1 / 1
令嬢にただ一言を
しおりを挟む
『ねぇ、牢番さん』
石造りの牢には似合わない澄んだ声だった。
『あなたの好きなものはなあに?』
……牢番というものは他の貴族からの干渉を避けるため形式的には王家直属となっているが、実際の地位や立場はとても弱い。
一般市民どころか、時には囚人にさえ馬鹿にされる始末だ。
なので令嬢が格子の向こうにいて、他に話す相手も居ないとはいえ、声をかけてくるとは思ってもいなかった。
もしかしたら薄暗いために服装などがよく見えなかったせいで判断を誤っただけで令嬢などではなくもっと立場の低いものだったのかもしれない。
『生まれ変わったらきっとそれになるわ』
……あるいはこんな扱いをされ既に狂っていた可能性もある。
その日地下牢の上では若人中心の夜会があり、婚約者がいるのに男爵家の庶子に懸想した王子殿下が、婚約者が庶子をいじめたと、婚約破棄と断罪をやったという噂を聞いたのはそれからずいぶん経ってのことだ。
牢番は犯罪に詳しいと思っている人もいるらしいが、今収監されている罪人や、今後収監される罪人に先入観で監視に手心を加えないようにとわざわざ事件の全貌を正確に教えられることは少ない。
ただ噂までは遮れきれない。
おかげであの日王子殿下の命令でここに入れられた令嬢が、庶子を傷つけた婚約者なのか、あるいは殿下を利用でもしていた庶子なのか、それとも罪はそこ以外にあるのか、あるいは全然関係のない話なのか、なにも分からない。
令嬢はその後特に文句もなにも言わず、普段からは信じられないであろう固い寝台にそのままの服装で横たわって目をつむっていた。眠れていたかはうかがえなかった。
そして翌朝には陛下の命令で牢から出され、その後どうなったのか分からない。
『鶏肉だな』
そういう意図ではないということだけはさすがに分かっていたが、どうとでもとれる質問だったのでそう答えた。
確かに鶏肉は村でいた子供のころは祭りなどの時しか出ない一番のごちそうで、大好きな食べ物だった。嘘は言っていない
あの時のまま、正義は絶対的なものであると信じていられれば良かったのに。
きっと牢番も信念を持ってやれただろう。
『まぁ』
内容が予想外だったのか、それとも返答があったこと自体が面白かったのか、令嬢がころころと笑う。
『それなら結局絞め殺されてしまうわね』
こっちとしては笑えない。
鳥を絞め殺すという発想があったのだから庶子の方だったのだろうか? それともお嬢さまでも知っているようなことなのだろうか?
連れて行かれた令嬢は言っていたように絞首刑にされたのだろうか?
それとももっと貴族らしい罰を受けたのだろうか?
あるいは事情を考慮されたり冤罪だったりしたのだろうか?
……幸せになっているのだろうか?
そうならばいい。
そこまで誰かに愛されなければ意味がないと思う人生なんて送らない方がいい。
違う何かに生まれ変わってでも誰かに好かれたいだなんて願わない方がいい。
……それでも死んでしまったならば、望んだ存在に生まれ変われていればいい。
『ねぇ、牢番さん』
その声が今も耳の奥で響いている気がする。
『あなたの好きなものはなあに?』
それだけでうぬぼれたり恋に落ちるほど初心なガキではあいにくとないが。
何にしろ恐らくもう二度と会えないだろういう事実に、安堵とさみしさを覚えていることも確かだった。
『生まれ変わったらきっとそれになるわ』
あの時、なんと返せば良かったのだろう?
石造りの牢には似合わない澄んだ声だった。
『あなたの好きなものはなあに?』
……牢番というものは他の貴族からの干渉を避けるため形式的には王家直属となっているが、実際の地位や立場はとても弱い。
一般市民どころか、時には囚人にさえ馬鹿にされる始末だ。
なので令嬢が格子の向こうにいて、他に話す相手も居ないとはいえ、声をかけてくるとは思ってもいなかった。
もしかしたら薄暗いために服装などがよく見えなかったせいで判断を誤っただけで令嬢などではなくもっと立場の低いものだったのかもしれない。
『生まれ変わったらきっとそれになるわ』
……あるいはこんな扱いをされ既に狂っていた可能性もある。
その日地下牢の上では若人中心の夜会があり、婚約者がいるのに男爵家の庶子に懸想した王子殿下が、婚約者が庶子をいじめたと、婚約破棄と断罪をやったという噂を聞いたのはそれからずいぶん経ってのことだ。
牢番は犯罪に詳しいと思っている人もいるらしいが、今収監されている罪人や、今後収監される罪人に先入観で監視に手心を加えないようにとわざわざ事件の全貌を正確に教えられることは少ない。
ただ噂までは遮れきれない。
おかげであの日王子殿下の命令でここに入れられた令嬢が、庶子を傷つけた婚約者なのか、あるいは殿下を利用でもしていた庶子なのか、それとも罪はそこ以外にあるのか、あるいは全然関係のない話なのか、なにも分からない。
令嬢はその後特に文句もなにも言わず、普段からは信じられないであろう固い寝台にそのままの服装で横たわって目をつむっていた。眠れていたかはうかがえなかった。
そして翌朝には陛下の命令で牢から出され、その後どうなったのか分からない。
『鶏肉だな』
そういう意図ではないということだけはさすがに分かっていたが、どうとでもとれる質問だったのでそう答えた。
確かに鶏肉は村でいた子供のころは祭りなどの時しか出ない一番のごちそうで、大好きな食べ物だった。嘘は言っていない
あの時のまま、正義は絶対的なものであると信じていられれば良かったのに。
きっと牢番も信念を持ってやれただろう。
『まぁ』
内容が予想外だったのか、それとも返答があったこと自体が面白かったのか、令嬢がころころと笑う。
『それなら結局絞め殺されてしまうわね』
こっちとしては笑えない。
鳥を絞め殺すという発想があったのだから庶子の方だったのだろうか? それともお嬢さまでも知っているようなことなのだろうか?
連れて行かれた令嬢は言っていたように絞首刑にされたのだろうか?
それとももっと貴族らしい罰を受けたのだろうか?
あるいは事情を考慮されたり冤罪だったりしたのだろうか?
……幸せになっているのだろうか?
そうならばいい。
そこまで誰かに愛されなければ意味がないと思う人生なんて送らない方がいい。
違う何かに生まれ変わってでも誰かに好かれたいだなんて願わない方がいい。
……それでも死んでしまったならば、望んだ存在に生まれ変われていればいい。
『ねぇ、牢番さん』
その声が今も耳の奥で響いている気がする。
『あなたの好きなものはなあに?』
それだけでうぬぼれたり恋に落ちるほど初心なガキではあいにくとないが。
何にしろ恐らくもう二度と会えないだろういう事実に、安堵とさみしさを覚えていることも確かだった。
『生まれ変わったらきっとそれになるわ』
あの時、なんと返せば良かったのだろう?
0
お気に入りに追加
15
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
10日後に婚約破棄される公爵令嬢
雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。
「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」
これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる