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満たすもの
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「趣味とか好きなものとか特にないんだよね。ほらあたしって空っぽだから」
――私にはそんなことを言う友人がいた。
彼女をどこか異質に思ったことは否定しない。転入生で、自己紹介は簡素で、お約束である質問した返事がこれでは、親しくなりたいとは思えない。
それでも近づいたのはただ単に退屈していたからに過ぎない。さほど悪い事も出来ず、かといって何かに真剣にもなれない、無難にすごす日々に飽き飽きとしている時なら、変わった毛色はいい暇つぶしになる。
私の方がよほど空っぽだったかもしれない。
誘ってもにべもなく断られるかと思ったが、話にも遊びにも大概嬉しそうに加わった。いいかげんにやって場をしらけさせるようなこともなく、好きなものがないというのは大概の事が上手く出来るせいだったのかと思うほどほとんどのことを器用にこなした。
かといって何か以前より派手なことをやるようになったわけではないのだが、彼女がいるというだけで退屈のはずないろいろがなぜか楽しくなる。
彼女は付き合いがいいせいか私以外にも親しく話しかける人もすぐにたくさん出来た。
けれど私がいればほぼこちらを優先してくれた。それがうれしかった。
それでも彼女は自分が空っぽだという主張だけは翻さなかった。まだまだ特別にはなれていないらしい。
なので、「眠いー」とか「疲れたー」とか「テストめんどくさいー」とか言葉の繋ぎや同調以外の愚痴や悩みや不満なんかの文句は聞けてない。好きなものもなければ、嫌いなものもないとでもいうように。
聞いたのはただ一つだけ。
「うちの母方は女性が早死にする家系なのよね」
どんな流れで出た話だっただろうか? それ以上詳しく話してくれることはなかったが。
それで自分もすぐに死ぬからと投げやりになっているのだろうか?
だったら守ろうと思った。それで長生きして、好きなものをつくって、いつか「あれは思春期をこじらせてたんだよね」と笑い合おう。
そうやって、一緒に生きていこう。
けれど学生の身分では、そうじゃなかったとしても、一人で彼女に四六時中付き添うことは不可能だし、それ以前に本気ではあったけれどそこまで真剣でもなかったのだろう。
彼女は現在いたって丈夫に見えるし、健康診断も受けていたし、車が来ればよけるし、どこかから落ちるほど身を乗り出しはしないだろうし、隕石が降ってくるとかは想定すらしなかったし、自分でもある程度身を守れるはずだと思っていたから。それでも自殺しそうにはなかったし。
けれど彼女は事故にあった。もちろん別に隕石が落ちてきたわけではない。
みんなで海に行った時のことだった。
彼女は太ももくらいの深さの場所から波打ち際に向かって歩いていた。そして何かに足を取られたように見事に転んだ。派手な水しぶきが上がる。
少なくともそう見えた。
一瞬沈んだがすぐに起き上がってくるだろうと誰もが思った。けれどそれがずいぶんと遅かったので、潜水で移動してるのかとか脅かす気かと呑気なことを言っていた人たちも、思わぬ深みがあったのかとか海藻でも絡み付いたのかとか気絶でもしたのかと、ばらばらとその場所に向かい始める。
その言葉を聞きながら真っ先に向かった場所には何もなかった。
もちろん海水はあった。少し濁っているとはいえ底も見えた。
けれど深みも海藻もそもそも足を取られそうなものが何もない。
そして彼女の姿も。さらうほどの波も。
皆が本格的に騒ぎ始め、捜索が出る騒ぎになったが、それでも彼女は見つからない。遺体すらも。
あの言葉から自殺を疑う人がそれでもいなかったわけじゃないけれど、目撃者は大勢いるし、仮にあれで死ねたとしてもそれだけで必ずしも見つからなくなるわけはない。
彼女はどこか私の届かない水の底に沈んでいるのだろうか?
あれだけ空っぽだといっていたのだから、それなら浮かんでくればいいのにと思う。
それともいつの間にか彼女を満たすものが出来ていたのだろうか?
それを悲しいと思うだなんて、想像すらしていなかった。
――私にはそんなことを言う友人がいた。
彼女をどこか異質に思ったことは否定しない。転入生で、自己紹介は簡素で、お約束である質問した返事がこれでは、親しくなりたいとは思えない。
それでも近づいたのはただ単に退屈していたからに過ぎない。さほど悪い事も出来ず、かといって何かに真剣にもなれない、無難にすごす日々に飽き飽きとしている時なら、変わった毛色はいい暇つぶしになる。
私の方がよほど空っぽだったかもしれない。
誘ってもにべもなく断られるかと思ったが、話にも遊びにも大概嬉しそうに加わった。いいかげんにやって場をしらけさせるようなこともなく、好きなものがないというのは大概の事が上手く出来るせいだったのかと思うほどほとんどのことを器用にこなした。
かといって何か以前より派手なことをやるようになったわけではないのだが、彼女がいるというだけで退屈のはずないろいろがなぜか楽しくなる。
彼女は付き合いがいいせいか私以外にも親しく話しかける人もすぐにたくさん出来た。
けれど私がいればほぼこちらを優先してくれた。それがうれしかった。
それでも彼女は自分が空っぽだという主張だけは翻さなかった。まだまだ特別にはなれていないらしい。
なので、「眠いー」とか「疲れたー」とか「テストめんどくさいー」とか言葉の繋ぎや同調以外の愚痴や悩みや不満なんかの文句は聞けてない。好きなものもなければ、嫌いなものもないとでもいうように。
聞いたのはただ一つだけ。
「うちの母方は女性が早死にする家系なのよね」
どんな流れで出た話だっただろうか? それ以上詳しく話してくれることはなかったが。
それで自分もすぐに死ぬからと投げやりになっているのだろうか?
だったら守ろうと思った。それで長生きして、好きなものをつくって、いつか「あれは思春期をこじらせてたんだよね」と笑い合おう。
そうやって、一緒に生きていこう。
けれど学生の身分では、そうじゃなかったとしても、一人で彼女に四六時中付き添うことは不可能だし、それ以前に本気ではあったけれどそこまで真剣でもなかったのだろう。
彼女は現在いたって丈夫に見えるし、健康診断も受けていたし、車が来ればよけるし、どこかから落ちるほど身を乗り出しはしないだろうし、隕石が降ってくるとかは想定すらしなかったし、自分でもある程度身を守れるはずだと思っていたから。それでも自殺しそうにはなかったし。
けれど彼女は事故にあった。もちろん別に隕石が落ちてきたわけではない。
みんなで海に行った時のことだった。
彼女は太ももくらいの深さの場所から波打ち際に向かって歩いていた。そして何かに足を取られたように見事に転んだ。派手な水しぶきが上がる。
少なくともそう見えた。
一瞬沈んだがすぐに起き上がってくるだろうと誰もが思った。けれどそれがずいぶんと遅かったので、潜水で移動してるのかとか脅かす気かと呑気なことを言っていた人たちも、思わぬ深みがあったのかとか海藻でも絡み付いたのかとか気絶でもしたのかと、ばらばらとその場所に向かい始める。
その言葉を聞きながら真っ先に向かった場所には何もなかった。
もちろん海水はあった。少し濁っているとはいえ底も見えた。
けれど深みも海藻もそもそも足を取られそうなものが何もない。
そして彼女の姿も。さらうほどの波も。
皆が本格的に騒ぎ始め、捜索が出る騒ぎになったが、それでも彼女は見つからない。遺体すらも。
あの言葉から自殺を疑う人がそれでもいなかったわけじゃないけれど、目撃者は大勢いるし、仮にあれで死ねたとしてもそれだけで必ずしも見つからなくなるわけはない。
彼女はどこか私の届かない水の底に沈んでいるのだろうか?
あれだけ空っぽだといっていたのだから、それなら浮かんでくればいいのにと思う。
それともいつの間にか彼女を満たすものが出来ていたのだろうか?
それを悲しいと思うだなんて、想像すらしていなかった。
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