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彼女にとっての綺麗な月

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「『I love you』を『月が綺麗ですね』って訳したって話があるじゃない」
 そう言ったあと彼女はコップの端を行儀悪くがじがじかじる。どうも機嫌が悪いらしい。
 ……しかし、歯にも色気って感じるんだな。
「オンノベで出てきた?」
 それはとにかくそう尋ねる。
「そう。夏目漱石が訳したらしいよって言って、それデマって否定されるまでが最近のテンプレ」
 それをテンプレと言っていいのかというか、そもそもそれがテンプレ化するオンノベなんてあるのだろうかと内心首をかしげる。

「それって日本人の奥ゆかしさ云々とかいってるけど、結局のところ夜に男女二人でいるとそういう関係に思われても仕方ないですよってことだと思うのよ」

 ……うっかり、コーヒーを吹き出しかけた。
 デマ云々はさておきロマンティックな話として語られるはずのエピソードが一気に生々しい。
「の、飲み会の帰りに送って行くのとかは?」
 思わずバカなことを尋ねてしまう。
 いやバカじゃない重要だ。さすがに送って行かないのは論外だと思うけど、それで誤解されても困る。
「時代が違うし、むしろ理由もないのに送って行かない方が酷いと思うけど」
 だ、だよなー。
「何もないならだけど」
 ナンニモナイデスヨー。

「で、家の方向が同じとかって理由で送ってくと飲み会の趣旨によっては話題がなくて間が持たなくなる可能性もあると思うのよね。しゃべりまくられてもうざいけど黙り込まれてても怖いし」
 ……横で女性に黙り込まれると何の地雷を踏んだのかと思うが、それとは意味が違うんだろうな。
 とりあえず機嫌が悪くても話題が何でもしゃべってくれるだけ今は有り難い。
「で、話題に困ったときの無難なテーマってなに?」
 えーっと、野球と宗教と政治は避ける方の話題だよな? あとオンノベでもたぶんない。
 そういや上映中の人気映画を話題にしたら誘われたと思われて困ったとかどこぞやのモテ男が言ってたな。……それはわざと勘違いしたフリをしたんだと思うぞ。
「共通の知人の話とか、天気とか……」
 ……そこまで言って気づく。
「そのテンプレをしらなければ無難な話題になるのか、月」
 話題に困ったときに目の前にあって、相手が何も分からない事も恐らくない。
 明日も晴れそうですねー、とか普通に続けそうだ。

「片方だけが知ってたら悲劇よね」
 確かに。
 遠回しとはいえ告っても気づかれなかったとか、告られたと思って喜んでたら誤解だったとか。
 けど一般常識って訳でもたぶんないから感情の持って行き場所がない。
 当人同士は知らなくてもたまたま近くにいた人が知っていて噂になる可能性とかもあるよな。それは二人きりになった時点であり得る可能性だけど。
「だからその気がないならそんな状況は避けなさいってことだと思うの」
 ものすごく納得出来た自分が嫌だ。そこまでロマンチストじゃないつもりだったけど、さすがに。

 ……ならば彼女は、昼のファミレスで、周りに人がいるという状況とはいえ、恋人でもない俺と二人で話している状況をどう思っているのだろう?

「ところで、それの返しって『死んでもいいわ』らしいんだけど」
 別の人がロシア語を訳したとかって説もあるけど、これもデマかもしれないし、組み合わさってもなかったかもしれない。こうなるともう元の言葉の意味がなんだったとしても驚かない。
「それはどういう意味になると思う?」
 一瞬、彼女はきょとんとした表情を浮かべ――。
「えーっと『あんたとそう思われるなら死んだ方がマシ』?」
「正反対!」
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