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後編
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その日の客人はいささか毛色がいつもと違っていた。
けれど無能ではないのだろう、王はそれでも王だからなのか不思議とそのあたりを外さない。
その人たちは邪竜を倒す旅をしているという。魔剣士と盾使いと魔術師と聖女だそうだ。
正直なところ無謀だと思う。
邪竜を倒した暁にはぜひ娘と結婚してほしいものだと王は魔剣士に言い、王女は横ではにかむ。
陰からそれを見せられても、もう白々しいとも思わない。
つまりはあの魔剣士のところに言ってお決まりのセリフをはけばいいのだろう。
はしたないとお思いにならないで……。
あなた様ならできます。
いずれそうなるのでしたら――。
それでも、どうか今夜のことは内密に……。
……本当に白々しいのはわたしだろう。
けれど誘惑は失敗した。
寝所には行ったものの、王女じゃないことをあっさりと見抜かれた。
このご時世、邪竜を倒すと口にするものはいくらでもいる。詐欺師も多い。その中の一人に口約束程度ならまだしもそこまでするのは不自然だ。
それがその人の言い分だ。
そして顔が隠れていても気配でわかると。
わたしは泣いた。
そうだとするならばもしや今までの男達も偽物だとわかったうえでもてあそんでいたのかと。
わたしでいることもできず、なのにだましもできないのなら意味はない。
どれだけ嫌悪してようとわたしの価値はそこにしかない。
その人はわたしの言葉にならないような嘆きを一晩中聞いてくれた。
余計なことは互いに何も言わないと約束し。
そして二度と交わることないであろう元の世界に戻って行った。
何もかも元通り。
そのはずなのに切なかった。
それからも邪竜の不穏な噂は広まり続け。
それでもわたしは同じことをさせられ続け。
――そしてあの人は王の無茶な要求に応えた最初の人になった。
王が上機嫌なのは遠目にも分かった。
邪竜を倒したあの人は今や世界中の英雄で、それを取り込めばどんな無茶でも通ると信じていた。
王女も英雄相手となればむしろ進んで結婚を望むだろう。
何もかもが計算通りと信じているのだろう。
約束通り娘と結婚してほしいと王は心なしか大きな声であの人に言う。
普段は無作法だととがめる隠れ切れていないどさくさに紛れた野次馬を止めなかったのはこのためかもしれない。
大勢の前で事実にしてしまいたかったのだろう。
そんな事をしなくても、誰もが、わたしも、あの人はそれを受けると思った。
けれどそんな約束はしていませんとあの人は言う。確かにわたしは失敗したのだから何もない。
あまりにもきっぱりとした態度に王はひるんだが、なら改めてとそれでも食い下がる。
ほかに約束した人がいますからとあの人はいう。
相当頭に血が上ったのだろう、夜伽の時にこちらと約束しただろうと王はぶちまける。
周りが騒めく。
それでもあの人は否定した。
私が約束したのは――、そう言ってあの人は立ち上がる。
そうして大勢の野次馬の方を見渡し。
わたしの前に立ち、この人ですと言った。
何が起こっているのかまるでわからなかった。
王女の結婚を決めた以上、身代わりは必要なくなり、わたしはそれまでの姿を奪われた。綺麗な服も長い髪もない。
命までは取られなかったのは取るに足らないと殺すことすら追い出すことすら忘れられていたからに過ぎない。
顔は最初からなかった。
どうしてと尋ねる。気配でわかると返される。
言わない以外の約束はしてないと言うと、いずれそうなるのならと言ったと。
言わされただけなのは分かってる。それでももし嫌でないのなら、と手を差し伸べられる。
嫌なはずがない。
多種多様な大勢の使用人の中から、顔を知らない特定の人物を見つけてくれたというだけでも充分驚異的なのに。
事情が分かっていて。
そしてこの姿でいてなおわたしを望んでくれるなんて。
たとえ同情だとしてもかまわなかった。
後で傷ついたとしても今この人といられるのならと。
この人はわたしを見てくれる。
それは買ってきた娘だぞと王が叫ぶ。
余も抱いたことがある娼婦同然の娘だと。
お金で済むならいくらでも払いましょうとあの人はいう。
そしてあなたは彼女以外にも売ってしまったものを悔やめばいいと。
革命が起こったと聞いたのはわずか半年後の事だ。
けれど無能ではないのだろう、王はそれでも王だからなのか不思議とそのあたりを外さない。
その人たちは邪竜を倒す旅をしているという。魔剣士と盾使いと魔術師と聖女だそうだ。
正直なところ無謀だと思う。
邪竜を倒した暁にはぜひ娘と結婚してほしいものだと王は魔剣士に言い、王女は横ではにかむ。
陰からそれを見せられても、もう白々しいとも思わない。
つまりはあの魔剣士のところに言ってお決まりのセリフをはけばいいのだろう。
はしたないとお思いにならないで……。
あなた様ならできます。
いずれそうなるのでしたら――。
それでも、どうか今夜のことは内密に……。
……本当に白々しいのはわたしだろう。
けれど誘惑は失敗した。
寝所には行ったものの、王女じゃないことをあっさりと見抜かれた。
このご時世、邪竜を倒すと口にするものはいくらでもいる。詐欺師も多い。その中の一人に口約束程度ならまだしもそこまでするのは不自然だ。
それがその人の言い分だ。
そして顔が隠れていても気配でわかると。
わたしは泣いた。
そうだとするならばもしや今までの男達も偽物だとわかったうえでもてあそんでいたのかと。
わたしでいることもできず、なのにだましもできないのなら意味はない。
どれだけ嫌悪してようとわたしの価値はそこにしかない。
その人はわたしの言葉にならないような嘆きを一晩中聞いてくれた。
余計なことは互いに何も言わないと約束し。
そして二度と交わることないであろう元の世界に戻って行った。
何もかも元通り。
そのはずなのに切なかった。
それからも邪竜の不穏な噂は広まり続け。
それでもわたしは同じことをさせられ続け。
――そしてあの人は王の無茶な要求に応えた最初の人になった。
王が上機嫌なのは遠目にも分かった。
邪竜を倒したあの人は今や世界中の英雄で、それを取り込めばどんな無茶でも通ると信じていた。
王女も英雄相手となればむしろ進んで結婚を望むだろう。
何もかもが計算通りと信じているのだろう。
約束通り娘と結婚してほしいと王は心なしか大きな声であの人に言う。
普段は無作法だととがめる隠れ切れていないどさくさに紛れた野次馬を止めなかったのはこのためかもしれない。
大勢の前で事実にしてしまいたかったのだろう。
そんな事をしなくても、誰もが、わたしも、あの人はそれを受けると思った。
けれどそんな約束はしていませんとあの人は言う。確かにわたしは失敗したのだから何もない。
あまりにもきっぱりとした態度に王はひるんだが、なら改めてとそれでも食い下がる。
ほかに約束した人がいますからとあの人はいう。
相当頭に血が上ったのだろう、夜伽の時にこちらと約束しただろうと王はぶちまける。
周りが騒めく。
それでもあの人は否定した。
私が約束したのは――、そう言ってあの人は立ち上がる。
そうして大勢の野次馬の方を見渡し。
わたしの前に立ち、この人ですと言った。
何が起こっているのかまるでわからなかった。
王女の結婚を決めた以上、身代わりは必要なくなり、わたしはそれまでの姿を奪われた。綺麗な服も長い髪もない。
命までは取られなかったのは取るに足らないと殺すことすら追い出すことすら忘れられていたからに過ぎない。
顔は最初からなかった。
どうしてと尋ねる。気配でわかると返される。
言わない以外の約束はしてないと言うと、いずれそうなるのならと言ったと。
言わされただけなのは分かってる。それでももし嫌でないのなら、と手を差し伸べられる。
嫌なはずがない。
多種多様な大勢の使用人の中から、顔を知らない特定の人物を見つけてくれたというだけでも充分驚異的なのに。
事情が分かっていて。
そしてこの姿でいてなおわたしを望んでくれるなんて。
たとえ同情だとしてもかまわなかった。
後で傷ついたとしても今この人といられるのならと。
この人はわたしを見てくれる。
それは買ってきた娘だぞと王が叫ぶ。
余も抱いたことがある娼婦同然の娘だと。
お金で済むならいくらでも払いましょうとあの人はいう。
そしてあなたは彼女以外にも売ってしまったものを悔やめばいいと。
革命が起こったと聞いたのはわずか半年後の事だ。
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