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前編

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「……もしかしてお嬢様、この世界が小説だという記憶があるのですか?」
 そうメイドは訝しげな視線をわたくしに向け言いました。

 この度、わたくしのうちの住み込みでメイドをしていたアメリアの結婚が決まったそうで。
 お相手が遠くに住んでいるので仕事を辞めて屋敷を出るとかで、出発前に挨拶に来ましたの。
 だから思わず聞いてしまいましたわ、「あなたがいなくなったら誰を追放先につれていけばいいの?」と。
 言った後に(追放?)と首をかしげました。そんな発想どこから出てきたのでしょう?
 追放される予定はもちろんありませんし、仮にそうなったとしてもアメリアと特に親しくしていたわけでもないですから一緒に行くことを望むなら他の方とになるでしょうし。
 結婚して屋敷を出ると最初聞いた時も引き留めようと思いませんでしたもの。

 わたくしが分からないものは当然アメリアにはもっと分からないと思っていたけれど。
 返ってきたのは言葉で。
「お嬢様!?」
 それが切っ掛けになって、一気に記憶が押し寄せ、処理しきれずに気を失いました。


 とはいえ、完璧に思い出すことを望むのは贅沢だったようで、元々覚えてなかったのか、それとも気絶しているうちに忘れたのかと、穴だらけの記憶に目を覚ましたベッドの上でため息をつく。
「お嬢様!? お気づきになりましたか?」
 アメリアではないメイドがそう尋ねてくる。
「そうみたいね」
 けど確かに小説の中よねここ。作中の登場人物に心当たりいろいろあるし。……この人作中で真っ先に裏切ってたよね。

 なんかやったらきらきらしい長いタイトルの小説だった気がする。更に言うなら売れてなかった記憶がある。
 一応商業で出た話なのに読んでるって人見たことなかった。リアルの周辺でならとにかく、ネット上でも見なかったんだから相当。通販サイトのレビューにすら褒められもけなされもしてないってある意味凄いわ、あんなタイトルなのに……覚えてないけど。
 そんなシロモノなので一応続きは考えてるっぽい後書きだったけど、それっきり。多分売れなくて打ち切られたんだろう。

 その話は貴族の通う学校の卒業式で、とある令嬢が悪役令嬢扱いされ婚約者に婚約破棄される場面から始まる。……当時オンノベとか一部で流行ってたからなぁ、そういうの。
 令嬢は冤罪を着せられたと主張するが、それは無視され、断罪され、国外追放される。
 そして一人連れていったメイドのアメリアに助けられながら生活をし、最終的には冤罪だという証拠を探し元婚約者にざまぁをする。

 …………はず。

 いやだから続き出なかったんだって。既刊部分では世界観の説明と、婚約破棄と追放によるごたごたと気持ちの整理、その後生活基盤を作りに費やされて、恋のお相手候補も出なかったという進まなさ。
 新しく相手が出来なかった事は実は婚約破棄は婚約者の浮気とかじゃなくややこしい訳ありでより戻したりするのかもとも深読みしてたことが懐かしい。
 その辺の話それまでにあったことも含めてほとんど書かれてなかったから、ホントにざまぁするかどうか……というか方向性すらわかんない。婚約破棄は今までの生活捨ててイチから始める理由としてとってつけただけでスローライフ系とかだったのかもしれない。ヒロインもイチからだといろいろ説明しやすいもんな。
 ちなみに中世ヨーロッパ風だけど魔法はない。

 そしてその令嬢があたしの転生先らしい。少なくとも婚約者の名前と立場は一致している。
 物語の舞台は学校の卒業式でってことは五年後あたりってとこか。
 で、アメリア。なんでその前に抜けようとしてるのかな?

「アメリアはまだいるかしら?」
 努めてにこやかについてくれていたメイドに聞く。
「……いえ、ギリギリまで待ってはいたのですが……」
「そう」

 今回出発した事に関しては逃げだなとは思うまい。
 五分待ったら次が来る……ような都会には住んでなかったけど、ある程度多様な交通手段がある前世とは違って、乗り物に乗り遅れるのは致命的だ。
 うちはまだ自家用車といえる馬車があるからいいものの、アメリアは確か向かう方向が同じ商隊に便乗するって誰かに話してたの聞いたし、さほど行き来がある地域ではないからおいていかれたら次何時そんな機会が巡ってくるか分からないだろう。適当に乗り継いで最悪ネカフェで眠るとかって行き当たりばったりもできないだろうし。
 けど、今結婚してうちを離れたということは小説の展開からの逃げだ。
 分かってたならあたしも連れてけよ。後で晴れるとしても罪とか被りたくないわ。
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