれた目があどけなく見せていました。
 一目で女の子を気に入った王子さまはその場で求婚しましたが、女の子が受けるはずがありません。
 腹を立てた王子さまは、王子さまを追ってきた護衛に命じ、女の子を捕まえてしまいました。

 王子さまは周りの大人達に命令し、捕まえたことを内緒にさせました。
 そして婚約者にすると言い張りました。
 こうして女の子は塔に閉じ込められてしましました。
 王子さまは毎日結婚する気になったかと尋ねますが、断り続けます。
 事情を知っている大人達は、女の子を助けられないか、せめて家族に連絡出来ないかと狼狽えましたが、女の子はあの場所に帰りたいというだけです。
 ただあそこに帰すだけでは王子さまに見つかるのはもちろんのこと、猛獣に襲われる心配があります。
 上質な服を着ていた以上、他国の貴族の娘の可能性もあります。怪我を負わせるわけにはいきません。
 結局帰すことは出来ませんでした。

 そうしてなすすべもなく月日が経っていきました。

 王子さまも年頃になり、すっかり分別が付いてもよさそうなものですが、中身はほとんど変わっていませんでした。
 未だ、既に子供とは呼べなくなっている少女を閉じ込めたままでした。
 意地で求婚を続けていますが、色よい返事は返ってきません。
 事情を知らない大人達はそろそろ王子に結婚をと勧めます。
 ずっと前から結婚を約束した人がいるという王子さまに、ならば式を挙げてしまいなさいと勧めます。
 誰を連れて来たも何も言わないつもりでした。
 既に王子さまは周りの大人達に諦められていたからです。

 神の御前で愛を誓えと命じたとき、少女は初めて承諾しました。
 言った王子さますら驚きましたが、それならばと式の準備は大急ぎで進められます。
 周りは皆どこから現れたか分からないとはいえ、ずっと王子さまの婚約者だったという少女を歓迎しました。
 笑顔一つ浮かべなくとも、少女は充分に愛らしかったのです。
 過去を隠すために秘密を知る者達は遠ざけらたので、止める人は誰もいませんでした。
 そうして式が始まり、神の御前に立ったとき、少女が口にしたのは愛の言葉ではなく、何か知らない音のような言葉でした。

 瞬間、世界は光に満ちました。

 まぶしさに慣れた目に映ったのは一人立ち尽くす王子さまと、それを見下ろすように高いところを飛んでいる少女の姿でした。
 少女の背中には羽根がありました。
 少女は神様の御使い様だったのです。
 飛んだまま少女は事情を語ります。
 必要があり力を封じ休んでいたこと、そこを王子に捕らわれたこと、ずっと閉じ込められていた事、一部の場所でなら封印を解くことができること。
 騙したと騒ぐ王子さまに同調するものは一人もありません。ただ伏して赦しを乞うばかりです。
 わたくしの分の責任は王子のみに取らせましょうと御使い様は言いました。
 御使い様は王子さまのせいで起こったありとあらゆる憎しみと痛みと悲しみを集め、王子さまに詰め込むと、違う世界に飛ばしてしまいました。
 そうして御使い様は帰っていってしまいました。

 御使い様がいなくなった国はゆっくりと衰退していきます。
 そして魔王まで産まれてしまいました。あの王子さまの執念でしょう。
 なので助けようとした人々の子孫の中に時折巫女が産まれるとか。
 そして巫女のいる時代だけは持ち直すのだとか。

 そんな、おとぎ話にございます。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

よくある父親の再婚で意地悪な義母と義妹が来たけどヒロインが○○○だったら………

naturalsoft
恋愛
なろうの方で日間異世界恋愛ランキング1位!ありがとうございます! ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 最近よくある、父親が再婚して出来た義母と義妹が、前妻の娘であるヒロインをイジメて追い出してしまう話……… でも、【権力】って婿養子の父親より前妻の娘である私が持ってのは知ってます?家を継ぐのも、死んだお母様の直系の血筋である【私】なのですよ? まったく、どうして多くの小説ではバカ正直にイジメられるのかしら? 少女はパタンッと本を閉じる。 そして悪巧みしていそうな笑みを浮かべて── アタイはそんな無様な事にはならねぇけどな! くははははっ!!! 静かな部屋の中で、少女の笑い声がこだまするのだった。

「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」

サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

婚約破棄されたので王子様を憎むけど息子が可愛すぎて何がいけない?

tartan321
恋愛
「君との婚約を破棄する!!!!」 「ええ、どうぞ。そのかわり、私の大切な子供は引き取りますので……」 子供を溺愛する母親令嬢の物語です。明日に完結します。

もしもゲーム通りになってたら?

クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら? 全てがゲーム通りに進んだとしたら? 果たしてヒロインは幸せになれるのか ※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。 ※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...